第三十八章 22

B月6日 12:56


 佐胸が失敗したアルラウネ宿主を狙って、馳星一郎は仲間三名を引き連れて雨岸邸へと訪れた。


 今回連れてきた仲間のうち二人は、笠原がどこから集めてきたアルラウネ宿主であり、馳とは初対面であるうえに、二人共年上だ。その指揮を取るというのも、中々やりづらい。

 しかし戦闘力においては馳が抜きん出ている。戦闘経験もそれなりにあるので、馳が指揮を取らざるを得ない。

 そもそも馳とは相性の悪い笠原経由の仲間という事も、やりづらい原因の一つだ。


「敵は複数。佐胸さんの話では戦い慣れているみたいだから、要注意で。死なないようにチキンな立ち回りでいい。俺がその分頑張るから」


 言ってから馳はしまったと思った。チキンな立ち回りでいいという表現はやめとけばよかったかと。しかし見た感じ、気を悪くした者はいないようだ。


 屋敷の門はまだ壊れたままである。しかし全員で門から入るような愚はせず、二手に分かれて塀の上から入る。防犯装置の類も一応はチェック済みだ。何も無かった。

 しかしこちらの侵入をどうやってか察知し、家の中からぞろぞろと人が出てくる。相手は三名。その中にはターゲットの睦月と、武村咲がいる。


狙撃手スナイパーがいる」


 馳と共に侵入した、線の細い美少年が指先携帯電話を取り出し、もう片方の組と馳にわかるように伝えた。

 この少年は予知能力があるうえに、馳とも親しい。自分が予知した未来を変えることまで出来るという。確実に変えられるというわけではなく、頑張り次第であるらしいが。


(狙撃されるってわかっても、防げないんじゃないか……?)


 と、馳は思う。自分は防ぐ手はあるが、他の二人が問題だ。


「星一郎、十秒経つ前に走って」


 しかし予知能力持ちの仲間に指示され、馳は言うことに従い、駆け出した。

 直後、銃弾が響く。


「全員、動きを止めない方がいい。俺ができるだけ予知を伝える」


 予知能力持ちの少年がさらに電話で指示を出す。


(あいつがリーダーした方がよかったか?)


 今更になって馳は思い、睦月達三名の前へと出た。


(皆、俺と大して歳が違わない。やりにくいな……)


 そう思うも、馳はすでに覚悟を決めている。


「強欲なる王剣!」


 叫びに呼応して青い光の剣が手から生じる。


 睦月が馳めがけて鞭を振るう。

 馳は狙撃を警戒して動きながら、睦月めがけて左右にステップを踏んで向かいながら、睦月が振るった蛭鞭を剣で切り裂いた。


「なっ……」


 睦月は慄いた。超高速で振るわれる鞭を逆に剣で切り捨てるなど、尋常ではない。


 鞭を切断した直後、馳の手から青い光の剣が消える。

 睦月も蛭鞭を体内へと引っ込める。代わりに刃蜘蛛を出す。


「狂え色欲の道化師!」


 紫がかったピンクに光るハートが、大量に馳の手から出て、刃蜘蛛に降りかかる。

 刃蜘蛛に直撃したわけではなく、ハートが近くを舞っただけにもかかわらず、刃蜘蛛は睦月に制御できなくなり、そのうえ睦月めがけて襲いかかった。


「回収」


 しかし所詮は睦月の体から生まれた擬似生命であるため、触って体内に戻してしまえばそれまでだ。


(とはいえ、おかしな力がかかったままだ。今出しても、また襲ってくるねえ)


 体内に回収した刃蜘蛛の調子を読み取り、睦月は思う。


「男がそんな技使うの、どうなのかなあ?」

「う、うるさいな……」


 睦月の指摘に、うろたえる馳。本人もこの能力を設定してから、ちょっと気にしていた。


「加藤さんっ、逃げろ!」

 予知能力者の男が叫ぶ。


 加藤と呼ばれた男は亜希子と相対していた。ゴスロリ姿の亜希子を見て好色な笑みを浮かべ、目から赤いビームを放つ。

 亜希子はビームを巧みに避けていく。加藤は口からも太めの赤いビームを放つが、これも避けられる。


「トロいね~。でも飛び道具は厄介だし、スケベ笑いが気に入らないし、そもそもこっちのこと殺しにかかってきてるんだから、容赦もいらないか」


 亜希子が妖刀火衣の力を発動させる。


「はえっ!?」


 股間が乱暴に掴み取られる感触を覚え、さらには物凄い力で引っ張られて宙を舞い、加藤は上ずった声をあげる。

 空中にいる加藤めがけて、小太刀が一閃する。


「ぐえあぁあおああああぁあぁああああっ!」


 服の上から器用に男性器を切断され、世にも悲痛な叫び声をあげる加藤。他の者達も戦闘中にも関わらず、思わず加藤の方を見たほどだ。


「火衣、嬉しい? ああ、痛かったでしょ。でもすぐ楽にしてあげる」


 小太刀に向かって笑いかけた後、亜希子は加藤の首に小太刀を突き刺した。


「娼婦の嫉妬深き爪!」


 馳が両手に赤い光の短剣を出現させて、睦月へと迫る。


 睦月は刃蜘蛛も蛭鞭も使えない状態で、至近距離から二匹の雀を放ったが、馳は身をかがめて回避し、睦月の懐まで飛び込んだ。

 赤い光の短剣が、睦月の脇腹と胸をそれぞれ切り裂く。


「え……?」


 胸を切ったときの感触に驚きつつ、その場を飛びのく馳。短剣は消えている。


(女かよ……)


 思わず切り口を見ようとすると、睦月はちゃんと服ごと胸を押さえ、馳を睨んでいた。


「まさか知ってて……ってわけじゃないよねえ」

「ち、違うっ」


 半眼で睨まれて、反射的に否定してしまう馳。


(ダメージは大したことないけど、このまま胸を押さえて戦うってのも面倒だねえ。なりふり構わずに……)


 そう睦月が思った、その時だった。


「う……」

 猛烈に気分が悪くなり、崩れ落ちる睦月。


 アセチルコリンの分解阻害が引き起こされ、頭痛、眩暈、激しい発汗、吐き気、胸への圧迫感など、様々な症状が一斉に睦月を襲っていた。


(毒か……。多少の毒なら体外へ排出できるけど、毒の種類によっては、再生力が効かないか、場合によっては逆に作用することもあるって、純子が言ってたねえ……)


 実際には毒ではない。例え睦月の体内にサリンが吸引されてもすぐ排出されるが、能力そのものの効果によって、体内から大量に発生し続けるアセチルコリンは、睦月の体が毒と見なさなかったが故に、排出することもなければ、アセチルコリンエステラーゼとの結合によって分解される事もなく、大量に溜まっていく。


「睦月!」


 自分の戦いを終えた亜希子が、青ざめた顔で倒れ、目を見開いたまま瞳孔を縮小させて痙攣している睦月を見て叫び、馳と睦月の方へと向かっていった。


「斉藤さんっ、深追いしちゃ駄目だっ! 星一郎も逃げろ! 退却だ!」


 予知能力使いの少年が叫ぶ。


 斉藤と呼ばれた男は、咲と向かい合って、牽制しあっていた。相手の動きさえ止めておけばいいとして、お互いに動こうとしなかった。


 しかし斉藤は加藤が殺されたのを見て、咲は睦月が倒れたのを見て、戦闘を開始していた。

 斉藤はシンプルに身体能力の強化だけだった。咲に正面から突っ込んでいく。


 咲が放った赤い花びらが、斉藤の頭に付着する。斉藤はよく見ていなかった。


「何……だ? こ……れ……」


 自分の体の動きが、自分の感覚とズレている事に、斉藤は激しい戸惑いを覚える。そして自分の体の動きを上手く制御もできない。

 予知能力使いが何やら叫んでいたが、耳に入らない。非常に聞きとりづらくて、何を言っているのかわからなかった。平衡感覚も狂い、立っていられなくなって、酔っ払いのようによろめく。


 その斉藤の眉間を、屋敷の屋根の上から葉山が狙撃して撃ちぬいた。


(二人もやられたかっ)


 これはいくらなんでも分が悪いと判断し、馳も予知能力者の判断に従い、撤退する事にした。


「怠惰を尊ぶ漁師の網!」


 自分に向かってくる亜希子めがけて、広範囲に広がるピンクの光の網を放つ。


 網のその大きさを見て、亜希子は避けきれないと判断し、小太刀を激しく振るい、網を切り裂いて逃れようとしたが、切られた網はすぐ繋がってしまい、亜希子は網から出ることかなわなかった。


 背を向けて逃げる馳と予知能力者に、葉山が狙撃銃を向ける。


「来るよ!」

「わかった! 貧者の暴食!」


 予知能力者の叫びに呼応して、馳も叫ぶ。すると馳の背中に、緑色に光る巨大な唇が現れた。


 変な唇の出現に少し驚いた葉山だが、唇を避けて、馳の後頭部を狙って引き金を引いた。


 だが銃弾は馳の頭を撃ち抜くことなく、緑色の光の唇へと吸い寄せられ、溶けてしまった。スコープ越しに葉山が見たのは、銃弾が溶ける場面だけであり、何が起こったのかよくわからなかった。


「睦月……しっかりしろ……」


 咲が倒れている睦月の前にかがみ、頬に触れて呼びかける。睦月は目を見開いたまま痙攣しているままだ。まさか不死身と思われた睦月が、このような有様になるとは思わなかった。


「あらあら、情けない様ですわね。私がいなかったらどうするつもりでしたのかしら」


 その時、屋敷の中から百合が出てきて、倒れた睦月を見下ろして呆れたように言った。


「家族なんだろっ。嫌味を言ってないでさっさと助けろっ」

「無理よ……ママはこういう人なんだから。でも助けに出てきてくれたし、いいの」


 百合に食ってかかる咲を、亜希子が制する。

 百合がしゃがみ、睦月の首筋に手をあて、解析にかかる。


「なるほど……これは睦月の再生機能が、体の異常に反応していないのと同時に、神経伝達物質が狂っているせいで、再生機能そのものも阻害されてしまっているのですわ」


 百合は死霊術師である。死霊術師は死だけを扱うには留まらない。生命活動の扱いにも長けている。医療にも人体にもそれなりに精通している。


「あれ……百合……」


 百合の術によって、増加しすぎた神経伝達物質の分解が促されると同時に、強力な再生機能も正常に働きだして、睦月は意識を取り戻す。少し疲労感はあるが、苦しさはもう無い。


「情けない姿を――」

「あっ、睦月がやられて……って、何を出してるんだよおおぉぉっ! 見てない! 見てないからなあっ!」


 百合が何か言おうとした矢先、屋敷から出てきた白金太郎が、切られた服から覗いた胸を見て喚きつつ、顔を手で覆っていた。


「いや……見たからそんなリアクションしてるんだろ」


 白金太郎に突っ込む咲。


「不可抗力だし、それ以前に白金太郎のこういう反応は、怒る気しないけどねえ」

「いい歳なのに、ここまで異性に免疫が無いのはいかがなものかしら……。女三人と一緒に暮らしていますのに……」

「ていうか、見ても黙ってればよかったんじゃない?」


 白金太郎を見やり、ひそひそと囁きあう睦月、百合、亜希子であった。

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