第三十八章 15

B月4日 16:32


 雨岸邸リビング。雨岸邸のいつもの面々に咲を加え、睦月と咲を脅かす者達への対策を話し合っていた。


「純子から、敵さん達の潜伏場所を一つ聞いたよう。そこにスパイも潜りこんでいるらしい」


 睦月が不敵な笑みを浮かべ、報告する。


「現状でわかっていることは?」

 咲が睦月に問う。


「前に襲ってきた強面さんと、そいつが所属している宗教団体の教祖様が、アルラウネ所持者を殺してまわっているってことくらいかなあ。あ、それと咲を襲った女も、その宗教団体が根城みたい」

「あの顔に傷のある人ね。あ、メールきた」


 亜希子がホログラフィー・ディスプレイを投影する。


「純子から新しく連絡がきたわ。アルラウネ移植者を使って罠を張って敵を呼び出すってさ。エグいことするわー」

「平常運転の純子ですわ」


 苦笑気味に報告する亜希子に、百合はおかしそうに微笑む。


「それで敵の正体を探れそうですね」

 と、葉山。


「どうでしょうか? 純子のことですから、真面目に探る気があるか怪しい所でしてよ。純子が潜りこませたという間者はともかくとして、純子にまともな働きを期待しない方がよろしくてよ。きっとマウスと戦わせて遊んでおしまいですわ」


 百合のこの予想は見事に当たっていた。


「でしたら、今こそこちらから攻めてみてはいかがでしょう? 僕も協力しますよ。蛆虫の助けでよろしければ」

「あはっ、蛆虫の助けは心強いねえ。是非来てよ」


 葉山の申し出に、睦月が朗らかに笑う。


「私も行くからね。当事者だから当然」

「咲ならそう言うと思ってたさあ。ま、俺がしっかり守るさ」


 咲の申し出に、睦月が笑顔で拳を突き出してみせる。


「僕はいつも通り離れておきますね。陰から支援します。キモい蛆虫の僕なんかと一緒に歩きたいお嬢さんなんて、いるはずもないですし」

「キモいのは確かだけど、一緒に歩きたくないなんて思ってないし、そういう自虐、いい加減にやめなよっ」


 葉山に向かってややキツめな口調で注意する亜希子。


「言っても無駄ですわ、亜希子。好きなだけ自虐させてあげなさいな」


 百合が編み物をしながら、たしなめる。


「ううう……でもいつかは成長して蝿になってぶんぶん飛びますし、その時には後ろ向きなことや自虐的なことは言わないようにします」

「成長しても蝿じゃ駄目だし、今から前向きにはなれないんですかー?」


 葉山に一目置いている白金太郎でさえ、呆れて突っ込んだ。


「あああ……言われてしまった。痛い所を突かれてしまった。これこそ蛆虫の証明……あああ……」

 葉山が頭を抱える。


「変わった人だな。で、今すぐ行くのか?」

 咲が睦月に確認する。


「あ……今すぐ行くのは……純子のスパイが探っている最中だから、邪魔になるかもしれないなあ……。やっぱり今は不味いかも」

「あらあら、それなら今すぐ行って邪魔してくればよろしいのに。睦月もわりと義理堅いのですね」


 睦月が方針を改めると、百合がそれを茶化した。


「敵地に乗り込む必要は無いと思います。睦月さんを以前襲ってきた男は、また襲ってくる可能性が高いですから、その人だけを狙うとよいかと」


 葉山が意見する。


「じゃあ、今日はもう夕方だし、明日に佐胸っていう人を狙ってみよう。皆でふるぼっこで。あはっ」


 葉山の意見を受け入れ、睦月は方針を決定した。


***


B月5日 14:26


 漸浄斎はアンナと憲三を自室へと呼んだ。


「憲三も力を手にしたのじゃし、近々バトルしてもらうぞい」


 にこにこと笑顔で告げた漸浄斎に、憲三は息を飲む。


「バトルって……」

「そのために同志を増やしたんじゃしのー。で、憲三はどんな力を身につけたね?」


 さも当然のように言ってくる漸浄斎に、憲三はうつむき加減になる。


(そんな話聞いてないけど、そのつもりだったのか……。やっぱり……俺の選択は間違ってたのか? すごくヤバいことになそうな予感が……)


 漸浄斎を信じていたが、裏切られたかのような気分になる。


「望みの力を得たかどうか……まだわからないんです……」


 消え入りそうな声で告げる憲三。


「あれま。それじゃあ仕方ない。ま、なるべく早く判明して欲しい所じゃが」

「何で……戦うんですか? 誰と? そんな話聞いてないですけど……」

「あ……」


 恐る恐る言う憲三に、漸浄斎はしまったという顔になる。


「もしかして話してなかったの?」

「どうやら話したつもりで、忘れとったみたいじゃわい」


 呆れるアンナに、頭をかく漸浄斎。


「実は拙僧らには敵がいてだのー、その敵らと、あの神様達からもらった力で戦っておるんじゃよ。憲三もそれに参加してほしいのじゃが、こんなん、後出しで言ったら詐欺じゃし……うーん……困ったのー」


 眉間に皺を寄せて思案する漸浄斎を、不安げに見る憲三。


「何の話してるの?」


 と、そこに久美が現れ、部屋を覗き込んでくる。漸浄斎に相談があってここに来た。


「残念じゃの~。久美には教えてやらない内緒の話じゃ~。カッカッカッ」

「何それ、感じ悪いなー」


 おどける漸浄斎に、久美は唇を尖らせる。


「ま、この話は保留にしとくわい。とは言っても、いつまでも保留にはできんかもじゃがのー」


 漸浄斎が憲三の方に向かって言った。


「何の話だったの?」

 久美が憲三の方を見て訊ねた。


「だーめじゃあ~。秘密じゃ~。久美だけ仲間ハズレじゃ~。カッカッカッ」

「本当ムカつく、この糞坊主っ」


 あっかんべーをしながらからかう漸浄斎を見ながら、久美は毒づいた。


***


B月5日 13:58


 来夢と克彦はより情報を集めるため、比較的古参の信者である蒼墨弥生子と接触していた。

 この家や、信者達の生活費は全て弥生子の提供であり、教団の屋台骨とも言える存在だ。


(この人も結構変わり者だよなあ。さて、どう探りを入れたもんだろう)


 いろんな種類のタペストリーを床に並べて、ニコニコと微笑みながら細かく手入れをしている老婆を見つつ、克彦を思案していた。


 とある事情により、来夢と克彦は、この人物に念入りに探りを入れる事になった。


(こういう不思議系は来夢に任せた方がいいな。来夢も不思議系なんだし)


 チラチラと来夢に視線を送る克彦。


「神様のお膝元で、見え隠れする猛獣の後を追いまわす子供達。小さいけど、狩りには慣れているのかしら?」


 来夢達が声をかけるより前に、弥生子の方から声をかけてきた。


(え……これって……)


 弥生子が口にした言葉の意味を解釈すると、自分達が裏通りの住人であることを見抜いているように、克彦には感じられた。あるいは、自分達が探りを入れようとしている事がバレたのか。


「狩りは大好き。狼や熊を殺すのは特に楽しい。射抜いて死ぬ時の獲物の顔が好き」


 来夢が嬉しそうに微笑み、弥生子に合わすような形で答える。


「牙を持つ獣との遊びは、死神を誘き寄せる。死神の鎌が喉元にかかった時に気がついたら、もう遅いのよ」

「死神の鎌なら何度も喉に触れたよ。でも臆病な死神は、それが精一杯なんだ。鎌を引いた瞬間に俺が頭を引っ込めてしまいそうで、スカされることの屈辱を恐れて、引くに引けない。でも、そうして躊躇している時点で無様。そんな無様な死神なんて怖くない」

(うん、やっぱりこれは来夢に任せて正解だ)


 弥生子と来夢の抽象的な応酬を聞きながら、克彦は思った。


「恐れを知らないのはよくありません。それに、死神はどこにいるか、人の目には見えない。今も近づいているかもしれない。あるいは招きよせたかもしれない。もう死神の巣に飛び込んでいるのかもしれない」

「神様のお膝元が死神の巣なの? 神様ってやっぱり最悪だね」

「どちらも人が作るものだから悪いものかもしれない。ここも人に作られた神と、人が求める神のお膝元。純粋さと刺激を求める者達を糧とする。貴方達は糧になるために来ましたか? それとも糧とするため来ましたか?」

「もちろん糧とするため。でも神様なんて信じないよ。神様の存在は信じているけど、そいつをいい奴だなんて信じない。神様はただ人の糧になればいい。都合のいい時に祈られて、ムカついた時には呪われ、唾を吐かれるためにいればいい。唾と反吐を受け止めて飲みほして、人の役に立てばいい」


 悪意ある笑みを浮かべて言ってのける来夢に、しかし弥生子は穏やかな笑みを絶やさない。


「ところで見え隠れする猛獣と言うからには、弥生子さんも猛獣を見たんだよね? どこにいるの?」

「狩りの楽しみは自分で探すことよ。それに、私は獣が狩られる場面を見たくはないから、教えてあげません。幼き狩人が逆に獣の牙にかかる所も見たくないわ。ただ、気をつけてという意味で言いました」

「なるほど……」


 来夢が笑みを消す。弥生子はまだ微笑みを張り付かせたままだ。


「狩った獲物はどうしてるの?」

(おい、それはストレートすぎる……)


 来夢の問いに、克彦は動揺する。


「獲物は大切に保存しておかないとね」

 微笑んだまま弥生子は答えた。


「行こう、克彦兄ちゃん」

 立ち上がる来夢。


「週末はいつも風が強くなるから気をつけないと」


 部屋を出ようとする二人に、弥生子が声をかける。


「まだ週末じゃない。風が強くなるのもたまたまでしょ。それとも終わりって意味での終末の方?」

「私の口でどちらかを決めてしまうのは、興が削がれます。貴方達の好きな受け取り方で」


 来夢の問いに、弥生子は笑顔のまま答えた。


「収穫はあったのか?」

 廊下を歩きながら、克彦が訊ねる。


「克彦兄ちゃんの感じたとおりだよ」


 来夢の答えを聞き、ほとんど無しであると受け止める克彦だった。


 弥生子は自分達が聞きたかったことに、あっさりと肯定という形で答えた。

 そうなると当然、来夢達がただの信者で無い事にも、気付いている。見抜かれている。裏で繋がっている者にも。そして彼女はこちらにあまり協力的でも無いし、それを堂々と打ち明けるからには、敵対しようという構えも無さそうだと受け止める。


「真達には悪いけど、あの人に探りを入れるのは難しいね。俺達のことをあっさり見抜いた事も、伝えないと」

「ああ」


 二人は前日に真の依頼を受けて、弥生子に探りを入れたのだが、結果はどう見ても失敗だった。


***


B月5日 18:30


 睦月、咲、亜希子、葉山の四名は、享命会の根城になっている屋敷へと向かった。場所は純子から教えてもらってある。

『プルトニウム・ダンディー』という組織の者がスパイとして潜りこんでいる情報も、聞いている。刹那生物研究所で敵対及び共闘した者達だ。彼等の活動の邪魔にならないように、教団の根城そのものには乗り込まず、以前睦月を襲った佐胸という男だけを斃すのが、今回の目的だ。


「屋敷から出るのを待つ?」

「うん、それしかない。来る前も言ったけど、潜入して探っている人らの邪魔になるからね」


 大きな屋敷を双眼鏡で見つつ、咲と睦月が確認しあう。

 純子から聞いた話によると、敵のアルラウネ探知能力が非常に優秀ということなので、近づくと探知される可能性が高いため、かなり距離を置いている。


「その理屈だと佐胸を殺すだけでも、邪魔になりかねないが」

「でもこっちも殺されかけたし、葉山の言うとおり、こいつだけは殺しておいた方がいいよ。結構強いしさ。放っておいて集団で襲われても困る」


 睦月が主張したので、咲はそれに従うことにした。


「噂をすれば……僕は隠れて遠くから支援しておきますね。うねうね」


 屋敷の門から丁度佐胸が出てきたのを見て、葉山が言った。


「行こう」


 睦月が咲と亜希子を促す。葉山はそのまま待機し、睦月達三名が移動を開始する。


「お前……」


 屋敷を出てしばらく歩いた所で、かつて自分が標的として襲った学ラン姿のもじゃ頭の美少年と、その際に邪魔をしたゴスロリ姿の少女が現れたので、佐胸は驚いた。しかもさらにもう一人連れている。


(三人がかりとは……これはキツいか)


 明らかに尻込みする佐胸を見て、睦月はにやりと笑う。


「あんたの能力はかなり厄介だけど、対策もばっちり考えてきたからねえ。ここで仕留めさせてもらうよう」


 睦月の服の袖から、カーブを描いた刃が何本も生えてくる。


 複数の刃が合体し、蜘蛛の形になると、ぴょんぴょんと跳びはねて佐胸へ向かっていく。それを追う形で、亜希子と先も接近する。


 佐胸が体の前方にびっしりと枝を展開する。さらには枝の先端から腐蝕性樹液を飛ばし、刃蜘蛛に浴びせようとする。

 刃蜘蛛は巧みに液をかわし、枝を大量に切り落とす。


(液を飛ばすこともできるんじゃ迂闊に近寄れないけど、囮兼盾役、頑張らないと……)


 亜希子が内心恐怖を覚えつつも、刃蜘蛛に続いて佐胸に突っ込んでいく。


 切断された枝やそうでもない枝からも、腐蝕性樹液が飛ばされる。亜希子は慌てて回避した。


 亜希子に気を取られているうちに、咲が攻撃できる範囲まで入り、赤い花びらを六枚ほど飛ばす。

 しかし佐胸は花びらが迫るのを発見し、頭部からも枝を大量に出し、花びらを刺して、付着するのを防いだ。


「囮失敗したあ……」


 亜希子が渋い顔で呟いて、佐胸から離れる。入れ替わるように刃蜘蛛が佐胸に跳びかかる。

 枝とて無限に出せるわけではないので、佐胸は身を引いて、蜘蛛の足の刃の攻撃をかわした。


 その時、銃声が響き、佐胸は頭に熱い衝撃を受けて、横向きに倒れた。

 葉山の狙撃であった。


「あはっ、ケリがついて……ないか」


 佐胸は頭から血を流していたが、銃弾は弾かれていた。頭部に生やした無数の枝に当たって軌道が微妙にズレたことや、アルラウネによって頑健になった肉体のおかげだ。


「でももうこれで終わり……」


 言いかけた亜希子が、言葉途中に大きく後方に跳んだ。

 亜希子がいた空間を、薄い平面のような黒手が薙いでいた。


「惜しい。速い」


 亜空間トンネルの入り口から黒手で亜希子を捕らえようとした克彦が呟きながら、亜空間トンネルの中から半身を出す。

 さらに来夢も亜空間トンネルから出てくる。こちらは完全に姿を現したうえに、すでに背中から二種類の翼を生やし、臨戦体勢だ。服は着たままである。


「あは、久しぶりぃ。刹那生物研究所では世話になったねえ」


 睦月が声をかける。彼等がスパイであることは知っている。


「百合の腰ぎんちゃくの人。お久しぶり」


 にっこりと笑って声をかける来夢に、睦月は鼻白む。


「随分な挨拶をするねえ。ちょっとお仕置きしとこうかなあ。いや、それよりどういう風の吹き回し?」


 亜希子を攻撃し、さらには倒れた佐胸の前に立ちはだかり、明らかに守ろうとしている構えの来夢を見据え、睦月は笑顔で問う。


「目は笑ってない。面白い」


 睦月の険悪な視線を浴びて、来夢はくすくすと笑っていた。

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