第三十八章 20

B月6日 11:29

 漸浄斎、佐胸、憲三、アンナの四名が揃って出かけていたが、来夢と克彦は尾行する事も無かった。実の所、うっかり見逃していた。


「毎回克彦兄ちゃんが消えてたんじゃ不審がられるし、適度に尾行でいいよ」


 と、来夢がとってつけたようなフォローをしたが、克彦はがっかりしたままだった。

 現在来夢と克彦は、久美、弥生の二人と、居間でだらだらと雑談をかわしていた。


「私は今、ここを盛りたてようと夢中だけどさ、正直、熱中できることがあれば何でもよかったのかも」


 盛り上げるための案に行き詰った久美が、座卓の上にだらけて突っ伏しながら言った。


「学校で、部活に熱中とかはできなかったの?」


 座卓の上にタペストリーを並べた弥生子が尋ねる。


「学校は……息が詰まる場所だった。工場みたいなイメージ。私達は社会の歯車の量産品でしかなくて、学校ってのは歯車の選別が行われる工場としか受けとれなかった」

「そう。でも、予め定められた形に収まらないのはいいことよ。己の宇宙を広げるのは生命の正しい在り方。そして宇宙すら越えて旅は続く。命は旅路。己を見つめ、探し続ける旅路」


 物憂げな表情で述懐する久美に、弥生子は柔和な笑みをたたえたまま、詩を吟ずるように語る。


「弥生子さん、何かいつもと違う表現」


 来夢が指摘し、久美は意外そうに来夢を見た。久美にはいつもの弥生子のようにしか思えないが、今の台詞のどこに違和感があったというのか。


「どの辺がそう思えたのかしら?」


 来夢を見て、弥生子は興味深そうに尋ねる。


「言霊の性質が違う。弥生子さん自身の強い気持ちが言葉の端々に混じっている」

「そう……流石ね」


 来夢の指摘は、久美はもちろんのこと、克彦にさえ理解できなかった。論理的な答えではなく、感覚的な答えだ。しかし当の弥生子には通じているようだ。


「ところで来夢、月那美香に会わせてくれるって話はどーなったの?」

「覚えてた」


 久美の質問を受け、来夢は微笑んでぽつりと呟いた。


「美香、あんなんでも公私共にいろいろ忙しい。アイドルと裏通りの仕事以外にも、クローンの面倒も見ている。音楽の練習にも熱心だし」

「そっか……そうだよね。あの人、本当超人だよねえ。本当憧れる」

「美香は馬鹿だけど、凄く頑張り屋さんなんだ。美香は馬鹿だけど、超人と呼ばれるに値するだけの血と汗と涙を流している。美香は馬鹿だけど、誰よりも誠実に人と接するし仕事もこなす。美香は馬鹿だけど、誰よりも人の心や絆を大事にするから、直接会えばきっともっと好きになれると思う」

「いや……あのさ……何で馬鹿を四回も繰り返す必要があったの?」

「それだけ大事なことだから」


 呆然とする久美に対し、来夢はきっぱりと言い切った。


 その時、来夢にメールが入る。相手は純子からだ。

 メールの内容は、例の丸焼けの賭源山の中に、アルラウネのオリジナルに繋がる手がかりになる物がある事が発覚したので、一緒に確認しに行こうというものであった。


***


B月6日 11:14


 雪岡研究所の実験室にて、犬飼が連れてきたアルラウネは、純子と犬飼を前にして、アルラウネのオリジナルの目的を述べた。


「お前達が移植したリコピーにせよ、同化寄生した野良コピーにせよ、宿主を進化した記録がDNAに刻まれているはずだ。その遺伝情報の収集こそが、彼女の目的だ」

「皆、オラにDNAを分けてくれってか?」


 アルラウネの話を聞き、犬飼が茶化す。


「命の探求者――か……」

「ん?」


 純子の意味深な呟きを犬飼が訝る。


「私の前で、オリジナルのアルラウネは自分を指してそう言ってたよ。アルラウネは、自分の正体も可能性も、知らなかった。そして知りたがっていたんだ。だから私達の研究にも積極的に協力してくれてたんだよね」


 三十年前の日本と中国合同のアルラウネ研究。その時、純子はアルラウネという、地球外の生命と――人が加工したものではない知的生命体と、初めて出会った。


「例えば睦月と咲のアルラウネが引っこ抜かれてオリジナルに渡れば、睦月と咲の能力をオリジナルが得る――と考えていいのか?」


 犬飼が尋ねる。


「オリジナルはもちろん、コピーも遺伝情報を得られる可能性があるねえ。正確には、コピーが宿主を得た際に、宿主に複数の能力を授けられる可能性があるっていう形だろうけどね。アルラウネ自身は、寄生しなければ無力無害だし。あるいは――」


 純子はアルラウネを見た。


「寄生しなくてもよい体になる事もできる? まあ、その辺はアルラウネにとっては致命的問題でありつつも、重要じゃないんだけど」

「何だよ、その日本語」


 純子に質問に、犬飼が突っ込む。


「寄生は必須だとしても、宿主を見つけるのに苦労しはないってこと。それに同化したら分離不可能なコピーやリコピーと違って、アルラウネのオリジナルは宿主から抜け出して、また新たな宿主を探せるんだよ。それが大きな違いの一つだねー」


 アルラウネが答える前に、純子が解説する。


「正直それは考えにくいな……。オリジナルは我々とは規格外の部分もあるが、宿主無しで長期の行動は……」


 アルラウネが答える。


「しかしオリジナルはそういう進化もできるのでは?」

「いや、いくら規格外と言っても、そこまでは……」

「そもそも我々とて、オリジナルの可能性の全てを知るわけでもない」

「それはオリジナル自身もだろう?」

「できないと断ずるのは早計。それはあくまで我々基準だ」

「いや、宿主無しというのは、アルラウネという生物の本質を根本から覆す」


 純子と話をしているアルラウネ以外も、アルラウネ同士でやいのやいのと議論を始める。


「コピーはオリジナルが産んでいるとして、コピーとオリジナルは主従の関係なのか。能力的にも劣るみたいだし。他の生物と違って、自分と同じ性能の子を産むってことはないのか?」


 アルラウネ達の議論が収まるのを見計らって、犬飼が質問した。


「わからない……」

「それも進化次第の可能性だ」

「現時点では不可能とわかっている。そして私個人の意見では考えられない」


 アルラウネ達が答える。


「その可能性はもちろんあると思うけどねえ。コピーはもしかしたら働き蟻みたいなポジションなのかもね。コピーは数を増やすこともできないし。リコピーは私達が無理矢理作った自我の無い出来損ないみたいなアルラウネだしねー」


 純子が私見を述べ、アルラウネに視線を落として、最も肝心な質問を口にした。


「で、オリジナルはどこにいるの?」

「それはわからない。現れる時は向こうから来る。しかし滅多に現れないし、宿主も頻繁に代わっていた。そのうえ最近は姿を見せなかった。差し出すために集めたリコピーはまだあの山の中だ。一応地面の中の金庫に保管してあるので、燃えてはいないだろう」


 アルラウネが淀みなく答える。嘘を見抜くのに長けている純子と犬飼は、アルラウネが嘘をついているとは感じなかった。


「じゃ、ちょっと調べてみるかなー。犬飼さんは動かないでてねー。私と来夢君達とで、山の中行ってくるよー」

「はいはい、俺はどーせ余計なことしかしませんからねー」


 純子に釘をさされ、犬飼はおどけた口調で言い、肩をすくめた。


***


B月6日 13:30


 佐胸はチンピラ繋がりの情報網を駆使して、賭源山の放火に関わったチンピラの何名かに、あっさりと辿りついた。

 そのうち三人ほどに金を掴ませ、情報を確認した所、全く同じ情報を聞きだすことができた。


「脳減文学賞受賞作家の犬飼一、こいつが犯人だ」


 佐胸が漸浄斎に報告し、ホログラフィー・ディスプレイに顔写真の画像も映して見せる。


「おや、見覚えのある男じゃのー。なるほど、そういうことじゃったか」


 漸浄斎がにやりと笑う。


「知ってるのか?」

「この男の前で、アルラウネの移植者を殺めたでの。つまりは復讐というわけじゃな。カッカッカッ」


 早速その事実を笠原に知らせんと、電話をかける漸浄斎。


「ふむ……笠原に何かあったようじゃ」


 何度か電話のベルを鳴らした後、漸浄斎は少し険しい顔になって言った。


「何?」

「件の山に手勢を一人連れて、アルラウネの生き残りを探しに行ったんじゃがのー。電話しても反応が無い」

「たまたま出られないんじゃないのか?」

「山におるのに出られんことがあるのか? さっき山に着いたと連絡があったばかりじゃよ」

「電波が通じてないとか?」

「あの山は電波が通じるようにしてあるんじゃ。これは何かあったと見てよいぞ」


 不敵に笑う漸浄斎。笠原の身を案じているようで、実は大して案じておらず、状況を面白がっているだけだと知って、佐胸は呆れていた。

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