第三十六章 17
「どうしてここへ?」「堂々と敵地視察?」
優と竜二郎の前に現れた伽耶と麻耶が、同時に尋ねてくる。
「シャーリーさんにお呼ばれしていましてね。いろいろとお話をしてきましたー。詳しいことはシャーリーさんに伺ってくださーい」
「了解」「ふむむ……わかった」
竜二郎の答えに、牛村姉妹が難しい顔になる。何故シャーリーが彼等を呼び出したのか、どんな話をしたのか、非常に気になる。
「あ、失礼かもしれないこと聞いていいですかあ?」
優が声をかける。
「駄目」「いいよ」
「ちょっと麻耶……」
自分が拒否したのに、許可した麻耶に、伽耶が唇を尖らせる。
「この子なら多分本気で失礼なこととか、口にしないと思った」
そう麻耶が言ったので、伽耶は小さく息をつき、優に向かって頷く。
「好奇心な質問で悪いんですけど、体の感覚ってどうなってるんです? あるいは動作とかも」
「失礼じゃなかった」「ほら大丈夫だった」
何故か残念そうな顔をする伽耶と、小さく微笑む麻耶。
「私が答えるね」
と、麻耶が前置きする。
「私達と同じような、二つ頭のある人の中には、左頭の人は左手と左脚だけ、右は右だけしか感覚無くて、操作も分担ていう人もいるけど、私の場合、感覚は共有。手足の操作も二人で共有。操作に関しては時間で交代を決めているけど、気分次第で時間無視して交代する事も有る」
「御飯とかはどうしてるんですかあ?」
「胃は二つあるから、それぞれの頭の口で食べる。心臓、胃、脊髄、肺は二人分有る。でも一部の臓器は一人分しか無かったりするから、二人前とかは食べない。でも一人前では少ないから、人よりはちょっと多めに食べる。多めでも太らない。頭とか内臓とか二人分あるし、よく動くし、常に魔術を使っているから」
「麻耶、喋りすぎ。一応敵なんだよ?」
伽耶が呆れ顔で突っ込んだ。
「どうして?」
麻耶が問い返す。
「常に魔術を使っている理由は、私達の弱点に繋がるっていうのに」
「それをはっきり言った伽耶の方が喋りすぎ。ボケるのは大抵私なのに、今は麻耶が大ボケかました」
「ううう……」
伽耶が額に手を当てて唸る。
「あれだけ強いんですから、弱点の一つや二つ教えてもらっても、大きな影響はないですよー。何がどう弱点かも、僕にはわかりませんしー」
竜二郎のこの言葉は嘘だった。この情報だけで推測される事は限られてくる。
(魔力で体の致命的な欠損を維持しているとか……ですかねー。ま、それがわかっても僕にはどうにもできませんけどー)
そう思いつつ、竜二郎は優を一瞥した。優なら何とかできそうだと――
「なるほどお、二人で役割も違うんですねえ。こっちの伽耶さんがツッコミ担当、麻耶さんがボケと」
しかし優の興味は別の所に向いていた。
「別にそんなキャラを好きで作ってるんじゃない」「私はボケてるつもりはないし」
二人して同時に、同じ憮然とした顔を作る伽耶と麻耶。
「ねえ……」
麻耶が沈みがちの顔で口を開く。
「私達、貴方達とは戦いたいわけじゃない」
「無益な争いは御免」
麻耶の後に、伽耶も麻耶と同じ表情になって言う。
「私も同じ気持ちですよう」
「違う」「そうじゃない」
優の言葉に、何故か同時に首を横に振る姉妹。左右に振る動きまで同じタイミングなのが、見ていて可愛いと感じてしまう竜二郎と優。
「私達が敵だとわかっているのに、普通に話しかけてくれた」
「私達がこんな姿でも、変な目では見ないで、話しかけてくれた」
『それだけでも嬉しいし、いい人達だと思える。そういう意味で、戦いたくないという気持ちが芽生えている』
伽耶、麻耶の順番に言った後で、二人して声をハモらせる。短い言葉ではなく、かなり長い言葉でハモらせ続けているというのは、この姉妹にしてみても珍しいことである。
「でも争いは避けられない……」
少しうつむき、小さな声で伽耶。
「できるだけ傷つけないようやっつけるけど、怪我させたら御免」
麻耶の方は優達の方を向いたまま、伏し目がちに謝った。
「やっぱりこっちも同じ気持ちですよう。ぶつかるのは、お互い仕方なくですし、その時は恨みっこなしです」
優は覚悟が決まっている。もしその状況が来てしまったら、そうせざるをえない形になったら、迷うことなく消しにいく覚悟が、とっくの昔に出来ている。もちろん、自分が殺される覚悟も。
真は殺される覚悟など不要と、優の前でも言っていたが、優の性格からすると、ちゃんと覚悟しておいた方が、気が楽だ。
「うん」「それを聞いてちょっと気が楽になった」
優の言葉を聞き、伽耶と麻耶はまた同時に、同じ形の笑みを浮かべた。
***
現在、殺人倶楽部には百名以上のメンバーが籍を置いているが、霊的国防機関として生まれ変わってから、任務を与えられて動いた者は、その四分の一もいない。
支配者層のお偉いさん達は、未だ殺人倶楽部を疑っていて様子見しているのか、それとも霊的国防に代々従事してきた術師の家系や流派の顔色を伺い、制限しているのか、あるいはその両方なのか。理由は定かではないが、その辺りの線だろうと、壺丘は見ている。
「墨田のことを世間に公開したけど、あいつを殺してからはどうするつもりだ?」
『いくらでも誤魔化せます。逮捕の際に抵抗されてやむなく射殺という筋書きが無難だと、私は考えますが』
壺丘の問いに、殺人倶楽部を管理担当している防衛事務次官朱堂春道は、事務的な口調で答えた。
『マスコミ関係者だった壺丘さんからしてみれば、気分のいい話ではなかったかな』
「かなーり虫唾が走るわ。以前からそういう話は嫌というほど聞いてるし、俺も煮え湯を飲まされた事が何度かある。死に物狂いでとってきた、ドピュピューリッツァー賞百回貰えるぐらいの特ダネも握りつぶされて、真実は闇の中だ。後で裏通りのサイトに全部暴露してやって、そっちで評価されて、裏通りの情報サイトからはお金も称賛と慰めの言葉もたっぷりもらったけどな」
ついつい愚痴ってしまう壺丘。
(俺も高田みたいに、裏通りのジャーナリストに転身すりゃよかったかな)
今更になって思う。しかし壺丘は表通りにこだわった。そのおかげで、今こんな立場にいるのは、ひどく皮肉な話である。
『すみません。でも今後もきっと何度も、そういう嫌な気分にさせると思いますよ』
「いやいや……」
電話の向こうで謝る朱堂に、壺丘は微苦笑をこぼす。一見、冷徹な人物のように見えて、結構義理堅いし人情もある男であるので、政府の御目付け役がこの男でよかったと壺丘は思っている。
電話を切ってしばらくすると、壺丘のいるエントランスに、鋭一と善治が昼食から戻ってきた。
「竜二郎達は戻ってきたか?」
「いいや、まだだな」
鋭一の問いに、壺丘が答える。
「二人で行かせて本当によかったのか?」
善治が半ば呆れたように言う。敵と繋がりがありそうな人物と組織のド真ん中に――しかも魔術教団の本拠地に、たった二人で行かせるなど、危険すぎる。
「あいつら頭もいいし、ここじゃトップクラスの力の持ち主だからな。ナンバーワンとナンバーツーが行ったと思ってくれていい。あいつらがあっさりやられちまうようなら、この件は殺人倶楽部にとってしんどい任務って事になる」
壺丘の話を聞いて、善治も少しだけ納得した。しかし一方で納得できないことがある。
(しかし……あの女の子がここのリーダーだとは聞いていたが、やはりどうしてもイメージがわかないなあ。ふわふわした感じで、戦う時のイメージが沸かない。争いごとなどとは全く無縁そうな、優しそうな顔してるし)
「ところで星炭側からの助っ人は?」
優のことを考えていたら、鋭一に声をかけられ、善治ははっとした。
「まだみたいだな……。あまり期待しない方がいい」
誰が来るのか、善治は聞いている。しかしどれほど役に立つかは知らない。一応面識はあるが、最近知り合ったばかりの人物だ。そして善治は、彼のことをあまり快く思っていない。
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