第三十八章 21
B月6日 13:12
純子と来夢と克彦は、闇タクシーでアルラウネの潜んでいた賭源山へと移動した。
「ひょっとして目的地は、あの山火事のあった賭源山ですか? あ、答えなくてもいいですよ」
純子と顔馴染みの、髭面の初老のタクシードライバーが尋ねる。
「うん、山火事跡見学ツアーしようと思ってさー」
「ほほう、純子ちゃんも随分と暇人になったものだ」
純子の誤魔化し方がおかしくて、タクシードライバーは笑う。
「ねえ純子、アルラウネって人間にとって敵なのかな?」
来夢がふと疑問に思った事を口にした。
「私のマウスに移植されたリコピーを回収するるために、マウスを殺しているんだから、あまり人のことを大事には思っていないだろうねえ」
と、純子。
「純子が直接知っているアルラウネ本体は、嫌な奴だった?」
「んー……凄く性格いいという感じではなかったけど、特に嫌な子とも感じなかったなー。ただ、表面上こそ友好的に振舞っていたものの、どこか冷ややかに私達を観察していたかのような、そんな印象を受けたよー。自分が大勢の科学者に囲まれて実験台という立場でありながら、それを面白がっているような。あるいは……利用でもしていたかのような、そんな言動さえたまにあったしねー」
「じゃあやっぱり嫌な奴だ」
純子の話を聞いて来夢は断定する。
やがて三人は現場に着いてタクシーを降りる。警察の姿もちらほら見えたので、見つからないように亜空間トンネルを移動して、賭源山へと向かった。
賭源山だけではなく、周囲の山林にも火は相当広がっていたが、すでに鎮火している。草木が灰となって木々の間に積もっている。
「前に来た時と全然違う風景になっちゃってるよ……」
一面の焼け跡を見渡し、克彦が呻く。
「地面の中の金庫って、どの辺にあるかも聞いてあるんだよね?」
「うん。ただ、大体の場所でしかなくて、目印も一つしか無いみたいだから、ちょっと探す必要があるけどねー」
克彦に問われ、純子が言う。
「亜空間トンネルの中からじゃわかりにくいし、そろそろ出よう。警察官もいないみたいだし」
「了解」
純子に促され、克彦がトンネルの出口を開く。
亜空間から出て、灰を踏みしめてしばらく歩いた所で、純子達はばったりと、笠原とその仲間の男一名の計二名と遭遇してしまった。
「お前達……漸浄斎の所にいた奴じゃないか。雪岡純子とつるんでいたのか……。探るために、潜りこんでいたというわけか」
来夢と克彦の姿を見て、笠原が怒りを露わにする。
「克彦兄ちゃんっ」
「わかってる、漸浄斎に連絡させる前に速攻っ」
来夢が小さく叫び、克彦も早口で告げて、黒手を五本、展開する。
笠原と男性一人めがけて伸びる黒手。しかし五本の黒手が、破裂音と共に、何かが爆発でもしたかのように、一斉に弾き飛ばされた。地面の灰も派手に舞い上がっている。
「何だ……?」
さらに二本の黒手を放つが、また破裂音がして、灰が舞い上がり、黒手も弾かれる。
笠原の前に、男が立つ。まるで笠原をかばうかのように。
「あの後ろの褐色の人は、支援型の能力みたいだからねー。今、圧縮した空気を解き放ったのは、前にいる人の能力だよ」
純子が敵の能力を見抜き、来夢と克彦に教える。純子が手がけたマウス――後にラット扱いした者にも、同じような能力を持つ者がいた。
「ちなみに奥の褐色の人の能力は、中々厄介だよ。他人の体を別の場所に移す力だから、攻撃が当たる前に移動させられちゃう」
「どうしてそれを……」
純子の言葉を聞いて、狼狽する笠原。純子は夕月と笠原達との戦いを見物していたからこそ、知っているのだが、笠原はあの時、純子の存在に気付いていなかった。
「じゃあ、奥の人から殺した方がいいね」
二種類の翼を生やして宙に浮く来夢が、笠原を見つめ、歪んだ笑みを浮かべる。
来夢から邪悪さすら催す殺意をあてられ、笠原は鳥肌が立った。
笠原の前に立つ男が、殺気と共に空気の弾を複数放つ。
「中々面倒臭そうな攻撃だけど、まあ来夢君も似た様なもんか」
すでに来夢が重力弾を放っているのを見て、純子が言った。互いに不可視の攻撃だ。
男の放った圧縮空気弾は途中でその勢いを殺され、明らかに動きが鈍くなり、やがてひしゃげ、来夢と克彦に届く前に爆ぜてしまう。
それが見えているのは、男と純子だけだ。他の三名には、ただ破裂音が鳴り響いただけの変化しかわからない。男の顔色が変わる。
来夢は重力弾を放つ一方で、敵の攻撃に備えて、周囲に重力場の結界を幾重にも張っていた。
そして男も圧縮空気弾を放つ一方で、圧縮された空気の壁を自分と笠原の周囲に張り巡らせて、敵の飛び道具の威力を殺す構えであったが、来夢の放った重力弾は逆に空気の壁を歪めて押し潰し、先程とは異なる破裂音を響かせる。
「げあっ!?」
重力弾が男を押し潰す。
笠原は目を剥いた。自分の能力もバレていたし、来夢が自分の方を狙うと宣告していたので、自分の方が先に狙われると考え、仲間への攻撃の警戒を怠り、自分が不可視の攻撃をいつ受けても瞬時に転移できるよう、身構えていたからだ。
慌てて仲間の男を転移させて、重力から解放するが、男はうつ伏せに倒れたまま動こうとしない。
「俺の言うこと、正直に信じたの? お馬鹿さんだね」
笠原を見て、くすくすと笑う来夢。笠原の顔がまたも怒りに歪む。
「で、貴方は支援するしか芸無し? それなら尚更、自分より仲間の方を徹底して守るべきだったよね? あまり戦い慣れてないのかな?」
「うるさいっ!」
さらに挑発する来夢に、笠原が銃を抜く。
その笠原の体に重力弾が降り注ぐ。
「ありがとうよ。攻撃してくれて」
すぐ背後で笠原の勝ち誇った声がしたので、来夢はぎょっとした。目の前にいたはずの笠原の姿は消えていた。
笠原の転移能力は、命に危険が及んだ者限定という厄介な条件がある。自由自在にできるものではない。笠原がそう認識した場合には、視界内の任意の場所へと移動させることができる。
自分や仲間の命を危険に晒して、不意打ちという利用法は笠原の本意ではないが、追い詰められた時にはその方法を用いる事も考えていた。今がまさにその時だ。
頭から血を流して笑いながら、来夢の背後から銃を向け、引き金に力をこめる笠原。
銃弾が至近距離から来夢の頭を撃ち抜くと確信していた笠原であるが、来夢はそうならないと確信していた。いきなり背後に現れた時は驚いたが、それだけだ。自分が一人であれば死んでいたかもしれないが、一人というわけではない。
銃を撃った瞬間、黒手が超反応して来夢の前に現れ、銃弾を阻んでいた。
笠原の勝ち誇った笑みが凍りついた。そして来夢がゆっくりと振り返る。
この距離なら、来夢は反重力で相手を吹き飛ばす力で攻撃もできる。しかし吹き飛ばしてもまた転移で逃げられるだろう。
「純子も手伝ってよ。この人の能力を発動させずに仕留めるの、俺では難しそう」
「捕獲も難しそうだしねえ。しゃーないかー」
来夢に声をかけられ、純子が右手首の先を転移させて、笠原の後頭部を掌で触った。
笠原の頭部の後ろ半分が綺麗に消滅し、脳と頭蓋の断面が見えた。脳と血が頭からこぼれ落ち、笠原の体も崩れ落ちた。
「油断しすぎだっ!」
克彦がいつになく強い怒気を孕んだ声で叱責する。
「ごめん。でも克彦兄ちゃんがいるから油断もできる」
「それでも油断して相手を見くびるのはやめろ!」
「ごめん……」
本気で怒って注意する克彦に、しゅんとなる来夢。
「死体をこのままにしておいたら厄介かも」
笠原の死体を見下ろして克彦が言う。もう一人の方は生きているようだ。きっと純子が連れて帰るだろうと推測できる。
「克彦兄ちゃんの亜空間トンネルに入れておくのは?」
「何かをずっとしまっておけるような便利なものじゃないぞ。亜空間トンネルを解除したら、中にあるものは排出される」
「じゃあ克彦兄ちゃん、これからはずっと死体と一緒だね」
「えー? ひどい人生だ」
微笑みながら口にした来夢の冗談に、克彦も笑みをこぼす。
「ちょっと手間だけど、私が原子分解しておくよー。中にいるアルラウネは抜き取っておくけどね」
純子は触れたものを原子分解できるが、触れた箇所とその周辺程度しか分解できない。人一人を完全に消すのは、多少の時間を要する事になる。
「中にいるアルラウネも死んだの?」
来夢が問う。
「多分ね。同化しているし、コピーのアルラウネはメンタル面が敏感な生き物だから、宿主が死ねばアルラウネも高い確率で死ぬし、即死しなくてもそう長くは生きられないでしょー。あ、オリジナルとなると、話は別だよ。リコピーは元々自我も無いし、これもまた別」
「儚い命。何か可哀想。でも人間の方は可哀想とは思わない。不思議」
笠原の死体を消しにかかる純子を見つつ、来夢は笑いながら言った。
「あいつはどうするんだ?」
気絶している空気使いの男を見る克彦。
「研究所に持ち帰りたい所だけど、私達が持って帰るのは手間だし、縛って放置して、『恐怖の大王後援会』を呼んで運んでもらうよ。でも恐怖の大王後援会の人が来るまでに、他に見つかる可能性もあるんだよねー」
「それは不味いね。こちらの正体が知られる可能性があるから不味い。純子には悪いけど、そいつも始末しておいて」
「んー……勿体ないけど仕方ないかー」
来夢に言われ、純子は渋々実験台の確保を諦めることにした。
笠原ともう一人を原子分解し終えた後で、三人は再び地面の中の金庫とやらを探して、山の中を歩き回る。
しばらく歩いて、金庫を発見した。しかし地面の中から半ば露出し、蓋が開きっぱなしで、中味が無い。
「空振りで空っぽ」
来夢が肩をすくめる。
「火事の時には蓋は閉まっていたみたいだねえ。つまり火事の後に持ち去られたんだろうねえ」
金庫を調べて、純子が言った。
「警察に? それともアルラウネの生き残りにかな?」
克彦が純子に伺う。
「多分後者だと思うよー。ま、収穫無しってわけじゃないよー」
純子が腕時計と指輪をかざしてみせる。
「ああ、バーチャフォンか」
克彦が収穫の意味を理解して言った。笠原ともう一人が所持していたものだ。
「この中に何か有力な情報があるかもしれないしねー。敵さんの名前と電話番号もわかるでしょ」
屈託の無い笑みを広げて、純子は言った。
***
B月6日 12:44
亜希子の携帯電話に、真から電話がかかってきた。
『そっちもアルラウネ狩りの連中とやりあっているようだな』
「そっちも? じゃあ真も? ちょっとこの電話、睦月達にも聞かせるよ?」
言いつつ電話の音声を上げる亜希子。リビングには睦月と百合と葉山がいる。
『構わない。こっちはバイパーって奴の手伝いをしている。どうやら僕等が相手をしている連中と、お前達を襲った敵は、繋がりがあるみたいだ』
「ふーん。じゃあ協力しあうこともできそう?」
『こっちはこっちで動いているし、守る対象もいるから、共闘するのも中々難しいな。部分的には協力できると思う。情報の交換とか』
「うーん……こっちは目ぼしい情報無いけどねえ。とりあえず情報交換しようか」
睦月が言い、これまでの経緯を語った。その後で真も、これまで何があったかを語る。
『アルラウネ狩りをしている奴等はかなりの数いるし、まだ狙われるだろう。お前達が一度交戦して敵を退散させたなら、場所も割れてるはずだし、注意しろよ』
「あはっ、御忠告どうも」
真との電話が切れた所で、葉山と百合が微かに目を細めた。
「早速来たようですよ」
本を読んでいた葉山がぽつりと呟いた。
「あはっ、噂をすればだねえ」
「数が多いですわね。家を荒らされるのはもう勘弁してほしいですわ。外で戦ってきてくださるかしら」
今日も編み物をしている百合が、立ち上がる睦月に言う。
「何よもー、そんなこと言うなら、ママも力貸してくれればいいじゃな~い」
「あらあら、私が出て行ったら、貴女達の遊び道具が一瞬にして壊れてしまいますわ。貴女達のためを思って遠慮していますのよ」
亜希子が文句を言うが、百合は笑顔でそう返し、動こうとはしなかった。
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