第三十七章 5

 松本がわざと留置場から逃がした、安心切開とチャイニーズマフィアの構成員は、それぞれの組織のアジトに帰還していた。警察はもちろん尾行しており、場所は突き止めてある。


 松本は、西部警介という裏通り課のベテラン刑事と共に、安心切開のアジト近くに待機。一方で名も無きチャイニーズマフィアのアジトには、梅津と、最近少年課から裏通り課へと配属が変わった河西法継という刑事が、待機している。


『応援を要請するぞ。で、竹田にも連絡する。竹田が李磊と真を連れて、どちらかに到着したら、同時に踏み込むぞ』

「応援など俺には不用だ」


 梅津からの連絡に、西部はぽつりと呟く。サングラスをかけた、短髪で痩身の男である。


『お前は何をするためにそこにいると思ってるんだ。今回は皆殺しにするんじゃなくて、逮捕が必要だ。肉塊の尊厳の情報ネタを歌わせるためにも、幹部や首領クラスは必ず生け捕りにしないとな。そのためには、人手がいるだろう』

「わかった」


 梅津に諭され、渋々頷く西部。


「西部さん、怒られちゃいましたねえ」

「殺すぞ」


 茶化す松本に、西部はドスの効いた声を発した。


***


 香苗と李磊と真とアドニスの四人が、チャイニーズマフィアのアジト近くに到着した。これまたお約束の廃工場地帯で、廃工場の一つがアジトだ。この辺には複数の裏通りの組織が、根城としている事で知られている。

 姿は見えないが、応援の警察官達はすでに駆けつけ、あちこちに潜んでいるようだ。


 梅津と顔見知りの真は、梅津の顔を見て軽く手を上げる。梅津も挨拶代わりに軽く敬礼してみせる。


「真、この件は、純子は無関係だよな?」

「ああ。僕個人が李磊に依頼されただけだし、首を突っ込んでくることはないと思う」


 確認する梅津に、真は答えた。


「せっかくだからお前達にも協力してもらうが、首領や幹部は殺すなよ」


 真、李磊、アドニスを見渡して、梅津が不敵な笑みを浮かべる。


「筋者に向かって『せっかくだから一緒に暴れようぜ』なんて言う警察は、世界広しと言えど、日本だけだろうな……」


 アドニスが無表情のまま、呆れ気味に呟く。


「こっちもそいつらは生け捕りを願いたいから丁度いいね」


 李磊が言った。李磊にしてみれば、マフィアのボスだけは何とか確保したい。そして出来れば自分の方に引き渡してもらいたいと考えているが、警察がそこまで応じてくれるかどうかは、かなり疑問だ。普通なら応じてくれるはずがないが、相手は裏通り課だから、もしかしたら……という期待をしている。


「西部、こっちの準備は整った。十九時ジャストに突入しろ」

『了解』


 安心切開近くに待機している西部に命じる梅津。


「これであっさりカタがつけばいいけどね」


 李磊が小声で呟く。そうスムーズにいきそうにない、悪い予感がしている。


***


 安心切開本拠地では、今日も幹部達が今後の方針について議論を続けている。最早議論というより口論の有様を呈していたが、彼等は彼等で真剣だった。

 首領のマクシミリアン保田は、この言い合いにできるだけ口出しをせず、部下達の話を聞く側に回りながら、何かいい手は無いかと、部下達の話を参考にしながら、頭をフル回転させていた。

 延々と続くと思われた話し合いが行き詰って、後はもうボスの決定に委ねることになり、全ての責任は保田が負う格好になった。


 夕食時になったが、保田は食欲もわかずに、どうするか迷っていたが、その迷いがどうでもよくなる事態が発生した。


「ボス! サツが踏み込んできました!」

「何だと!? 何で……」


 保田は部下の報告に驚き、そして気がついた。


「留置所から逃げ帰ってきた奴は泳がされたんだ! ばかったれめ!」


 癇癪を起こして喚き散らし、銃を手に取る。


「まさか、サツ相手にやりあうつもりですか?」

 部下が恐々と訊ねる。


「相手は裏通り課だ。逃げる犯人を平然と後ろから撃ち殺す連中だ。抗戦しながらばらばらに逃げるよう伝えろ」


 裏通り課に目をつけられ、ここまで突き止められてしまったことで、頭が沸騰しかけている保田であったが、何とか冷静になろうと堪える。


(この事態を招いたのは……俺だ。後先考えずにくだらん欲をかいて……その結果だ。責任は取る)


 保田は逃げるつもりは無かった。最後までここに残って戦い、一人でも構成員が助かるように尽力するつもりだった。


「チャイニーズマフィアには報告しますか?」

「いいや、教えなくていい」


 確認する部下に、その必要も無いと保田は判断する。彼等との商売も、もうできないであろうと見ている。それならばもう義理を果たすこともないと。


「用心棒の人は……?」

「働いてもらえ」

「警察相手に戦ってくれますかね?」

「多分、大丈夫だ。噂を聞く限りでは、どんな困難な依頼も、非道なものでないかぎりはキャンセルしないという話だ」


 懐疑的な部下に対し、保田も実の所半信半疑で答えた。


***


 安心切開のアジトは、田園地帯にあるプレハブの三階建ての建物だった。周囲が開けているので、警官隊は離れた場所に身を隠していたし、警官隊が接近する時は日が落ちていても、建物の中からすぐに察知された。

 開けているうえに遮蔽物も無いので、建物の中から容易に狙い撃ちができる。狙い撃ちされてしまう。

 しかしそんな状況下にあっても、一人の男が平然とバイクに乗って先導を切り、プレハブの建物めがけて突っ込んでいった。


 ヘルメットもかぶらずに、ショットガンを手にしてバイクを走らせる、サングラスをかけた短髪のその男の名は、西部警介。三十五歳。裏通り課のベテラン刑事であり、数々の武勇伝を持つ。安楽警察署戦闘力上位ランキングにこそ入っていないが、その実力と実績は一目置かれている。

 自他共に認める射撃の名手であり、ショットガンを好んで使う。弾は散弾ではなく、貫通力重視のスラッグ弾を用いる。単純に犯人を射殺した数においては、安楽警察署内でも指折りである。


 バイクで向かってくる西部に、建物の窓から、安心切開の構成員達が一斉に銃を撃つ。一階からも二階からも三階からもだ。しかし上から降り注ぐ銃弾は全てバイクの走った後に着弾し、一階からの銃弾は、西部が左右にバイクを傾けて器用にかわす。

 そのうえ西部はハンドルを放し、両手でショットガンを構えて、バイクを走らせながら撃ちまくり始める。


 一階から撃っていた者が二人、二階と三階から撃っていた者が一人ずつ、西部のショットガンで撃ち抜かれて倒れる。そしてとうとう西部のバイクが、プレハブの正面扉に激突した。


 西部はバイクが激突する直前に、バイクのシートを踏み台にして跳び、空中で一回転して着地する。着地と同時にショットガンを撃ち、近くの一階窓にいた安心切開構成員を射殺した。


「相変わらず派手な人だなー。かっこいいわー」


 西部に遅れる形でパトカーを走らせながら、松本は西部の雄姿を後ろから見て感心していた。


 バトカー数台が到着した頃には、西部が建物の中に入り、無言無表情でショットガンを撃ちまくり、広間にいる安心切開構成員を次から次へ、そして淡々と殺し、死体の山を築きつつあった。


「警察だーっ! 手を上げろーっ!」


 銃撃戦の最中、松本は左手で警察手帳をかざして叫びながら、右手の銃で、たまたま目についた構成員の頭部を撃ち抜いた。


「抵抗するなら容赦なく射殺する。さっさと銃を捨てろ!」


 叫びつつさらにもう一発撃ち、構成員を射殺する松本。


「あー、気持ちいい」


 松本が満面に笑みを浮かべ、朗らかに呟く。

 刑事になって悪党をばんばん射殺することが夢だった松本には、その夢がかなった今は、正に至福の一時であった。


「す、捨てたぞっ」


 次の相手に銃口を向けたが、相手が銃を捨てたので、松本は舌打ちして勘弁してやる。抵抗を辞めた相手は流石に撃たない。もっとも安楽警察署の警察官には、無抵抗であろうと容赦なく撃つ者も少なくない。

 それを見て、多くの者が銃を捨て、頭の後ろで手を組み始めた。警官達は銃を突きつけたままの体勢で、じりじりと近づいていき、手錠をかけていく。


「芦屋がいたら皆殺しだろうにな」


 ショットガンに新たな弾を込めながら、西部が言う。


「大物がいるな」


 一階広間の奥から現れた長髪の中年男を目にして、西部が緊張気味の声を発する。松本も西部の視線の先の方を向く。


「虹森夕月……」


 松本が顔を強張らせて、裏通りの生ける伝説と呼ばれるその剣士の名を呟いた。

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