第三十六章 18

 墨田俊三には、鈴田花郎と山木太子という、二人の幼馴染がいた。

 小学生の頃は何をするのも一緒で、ずっとつるんでいた。しかし花郎の方は私立中学へと行き、俊三は太子と共に公立中学へと上がった。


 花郎とは電話やSNSで連絡こそ取り合っていたが、実際に会うことは無くなり、次第に疎遠となっていった。離婚が原因で母親がヒステリックな教育ママと化してしまい、休日すら与えて貰えず、家にいる時も常に監視されて、勉強漬けにされているという話だった。


 俊三と太子は恋人関係になったものの、俊三も太子も共に奔放かつ自己中心的な性格であり、太子はそれに加えてわがままを他者に押し付けて、自分の思い通りにならないとすぐキレる性格だったので、太子が俊三に喧嘩をふっかける事が多かった。

 俊三は自己中心的ではあるが、基本的に穏やかな性格であったし、近しい人間とは衝突しないように心がけていたため、自分から太子に喧嘩を売るような真似はしなかったし、太子はこういうものだとして、気に留めなかった。気に留めないので、彼女のわがままも一切聞き入れず、好き放題やっている俊三であった。


 しかし高校一年になったある日、さしもの俊三も見過ごせないことを、太子はやらかした。花郎と浮気をしていたのである。

 それを咎めると、太子は開き直ってこう言ってのけた。


「あのね、花郎は今を頑張っているから、将来を約束された子なの。ふらふらしてばっかの、いいかげんな、あんたと違ってね。あんたは学歴底辺だし一生底辺なの。だから私は花郎につく。それだけの話」

「君だって俺と同じ高校にいるじゃないか」

「はあ? 話聞いてなかったの? 私が底辺でも花郎はこれからいい大学に入っていい会社入って、お給料いっぱいとって、奥さんになった私にいい生活させてくれるのよ? それがもう決まってるの。だから私は花郎につく。女なら当たり前でしょ?」


 こんな将来まで見据えたうえでの打算的な女だったのかと、俊三は不思議に思ったが、高校に入ってから、彼女の親戚が玉の輿に乗っていい暮らしをしているのを見て、それに影響されたらしいと後から知った。


 この件は別にこれでよかった。俊三はそれで太子に愛想が尽き、興味も失せたからだ。

 俊三が太子を殺害するに至った理由は、その後に起こった出来事のせいである。


 太子は俊三の家までわざわざ訪ねてきて、こう言った。


「ねえ……やりなおしたいの。私、馬鹿だった。本当は今でも俊三が好きなの」


 科を作りながら訴える太子に、俊三はおぞましさすら感じて、冷たい視線を浴びせていた。


 俊三は太子が今頃戻ってきた理由を知っているし、太子も太子で、俊三がどうして冷たい目で自分を見てくるのか、理解していた。

 花郎はお受験ママの抑圧と期待に耐えられなくなり、母親を包丁で滅多刺しにして殺害したのである。それだけではない。それ以前から違法ドラッグを通販で仕入れて、服用もしていた。


「それで花郎は見捨てて、ほいほい俺に乗り換えるわけか」

「違う、私が間違ってたのよ。どうかしてた。私の本当の気持ちは俊三にあった。花郎はすっかりつまらない奴になっちゃってたし、Hだって俊三に比べて全然下手だし、一緒にいても物足りないし、そのうち結婚したら、生活だけ面倒みてもらって、あいつの稼いだ金で、ずっと俊三と不倫して遊び続けようって考えてたのよっ。それくらい私は俊三の事が好きだったのっ」


 必死さ丸出しのあまり、自分で何を言ってるのかわわからない状態になっている太子を見て、俊三は哀れさとおぞましさのあまり、笑っていた。


 太子を殺しながら、俊三は考える。別に太子に限った話ではない。思えば世の中の人間の多くは、太子のようにくだらなくてつまらない人間ばかりではないかと。

 たまたまそういう人間ばかり目について意識していたに過ぎない俊三であったが、思春期の思い込み暴走モードに入った俊三は、その考えで染まっていった。そしてその思いは、現在も変わっていない。


***


 雪岡研究所で改造手術を受け、大きな力を二つも手に入れた俊三は、その日の夜のうちに、早速行動を開始した。


 改造によっては、改造直後は体の負担があるために休むこともあるが、強力な再生機能をもたらす装置を埋め込まれた俊三には、その必要も無い。装置に元々エネルギーも注入されてあったので、これが尽きるまではかなりの無茶もできる。


「守りに入るのはよくない。限られた人生なんだし。太く短くと決めたんだし。最後まで攻め続けないとね」


 タクシーを降り、夜の住宅街を疾走しながら俊三は呟く。


 短距離走の走りで、もう相当な距離を走っている。これだけで人間離れした力を得たと実感できる。しかしこれでヒーローの格好になって、名乗りをあげれば、さらに力が増すというのだから、その時が来るのが楽しみで仕方がない。


 俊三が向かっているのは、高嶺流妖術の術師の住居だ。先程依頼者から、国仕えの術師の住む場所で、判明している住所は全て前もって教えてもらった。

 依頼者は、俊三が破滅と引き換えに暴れる事に呆れつつも、その分、日本の霊的国防によりダメージを与えられると踏んで、情報サポートは惜しまず行う事にしたようだ。


 ターゲットの家へと玄関から堂々と侵入する。ドアにかけられた鍵は、魔術を使うまでもなく破壊できた。普通にドアを引っ張っただけで、それであっさりと鍵も蝶番も破壊し、ドアは玄関に投げ捨てた。


「お、お前は……!」


 家長である壮年の高嶺の妖術師が現れ、俊三の顔を見て驚いた。すでに俊三の顔写真は、高嶺の術師の間で出回っている。その存在は知られている。


 青いジャージに身を包んだ俊三が、青いヘルムを被り、こう叫んだ。


「ジャージ・オン!」


 そして右の拳を前方に突くポーズを決めて、名乗りをあげる。


「ブルージャージ! ジャージ戦隊、ジャジレンジャー!」


 一人なのに戦隊はどうなんだと、叫んでから俊三は思ったし、相手にもそう思われたかもしれないと考える。


(決まったかな? 青っていう色は好きだし、自分はヒーローだとなりきって思い切ってみると、これはこれで気持ちいいかも)


 ポーズを取ったまま、俊三はヘルムの下でにやにやと笑う。


「ふざけやがって……! 返り討ちだ!」


 高嶺の術師が激昂し、呪文を唱え始める。


 呪文は短く、すぐに発動するタイプのものだった。耳が痛くなり、息苦しくなる。口の中も変な味が広がり、猛烈に気分が悪くなる。

 術師に接近して殴りかかったと思ったのに、どういうわけか術師の脇をすり抜けて、廊下の先にあるリビングルームへと、文字通り転がり込んでいた。視界もおかしい。歪んでいる。足の感覚も変だった。足が地についてないかのようだった。


(感覚を狂わす幻術か。以前にも使っていた高嶺の術師がいたが、こいつは以前の奴より強い)


 抵抗(レジスト)して術を打ち破ろうと、意識を集中する。術にかかってしまった今、術を用いて解けるかどうか怪しいので、単に精神力だけで何とかしようと試みた。


 術は解けたが、敵に猶予を与えてしまった。背後で超常の力が膨らむ気配を感じる。


 俊三の周囲から夥しい量の刺が生えたかと思うと、刺が伸びて、体中に突き刺さった。

 刺が体中を貫いているにも関わらず、ジャージには一切穴が開いてないのを確認する。


(これも幻術か。痛覚と触覚に訴えるタイプ。そして実際にダメージまで与えてしまうと)


 廊下の向こうでは、術師が勝利を確信してほくそ笑んでいた。確かにこれは致命傷だ。ここで勝利したと誤解しても仕方ないと、俊三は思う。


(残念だったな。改造前の私ならこれで斃せていたはずだ)


 俊三も小さく笑い、幻影の下を振り払い、血を撒き散らして廊下を駆ける。

 体中穴だらけでありながら、元気いっぱいに突っ込んでくる俊三を見て、高嶺の妖術師は驚愕と戦慄に顔を引きつらせる。


「ブルーブレード!」


 必殺技の名前をちゃんと叫びながら、手刀を一閃させる。技の名前も叫んだ方が強いと、純子に言われていたからだ。

 手刀で首を切断され、頭部が胴から落ちる。その後ゆっくりと体が前のめりに倒れた。


「一応高嶺の上級術師なんだよなあ。情報にはそう書いてあるけど。確かに強かった。でも……わりと余裕だった」


 ホログラフィー・ディスプレイを投影し、依頼者から教えられた情報を見ながら、俊三が頭をかく。

 以前の俊三なら負けていたし、そちらと比較すれば強かったというのに、今の俊三からすれば敵ではない。いきなり自分が強くなりすぎてしまって、強さの実感が沸かないし、勝利の喜びも無い。


「ま、いずれはさらなる強敵とも巡りあえる。この間私の邪魔をしたあの子達もいずれ私の前に現れる。それが一番の楽しみかな」


 ヘルムを脱いで笑う俊三。


「さて、一晩に何軒やれるかなー」


 御機嫌な表情で呟き、家を出ようとした所で、背後に気配を感じた。


「きゃーっ! あなたーっ!」

「とーちゃーんっ!」


 様子を見に来た妻子が、術師の骸を見て悲鳴をあげる。


 俊三が足を止めて振り返ったので、母親は、夫を殺されたことも一瞬忘れ、恐怖に震えながら子を抱きしめた。


「お願いっ! この子だけは! この子だけは!」


 六歳くらいの子供を抱きかかえ、泣きながら懇願する母親に、俊三はにっこりと笑いかけると、手出しをしようとせずに背を向けた。

 情けをかけたわけではない。一晩に何軒襲撃できるかという一人遊びのためだ。非戦闘者をいちいち殺して遊んでいては、無駄な時間をくってしまう。


 タクシーを呼ぼうとした所で、シャーリーから電話がかかってきた。


『協力してあげる』

 電話に出るなり、意外な一言を口にされた。


「あれだけ派手にやったから、手を貸してくれないと思っていました」

『貴方を伽耶と麻耶が守る格好になるから、そっちが心配なのよ。弟子を三人も失うなんて嫌だし、せめて伽耶と麻耶だけは守りたいわ。それだけの話よ。今どこにいるの?』

「ああ……えっと、ありがたいけど、でも今夜はいいです。明日からお願いします」


 せっかくの師の厚意も無下にして、電話を切る俊三。今夜は手に入れた力を思う存分に振るって一人で遊びたいと思ったからだ。 


「高嶺流だけじゃ不公平だし、他も狙っていくかー」


 タクシーが来る間、ディスプレイを開いて候補を見る。


「最近国仕えから離れたらしいけど、実質上まだ繋がっているままの星炭流なんかもいいな。よし、決めた。ここから近いし」


 俊三の長い夜はまだ始まったばかりである。

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