第三十六章 8

 牛村姉妹と墨田俊三は、師であるシャーリー・マクニールの館を訪れた。


 アンティークドールが無数に並ぶ、シャーリーの部屋にて、牛村姉妹が先程の戦闘を報告する。俊三は与えられた別室にいる。


「久しぶりの戦闘、いい刺激」「勝ったけど、わりと油断ならない相手だった」


 麻耶と伽耶が満足そうに言う。二人共、シャーリーの付き合いや、俊三がもってきたトラブルの尻拭いで、結構荒事の場数は踏んでいる。そしてそれはシャーリーや俊三も同様だ。


「政府筋のヤバそうな連中から、コンプレックスデビル上層部にしっかり圧力がかかってきたわよ。私も凄く文句言われまくったし、さっさと俊三を殺して首を差し出せとか、いつの時代なのかと思うようなことまで言われてきたわ……」


 浮かない顔でシャーリーも報告した。


「麻耶と伽耶が人前に出たせいでね。しかも敵を殺さずに逃しちゃったから」

『ごめんなさい』


 誠意の欠片も無い声をハモらせて謝る牛村姉妹。


「守ってくれなくていい。私一人で戦う」


 俊三がノックもせず扉を開けて現れ、静かに告げる。


「あっそ。ま、馬鹿やらかしたのあんたなんだから、他人に迷惑かけず、ちゃんと尻拭いしなさいな」


 シャーリーが俊三に冷たい眼差しを向け、冷めた口調で言った。


「死ぬつもり?」「太く短く?」

「容易く死ぬつもりはないが、麻耶の言うとおりだ」


 伽耶と麻耶の言葉を聞いて、不敵に笑う俊三。


「死ぬとわかっていようが、私は走り続ける。私のしたいことをする」

「ええかっこしい」「馬鹿じゃないの?」

「それにしてもさ……。海外の誰かさんに雇われて、国仕えの術師の殺害指令なんて、命をかける価値あるの?」


 俊三が気取った口調で言いきるも、伽耶、麻耶、シャーリーの女性陣三名は冷めた反応である。


『俊三は――』

 牛村姉妹が口を開く。


「動機は何でもいい」「戦いそのものが目的」

「そういうこと。伽耶麻耶は本当に私のことをよくわかっている。先生よりずっと」


 姉妹の方を見てにやりと笑う俊三。


「俊三の気持ちはわからなくもない」

 左手側の麻耶のみが喋った。


「私達も世界に対する憎しみがあった。でも、私達は憎しみからかなり解放された」

 右手側の伽耶が言葉を引き継ぐ。


『俊三の憎しみも晴れてほしいと願う』

「そのために、俊三を守るというの? 馬鹿馬鹿しい……。こいつはその憎悪をひたすら弄んでいるだけなのよ?」


 悠然と微笑んでいる俊三を睨み、シャーリーはアンニュイな声で言った。


『私達もそうだった』

「でも、人は変わる」「昔の自分を見ているようで放っておけない」


 ハモらせた後、別々のことを同時に喋る。


「こんな俊三でも、私達とは仲良くしてた」「私達にとっては、馬鹿で放っておけない弟弟子」

「そう……」


 諦めたように深く溜息をつくシャーリー。


「悪いが、拒否させてもらうよ。伽耶、麻耶」

 寂しげな面持ちで俊三は言った。


「掃き溜めバカンスの睦月みたいにはなりたくないんでな。彼は組織に守られて生き延びはしたが、自分を守った組織は全滅したというじゃないか。よくそれでおめおめと、生き延びていられるものさ。私なら耐えられないよ」

「守ってもらったからこそ生きてるんでしょ。貴方は想像力が足りないようね」


 俊三の台詞を聞いて、シャーリーが呆れたように突っ込む。


「想像力が足りないんじゃない。ただ、そうなりたくないというだけの話だ。だから、一人でケリをつけてくる」


 俊三が立ち上がる。


「先生と、麻耶と伽耶だけだった。俺が心を許せた人は。今までありがとう」


 微笑みかけると、俊三は三人に背を向けてその場を去った。


(先生はともかく、麻耶と伽耶はこれだけ言っても、きっと私を護りにくるだろう。私をかばう形で、私の前に立つ格好で戦ってくれるに違いない。それを計算に入れたうえで、花火を打ち上げるとしよう)


 歪んだ笑みを浮かべ、俊三は破滅的な企みを巡らす。


「彼、格好つけてるけど、あれは心にもない台詞よ。クサいったらありゃしない」


 眉を寄せて、不快さを露わにした顔で言うシャーリー。


『知ってる』

 牛村姉妹は動じず言った。


「それでもいいの? 貴女達は平気なの?」

「俊三は私達が動くと踏んでいる」「俊三は私達をただ利用するだけ」


 シャーリーの確認に、牛村姉妹は無表情に答えた。


「わかっていても見放せないの?」


 姉妹を気遣う優しい声音で、シャーリーがさらに突っ込んで問う。伽耶と麻耶の俊三への想いは、シャーリーとて当然知っている。俊三がそれに気付いているかは不明であったが。


「見放したら寝覚めが悪い」「所詮、俊三如きの悪巧み。大したことない」


 あっけらかんと答える伽耶と麻耶に、シャーリーは笑みをこぼした。


(俊三のために動くのはうんざりする部分があるけど、この娘達のためなら、私も頑張ってみたくもなるかな)


 姉妹の整った二つの顔を見つめながら、両手を顎の上に乗せて、笑顔のままシャーリーはそう思うのであった。


***


 世の中には、どうにもならない事がある。生きていると、どうにもならない事に直面する時がある。それは誰でも知っている。誰もが経験している。

 しかし世の中には、どうにもならないとわかっていても、やらねばならない時がある。やらずにはいられない事もある。


 そして世の中には、そんな状況下に置かれた人間の我を通すための、抜け道や裏技も存在する。


 高嶺流妖術師、孕杖初太郎はその裏技の噂を知っていた。

 安楽市カンドービル地下にあるという雪岡研究所。そこで人体実験を兼ねた改造手術を受ければ、かなわぬ望みもかなうかもしれないという。


「おおっ、後の無い復讐系の依頼かあ、私の一番の好みだよー」


 鬼気迫る顔で望みと経緯を語る孕杖に、白衣の美少女は弾んだ声をあげ、表情を輝かせる。人の気も知らないで――と、孕杖は苛立ちを募らせる。


「奴を殺せるだけの力が欲しい。たとえ寿命が縮まっても構わない」

「よーし、じゃあはりきって凄い改造しちゃうねー」


 この手の復讐目的の場合、そして相手に本当に死ぬ覚悟がある場合、純子は一切容赦しない。まだ相手の心が揺れている場合は、多少の加減もするし、内容次第では援助もする。未来を完全に捨てた者と、捨てきれない者への、対処の違いとでも言おうか。前者は打ち上げ花火にして派手に咲かせて散らせてやる。

 そうしてはりきって改造手術に臨むこと、十一時間――


「うぐぐ……気持ちが悪い……。全身がかきむしられるように痛む……」


 意識を戻し、麻酔の切れた孕杖が、苦悶の表情で喘ぐ。


「すまんこ。改造は成功したけど、楽しくてついついサービスしすぎちゃって、明後日くらいまでしか命もたないと思うから、戦うなら急いで戦ってきた方がいいよー」


 照れ笑いを浮かべて頬をかきながら、純子は弾んだ声で言った。


***


 その日、鋭一と竜二郎は殺人倶楽部本拠地に泊まることにした。


 現在、ターゲットのさらなる情報を集めている所だ。何か判明したら、すぐに二人で動けるようにするために。

 善治と優は帰宅しているが、敵の居場所等が判明した際、先に鋭一と竜二郎で動いて、後から呼び出す事も可能である。

 昨日戦った男の顔写真は何枚か撮ってあったものの、その正体は未だわからない。コンプレックスデビルの魔術師と見なし、現在魔術教団内部を調査中である。


「お、きましたよー」


 二人しかいない食堂にて、夕食中もネットに張り付いていた竜二郎が、食器の上に出したホログラフィー・ディスプレイを注視したまま、弾んだ声をあげた。


「やはりコンプレックスデビルの魔術師でしたねー。名前は墨田俊三。なるほど、牛村姉妹とは兄弟弟子の間柄ですかー。師匠はあの顔焼きシャーリーさんですね。こちらも魔術業界ではちょっと名が知られた人です」

「こいつも敵に回るのか?」


 鋭一が竜二郎から飛ばされてきたコピペされたディスプレイを覗くと、やつれた感のある白人女性の顔が映っていた。


「どうでしょうねえ。いろいろと噂のある人ですよー。検索すればいろいろ出てきますが」


 竜二郎に言われて検索してみると、こっそりと魔術の研究やら儀式のために人体実験をしているだの、いろいろな話が出てきた。


「教団内では地位のある人物らしいし、その地位を投げ捨ててでも弟子をかばうか?」

「どうでしょうかねー。権力行使して圧力かけたようだし、弟子の仕業だとわかれば、きっと教団内でも針のむしろだと思うんですよねー。弟子を大事に思っている人でなければ、そこで弟子を売り渡すという選択肢もあるでしょう」

「相手の性格次第で、敵になるか味方になるか何もしないかわからないか。先に抑える事ができる者は、先に抑えておいた方がいいんじゃないか?」

「疑わしいというだけで、殺害とか拘束するわけにもいかないでしょー。偉い人からの圧力があれば十分だと思います」


 その圧力とやらも、シャーリーという人物が身内を取る者であればはねのけるだろうし、地位の方に執着するなら見捨てるし、あまり意味が無いのではないかと考える鋭一だった。


「あの双子は底が知れないな……。ターゲットはそれほどでも無いが、あの顔二つの女はヤバい」


 一方的に蹂躙された記憶を呼び起こし、鋭一が言う。


「僕も本気出してはいなかったですけど、本気出す前にやられちゃいましたし、次やるならしっかり作戦を立てるか、あるいはあの子だけは、こっちのエースに任せるか、ですねー」

「だな。あいつの存在は安心感を与えてくれる。あいつがいれば何とかしてくれると思えてしまう。かといって頼りきっても駄目だが」


 話題に出されていた当人がその時、またファンタジー風戦国シミュレーションゲームで、ぼこぼこにされて負けていた事など、竜二郎と鋭一は知るよしもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る