第三十六章 9

 小学校中学校高校と、クラス替えの度に、牛村姉妹は嫌な気分になった。


 降り注がれる奇異の視線。通行人や知らない者達から注がれるのは慣れたし、どうでもいい。しかし同じ学級のクラス替えの際に注がれるそれは、道ですれ違った際に見られるそれとは、微妙に違うのだ。

 ただ単に気持ち悪いとか、化け物を見るような目とか、そういうレベルではない。ハズレを引いたという意識で見られる。それがはっきりと牛村伽耶と麻耶には伝わった。それがどうしょうもなく嫌だった。


 もっともその意識は一瞬だけのものだ。すぐに慣れる。クラスの皆、自分がそんな意識を抱いたという事すら忘れ、普通に接する。普通に接するどころか、前向きで面倒見のいい性格と、微妙におかしい喋り方のおかげで、クラスの中ではわりと人気者になる。

 それでも……最初の一瞬だけであろうと、嫌で仕方ない。自分が人の世の異物であることと、異物に対して人は壁や溝を作るものだと実感させられる。


 クラスが替わる度に、自分が異物だと意識させられる一方で、溝を埋めて壁を壊す努力を麻耶と伽耶から行う。自分達にはそれができる。ネガティヴにならないように努めているが、それでも最初の一瞬だけ、毎回しんどい思いをする。


 一方で、世の中には、自分達と同じような異物扱いをされる者が他にもいる事を意識する。そのうえ伽耶と麻耶達のように、壁を壊せず溝も埋められない者がいる。そういう者は、あのクラス替えの嫌な気持ちをずっと引きずって味わい続けるのではないかと、麻耶と伽耶は考える。


 中学一年になった時、身体障害者の男子生徒と同じクラスになった。麻耶と伽耶とは正反対に、ネガティヴでねじくれた性格の持ち主で、友達を作ろうともせず、嫌味や皮肉ばかり口にするので、完全に嫌われて孤立していた。

 他の生徒が無視する中、伽耶と麻耶はしきりに話しかけ、何とか心を開かせようとしたが、駄目だった。それどころか彼の母親が怒鳴り込んできた。その母親は、姉妹のことも化け物だの何だのと散々罵った


 その翌日、その障害者の子は自殺した。

 遺書には麻耶と伽耶への謝罪と礼が書かれていた。本当は声をかけられて嬉しかったと。それでも素直になれなかったと。麻耶と伽耶のことが好きだったと。それを全部母親に壊されて、もう辛すぎて生きていられないと。


 麻耶と伽耶の価値観からすると、例え法には触れなくても、人を傷つけて追い詰めて自殺まで追いやった者は、れっきとした人殺しだと思う。

 しかしこの場合、あの子を殺したのは誰だろうか? あの子の母親なのか? それとも自分達か? あるいは三人共か?


 さもなければ、ただ弱いから自然淘汰で死んだとでもいうのか? それが事実に一番近い気がしたが、それだけは認めたくは無かった。

 弱くても、生きていれば誰かと笑いあえる。誰かに何かを与えられる。世の中にただ生きているだけでも、その人は世の中に対して何かをできる。強くなくても、全然構わないはずだと、伽耶と麻耶は同じ結論に至った。


 自分達は強いからいい。心も強いと思っている。魔術を極めて力を備えている。だが世の中には、信じられないほど弱い人間がいて、傷に耐えられずに、ただただ苦しみ、救いのサインさえ出せずに死んでいく。救おうと手を伸ばしても、その手さえ掴めずに死んでしまう。あの子がそうだった。


 この先、異物とされた者と関わったら――もう死なせないと、二人は誓った。そのために力がいるとして、より一層、己の魔術師としての力に磨きをかけた。


 年上の弟弟子の俊三はどうしょうもない悪党でサディストだが、そうなったのは、異物とされたが故だと、牛村姉妹は信じている。彼の心も救いたい。死なせたくない。心底腐った人間ではないと証明したい。

 だからできるだけのことはする。先の事は考えない。助けたいから助ける。そういうつもりで助けにいった。


 姉妹は俊三の居場所がわかる。術でマーキングしているので、宇宙にでも行かないかぎり、どこにいてもわかる。

 カプセルホテルに寝泊りしていた俊三の元を訪れる。


「拒否すると言ったのに、何故来るんだ……」


 訪れた姉妹に向かって、迷惑そうに言う俊三。しかしその言葉は本心ではない。


「黙れ」「わかってるくせに」

『あのクサい演技に、気づかない私達じゃない』


 あっさりと見抜かれていたので、俊三は苦笑してしまう。


「国のお偉いさんに目つけられたとあっては、私の命は風前の灯だ。さっきも危なかったしな。でも、黙って殺されるつもりもない。生きているうちは精一杯足掻くし、やりたいことをやらせてもらうよ」

「どう対処するつもり?」「何をしでかすつもり?」


 伽耶と麻耶の問いに対し、俊三はにやりと笑って、まず伽耶の方を向いた。


「自分を狙っている者達を誘き寄せて、罠にかけようと思う。ただ逃げ回るだけじゃあ面白くないからね」


 そう言ってから、今度は麻耶の方に視線をやる。


「幼稚園ジャックがいいと思うんだ。で、一時間に一人ずつ幼稚園児を殺していく、と」

「却下」「馬鹿なの?」


 笑顔の俊三の言葉を聞き、同時にジト目になって言う牛村姉妹。


「園児の霊は悪霊化して保管しといて、親がきたら憑依させて、親を暴走させて通り魔殺人鬼に変えるとか、楽しそうだとは思わないか?」

「全然思わない」「頭おかしいの?」

「んーむ……何でわかってくれないかなあ。面白いし、すかっとすると思わないか?」

「関係無い人は巻き込まない方法以外、全部却下する」「ただ守るだけではなく、貴方がおかしなことしないか監視も兼ねてる」


 麻耶の方の言葉に反応して、俊三は笑みを消した。


「そんなこと言われてもなあ……。せっかくのいい機会だし、これが最後の祭りなのに」

「機会?」「最後の祭り?」

「私はずっと世界を呪って生きていた。この社会の全てがくだらなく見えた。美しくない。醜い。穢れている。そう感じていた。いつもいつも夢想していたよ。このゴミ屑のような社会を、滅茶苦茶にしてやることを。道を歩いている人間全て、誰も彼も苦しめて不幸にして死なせてやれないものかと、いろんな妄想に耽っていたよ。いつか実行しようと、そのきっかけがないものかと、ずっとずっと考えていたんだ」


 俊三の話を聞いても、伽耶と麻耶は別段驚きも呆れも恐れもしなかった。以前からそれらしい話はちょくちょくしていた。俊三は世界を呪っていた。社会という存在を見下していた。世の多くの人間達を嘲っていた。


「もちろんそれを実行したら私は終わりだ。私だってそれくらいの分別はつくし、自制もできるよ。でも今回、ついうっかりやりすぎちゃって、どうやら私は国からマークされて、次から次へと刺客を送り込まれそうな気配だし、そうなるとさ、もうおしまいなわけだ。だからどうせ終わるなら、自分がやりたいことをやりつくしたい。自分の命で、出来る事をしまくりたい。人生はチャレンジしてこそだ。悔いが無いように生きて、悔いを残さず死にたい。それだけだよ」


 そこまで喋った所で、俊三は荷物を持って立ち上がった。


「監視するつもりなら守ってくれなくて結構だよ。私の人生なんだ。私の好きなようにさせてくれ」


 優しい声音でそう告げると、俊三は姉妹の横をすり抜けて、ホテルの外へと出て行った。


「監視するなんて余計なことを麻耶が言うから悪い」

「言わなくても駄目だった気がするけど」


 溜息交じりの伽耶に言われ、麻耶はそう言い返してから溜息をついた。

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