第四十章 18

 戦いに臨む十人は、裏路地から出て、いずれも自然と距離を取って、他の干渉を受けないようにバラけていた。


 克彦とアドニスも他の組み合わせから外れるように移動した所で、互いに向かい合う。


(全く殺気無しか。戦う気もないのか?)


 自分と向かい合って、ただじっと自分を注視して動こうとしない克彦に、アドニスは訝る。


(すでに銃を手にしている俺相手に、銃を抜く気配も無しだ。何かしら超常の力を備えていると見た方がいいな)


 超常の力の所持者との戦いも、何度も経験しているアドニスである。日本に来て始末屋稼業をするようになってから、その頻度はやたらと増えた。


 いつまで経っても動く気が無い克彦だが、このままじっとこうしていられて、時間稼ぎをされても困るので、アドニスは銃口を向け、引き金を引く。


 銃口を向けたその時、アドニスは見た。克彦の後ろの空間に切れ目のようなものが走り、黒い口が開いたのを。

 アドニスが引き金を引いた瞬間、その黒い口から、黒く伸びる無数の何かが猛スピードで飛び出し、克彦の前方にあらゆる角度から展開した。


 克彦の亜空間トンネル内より出る五本の黒手が、横から、上から、斜めから、克彦の身を包むかのようにして、守っていた。


 アドニスはさらに二発撃ったが、黒手に阻まれ、銃弾は克彦に届かない。


(あんな薄っぺらくて紙みたいなのが、銃弾で撃ちぬけないとはな……)


 黒手を見ながら、アドニスはどうしたものかと思案する。


「今度はこっちからいくよ」


 克彦が呟くと、黒手が三本ほど、アドニスめがけて伸びていく。

 克彦のこの黒手は、力は人間と同程度程だが、その速度は人間をはるかに上回り、耐久性に関しても非常に優れている。これまでに、獅子妻茄郎という超パワー系マウスによる攻撃と、訓練の際の優の消滅視線以外では、破壊されたことがない。


(こいつは随分と厄介だな。あのにょろにょろひらひらした黒い手の速度が凄まじい)


 黒手を必死にかわすアドニス。


 速さだけではない。動きが変則的で、掴もうとしてきたり、伸びた部分で巻きつこうとしてきたりと、三本の黒手が、息をつく間も無く襲いかかってきているのだ。

 何度か掴まれはしたものの、力はさほど強くないのですぐに振り払えた。しかし巻きつかれたとなれば危険だ。


(一度攻撃をかわしてしまえば、少し余裕がある。あの速度は、手の伸縮速度によって生み出されているもののようだしな)


 黒手の速度は驚異的であったが、襲ってくるのが伸びる手という性質をアドニスは理解していた。


(凄いな、この人。俺の黒手をここまで体術でかわし続けたのって、他に真くらいだぞ)


 アドニスを見て感心する克彦。真とは互いの訓練のために、黒手を用いた事が何度かあったが、その真でさえ、長時間の回避は不可能で、いずれは黒手に巻きつかれる結果となった。


(今まで避け続けているのが奇跡に近い。しかしそれも長く続くまい。このままでは巻きつかれる。あるいは足を掴まれて引っ張られても不味い)


 アドニスもそれを予感し、いちかばちかの反撃に出てみることにする。


 目の前で二本の黒手が交差したその直後を狙い、克彦に向けて三発撃つ。

 克彦を守っている黒手が反応し、一発目と二発目の銃弾を弾いたようだが、三発目は少し遅らせて撃ち、克彦を守る黒手の動きが間に合わずに、克彦の体を直撃した。


(何で?)

 崩れ落ちながら疑問に思う克彦。


 アドニスは黒手が伸縮機能で高速で動いていると見なしていた。その動きも、高速で動く際には、手の先端から伸びて動いていると見た。よって――黒手が攻撃を防いでくることを見越して、一発目と二発目の銃弾を防いでくるであろう黒手の腕の、交差したぎりぎり上になるくらいの位置を予測して狙い、三発目を遅らせて撃った。

 ようするに黒手が精密かつ素早い動きができない範囲が存在し、腕にあたる部分は、文字通り即座には手が届かないのではないかと踏んだのである。そしてアドニスの読みは当たった。


「守っている手が三本だったら、俺に勝ち目はなかった。攻撃に手を多めに割いたのは……失敗だったな」


 胸を赤く染めて倒れた克彦に向かって、アドニスが告げた。


(俺が一番早く決着がついたか。ならば……)


 他の者の戦闘の様子を見て、アドニスは、反物質爆弾の取り外しを行っている方へと向かう。


 しかしその前に、美香と青島が立ち塞がる。

 美香と青島の二人がかりでアドニスと戦う構えになったが、アドニスは素早く後方に下がり、距離を置く。


(流石に二人相手はしんどい。一人はあの運命操作術の月那美香だ。ホルマリン漬け大統領新生パーティーでの戦いを見たが、これは誰かと組めばさらに力を発揮するタイプだろう)


 もう一人こちらの陣営が勝利するまでは、手出しをしない方がいいと見る。しかし誰かに助勢しようとすれば、この二人が自分を攻撃してくる可能性が高い。

 そう思った矢先、アドニスの後ろから二本の黒手が伸びて、アドニスの体に巻きついた。


「何だと……」


 呻くアドニスの体を、縮むことで引っ張る黒手。腕力そのものは人並だが、縮む力を足せば、引きずる力だけに関しては、一本の腕は常人のそれよりずっと強い力が出せる。

 アドニスに巻きついた黒手が、そのままアドニスを亜空間トンネルの中へと引きずり込んだ。


「危なかった……」


 横向きに倒れたままの克彦が呟く。出血は止まっている。


 克彦は黒手の一本を予め服の下に巻きつけておいた。それによって銃弾が心臓を貫くのは防いだが、銃弾は黒手の表面を滑るようにして動き、巻かれた黒手の隙間へと潜りこみ、克彦の左胸を貫いていた。

 体内に留まった銃弾は即座に黒手でほじくりかえし、傷口に黒手を突っ込んで埋めるようにして止血はしたものの、明らかに肺に穴が開いている。出血は防いでいるが、重傷には違いない。


(でも……一応これは……俺の勝ちでいいよな……。辛勝だけど。運が悪かったのか、良かったのかわからないね……)


 肺に穴が開いたおかげで、肺が空気の圧迫を受けて呼吸できない、気胸という状態に陥り、苦しげに喘ぎながらも、克彦は不敵に笑い、勝利の余韻に酔う。

 運悪く胸に銃弾を受け、しかしそれで勝利したとアドニスが油断した運の良さに拾われ、アドニスを黒手で巻くことができた。


「応急処置をできるだけします。裏通り専用の救急車も呼んであります」


 いつの間にか青島がやってきて、克彦を介抱していた。


「あ、麻酔はいいです。気絶しちゃうと、この黒手も解けちゃうし、今の敵も亜空間から出てくるから、気絶するわけにはいかないんで」


 注射器を取り出す青島に、断りを入れる。苦痛を堪えつつ、克彦は意識を保たねばならなかった。


***


 真とシャルルは真っ先に戦いを始めた。


 真はいつになく気合いを入れて戦いに臨んだ。シャルルというかつて自分が未熟だった頃の仲間に、再会するまでの間に鍛え上げた、自分の全てをぶつける所存だ。かつての仲間だからこそ、自分に様々な技を伝授してくれたシャルルが相手だからこそ、絶対に手は抜けない。例え殺す結果になっても。

 じゃじゃ馬ならしを最初からフルオートにして、一気に弾丸を吐き出す。シャルルはたまらずに逃げる。


 シャルルも駆けずりまわりながら銃を撃ちまくる。真は左右に動いてかわしつつ、裏路地の角に入り、リロードを行う。

 この裏路地は先ほどいた場所ではない。もっと狭い。人一人がやっと通れるほどだ。


 シャルルは真がリロードしていると見なし、銃を構えたまま、真のいる場所へと堂々と走る。


 互いの得物の火力に差が有るということと、今の撃ち合いを見た限り、シャルルは真の銃の腕が自分より上になっていると判断した。故に、自分の得意なスタイルでの戦いに移行せんとする。


 しかしシャルルが寄ってくる間に真はリロードを済まし、裏路地の奥へと後退する。今戦っていた場所より狭い道である。

 シャルルは躊躇うことなく裏路地の奥へと飛び込んだ。人一人しか通れないスペースに飛び込めば、互いに逃げ場がろくに無い撃ち合いとなり、双方果てることも有りうる。真はそれを承知のうえで裏路地の奥へと進み、シャルルも承知のうえで狭い道に入った。


(運試しだ)

(博打が好きだねー。ま、俺もだけど)


 ほぼ同じタイミングで互いに銃口を向け、引き金を引く。


 撃ちながらシャルルは、前方に飛び込むように跳躍し、体を伸ばし、当たる面積を最小限にしていた。

 一方で真は、ただ横向きになっただけで、当たる面積を小さくしつつ、上体を軽く反らす。


 両者の弾は外れたが、シャルルは地に倒れた格好になったうえに、すぐに銃を撃てる姿勢ではない。


 地に伏せたシャルルに銃口を傾け、真が引き金を引く。


 シャルルはその直前に、体を丸めて勢いよく前方へと転がると、一回転した所で、両足で思いっきり地を蹴る。地面を蹴って立つと同時に前方へと跳び、一気に間合いを詰めにかかる。


(この動きは……昔サイモンから僕が教わった奴だな)


 傭兵時代、自分の師と呼べる者が何人もいた。今戦っているシャルルもそうだが、シャルル以外の者から教えられた動きを、このシャルルが行っても何ら不思議はない。


 真の銃弾が地面を穿ったその時、シャルルはとうとう、自分の得意な近接戦闘圏内まで真に接近し、ほくそ笑んでいた。

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