第三十六章 23

 鋭一はブルージャージとなった俊三と、竜二郎はシャーリーと、優と善治と玉夫はアニマルマスク三人と対峙する形となった。

 玉夫にはほぼ自然に、そういう組み合わせに分かれたように見えたが、実際には鋭一が俊三を、竜二郎とシャーリーが互いに意識して、先に選んだ結果である。


 真っ先に動いたのは俊三だった。鋭一めがけて俊足で一気に間合いを詰める。

 その速度に慄きつつも、鋭一はぎりぎりまで見極める。


(首を狙っている。これは受けられない。即死しては意味が無い)


 俊三の目線と殺気を読んで判断し、鋭一は腕を振るって透明つぶてを降らす。


「ブルーブレード!」


 技名を叫んで手刀を振り上げる俊三。


 俊三よりも鋭一の方が先に腕を振るっていた。俊三が手刀を切る最中、透明つぶてが直撃し、俊三の手刀の勢いが鈍り、軌道も狂う。


 鋭一の肩口をかすめつつ、俊三が横に体を傾ける。


(速いな……しかし、接近戦を挑んでくるのは好都合だ)


 ほくそ笑む鋭一だったが、一秒もしないうちに、驚愕と戦慄に目を見開く事になる。


 透明つぶてをまともに食らって、大してひるんでいない。ダメージが乏しい。俊三は倒れることもなく、すぐに追撃をしてきたのだ。


(スーツの防御力か? 全く効かないわけではないようだが、これは厄介だ……)


 もし鋭一に透明つぶてしか攻撃方法が無いなら、今の俊三は鋭一と最悪の相性と言えた。しかし――


(次は腹を狙っているな。これなら……何とか堪えて、食らわせてやる)


 致命傷の痛みと衝撃を覚悟して、鋭一は身構える。


「ブルーブレ……」


 俊三が叫びながら鋭一の腹に手刀を突き入れようとしたが、思い留まり、大きく後方に跳んで、距離を置いた。


(何だ……あいつ)


 俊三の行動を訝る鋭一。もう一つの能力を発動させて、仕留めようとしたが、思い通りにはいかなかった。


(何だ……あいつ)


 俊三も口の中で、鋭一と同じ台詞を呟く。


(何かやろうとしてたぞ。何かカウンターを仕掛けようとしていた。物凄い殺気を漲らせていた。あのまま攻撃していたら、きっとヤバかった)


 昨夜の連戦もあって、俊三は過敏になっていた。


(俺の手は透明つぶてと、もう一つの能力しかない。つぶてが効かないなら、危険だが、もう一つの能力に賭けるしかないんだが……警戒されてしまった)


 距離を置いて様子を伺う俊三を見て、鋭一は苦々しく思う。


***


 竜二郎とシャーリーは、優達やアニマルマスク達から離れた所で対峙していた。


「貴方は……こっち側の人間ね。そういう臭いを凄く感じる」


 竜二郎に向かって微笑みかけながら、シャーリーはねっとりとした口調で言う。


「そうでしょうねー。自分でもそう思ってます。でも、御国を守る仕事につくのが、善人に限らなくちゃならない理由も無いと思いますよー。力さえあればいいんですから」


 いつもと同じ明るい笑顔で、あっさりと認める竜二郎。


「それでも悪人が善側に属しているのは、違和感があるわね」

「息苦しいことはありませんよー。大儀を掲げてやりたい放題できるのは楽しいですしねー」


 とは言うものの、それほどやりたい放題させてもらっているわけではないが、そういうことにしておく竜二郎であった。


「顔焼きは自分と同じ目に合わせたくてですかー?」


 竜二郎のその質問に、シャーリーの顔から微笑が消えた。


「私の過去を嗅ぎまわったの?」

「コンプレックスデビルの中には、貴女を敵視する人も少なくないようでしたからねー」


 不機嫌そうに問い返すシャーリーに、笑顔のまま答える竜二郎。しかしその笑みがほんの一瞬、邪悪に歪んだことをシャーリーは見逃さなかった。


「貧困家庭だったので、ひどい火傷を負っても皮膚移植もしてもらえず、そのせいで随分と辛い目にあったらしいですねー。ようするに貴女も墨田俊三さんと同じ穴のムジナですかー。自分が酷い目にあったから、それを世の中の不特定多数にやりかえして、それでウサを晴らしている。彼を弟子にしたのも、今こうしてかばっているのも、自分と重ねているからでしょー?」


(間違っている部分もある。所詮は噂をあてにした情報でしかない。噂なんてものは容易く取りこむべきではない。例え相手を挑発するためであろうと、引き合いにすべきじゃない。こっちからしてみると、冷める……)


 ぺらぺらと喋る竜二郎を見て、シャーリーは溜息をつきたくなった。


(この子が私の弟子なら……ちゃんと注意している。確かにこの子は頭も回るし、中々面白い性格をしているけど、やっぱりまだまだ若い。荒削り。経験が足りない。何よりも、この子の不幸は、この子をちゃんと指導できる大人と――この子に相応しい指導をしてくれる大人と、巡りあってないことね)


 シャーリーからすると、それはとても残念に思える。


「貴方は……所々、残念な子ね。そういう挑発は、もっと相手を選んでした方がいい」


 今それを教えても仕方ないし、今は言葉で言い返さない方がよいとシャーリーは考える。まずは力を示してからだ。


「意味がわかりませんけどー。図星だったから、その程度しか言い返せないんですかー?」

「外れているからこそ、呆れてるのよ。そしてその言い草も痛いわ。幼稚。見ている方が恥ずかしくなるとは正に今の貴方」

「ふーむ……」


 シャーリーが頭にきて脊髄反射して言い返しているようには、竜二郎にも思えなかった。だとすると、彼女の言うとおり、きっと自分が口にした情報がおかしかったのだろうと判断し、素直に認める。


「ちょっと外しちゃいましたかねー。じゃあまあ、始めましょうかー。多分実力では僕が上だと思いますよー」

「ふーん、やる前からそんなことがわかるの?」


 シャーリーが懐から、人骨で出てきた小さな杖を取り出す。


「悪魔様に、お・ね・が・い」


 竜二郎が呟くと、前方に、竜二郎の姿が覆われて見えなくなるほどの巨大な兎が出現する。体のあちこちが傷つき、目玉が片方飛び出し、全身が腐りかけた、巨大ゾンビ兎だ。


「へえ、貴方も兎を使うんだ。私もよ」


 シャーリーが呪文を唱え、杖を振るうと、シャーリーを囲むようにして炎の輪が出現し、拘束で回転しだす。

 回転する炎の輪が弾け飛び、炎の塊が飛び散る。炎の塊は意思を持っているかのように左右に跳びはねだし、巨大ゾンビ兎に向かっていく。

 炎の中には兎がいた。炎を纏った兎だ。


(電々院から教えってもらった術だけどね)

 声に出さず呟くシャーリー。


 六匹の炎の兎が、巨大ゾンビ兎に跳びかかり、かじりつく。


 たちまち体のあちこちが炎上しだす巨大ゾンビ兎であったが、そんなことは意にも介さぬかのように、大きく跳ねて、シャーリーの前に迫る。

 回転する炎の輪は残っていたので、巨大ゾンビ兎はまず炎の輪の炎を食らい、さらに炎上したが、全身を炎に包まれてなおも動きが衰える気配はない。それどころか、燃え盛る巨体をシャーリーにぶつけんとしてくるので、ますます厄介になったように感じられた。


(術の判断を見誤った)


 死体なら燃えやすいかと思ったが、燃えて行動不能にはならず、燃えながら襲い掛かってくる展開という、とんだ逆効果となってしまった。


(貴重な触媒だけど仕方ない)


 懐から乾燥した心臓を取り出し、燃え盛る巨大ゾンビ兎へと投げつける。

 投げている途中で、心臓が青い球体へと変わる。青い球体が巨大兎に触れると、巨大ゾンビ兎がぴたりと動きを止め、触れている箇所から徐々に青い球体の中へと吸い込まれていき、やがてその姿を消した。


 触媒を使ってなお消耗の激しい、かなりの強力な魔術を用いたので、シャーリーは顔をしかめる。


(え……?)


 巨大ゾンビ兎が消えた先に、いるはずの竜二郎の姿がいなくなっているのを見て、シャーリーは警戒し、背後を見た。

 するとそこに、丁度多重幻影結界で作られた通路を移動して、シャーリーの後方へと回った竜二郎の姿があった。


「おおっと、やっつけるのが早いですねー。不意打ちしようとしたのに、気付かれちゃいました」


 竜二郎がおどけた声をあげる。斃す時は竜二郎も奥の手を使うつもりであったが、不意打ちが失敗したのでやめておく。


「油断のならない子ね」

「それはこっちの台詞ですよー」


 呼吸を整えながら言うシャーリーに、竜二郎はにっこりと笑ってみせた。


***


 俊三は引き続き接近戦を試みるも、先程のように一気に勝負を決めにはいかず、致命傷にはならない箇所を選んで、ちまちまと手刀を振るっていた。

 それに対して鋭一は防戦一方となっている。致命傷にならない攻撃の方が、鋭一にとってはむしろ厄介だ。


 羊マスクとちまちまと術のやりとりをしていた善治は、鋭一の方を見る余裕もあった。明らかに鋭一が不利なのがわかる。


「夕陽丘君、鋭一君に加勢してあげてくださあい」

 優が善治に要請した。


「そうしたくても……」

「大丈夫ですよう。私が二人くらい相手にできます。ていうかまず一人封じますね」


 優は自分が相手をしていた豚マスクの足元に穴を開け、豚マスクを穴の中へと落とす。


「羊さんは私が引き受けまあす」

「お、おう……」


 優に向かって頷くと、善治は鋭一の方へと向かう。


「天草之槍」


 光の槍が二本射出され、俊三に飛来する。

 俊三が後方へと飛び、鋭一と距離を置く。


(今のタイミングでつぶてをぶつけておけばよかった。失敗だった……)


 俊三の攻撃の回避に夢中になるあまり、そこまで気が回らなかった事に、鋭一は舌打ちする。


「助太刀に来た」

「助かる」


 善治が横に来て呟き、鋭一は安堵して礼を述べた。正直かなりキツかった。


「今のあいつは接近戦に長けているようだが、大丈夫か?」


 鋭一が俊三を見据えたまま、善治に問う。


「俺の方がお前より近接戦闘の訓練は積んでいると思うぞ。俺が前に出る。お前が後衛に回れ」

「わかった……」


 善治の申し出は、ありがたいようでいてありがたくなかった。敵と接近している状態で、自身が即死をしない程度の致命傷を食らう事が、鋭一にとっての理想であったが、善治が前衛に回るとそれもできなくなる。かといってこの流れで、自分が前衛として踏ん張ることに固執もできない。


(そもそも俺のこの能力は相手を殺すために使うよりも、保険として確保する方向性で考えた方がいいのか? いや……使えるものは利用すべきだ。しかし……俺の能力は二つとも、真っ向から一対一で戦闘するには、全く適していないな……)


 透明つぶては遠くからちまちま削っていく能力であるし、もう一つの方は正体がバレたらそれでほぼおしまいだ。純子にもう一回改造をお願いして、もう少し上手く戦える能力を貰おうかと考えてしまう。

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