第三十六章 11

 世の中にできるだけ悲劇を撒き散らしたいと、俊三は常々思っていた。


 社会に生きる多くの者達が、自分と同じ人間には見えない。下等な虫のようにしか、目に映らない。そして虫の分際で人の振りをして、人権を振りかざしている。自分達が世の中の中心であると信じている。俊三の目から見て、これは途轍もなくおぞましく、そして禍々しく映ってしまう。

 だからこそ魔術を利用して人を殺すようになった。自分にとって社会は紛うことなき悪。自分という存在も社会の中では悪。相容れない敵同士である。彼等が、そして彼等の見ている前で彼等の身内が、殺される時のその悲痛な表情を見るのが、楽しくて仕方が無い。胸がすっとする。


 これまでは師であるシャーリーを倣い、ばれないようにこっそりとやってきたが、正直物足りなかった。俊三がやりたかった事はもっと大規模な大量殺人だ。


 俊三は悟っている。こっそりやろうと派手にやろうと魔術を利用しようと、自分のような殺人者は、決して長生きできないと。


 史上最悪の連続殺人犯と言われた谷口陸然り、テロリストにして殺人鬼たる魔術師ジェフリー・アレン然り、その他大勢の連続殺人者(シリアルキラー)が消えていった。掃き溜めバカンスの殺し屋であり八つ裂き魔の正体と判明した睦月は、未だ健在のようだが、多くの恨みを買っているし、そう長くは無いだろうと見ている。

 俊三は自分を彼等と同種と見なしている。同じ心の持ち主だと思っている。

 彼等は望みをかなえて消えていった。自分もその心を引き継いだ。自分もきっと長くは生きられない。しかし自分が朽ち果てても誰かがまた、自分の心を受け継ぐ。そう信じている。


 人生を花火に例え、太く短くという語り草があるが、あれこそ正に自分だと俊三は思う。この短い人生で、たった一つの命で、何度も爆発させて、なるべく多くの命を屠ってやりたいと考える。


 俊三はかつて同じコンプレックスデビル内にいた、電々院山葵之介という魔術師の思想に、感銘を受けた事がある。自分と似たようなサディスティックな性癖の持ち主であるし、山葵之介に対して好意を抱いていたし、山葵之介も俊三に目をかけた。

 山葵之介は共通の趣味や嗜好を持つ者と親しくなる一方で、ある程度親しくなった所で距離を置くという、変わった人物であった。そのため、俊三も親しくなってしばらくしてから疎遠になったが、そうなるに至るまでに、彼には自分の腹の中をかなりぶちまけた。


『お主は長生きできないだろうな。いや、長生きしたとしても、それは不幸な人生にしかならん。そういう性(サガ)よ。きっとどこかで爆発して打ち上げるだろう。その短い間に一生分の凝縮した幸福を噛みしめ、果てるがよいよ』


 山葵之介は長い指を弄びながらそう言った。あの時の彼の台詞は、俊三の中に刻み付けられ、事ある毎に意識させた。


「長生きしながら細々と殺し続けるのもいいが、こうやってぱーっとやる方が気持ちいいな。もっと早くに吹っ切ればよかったよ」


 安楽第三十八小学校の体育館の中で、壇上の上からフロアを見渡し、俊三は満足げに呟く。


 フロアの中心には、児童達が身を寄せ合ってうずくまっている。数百人もいる児童が長方形の形で密集している。その多くは、今にも泣き出しそうな怯え顔だ。あるいは現実感が無くてぼーっとしている者もわりといる。

 長方形状に児童が密集している周囲の床には、あちこちに血が飛び散り、児童や教師の骸が横たわっていた。

 首を切断されているものもあれば、内臓を撒き散らしているものや、全裸にされて全身が爛れているもの、口から大量の血を吐いて他に外傷はないものなど、様々な方法で殺された児童と教師。


 その光景を眺めながら、俊三は涼やかな笑みを浮かべている。心を満たす冷たい感触。人を殺した後の独特の心地好い感覚に浸る。

 人を殺した時にいつも感じる、絶頂感、達成感、満足感、全能感。それは熱く興奮するものではなく、冷ややかな心地好さだ。魂がアイスシートに触れてひんやりとするような、そんな感覚だ。


「さて、次は――」

「お願いですっ、もうやめてくださいっ!」


 教師の中で残った二名のうちの一人が、泣きながら叫んだ。


「人でなしーっ! こんな子供を平然と殺して、何とも思わないのーっ!」


 もう一人の教師は、泣きながらも怒りをこめて叫ぶ。


「ううん、何とも思わないことはない。とっても楽しいね。うん、罪悪感を覚えないのかと問うているのであれば、どうやら何とも思わないみたいだよ? 子供といっても、まあ害虫の子は害虫だしね」


 肩をすくめ、あっさりと答える俊三。

 世界中の人間の大半が、自分と同じ種であるなどと、俊三にはどうしても思えない。虫と同じようにしか認識できない。


「私も少しは良心の呵責というものがあって、心が痛むという感覚が自分にも無いかなと思って、試してみたけど、何も感じない。君達からしてみれば、うん……私は欠陥人間みたいだな。あるいは、私だけが正常で、君達全員が人として欠陥なのかもしれない」


 教師達を見ず、虚空に向かって語りかける俊三。


「せっかくの素材がいっぱいいるんだし、暇な待ち時間の間、可能な限り魔術儀式の生贄や触媒として有効活用させてもらってるだけなのに、それの何が悪いの? 君達の命は、無駄にはしていない。ちゃんと私の満足のために活かされているんだ」

「お願いです! もうやめてください! 殺すならまず私を殺して!」


 嘆願する教師であったが、俊三は穏やかな微笑を張り付かせて、ゆっくりとかぶりを振った。


「やめないよ? 何でやめなくちゃいけないの? ていうか何で先生が先に死を望むの? まだ獣と大して変わらない子供の方が、大人より命が軽いでしょ? 死んだ所で、親がまた頑張って新しいのを作れば済むことだし。大人になった先生の命の方が、命の価値はずっと重いと私は思うんだけどなあ。論理的に考えて、社会的な価値としても。感情的にも」


 俊三の台詞を聞いて、教師二名は寒気を覚えた。悪ぶって吐いた台詞ではなく、俊三が真剣にそう思って口にした台詞だと、わかってしまったからだ。


***


「突入準備、整いました」

 機動隊隊長に、隊員の一人が報告する。


 すでに日は沈み、安楽第三十八小学校の周辺には、催涙弾に備えてガスマスクを装着した機動隊員が、隙間無く並んで包囲している。


 状況としては、児童の何名かは上手く中から逃げることができたが、大半は体育館に集められて、立てこもりが継続している。犯人の数が多い事と、超小型ドローンを飛ばして状況を把握することに手間取り、さらには突入作戦の組み立てにも時間を経過させてしまった。

 しかし夜になった今は、暗い分、立てこもり犯達に気付かれず潜入するに適している。


「狙撃班もそれぞれ配置についています」


 夜であろうと、そしてカーテン越しにも、熱センサーで探知して狙撃可能である。センサーは、校内に飛ばしたドローン経由で、狙撃班にデータを送っている。


「上の命令で、今はただ包囲して何もするなと言われている。こちらに犠牲が出るから、突入するなと……」

「どういうことですか? やっと準備が整ったんですよっ」


 渋面で告げる隊長に、隊員は食ってかかる。


「だから上の命令だ。どういうことかは俺が聞きたい。特殊部隊を投入するとか、特殊部隊ではないと犠牲が出る相手とか、要領の得ないことを言われてきた」


 本当は特殊部隊の名前もすでに聞いているが、部下には言わないでおく隊長であった。


「SATですか? じゃあうちら帰っていいんですかね」

「不貞腐れるな。俺達は公僕が仕事しているという証明のお飾りとして、ここにいなくちゃダメなんだよ。そして手柄も、ちゃんと俺らが貰える。助けるのは別でもなっ」


 皮肉る部下に向かって、忌々しげに皮肉を返す中年機動隊隊長。


「隊長だって不貞腐れてるじゃないですか」

「まーな……」


 指摘する部下に、隊長が大きく息を吐いたその時、警官達を押しのけて中に入ろうとする者達がいる事に気がついた。


「話が伝わってないのか? 俺達は殺人倶楽部プラスアルファだ。この任にあたるよう伝えられてないか?」


 警官隊を止められながら、鋭一が声をあげる。


「着たか……。通してやれっ」

 殺人倶楽部の名に反応して、隊長が部下に命ずる。


「というか昼の竜二郎君もそうですけど、秘密機関の名を堂々と出しすぎですよう」

「今回は仕方ない。ここの責任者には名が通っているようだから、名を出さないと伝わらない」


 優と鋭一がそれぞれ言いながら、隊長の前まで歩いていく。


「こんな子供達ばかりが……特殊部隊? まるでラノベかゲームだな」

「実戦経験も人を殺したこともあるから、あんたらよりはずっと役に立つ」


 小馬鹿にしたような物言いの警官に、鋭一が冷めた声で告げる。


「鋭一君ねー、そういうこといちいち言って角立てなくてもいいんですよー」

「まったくだ」


 竜二郎がたしなめ、善治が呆れたように同意する。


「人を殺すと偉いのかよ」

「お前もやめろ」


 ぼやく隊員を、隊長が叱った。


「殺人倶楽部が政府管理下の秘密機関へと組み込まれたという話は、噂レベルで聞いていたが、まさか本当だったとはな」


 隊長が先頭にいる鋭一を見て言った。他の三名を見て、彼がリーダーらしいと判断していた。


「何かもういろんな所でいろんな人が喋ってて、情報ダダ漏れですねー」

 竜二郎が笑う。


「何だ?」

「む……」


 その時、異変に真っ先に気付いたのは、機動隊の列を見ていた隊長と、術師であるが故に超常の力が働いた気配に対して敏感な善治であった。

 機動隊員達の列が自然に割れていく。まるで見えない力に押しのけられたかのように。そして左右に割れて出来た通り道を、一人の少女がこちらに向かって悠然と歩いてくる。


「つ、作り物ではないんだよな……」


 少女の頭部を見て、余計な発言の多い機動隊員が呟いた。


「おやおや、早速おでましですかー」

「そのようだな」


 こちらにやってくる双頭の美少女を見て、竜二郎は不敵な笑みを浮かべ、鋭一と善治は緊張した面持ちになった。

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