第三十八章 23

B月6日 13:36


 馳が雨岸邸から逃走の途中、漸浄斎から電話があった。


『笠原と連絡がつかないんじゃ。あ、それと山火事の犯人を佐胸が突き止めたぞい』


 笠原も殺されたのかと勘繰る馳。仲が悪くて衝突が絶えない間柄であったが、死んでしまえとまで思ってもいないし、死んでほしいとももちろん思わない。それどころか――


「死んだと思うか?」

『いくら電話入れても出ない時点でのー』


 確認する馳に、漸浄斎は言った。曖昧な言い方であるが、ほぼ確信しているようであった。


『こっちが押され気味じゃのー。御主は死ぬでないぞ』

「アルラウネの使徒はまだまだいる」


 馳が静かに告げる。


「全面戦争だ。笠原が死んだなら、これからは俺が指揮を取る」


***


B月6日 14:27


 純子、来夢、克彦、犬飼の四名は、笠原ともう一名のバーチャフォンの中味を見ていた。

 電話帳に名前が幾つも載っているが、全てのアルラウネ宿主の判定はできない。それでもメールの受信履歴の内容で、何人かは把握できた。


「古い履歴に、頻繁に宇宙人だのUFOだのっていう単語が出てくるな。しかも画像フォルダがすげー。エロ画像やエロ動画が無くて、宇宙人とUFOばかりだぞ。二人共だ」


 犬飼がバーチャフォンの内容に関して触れる。


「二人共宇宙人マニアだった。そしてアルラウネの指示で動いている宿主達も、元はそういう繋がり」


 来夢が結論づける。他の三名も同意だった。そうとしか考えられない。


「宇宙人マニアだからこそ、宇宙人ぽいアルラウネを崇拝でもしてるのかねえ」

「超常の領域への欲求も強いのかもしんないよー」


 犬飼と純子がそれぞれ言う。


 その時、犬飼にメールが届いた。


「うげえ……」


 メールの内容を見て、犬飼は思わず呻いた。相手は山火事の依頼をしたチンピラの一人だ。山火事を起こした際に雇われたチンピラ達が、洗われているという報告であった。


「おいおい、俺ヤバくね?」

 三人にメールを見せる犬飼。


「正体きっと知られたよ」

 来夢がおかしそうにくすくすと笑う。


「むしろこれはチャンスだねえ。犬飼さんを狙ってくるのは間違いないし、犬飼さんを餌にしよう」

「いいね。賛成」


 笑顔で提案する純子と、笑顔で頷く来夢。


「うわ、お前らひどいな」


 そう言う犬飼も笑っている。笑うしかない。


「ひどいのは当たり前。俺も純子も悪だから。犬飼さんも悪だし、丁度いい」

「俺だけ善てことでいいな」


 克彦が腕組みし、得意気に笑う


「うん、克彦兄ちゃんは俺の天使みたいなもんだから、それでいい。俺は悪魔になってその天使を堕落させる役割」

「こら、人前でやめろ」


 しなだれかかって言う来夢に、克彦が鼻白む。純子はそれを素早く写真に収める。


「まあ真面目に囮案はいいと思うんだよ。犬飼さんにしてみれば、逆に身の安全にもなるし」

 純子が言った。


「いやいや、囮してどうして身の安全に繋がるのよ。俺はほとぼりが冷めるまで隠れてるよ」

「そのほとぼりがいつ冷めるかなんてわからないし、ずーっと出歩かないわけにもいかないでしょ? それならさっさと敵の数を減らしていって、全滅させた方が安全じゃなーい」

「んー……それは……」


 純子の言い分を聞き、犬飼もそちらの方がいいように思えてくる。


「佐胸さんや漸浄斎さんが来た時、俺達が戦うのは不味くない?」

「というかもう潜入調査の必要無いのかな? 敵の正体も大分割れてきたしさ」


 来夢と克彦が顔を見合わせて話す。


「いや、まだ教団内にいて探っていてくれ。新たにわかる事だってあるし、何か仕掛けを施して欲しい事とかも出てくるかもしれないからな」


 来夢と克彦に向かって、犬飼が言った。


「じゃあ睦月ちゃん達を呼んで、代わりに戦ってもらおうかなー」

「純子が戦えばいい」


 電話をかける純子に、来夢があっさりと言う。


「いやいや、私はマッドサイエンティストだからさー。戦うのは本業じゃないから」

「別にマッドサイエンティストが戦っても構わない。最近のマッドサイエンティストは、自己改造してどんどん前に出て戦うもの。屋上のリオを見習って?」

「いやいやいや……私は黒幕として後ろでコソコソしてる方が、性にあってるから……」


 ぐいぐい押してくる来夢だが、純子は笑いながらぱたぱたと手を振り続けた。


***


B月6日 15:17


 漸浄斎、佐胸、馳、アンナの四人は、アルラウネ達が住んでいた賭源山に訪れた。


 まだ捜査中の警察官達の目をかいくぐり、山の中へと入る。


「カッカッカッ、見事に丸焼けじゃのー」


 灰の中を歩きながら、漸浄斎が笑う。


「生き残りがいたとしたら、山からは離れてるんじゃないかな」


 漸浄斎の方を向いて馳が言う。


「拙僧らが来ると思って、張っている者もいるじゃろうて。ま、それはアルラウネではなく、敵さんかもしれんがの」


 錫杖を灰の中に突き刺し、漸浄斎は笑いながらも油断無く周囲を見回す。


「金庫の蓋が開いてたぞ。中には何も無い」


 金庫の様子を見に行っていた佐胸が報告する。金庫の中には、宿主から抜き取ったアルラウネのリコピーを入れておく事になっていた。


「俺達は金庫の番号を皆知っていたし、敵に捕まって拷問されて、番号を白状して敵に取られた可能性もある」


 佐胸が言う。アンナと馳はそれを聞いてぞっとしない想いだった。


「おやおや、あれを見てみい。敵さんより早めにこっちと出会えてよかったのー」


 漸浄斎が指した方を向くと、赤い花びらを頭につけた白い小人が四人、こちらに向かってくる姿が見えた。


「生きてたのか。よかった」

 馳が声をかける。


「山火事は、火が山を取り囲んで逃げ場が無かったようだ。山の中にいた者達はほぼ全滅した。金庫に入って助かろうとした者もいたが、金庫の中で窒息して死んでいたよ。我々は山の外を根城にしていたから助かった」


 アルラウネの淡々とした報告に、漸浄斎以外は渋い顔になる。


「カーッカッカッカッ、御主らだけでも生きていてよかったよ。金庫の中味はどうしたね?」

「金庫の中に入っていた、移植後のアルラウネのリコピーは、我々が取り出して保管してある。近いうちにオリジナルに渡す」

「せめてオリジナルがどこにいるのかくらい教えてほしいもんじゃのー」

「教えるなとオリジナルに言われている」


 漸浄斎の言葉に、アルラウネは言いづらそうに述べる。教えた方がスムーズに事が運ぶ気がするのは、コピーである彼等も同じ考えであった。オリジナルは慎重なつもりなのであろうが、コピーの宿主達と、コピーアルラウネを挟んでいる事で、いろいろと手間も弊害もあった。


「我々は山からは離れられない。宿主がいない状態でも生きていられるのは、普段はここの木々から養分を頂いているからだ。街にも木は生えているが、街の木々は元気が無いからな」

「木の元気が無い?」


 アルラウネの言葉に、不思議そうな声を発するアンナ。


「植物とて、動物とは違う形で心を持っている。それを口で説明するのは面倒だが、自然な世界の植物の方が活き活きとしている」


 アルラウネのその説明でも、何となくは理解できる一行であった。


「奴等は金庫を調べていた。私達は遠くから双眼鏡で見ていた」

「笠原達を殺したのも奴等だ。私はそれも見た」


 別のアルラウネが発言する。


「複数いたのか?」

「雪岡純子の他に子供が二人いた」


 佐胸の問いに、アルラウネが答える。


(まさかな……。いや、その可能性の方が高いか?)


 子供が二人と聞いて、どうしても来夢と克彦を思い浮かべてしまう佐胸。


 アルラウネ達からは他に情報は無いというので、今後の方針について話し合うことになる。


「犬飼という男はどうするね?」

 漸浄斎が馳に伺う。


「まずは捕獲してから情報を聞き出さないとな。そいつが誰かと繋がっている可能性もある」

 と、馳。


「犬飼を見つけたという情報が入ったぞ。堂々と安楽市絶好町の繁華街を歩いているとよ」

「カッカッカッ、それでは早速行くかの」


 佐胸がディスプレイを投影しつつ報告すると、漸浄斎が笑顔で促した。

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