第三十六章 21

 コンプレックスデビル日本支部ビルでは、連日のように殺人が行われている。魔術の触媒作りや儀式のために人を生贄にしているのだ。

 しかしそれが発覚することはまず無い。組織ぐるみで隠蔽しているからだ。

 組織内でも、全ての者が殺人を行っているわけではない。一部の者だけによって行われており、属する魔術師の大半は真相を知らない。しかしその噂は組織内では有名だ。

 真相を知る者は、その殺人に携わる者達のみである。


 人身売買組織『肉塊の尊厳』より売られた素材――その大半は移民、もしくは中国から輸入した子供――は、秘密裏にビルの中へと運び込まれ、必要とする者がいる部屋に調達される。


 シャーリー・マクニールの私室に、シャーリーが特に信用している弟子のうちの一人が、巨大なアタッシュケースを運び込む。

 ケースの中には眠らされている男が入っていた。どう見ても人種は日本人ではない。移民だろう。どういう経緯でこうなったかは、シャーリーも弟子達も考えない。


 三人の弟子と共に、シャーリーは素材の男を慣れた手つきで、生きたまま解体していく。もっとも生きたままと言っても、解体途中には当然死ぬ。心臓も脳も取りだし、触媒へと変えていくのだから。

 シャーリーには今この場にいる三人以外にも弟子が多くいるが、この三人は特に忠実で、シャーリーの人体触媒化や、生贄を用いた儀式魔術も、長年にわたってずっと手伝ってきた者達だ。彼女の命令なら何でもするだろう。

 自分に絶対服従する奴隷を欲したシャーリーは、行き場の無い者達に力を与え、薬漬けにし、術による暗示をかけ続け、念入りに奴隷調教して、この三名の忠実な弟子を得た。他の魔術師達の中にも、同様のことをしている者はいる。


「貴方達、ちょっと厄介なことに付き合ってくれない? 死ぬかもしれないけど」


 一応頼む口調だが、これが有無を言わせぬ命令であることは、三人共知っている。


***


 ホテルオポッサム前。


 輝明と修は帰還し、優、竜二郎、鋭一、善治の四名でホテル周辺にて、様子を伺っている。

 ホテルからは直接見えづらい、植木越しの場所にある喫茶店。しかしホテルから見えづらくても、喫茶店からはホテルが見える。中からは外がよく見えるが、外からは中から見えづらいという、植木の視線遮断効果は大きい。視線遮断を意識して植木が植えられた、一階の部屋に住んでいる者はよく知る事だ。


「どうするんだ? ずっとここで奴が出てくるのを張り込むのか?」


 鋭一が二杯目のコーヒーをすすりながら問う。


「そのうち店員さんの視線が気になるかもですが、そうするしかないですねえ」

「僕の幻影結界が、結界の外にいる人物も認識できれば、そこに篭もっていればいいんですけどねー」


 優と竜二郎が言う。竜二郎の結界は、幻影が多重に張りめぐらされた結界内部に入ると、自分達の姿が見えなくなる代わりに、外にいる者も認識できなくなるという代物だ。互いに視覚的に遮断されてしまう。よって、監視するには適さない。


「星炭の助っ人は?」


 鋭一が善治の方を見る。ここで合流する予定になっているが、もう一時間近く経つのに、姿を現さない。


「丁度来た」


 喫茶店の入り口を見て言う善治に、他の三名の視線が入り口へと集中する。

 占い師風の格好をした怪しげな年配の男が入ってきて、こちらの席を見て、にんまりと笑ってみせた。


「いやはや……こりゃ参ったね、見事に若者ばかりだ。爺さんになりかけのおっさんが混じるのはキツイわ」


 四人のいる席の前へとやってきて、朗らかな笑顔の占い師風の男は、おどけた口調で言った。


「はいはい、自己紹介といくかね。星炭玉夫。つい最近まで星炭流呪術の者だったが、心を入れ替え、星炭流用術の末席に加わった者だ。よろしくのー」


 やたら軽いノリで挨拶する玉夫に、殺人倶楽部の三名も自己紹介していく。


「ターゲットの居場所を特定してくれたのは助かりましたあ」

「それは助かったけど、いつまでも合流もせず連絡もせずだから、こっちは肩身が狭かった。いつ来るんだと言われまくって」


 優が礼を述べ、善治が文句を言う。


「おう、どういたしまして。すまんすまん。どうせなら手柄を立てて有能アピールしてから合流したいとか、そんなこと考えていたからな。それに、手詰まり状態な所に土産を持っていた方が、私の有用さもアピールできるというものよ」

「なるほどー。でもそれをわざわざ口にしちゃったら、いろんな意味でおしまいですよねー。ありがたみ感じなくなるというか」

「おっほっほっ、それもそうだなっ」


 竜二郎に指摘されるが、平然と笑ってのける玉夫。


「ああ、そうだ。一人ずつ占っておこうね。初回サービスでタダでいいぞ」

「占う?」


 玉夫の申し出に、胡散臭そうな視線を向ける鋭一。


「うむ。見ての通り、本業は占い師での。よく当たると評判なんだな、これが」

「おお、占いとか初めてです。いい結果でお願いしますねえ」


 優が乗ってくるが、玉夫は苦笑した。


「そいつは難しい注文だなあ。よし、紅一点からいってみましょうかねえ」


 腰に下げた鞄から、掌に乗る程度の水晶球を取り出すと、玉夫は水晶球越しに優を見る。


「んーむ……これは……目に気をつけなさい」

「目ですかあ」


 優は少しだけどきっとしていた。自分の力を発揮する場所は確かに目だ。それを気をつけろということはつまり、目にトラブルが起こると受けとれるし、それは自分の無力化を意味する。


「じゃ、次は善治いってみようか」

「好きにやってくれ」


 正直なところ、善治は占われるなど嫌だったが、断りづらくもあったので、適当に流す事にした。


「ふむ。女難の相かな。想い人には優しくしてやるようにね」

「風紀委員の後輩のあの子か」

「間違いなくあの子ですねー。いつも校門で一緒にチェックしてる」

「ぐっ……」


 にやにやと笑いながら言い合う鋭一と竜二郎に、善治は思いっきり顔をしかめる。


 次は竜二郎に水晶球がかざされる。


「おや、こちらも女難の相っぽいの。しかしこれは……色恋沙汰とは少し違うか。因縁が生じているようだな。ふふふ、互いに意識しまくっておるね。心当たりはあるかね?」

「ずばり的中ですねー。大有りですよー」


 竜二郎はにっこりと笑って肯定する一方、この占い師は確かな力を持っていると、優や善治の占い結果も含めて判断した。今後、何か行き詰った際、頼って占ってもらってもいいと考える。

 最後は鋭一だった。ここで玉夫は難しい顔になる。


「これは……うーむ……相当な苦難が待ち受けているのー。忍耐が必要。運も必要。短い時間も長く感じるほどの、大きな試練……」

「曖昧すぎて全く役に立たん占いだな」


 にべもなく言い切る鋭一。


「そうだ、忘れてた。あんたがターゲットの位置特定に使った霊を、ちゃんと俺の前で解放してくれ。輝明にもチェックするように言われている」

「おう、私もそうしろと言われてあるよ」


 善治に促され、霊の解放を行う玉夫。


 目の前で呼び出される殺された生徒と教師の霊に、善治が一人一人語りかけ、一人一人顔写真と名前を照合してチェックしていく。

 霊が見えない殺人倶楽部の三名には、善治と玉夫のやってることが部分的にしか理解できなかった。


「やれやれ、なんつー念の入れ方だよ。よほど私のことを信用しとらんのだね」


 乾いた笑いを浮かべる玉夫。その玉夫の表情が一瞬だが引き締まった。


「すぐ近くから見られたか?」


 鋭一が言う。全員が視線と気配を感じた。


「情報屋を雇ってホテルの周囲をチェックしていたんじゃないですかねえ。たった今気がつきましたが。だとしたら、もう少し考えて行動しておくべきでしたねえ」


 と、優。


「今更すぎる……。揃いも揃って間抜けな話だ」

 鋭一が舌打ちする。


「情報屋ではないな」

 善治が否定する。


「ああ、超常の領域の残滓が漂っている。君等は超常の力を身につけても、訓練を重ねた術師ではないから、わからんのだな。これは使い魔の類だ。しかも隠密特化したタイプだ。私や善治も、今の今まで気付かなかったのだから」


 そう言いつつ玉夫が善治の横に座る。


「あのホテルの中にいるのなら、手を出せないのだろう? しばらくここで待機しながら、ゆっくりと作戦を練るとしよう」

「後からやってきて仕切るな。もうそのつもりで、こうして待っていたんだから」

「おっと、そりゃすまなかったね」


 不機嫌そうに言う鋭一に、玉夫はにこにこと笑って頭をかいた。


***


 ホテルオポッサム内。俊三は使い魔を通じて、以前自分を襲ってきた面子が張り込んでいることを知った。


「というわけで、先生、助けにきてくれませんか?」


 電話でシャーリーに事情を説明したうえで、他人事のような口振りで頼む。


『わかったけど、その前に交戦にはならないようにしなさいよ』

「ホテルの中にいる限りは大丈夫かなーと」

『気は進まないけど、あの二人も呼ぶわ』

「それは助かり――」


 言葉途中に電話が切られ、俊三は苦笑した。

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