第三十六章 16

 シャーリーは、竜二郎と優を本部内の自室へと案内し、茶を淹れた。

 竜二郎は優に視線を向ける。優は茶に視線を向け、茶以外に毒物が入っていたら消去という認識で、力の発動を試みたが、反応はなかった。


「いただきまあす」


 そして竜二郎を一瞥してから、安心させるようにカップを口につける。竜二郎もそれに倣って、茶をすすった。


「さて、何の話をしましょうか」


 二人の間でそんなやりとりがあったとは露知らず、シャーリーが切り出す。


「ものすごーく大変なことになっていますが、コンプレックスデビルではこの事態をどう受け止めて、どう対処するつもりですかー? 遺憾の意を炸裂させてあとは静観という構えですかー?」

「はい、とっても遺憾の意です。この言葉を吐いたらもう終りにするのがこの国のお約束ですよね。何しろ政府の最終兵器ですし、一組織もそれに倣って問題ないでしょう?」


 にこにこと笑いながら毒を吐く小柄な美少年を前にして、シャーリーも満面の笑顔で答えた。


「そもそも私、ここの代表というわけでもありませんから、組織の決定や動向をホイホイと伝えることもできないのよね。ああ、面倒だからもう敬語はお互い無しで」

「僕と彼女は普段から敬語がデフォなんでお構いなくー」

「ふーん、その歳で敬語カップルとはまた面白い組み合わせね」


 こんな男と付き合うとは気が知れないと思いつつも、竜二郎はともかく、優に対して不快感は無いので、そこまでは言わないでおく。


「別にカップルじゃありませんよう」

 即座に否定する優。


「カップルになれたらいいんですけどねー」

「あらあら、鈴木君の片想い? それはよかった。不幸な女の子かと思ったら、そうでもないのね」

「あの……本題に戻りましょー」


 竜二郎からすると色恋沙汰方面の話は苦手なので、無理矢理話題を切り替える。そもそもこんな話をしにきたわけでもない。


「シャーリーさんがこの事態に対して、ただ厄介なことになったとか、面倒臭いとか、そう思ってるのなら仕方ないと思うんですう。あるいはお弟子さんの方が大事だとしても」


 竜二郎に任せていると挑発や煽りばかりになるので、優の方で用件と要望を伝える。


「でも、少しでもお弟子さんを止めたいという気持ちがありましたら、こちらに協力してもらえませんかあ?」

「うーん……そうね……」


 優の真摯な訴えに、シャーリーは内心困っていた。シャーリーはこういうタイプには弱い。嫌味や皮肉ばかり口にしてくる竜二郎の方が、シャーリーにとっては接しやすいともいえる。


「私としてみれば、シャーリーさんがどちら側なのか、確認したいという気持ちで、ここに来ましたあ。わざわざ会ってくれるということは、全く見込みがないというわけではないんですよねえ?」


 言葉と裏腹に、優は全く別のことを考えていた。わざわざ会ってくれたのは、こちらを観察するか、何かしら術をかけて罠にはめるか、そういう理由だろうと。優の中では、十中八九、シャーリーは敵になると見なしている。


「人を頭から信じることはもちろん駄目だけど、性善説に従って行動するのはやめなさい。私はただ興味があったから、会っただけよ。電話でもいろいろと言われたし」


 優のペースには乗らず、硬質な声でシャーリーは告げた。


「優さんはこう言いましたけどねー、僕の要求は違うんですよー」


 竜二郎が意味深な笑みを浮かべて言う。


「コンプレックスデビルの組織そのものは、例え政府筋の怖い機関に圧力かけられようと、きっと動かないだろうって、そりゃ僕だってわかります。圧力だの脅迫だので一組織を動かすなんて、限度がありますしね。ましてや魔術結社なんていう、ある意味とっても反社会的な組織が相手じゃあ難しい話でしょう。でも、シャーリーさん個人はどうかなーっと」

「答えは言わなくてもわかるでしょう?」

「いえ、はっきり答えて欲しいですねー。僕達の手伝いをしてほしいです。お弟子さんを止める手伝いをね」

「言質を取りたいの?」


 会話の録音をしているであろうことも見越して、にやりと笑って問いかけるシャーリー。


「コンプレックスデビルに属し、世間を騒がす大量殺人犯の師である私の答え、記録しておけば、後出しジャンケンでどうにでも利用できるわね。コンプレックスデビルに、これまで以上に圧力をかけることも可能じゃない? 貴方は無理だと言ったけど、無理ではなくなる方へと誘導だって、できちゃうんじゃない? 貴方なら、それくらいやりそうな狡猾さを備えていると、私は見たけど?」


 シャーリーに全て見透かされていた竜二郎は、張り付かせた笑みを引きつらせていた。


(この人やりますねえ。竜二郎さんを圧倒しちゃうなんて)


 優がシャーリーと竜二郎を見比べて感心する。


「その歳でいろいろと企みをめぐらせる頭を持っているのは、見事だと褒めてあげる。台詞の一つ一つも、相手の心理を誘導するよう仕組んでいる。でもね、ちょっと露骨すぎ。普通の人なら容易く騙せるかもしれないけど、少しでも頭が回る人なら、すぐにわかっちゃう。相手をハメるならもう少し考えて臨まないと、いつかしっぺ返しを食らって痛い目見るから、気をつけなさい」

「はい。勉強になりますー」


 シャーリーに諭される格好になった竜二郎が、神妙な面持ちになり、素直に認めて受け入れた――と思いきや、


「嫌味を言うわけではないですが、御自分はその頭のいい人のおつもりですかー?」

 にやりと笑って訊ねる。


「冗談のつもり程度に受け取っておくけど、並よりは上という自覚はあるわ。そんなの他と比較して自然とわかってしまうことよ。もちろん世の中には、自分は頭がいいと錯覚している馬鹿者だって、いっぱいいるけどね」

「なるほどー」


 シャーリーの答えに、感心したようにうんうんと頷く竜二郎。素直に敬意のような感情が芽生えていた。同時に、対抗心も。


「で、他にもまだ何かある?」

「僕からはありませーん。勉強になりましたー」

「私も無いですう。面白いやりとり見れましたあ」


 竜二郎と優の反応を見て、シャーリーはにっこりと笑う。


「素直だし、面白かったのは私も同じだから、御褒美にとっておきのお菓子を御馳走するわ。食べてから帰りなさいね」


 そう言ってシャーリーは部屋の奥から、怪しいお菓子の数々をもってきた。

 お菓子と茶のおかわりをご馳走になってから、優と竜二郎はシャーリーに別れを告げ、彼女の部屋を後にする。


「うーん……ここまで見事に負けると、逆に清々しいですねー」

「竜二郎さんの目論見を見抜いたうえで、指導してくるとか、すごく年の功を感じましたねえ」


 エレベーターの中で、感想を口にする二人。


「しかもスマートでしたしねー。最後に御馳走までしてくれて、何かとっても格好いい女性と感じましたよー。この一件に関しての収穫は何も無かったですけど、僕にとっては実りのある時間でした」

「私もそう思いますぅ」


 優が同意したその時、エレベーターが一階に着いて、扉が開く。

 そこに、昨夜も見た美少女の顔が二つ並んでいた。


「あ――」

「あ」

「ああ……」「あっ」


 四人がそれぞれ似た様な声をほぼ同時にあげた。


***


 俊三の改造手術は一晩以上かけて、翌日の昼間になってようやく完了した。


「ヒーロー系マウスにしておいたから。ちゃんとヒーロー用のスーツを着て、名乗りをあげないと、力を十分に発揮できないから、気をつけてねー」

「昨日私を襲ってきた方は怪人だか怪獣なのに、私はヒーローの方なのか……」


 純子の話を聞いて、俊三は苦笑いを浮かべる。


「でねー、君のリクエストに従って、強力な再生機能をつけたんだけどね。これはいつもの再生能力とは一味違って……って、いつものが何かはわからないから、再生能力そのものから説明しないとね。再生能力といっても、再生にはエネルギーを必要とするから、体力が奪われちゃうんだ。だから体力が尽きたら、もう再生はしないんだよね。でも俊三君に今回付与したのは、いつもの再生能力より強力なうえに、体力の消費もかなり抑えられる優れものなんだー。普段からエネルギーを取り込んで蓄積しておける、特殊な再生装置を埋めたからねー。その装置が急速再生を促すってわけ」


 嬉しそうに解説して純子は、俊三の胸の中心を指差す。


「心臓の下辺りに、再生装置となる有機物が埋め込んであるから、そこだけは守るようにしてねー。装置が損傷すると、それでおしまいだよー。君の命を支える重要な臓器となっているから、それが壊れただけでも死んじゃうからね。あと、装置へのエネルギー蓄積のために、普段の食事量はかなり増えると思うよー」

「了解。もしうっかり装置が外に飛び出ちゃったら?」

「死ぬかなあ。でも、すぐに入れなおせば大丈夫だけど」

「体内でズレちゃったら?」

「体の中のどの部分にあっても平気だから、それは心配しなくていいよー。心臓近くに入れたのは、そこが一番守られている場所だからねえ」

「ふむふむ。つまり心臓を狙ってこられたら要注意か」


 弱点があった方がむしろ面白いと思いつつ、ふと、純子もそのつもりで作ったのではないかと、勘繰る俊三であった。

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