第三十八章 14
B月5日 12:12
安楽市絶好町繁華街南部にある夜叉踊り神社。その敷地内にある謎の料理店、暗黒魔神竜庵に、来夢、克彦、純子、犬飼の四名が顔をつき合わせていた。
「私はシュレディンガーのねこまんまと、反宇宙的二元グノーシス主義サラダと、時計仕掛けのカシスオレンジでー」
「無常の果実ジュースと、ロンドン橋マイフェアレディ人柱入りラーメンね」
「ディマトリアと卵のそぼろ丼、遊星からの物体汁、コトリバコココア」
「暗黒魔神龍の量子風煮込み、マクスウェルの悪魔が沸かしたコーヒーください」
純子、犬飼、来夢、克彦がそれぞれ注文する。
「地球には無い――あるいは無いと思われる有機物を含んだ、植物と思われる寄生生物。十年前、120メートルの怪獣とまでなったアルラウネの話は知らない?」
「都市伝説程度には聞いたことある……」
純子に問われ、克彦が答えた。
「表通りのマスコミは一切報道してないからねえ。でも知ってる人は多いよー。ネットを掘り返してみれば、画像はいっぱい出てくるし」
「何で純子がそのアルラウネを持っていて、マウスに移植しまくってるの?」
来夢が尋ねる。
「三十年以上前、まだ日本と中国に国交があった時代、日中合同チームでアルラウネの研究をしていたからだよ。優秀な科学者がそこら中から集められて、私もその中にいたんだ。でも米中大戦が起こる直前に、オリジナルのアルラウネが何者かに持ち逃げされちゃって、チームは分解。私達の何名かは、こっそりとアルラウネのコピーを持ち出して、そこからリコピーを培養し、実験台に移植してるってわけ。でももうアルラウネの研究は、行き詰った感があるけど」
最近はあまり、アルラウネの移植もしなくなってきた純子である。
「それを移植するとどうなるの?」
今度は克彦が質問する。
「移植――もしくは寄生すると、宿主の願望に合わせて、強制的な進化が発生するんだよ。その進化に耐えられず死んじゃうこともあるけど、条件がわからないなー。宿主のメンタルが弱っていると、寄生した自我のあるアルラウネは宿主の悪影響を受けて、暴走する事例は確認されているけどね」
武村咲のことを思い出しつつ喋る純子。
「強制的な進化って何か凄い。ぜんまいハッスル」
アルラウネに寄生された自分の胸が膨らんで、股の間に割れ目が出来るのを想像する来夢。
「私が改造して力を得るか、移植されたアルラウネによって力を得るか、結果的には同じように見えて、経緯は違うし、体内にアルラウネを宿しているか否かってのは大きなポイントだよ。アルラウネの宿主は、私の意志でも予想がつかない形で、進化していくからねー」
その思いも寄らぬ進化が面白いと感じていた純子であるが、ただ面白いだけで、その謎のほんどが、解けぬままであった。
「昨夜見た、あのアルラウネは自我があるんだよね? 無理矢理寄生とかはしないの?」
疑問を口にする克彦。
「アルラウネは必ず合意を得た上で寄生して宿主を得るの。そうしないと拒絶反応が起こっちゃうんだ。アルラウネは精神面で、人間より脆い部分があるみたいだからね」
「純子が移植した場合は異なるの?」
克彦がさらに質問をぶつける。
「私が移植するアルラウネのリコピーは、本当に植物そのものだからね。自我は無いよ。植物にも感情はあるって説が、現代では有力になってきているから、完全に心が無いとは断言できないけど」
しかしリコピーの寄生者が、アルラウネの声を聞いたという話を、純子は知らない。
「昨夜のあのアルラウネの大群が何であるかは、純子にもわからないのか? 推測くらいはついてるのか?」
そう尋ねたのは犬飼だった。
「憶測は立てられるけどね。犬飼さんは知ってるけど、武村咲ちゃんには野良アルラウネが寄生していた。あれはコピーだよ。似た様な野良コピーアルラウネが、どうやってか増殖したんでしょ。でもその増殖方法は? 私達はオリジナルが生み出すものを扱うか、オリジナルから培養するしか方法が無かったし、交配や、意図的な第二世代の製造は、上手くいった試しがないし。そうなると考えられるのは……三つ。一つは私達より凄い科学者がいて、アルラウネの増殖に成功した。一つは何だかよくわからないけど、アルラウネのコピー同士で勝手に増殖方法を見つけた。そして最後の一つは……」
「アルラウネのオリジナルが、コピーを増やしているとか?」
純子に代わって発言したのは、来夢だった。
「うん、そういうことだね。最後のが一番可能性としては高く、一番厄介なケースだけどねー」
そのわりにはおかしそうに笑いながら話すと、純子を見て他の三人は思う。
「オリジナルもコピーと同じ見た目かい?」
「うん、見た目は変わりないよ」
犬飼の問いに純子は頷いた。
(あの中に紛れ込んでいても、不思議では無いってことかな……。まあそう上手くはいかない気がするが、試してみる価値はある)
この時犬飼の中で、抑えきれない衝動が膨らんでいた。
***
B月5日 12:31
久美が今後の享命会をどうしていくか、話し合いたいというので、漸浄斎、久美、弥生子、憲三の四人でもって、昼食後の会議が行われていた。
会議といっても皆で畳に座り、リラックスした状態での話し合いだ。それでもこの教団の今後を決める重要な話であることに変わりはない。
「信者がもっと増えて、増えた信者達も皆共同生活するとなれば、もっと大きな場所が要るね。このお屋敷では限界あるでしょ」
久美が漸浄斎に向かって言うが、漸浄斎は腕組みして難しい顔をしている。
「とても資金が足らんわい。弥生子さんにいつまでも甘えるわけにいかんしの」
「普通の悪徳教祖様なら、どんどんむしり取る所だけど、漸浄斎はそういうことしないのねー」
「カッカッカッ、そういうことができれば、乞食坊主にまで堕ちやせんて」
冗談めかして言う久美に、漸浄斎が笑う。
「漸浄斎さんはその格好やめるつもりないみたいだから、仏教系から派生っていう売り出し方をするのは?」
憲三が意見を述べる。
「本家の仏教に目をつけられるという危険性もあるが、まあそれでもよいな」
と、漸浄斎。
「つまり、それは不味いってことね……。却下で」
目をつけられていいわけがないと、久美は呆れる。
「漸浄斎さんがこれまで通り奇跡をアピールする方がいいかな。もっと奇跡の押し売りをするような形でさ」
「奇跡の押し売りとは面白いのー。で、具体的にどうするつもりじゃ?」
久美の話に興味を抱き、面白がる漸浄斎であったが、詳しい話を聞いて引く事になる。
「引きこもりとか精神障害者の人がいる所に無理矢理押しかけて、喝をしていくんだよ。それらが全部信者になるとは限らないけど、それでもついてくる人は出ると思う」
流石にそれは勘弁してほしいと思い、漸浄斎は引きつった笑みを浮かべる。
「拙僧の喝にあまり期待しすぎんでくれよ。一定水準の底上げはできるわ。しかし完全に元気もりもりとまではいかんでの。ドン底を谷の中腹にまでひっぱりあげる程度のものよ。結局自分を救えるのは自分しかおらんのじゃ」
「それでも救いとしては十分に機能しているし、それで救われたと感じたから、弥生子さんも憲三君もここにいるんでしょ」
なおも食い下がる久美に、どうしたものかと悩む漸浄斎。
(やっぱり久美は凄いな……。俺だって力は得たけど、それはただの力であって、人としてはかなわない……)
憲三はそう意識して、アルラウネを宿す前と同様にコンプレックスが刺激される。
力を得て浮かれている憲三だが、その一方で、宗教団体の盛り上げをてきぱきとこなしている久美が未だ眩しく見えるし、引け目にも感じている。それは力を手に入れても結局変わらなかった。
その理由はわかっている。自分で得た力ではなく、授かりものだからだ。
(引け目に思うことはないのではないか? 彼女とて、運よく力を授かって生まれた。あるいは運の良い環境で能力が育まれた。君も運よく私と巡りあえた。この世にあるのは運だけだ。能力や努力も、運という土台の上で成り立つものだ)
静かな声が頭の中で響く。昨夜宿したアルラウネの声だ。
(それよりあまり気持ちを沈めたり、過度のストレスをかけたりしないようにしておくれ。私にも悪影響が出る。気持ちの乱れやストレスが過ぎると、私は暴走するらしい)
アルラウネのその言葉に、憲三はぞっとした。ひょっとして、取り返しのつかないことをしたのではないかと。
(取り返しはつかないよ。私と君はもう分離は不可能だからね)
憲三の心を読み取って、アルラウネが告げる。
(精神を乱しさえしなければ、悪影響は無い。それだけ注意すればいいんだ。あとは……力を得ても過信して、滅茶苦茶しないようにね。いずれにせよ君次第だよ)
憲三は理解する。アルラウネが自分の気持ちを和らげようとして、喋っているのだと。悪魔との取引のような、そこまで酷いものではないようだと知り、少し安心した。
***
B月5日 13:45
憲三の部屋に、来夢と克彦が訪れる。
同じ十代ともあって、この二人とはそこそこに会話をしている憲三だが、二人して何の用かと、少し不審に思ってしまう。
(どうも俺、疑心暗鬼になってる? 何か悪いことをして後ろめたさを覚えているような、そんな感覚だ……)
(よくない傾向だ。別に悪事を犯したわけではないだろう? 気にせずしゃんとしているといい)
体内のアルラウネが案じて声をかけてくれたので、憲三はそれで気持ちが楽になる。体の中にいるもう一人が明らかに自分の味方であるため、それは非常に心強いし、以前よりは気持ちも乱れていないと思う。
「何でだろう? 憲三の雰囲気が何か違う。童貞喪失でもしたの?」
来夢の指摘を受け、憲三は意表をつかれて鼻水を吹きかけた。
「そ、そう? 別に俺普通だし……」
「暇だし、遊びに行かね?」
来夢を軽く小突きながら、克彦が声をかける。
「どこへ?」
「童貞喪失がまだなら、ホテルに行って、『アストラルワイフ』で高級売春婦二人ほど呼んで、克彦兄ちゃんと憲三のダブル童貞喪失パーティーやろう。あ痛っ、冗談だよ」
今度は強めに小突いた克彦に、来夢が悪戯っぽく笑いながら言った。
「えっと……久美は?」
思わず口にして、しまったと思う憲三。
「ん? 久美はいろいろ考え事しているみたいだし、邪魔しちゃ悪いかと思って」
「そ、そうだな」
克彦に言われ、憲三は同様しながら頷くも、何がそうだなだと、心の中でセルフ突っ込みする。
「仕方ないから三人でどこか行こう」
「えー……ああ、いや、その、俺もちょっと具合悪くて……」
動転するあまり、変なことを言って拒んでしまう。
(何やってんだ……俺……)
(いや、混乱しているようだから、正解だろう。このまま遊びに行っても、ずっとこの調子でますますおかしくなる。少し気を落ち着かせた方がいい)
二人が見ている前で頭を抱える憲三に、アルラウネが声をかけた。たちまち気持ちが落ち着く。
「ごめん……見ての通り、今日の俺、変なんだ。また声かけてくれると嬉しい」
「わかった。気にしなくていいぜ。そういう時もあるさ」
うなだれる憲三に、克彦が笑顔で慰めの声をかけた。
「克彦兄ちゃんも昔はわりとあんな風に、悩める混乱時期あったしね」
「俺を引き合いにして慰めるんじゃないよ。つーか、からかってるのか」
「ちょっと、ハゲる」
克彦に頭頂を拳骨でぐりぐりとやられ、来夢は抗議の声をあげて逃れる。
「憲三と仲良くなる作戦は失敗かな?」
「失敗じゃない。これでぜんまいは巻かれた。出だしが悪いだけ。錆ついてるだけ。錆は俺達で取ればいい」
「なるほど、そうか」
二人は自室へと戻りながら喋る。
「よう」
自室前に来た所で、いつにも増して仏頂面の佐胸が待ち構えていて、声をかけてきた。強面が余計にパワーアップしているように、二人の目に映る。
「ほらよ……」
手にした二枚の紙を、克彦と来夢に差し出す。佐胸。スケッチブックの用紙だ。
「わあ……」
来夢が表情を輝かせて感嘆の声を漏らす。来夢と克彦の似顔絵だった。
「おおお、何か自分の似顔絵描かれるのって、不思議な気分」
照れ笑いを浮かべる克彦。
「気に入らなければ遠慮なく破り捨てろ」
「いや、気に入らないなんてことない」
ぶっきらぼうに言う佐胸に、克彦は否定しながら絵を受けとる。
「凄い……ありがとう。これは絶対俺達の宝物になる。それだけの威力がある」
「威力か」
しげしげと絵を見つめながら言う来夢の言い回しがおかしくて、思わず口元が綻ぶ佐胸。
「教団の皆の分も描いて。俺からの依頼。そして飾ろう」
「あのなあ……」
来夢からさらに上乗せの要求をされ、佐胸は重い溜息をつく。
「一つ言っておきたいことがある」
急に真剣な面持ちになり、声を潜める佐胸。
「漸浄斎を信じるな。あいつは……悪人だ。ここにはもう……寄りつかない方がいい」
「二つ言ってるよ」
警告する佐胸に、来夢が笑顔で指摘する。
「俺の言葉を信じないなら勝手にしてもいい。今俺が言ったことを漸浄斎に告げ口しても構わん」
「何コソコソと話しておるんじゃ。珍しいのー。佐胸君が他の信者と仲良く話すとは」
そこに漸浄斎、久美、弥生子もやってきた。
「皆これ見るべき。佐胸さんに描いてもらった」
「おい馬鹿やめろ」
来夢がひらひらと絵をかざし、佐胸が思いっきり狼狽する。
「凄い、これ佐胸さんが描いたの?」
「週末の風をも吹き飛ばす、魂の目覚めの鐘」
久美と弥生子が来夢と克彦の側に行き、感心しまくっている。
佐胸は照れまくって、居心地悪そうにしている。そんな佐胸の様子を、来夢と漸浄斎がにやにやと笑いながら眺めていた。
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