第三十六章 10
標的の名が墨田俊三であると判明し、さらにその翌日の午後二時。
「これから標的の師である、コンプレックスデビルのシャーリー・マクニールと直接電話で会話してみる」
鋭一、竜二郎、優、善治の四名が揃った所で、壺丘が告げた。
「もしもーし」
『はじめまして。シャーリー・マクニールと申します。そちらと話すよう言われまして、ね。この度は私の弟子、墨田俊三が御迷惑をかけて申し訳ありません』
丁寧な口調で誠意を込めて謝罪しているかのようであるが、実際には誠意や謝意など微塵も無いと、壺丘と竜二郎は感じとっていた。
「その人物と――お弟子さんと接触しましたか?」
壺丘が問う。
『はい。ある程度詳しい話も聞きました。彼はどこかの国の政府の秘密機関の指示を受け、この国の霊的国防を担う者達を直接間引きしていたようです』
「それをはっきりと貴女の前で話しましたか」
『一応師弟の関係ですから――と言いたい所ですが、俊三はそれを暴露する事さえ躊躇しないほど、破滅的になっています。彼は己の未来や保身を考えていません。刹那的に今さえ楽しめばよいという性分です』
「居場所もしくは次の行動について聞いていませんか?」
『聞いてはいません。ただ、彼は自分が今しでかしていることで、自分が狙われ、自分の命が長くないと見ています。彼は厭世的どころではなく、はっきりと世界を憎悪していますから、この先は一般人も巻きこんでテロを行うなど、暴走することが予想できますね』
おっとりとした喋り方で、とんでもないことを口にするシャーリー。少しは神妙に喋ったらどうだと、鋭一、善治、壺丘の三人は思う。
『他に聞いておきたいことがありましたら、何でもどうぞ』
どこか小馬鹿にしているようなトーンで、他人事のように促すシャーリー。
「いや、また何か聞きたいことがありましたら、連絡させていただきます」
『はい、何なりと聞いてください』
「よろしく」
最後はぶっきらぼうに一言告げて、電話を切る壺丘であった。
「かなりの狸女と見たな」
こういうタイプは非常に面倒であることを、壺丘はジャーナリスト時代に思い知っている。
「おちょくってたろう、あれは」
眼鏡に手をかけ、不快さを露わにした顔で言う鋭一。
「かき乱してくるタイプっぽくはありましたねー。壺丘さん、次に今の人と話す機会ありましたら、僕と話させてくださーい」
竜二郎がにこにこ笑いながら申し出る。
「まあいいけど……」
かき乱す者同士でややこしいことになりそうだと、壺丘は微苦笑をこぼす。竜二郎もそれを承知のうえで申し出たことは、壺丘にもわかっている。
壺丘の電話が鳴る。相手は防衛事務次官朱堂春道であった。
『壺丘さん、ニュースを見てください。ネットでもいいです』
いつも冷静なこの男が、強張った声を出しているので、ただごとではなさそうだと、壺丘は思いつつ、ディスプレイを投影する。
ニュース番組には学校の校舎と思しき場所が映し出され、テロップには『小学校に多数の児童を人質に立てこもり。犯人は複数。十人以上が占拠!?』と書かれていた。
『繰り返します。本日午後一時半より、安楽第三十八小学校に、立てこもり事件が発生しました。主犯と思しき人物は、自らの名前を公表しています。主犯は墨田俊三と名乗っています。その目的については、まだ――』
「あははは、派手に動きすぎでしょー」
けらけらとおかしそうに笑う竜二郎。他の面々は呆然啞然としている。
「何がおかしいんだ……。不謹慎な」
「全くだ。笑い事じゃない」
善治と壺丘が竜二郎を睨むが、竜二郎はにやにやしたままだ。
「こいつはこういう奴だから、いちいち目くじら立てても仕方がない」
と、眼鏡に手をかけつつ鋭一が言う。
「もう一度シャーリーさんに電話した方がいいんじゃないですかあ? 一人でしゃなくて複数という点が気になりまあす。コンプレックスデビル内に協力者がいるんじゃないですかねえ」
優が壺丘の方を向いて言った。
「そうだな、早速頼む」
壺丘が竜二郎の方を向いて言うと、シャーリーに電話をかける。
『あらあら、早速来ましたか。ニュースを御覧になられたのね』
「はじめましてー、殺人倶楽部の鈴木竜二郎といいまーす。壺丘さんに代わって、僕がお話しますねー」
「おい……」
弾んだ声で堂々と殺人倶楽部の名を出す竜二郎に、鋭一が思わず声を発する。壺丘も額に手をやっている。
もちろん竜二郎は計算して発言している。まずこれで虚を突いて、相手を飲み込みにかかる。自分のペースへと持っていきやすくするために。
「ニュースでは単独犯ではなく複数と出ていますよねー。やっぱりコンプレックスデビルの人達が、後押ししているってことじゃないですかー?」
『俊三に協力者がいるとは思えませんし、きっとゴーレムか使い魔でしょう』
ストレートな竜二郎の質問に、シャーリーは他人事のように答える。
「えっと、シャーリーさんにではなくて、政府機関からコンプレックスデビルの方に何度も通達があったのは、確認していますよねー?」
『だからこそこうして電話で話していますが?』
「おおっと、失礼。そのわりには随分としらばっくれていると思いましてー」
穏やかな口調で喧嘩腰な物言いをする竜二郎に、シャーリーはしばし沈黙した。
『何を言いたいのかしら?』
シャーリーの声音が不機嫌そのものへと変わる。
「お弟子さんをこちらに引き渡せと、上から言われていませんかー? 情報をくださるのはありがたいですが、それだけではねー」
『そうしたくても、私が彼を匿っているわけでもありませんし、引渡すことなどできません』
「匿っていないにしても、事が起こってから、お弟子さんと連絡するか接触するか、してますよねー?」
『私が俊三に支援をしていると? 私が他ならぬ協力者だと?』
笑い声で決め付けたうえで確認を取る竜二郎。シャーリーの声に怒気が孕む。
『随分と礼節に欠ける方のようですね。先程の方と変わっていただけませんかしら?』
「お断りしまーす。僕が顔焼きシャーリーさんとお話をしたいんですー」
竜二郎が弾んだ声で口にしたその呼び名を聞いて、電話の向こうでシャーリーが口ごもったのが、はっきりとわかった。
「顔焼きシャーリーさんは、本心ではお弟子さんの味方をしたいんですかねー? それとも自分の立場も危うくするような真似をしてくれて、忌々しいからさっさと死んでくれと思ってますかねー? 後者でしたら、是非とも積極的に協力してくださいよー。不都合が無いなら、是非シャーリーさんも現場に来ていただきたいですねー。そして一緒に説得してほしいです。お師匠さんは泣いてるよー的に」
『そんな説得が容易く通じる者ではないと、今までの話から判断はつかないのですか?』
精一杯の嫌味で返すシャーリーだが、両者の会話を聞いている者達の目からはもちろん、シャーリー本人も、今、完全に竜二郎がペースを掴んでいる事はわかっている。
「やってみなければわかりませんし、やれることは全てやっておきたいですねー。説得しないまでも、犯人をよく知る人が、側にアドバイザーとしていてくれたら、とても心強いです。もちろん強要はしませんよー」
『こんな失礼なことを言われまくって、協力などしたくはありませんが、そうしないと私も同罪扱いするつもりなのでしょう? 完全に脅迫じゃないですか』
「えっと、この会話は一応録音していますがー、多分何度聞きなおしてみても、脅迫にあたるような言動はどこにもないと思いますよー? 確認したければお聞かせしますがー?」
慇懃無礼極まりない物言いで確認する竜二郎。
『いえ、結構です』
硬質な声でシャーリーは断る。
「そりゃ結構だろうよ」
壺丘が苦笑しながら小さく呟く。この会話を再び聞きなおしても、不愉快になるだけだ。
『ここまで言われては私も引き下がる気はありません。協力してほしいのでしたら、あるいはまだ伺いたいことがあるのでしたら、直接会ってお話しましょう。コンプレックスデビルの日本支部でお待ちしますので、来る勇気がお有りでしたら、是非どうぞ』
キツい口調で言い放つと、シャーリーは竜二郎の返事も待たずに一方的に電話を切った。
「人をおちょくることに関しては、竜二郎の方が一枚上手だったな」
「ですねえ。竜二郎さんの真骨頂って感じですう」
小気味良さそうに笑いながら呟く鋭一と、感心する優。
(輝明とどっちが上かな。甲乙つけがたい。二人の対決を見てみたいような、見てみたくないような……)
声に出さず、そんなことを考える善治。
「しかし今の会話に何の意味があるんだ? 相手を頭ごなしに否定し、追い詰めて不愉快にしただけじゃないのか?」
「わからないのか? それが狙いだ」
善治の問いに、いささか呆れたように鋭一が言った。
「竜二郎は最初から今の女がクサいと踏んでいるんだ。だからああいう言い方をして、尻尾を出させようとしたんだ」
「ああ……」
鋭一にそこまで説明されて、善治も理解した。
「顔焼きシャーリーって何ですかあ? 竜二郎さん、知ってる人だったんですかあ?」
「魔術師の中では結構知られてますよ。いい噂と悪い噂、両方ありますね」
優に訊ねられ、竜二郎が答えた。
「まあ、今はシャーリーよりもこっちの方が重要だ」
ディスプレイに映し出されたニュースの方に目をやって、壺丘が告げた。
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