第三十六章 22
牛村姉妹はあまり行動範囲を広げないようにしている。
同じ店にしか入らず、遠くに足を運ぶことも少ない。いちいちぎょっとされるリアクションは、慣れた部分と、いつまで経っても心に刺さる部分と、両方ある。
世の中にはとんでもない差別をする人間もいて、平然と二人に聞こえる声で「化け物がいるよ」と笑いながら言う輩もいる。必死に心で殺し、何も感じないよう努めているが、そんな努力をしている時点で、すでに傷ついている証明だ。
小さい頃からそんなことばかりなら、慣れて耐えられるようになるのではないかと、他人には思われる。実際自分と似た様な境遇の人間の話を聞いても、気にしないと笑いながら言っている。しかし伽耶も麻耶も、耐えることはできるし、気にしていないように振舞うことはできるが、心は確実に傷ついている。
傷ついて傷ついて、大人になれば傷もつかず動じない冷たく硬く強い心になれると、シャーリーは言っていた。皆そうやって成長していると。しかし伽耶にも麻耶にも、それが信じられない。
「あ、牛村のお姉ちゃんきたー」
行き着けの定食屋に入ると、五歳くらいの男の子が声をかける。
最初はこの子も自分を見て泣き出したが、すぐに慣れた。どうせ慣れるし、慣れたら皆普通に接してくれるのだから、気にしなくていいはずなのに、それでも心の傷として、いちいち残ってしまう。
「おや、久しぶりだね」
「ちょっと忙しかった」
「まだ忙しいけど」
初老の店主がにっこりと笑いかけ、麻耶と伽耶も微笑み返して席に着く。
客も顔見知りばかりなので安心できる。
「遠出とかしているのかい?」
「ちょっとね」「最近電車乗る事多くて嫌になる。じろじろ見てくる人多くて」
麻耶が愚痴る。移動に電車に乗るのは苦痛だが、タクシーならまだマシだが、いつもタクシーばかり乗っているような懐の余裕は無い。
「頭が二つあるっていうだけでなく、顔も可愛いから仕方ないじゃない」
笑い声であけすけにそう言ってきたのは、二十代後半と思われる店員だ。ここの店主の娘で、店内をうろちょろしている男の子の母親でもある。
「むう……」「そう……かな……」
可愛いと言われてリアクションに困り、二人して曖昧な笑みを浮かべる伽耶と麻耶。
「かわいーかわいー」
「おやおや、たーくんは伽耶ちゃんと麻耶ちゃんが好きなのー? 二人共お嫁さんにもらうー?」
「えー、そんなんじゃないもーん」
男の子がけらけら笑いながらからかい、母親がそれに悪乗りし、ますます反応に困る牛村姉妹。男の子も照れて困り顔になる。
食事が終わった所で、メールが届いた。シャーリーからだ。
『今から俊三を助けに行く。よかったら来て。弟子も何人か連れて行くから』
(先生の悪さの手伝いをしている人達か)(口利いたことない、近寄りがたいあの人達か)
弟子というのがどういう者達かを察する伽耶と麻耶。
「ここから少し遠い」「タクシーの経費は先生に出してもらおう」
『ごちそうさま』
姉妹はそれぞれ呟いた後に、声をハモらせる。
***
喫茶店にて待機すること、さらに二時間が経過。
「張り込みって大変なんですねー。刑事ドラマでは部分的にしか映してないですけどー」
「そりゃあ、張り込みしている時間を延々と映すドラマとか、嫌だろ」
「その嫌なことを今しているわけですねー、僕達」
「地味な活動も時としては仕方ない。それに、見えない相手と睨めっこは、向こうも同じだし、ずっと篭城しているわけにもいかないだろう」
「こちらの嫌がらせのために、篭城し続けるかもですよー?」
「いっそ俺らもホテルに泊まるか? 手出しさえしなければいいわけだし」
竜二郎と鋭一が軽口を叩きあう。
優はネットで情報収集をし、善治は二人の会話をただ聞いている。玉夫はゲームをして遊んでいた。
「こっちが張り込みをしている事を知られてしまいましたし、また助っ人を呼んでいるのかもしれませんねー。助っ人に阻まれてまた逃してしまう展開は避けたいですが」
竜二郎が言う。その可能性は、これまで口には出さずとも、皆考えていた。
「ターゲットを仕留めきれず、また逃がしてしまった時のことも、考えておいた方がいいと思いまあす」
「追跡はおじさんにお任せあれ。私の使い魔は中々わかりづらいよ」
優の言葉を受け、ホログラフィのゲーム画面に目を向けたまま、玉夫が申し出た。
***
俊三もホテルで退屈な時間をもてあましていた。
敵の数は五人。以前交戦した面子に、さらに一人加わっている。いくら改造されてパワーアップしたからといっても、一人でこの人数とやりあうのは無理があると見た。
やがてメールが届く。シャーリーからだ。三人の弟子と共に到着したと書かれている。
牛村姉妹が来るのも待てと書かれていたが、俊三はそこまで読んでいなかった。ホテル内からシャーリー達の姿を確認すると、意気揚々とホテルの外へと出て行った。
***
喫茶店内から、シャーリー達の姿を確認する。
シャーリーの他に、三名の男がいる。三名はいずれもアニマルマスクを被り、顔を隠していた。豚、馬、羊のマスクを被っている。
「シャーリーさんが来たという事は、いよいよターゲットも出てきそうですねー」
竜二郎が嬉しそうに呟く。やっと喫茶店での張り込みから解放されるので、ほっとしている。あとは待ちかねたお楽しみの戦闘タイムだ。
果たして、ホテルの入り口からお待ちかねの人物が姿を現した。
「何だ? あいつは……」
青いヘルメットで顔を覆い、青いジャージ姿の人物がホテルの中から現れたのを見て、訝る善治。
「おい、あれはまさか……」
「そういうことでしょうねえ」
鋭一と優が言いながら、喫茶店の外へと出て行く。少し遅れて竜二郎も続く。
「今出ていいのか?」
「いいらしい」
玉夫が逡巡したが、善治も出て行ったので、仕方なく続く。
「もしかしてあれがターゲットかね?」
「ええ、そうでしょうねー」
外に出た所で玉夫が問い、竜二郎が青いジャージに青いヘルムをかぶった男を見つめて答える。
「ブルージャージ!」
両手をパーの形にして前方に突き出し、俊三が叫ぶ。
「ジャージ戦隊、ジャジレンジャー!」
さらに叫んで、拳を握って大きく上に両腕を上げて開いてみせた。
「何だい、ありゃあ。見てるこっちがハズいぞ」
玉夫が苦笑する。
「純子の所で改造されたようだ」
「何だと……」
鋭一の言葉を聞き、善治が呻く。輝明も交戦したならそれを教えてくれればいいだろうにと思う。
「僕等、以前にも似た様なヒーロー系マウスと戦っているから、わかりまーす」
「ふざけた外見だが、かなり強力な能力を持っているから注意しろ」
竜二郎が呑気な声で言い、鋭一が鋭い声を発して忠告した。
(ここでケリをつけてやる)
闘志を漲らせ、ロックオンする鋭一。
シャーリーと豚、馬、羊のアニマルマスクを被った弟子達も、俊三とは異なる方向から、殺人倶楽部&星炭の五人組へ接近していく。
「あの馬鹿……伽耶と麻耶が来るのを待てと言ったのに、どうして出てくるのよ。ていうか、あの格好は何なのよ……」
俊三の姿を見て、二重の意味で苛立ちを覚えるシャーリー。
「丁度五対五と言いたい所だが、私は直接戦闘が苦手なんだよなあ。まあ、頑張ってみますかね」
俊三とシャーリー達を交互に見やり、玉夫がにこにこと笑いながら呟いた。
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