第三十六章 15

 かくしてその日の夜のうちに、俊三は自分の体を改造強化してもらうために、雪岡研究所を訪れた。

 俊三は純子に現在の状況を伝えたうえで、最後にこうリクエストした。


「太く短くでぱーっと散りたいが、それと同時に、なるべくしぶとく生き残りたいとも思っている。私は次から次に放たれる刺客と抗戦し、いつかは力尽きるだろうけど、それまでに必死に足掻いて、なるべく地獄への道連れを増やしてから死にたいんだ」

「んー……なるほどー」


 この要求は、それはそれで改造しがいがあるが、つい最近施した孕杖への改造に比べると、魅力が落ちる代物だ。純子にとって何より魅力的なのは、保身も長生きも全く考えずに力を望む者を、その者の命など全く考慮せずやりたい放題に改造することだ。


「せっかくだからあれを試してみようかなあ。まだ試作品だし、いいテストの機会だし」


 自分だけにわかることを呟く純子。


「ああ、同時にあれも試そう。うん、二つの能力付与でいいかな? その分リスクも高まるけど、得られる力は大きいよー」

「改造する際のリスクは仕方ないとして、改造後のリスクは勘弁して欲しいなあ。まあ、それも含めての実験だとわかっているし、仕方ないとは思うけど」

「じゃあ一つにしておく-?」

「二つコースでよろしく」


 確認を取り直す純子に、俊三はにっこりと笑って答えた。


***


 安楽第三十八小学校立てこもり大量殺人事件が発生した翌日。

 鋭一と善治は暗黒魔神竜庵で昼食をとっていた。竜二郎と優は別の用事で、二人一緒に行動している。


「お前のターゲットへの憎しみは異常だ。何が原因かは知らないが、お前が暴走して死ぬヴィジョンが見えてしまっている。少し感情を抑えろ」


 龍汁定食を食しながら、善治が風紀委員長モードになって説教をする。

 今の鋭一相手に、委員長モードになるのは不味かったかなと、善治は言ってから後悔する。輝明や竜二郎相手ならそれでもいいが、鋭一はかなり神経質であるし、プライドも高そうなイメージなので、こうした上から目線の説教は逆効果な気がした。


 以前の善治ならここまで計算はしなかったが、最近ではよく人を見るようになってきたし、人と状況によって態度や言い方も変えられるようになってきた。


「お前にそれを言われるとは思わなかったな。チームワークは乱さないようにするから心配いらん」


 メメントモリそばをすすり、いささか憮然とした顔で鋭一は言った。


「チームワークの心配をしているんじゃなくて、お前の心配をしているんだ」


 責めているのだと思われないように、できるだけ意識して柔らかい口調を作って言う善治。


「何だかお前、随分と変わったな。星炭に負けた影響か」


 からかうでもなく、こちらも柔らかい口調で言い当てる鋭一に、善治は気恥ずかしさを覚えて口ごもる。


(俺はあまり成長してないような気がする)

 ふと、鋭一はそんなことを考える。


「ターゲットの墨田を知っていて、個人的な恨みでもあるのか?」

「そうじゃない。単にああいう奴が嫌いなだけだ」


 善治に問われ、怒りを押し殺した声で鋭一は言った。


「俺も風紀委員長のことを笑えんよ。お前は規律だの規則だのにうるさい男で、それを乱すことが許せないって奴だが……俺は、自分の欲のために人を踏みにじる悪そのものが許せない。この世界は悪が溢れている。そいつら全部皆殺しにしてやりたい」


 鋭一の口からはっきりと聞くまでもなく、善治は鋭一を見ていて気づいていたが、改めて本人の口から心情を吐露されると、中々くるものがある。


「以前、殺人倶楽部に入ったのもそうだ。殺人倶楽部の力と権限を利用して、悪人を殺しまくっていた。でも殺人倶楽部はああいう組織だったし、殺人倶楽部の中にも悪人がたっぷりといて、そいつらと衝突したし、殺人倶楽部内の嫌な所もたっぷりと見た。殺人倶楽部が国の公的機関となって生まれ変わって、最早堂々と悪の掃討に努められると思って、少し喜んでいたが……。結局世の中悪だらけだし、そもそも悪を討つことができると喜んでいた自分が、馬鹿丸出しだったな」

「理想への一足飛びを期待……か?」


 鋭一の話を聞いて、善治がそんな台詞を口にする。


「うん……まあ、何だ。お、俺もその……ほんの少し前まで、独裁者になって世界中の悪人を淘汰したいとか、そんなことを考えていたからな」


 言いたくなかったことだが、鋭一が自分語りをしたのに、ここで言わないのはアンフェアな気がして、善治は照れながらも正直に話した。


「お前……それ、俺が言いづらいこと愚痴ったからって、俺に合わせて自分の恥ずかしいことも言わないと駄目だとか、そんな変な意識で言ったろ?」

「ぐっ……」


 苦笑しながら指摘してきた鋭一に、善治はおもいっきり顔をしかめて呻く。


「世界は真面目な人達が頑張った分だけ、良くなっていると、うちの父親がよく言っていた」


 気を取り直して、善治は話を続ける。


「例えば、世界中にはびこる多くの病原菌や病気を媒介する生き物が、日本に存在しないのは、先人達の努力があったからだそうだ。真面目な人達が世の中のために頑張った成果だと。昔は日本にも土着のマラリア原虫が存在していたそうだ。そうやって誰かが自分のできる範囲で頑張った分、どこかで何かが良くなって、それは後世にも続く。悲劇の回避に繋がる」


 つい最近、父親の良造から聞いた話だ。以前は受け入れられなかった善治であるが、今なら素直に受け入れられる。


「いい父さんだな。うちの父さんも……真面目な人だったし、謙虚や誠実さを美徳として生きていた人だったよ。首をくくって死んだけどな。俺から言わせれば、あれはれっきとした殺人だが」


 いきなり重い話へと持っていく鋭一に、善治は彼の心の中の闇に触れたと意識する。


「嫌な記憶ってのは、いつまでも頭にこびりついて離れない」


 善治が明らかに引いていたし、飯を不味くする事も無いと思い、鋭一はその話はしないで置く事にする。


「その辺が、芹沢が殺人倶楽部に入った動機か」

「ああ、法では裁けない悪を裁きたかった」


 善治の言葉に、鋭一が頷く。


「復讐みたいな感覚でな。今でもその感覚は少し残っている」

「少しってことは、薄れたのか」

「ああ……いろいろあって」


 今度は微笑を浮かべて頷く鋭一を見て、彼の心が良い方向へと向かっているのだろうと、善治には思えた。


***


 優と竜二郎は、都心にあるコンプレックスデビル日本支部へと向かった。

 オフィス街にある、外見は普通の商社ビルだ。表向きにもそういうことになっている。しかし――


「中味はまるごと魔術教団だそうです。何をやっても外からはわかりませんよねー」


 地下駐車場へと続く入り口を見つつ、竜二郎が解説する。


「例えばあそこを通じて誘拐してきた人の出入りをしても、わからないですよねー」

「怖いことばっかり言わないでくださいよう」


 ちっとも怖がってない、おっとりとした口調で言う優。


「ただの想像ですよー。では行きましょうかー」


 二人はビルの中に入り、受付でシャーリー・マクニールの名を告げる。

 エントランスを見て、中もわりと普通だと思っていたら、奥の通路から、全身を黒いローブに身を包み、三角頭巾で頭部をすっぽり覆った二人組が歩いてきたので、優はちょっと引いてしまう。


 やがてエレベーターから一人の白人女性が現れ、竜二郎と優の方を向いて愛想笑いを浮かべた。びっこを引きながらこちらへ向かってくる。片足が悪いようだ。


「始めまして、私がシャーリー・マクニールよ。電話で威勢のよかったのはこちらの子?」


 竜二郎を見下ろして問うシャーリー。男女ペアであるし、こちらとしか思えない。


「はい、こちらの子でーす。優さんがオカマでも無い限り僕でーす」


 ふざけた答えを返す竜二郎の声を聞き、本人であることを確認するシャーリー。


「こんな可愛い男の子だったとは意外というか、人は見かけによらないものだという証明ね。貴方の見た目に騙されて寄ってきた女の子が、酷い目にあわないよう祈ってるわ」

「いや、これでも彼女イナイ歴年齢ですし、背低いせいか、あまりモテないんですけどー」


 出会ってそうそういきなり毒を吐くシャーリーに、弱い所を攻められて、いきなりダメージを受ける竜二郎。


「背はそこまで重要じゃないから、気にしなくていいわ」


 少なくともシャーリーにとってはそうなので、フォローしておく。


「殺人倶楽部の鈴木竜二郎です」

「同じく、暁優ですう」


 敵になる可能性もある人物なので、リーダーであることは黙っておいた方がいいと判断し、優は口にしないでおいた。信じられる人間以外には、余計な情報はなるべく与えない方がよい。どんな些細なことでも、敵にとって、有効活用するきっかけにされてしまう可能性があるからだ。

 その一方で、自分が信じられると感じた人間には、ほいほいとあれこれ話してしまう悪い癖が、優にはある。

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