第三十六章 7
鋭一、竜二郎、善治の三名は、へとへとになって殺人倶楽部本拠地へと戻った。
壺丘の執務室にて、壺丘に経緯を報告すると、壺丘は星炭流本家へと連絡する。
(失敗したことを伝えて増援を呼ぶ気か)
善治が察し、顔をしかめる。殺人倶楽部と合同で失敗しているのだから自分だけの責任ではないが、それでも失敗は失敗であるし、輝明と会ったら絶対に嫌味を言われる。
「失敗したという報告をして、星炭にもう一人、助っ人を要請した。殺人倶楽部からも一人追加しよう」
壺丘が三人を前にして告げる。
「生きて帰ってきただけでも万々歳だろ」
あからさまにしょぼくれている鋭一と善治を見て、壺丘が声をかける。
「いやー、四人いたのにあっという間に蹴散らされちゃうとか、凄いでもんですよー」
微塵も気落ちしている気配を見せず、いつもと変わらぬ調子で竜二郎が明るい声を発する。
「オレツエーに無双されて蹴散らされた格好だ。そいつをやられる側に立つっていうのは、凄まじく嫌な気分だな」
悔しさに顔を歪める鋭一。
(あれは輝明よりも強いんじゃないか? 次元が違う強さと感じたぞ)
善治はそう思ってから、いちいち輝明を意識して比較している事に気がつき、何とも言えない気分になる。
「お前、あの二つ頭のこと知っているようだな」
鋭一が竜二郎に声をかける。
「はい、わりとその筋では有名ですよー。牛村伽耶さんと牛村麻耶さん。ネットでよく無断撮影されて、上げられたりしていましたからねー。可愛いシャムの双生児ってことでも有名ですが、彼女が魔術教団コンプレックスデビルに所属する魔術師ということで、超常業界ではわりと知られています」
「その超常業界の者だが、知らなかった……」
竜二郎の解説を受け、善治が申し訳無さそうに言う。
「術師でもない竜二郎は知っているのに、それなりに知名度あるのに夕陽ケ丘は知らなかったのか」
鋭一の言葉に、善治は少しむっとしたような顔になる。
「俺は魔術の方は疎いんだ。日本古来の妖術と呪術の方はそれなりに知識があるし、有名人の名も知ってるがな。それより何で鈴木は知ってたんだ?」
「僕は一時期、魔術にハマったことがありましてねー。その思想には今でもとても惹かれているんですよー」
善治に問われ、竜二郎が答えた。実際に魔術師達の教団の門戸を叩いた事もある竜二郎だが、そこで魔術を身につける事はかなわなかった。
「魔術の流派によって思想が異なるかもしれませんが、僕が関わった組織では、魔術の極意は、人をあるべき姿に戻すことと言って、Hばかりしてましたねー」
竜二郎がその魔術教団を辞めた理由は、そのせいだった。ほとんどしょーもないカルト集団だったからだ。
「それ、怪しいインチキ団体じゃないか?」
「一応力をもった魔術師もいましたけど、ああいうのは合わなくて……」
鋭一に問われ、竜二郎は照れくさそうに笑う。
「コンプレックスデビル……これか」
壺丘がホログラフィー・ディスプレイを投影し、検索結果を出し、コピペして鋭一と善治の方へ飛ばす。
「かなり巨大な組織だな。東アジア全域に跨った魔術師達の組織か」
「高嶺を襲っていた者も魔術師だった。ターゲットも同じ組織の者の可能性が高い」
鋭一と善治がそれぞれ言う。
「コンプレックスデビルを直接当たってみるかな。政府の者だと言って、組織の上層部に圧力をかけ、該当する者を差し出させる」
壺丘が複雑な表情で言う。かつては反権力を掲げたジャーナリストだったというのに、まさか自分が権力側の立場になるとは、夢にも思わなかった壺丘である。そして自分が国家権力を行使する事を意識すると、もやもやしてしまう。
「牛村っていうシャムの双子は、会話こそ通じるみたいではあったが、あの胸糞悪い魔術師を守護する構えだったし、戦いは避けられないんじゃないか?」
交渉路線に行こうとしている壺丘に、鋭一が異を唱える。
「うん。だから権力振るって、組織に圧力かけるやり方もできるんだから、それを試してみようって話だ。ターゲットを護る者も出てくるだろうが、圧力かければ、所属する組織内でも反発されるだろうから、そいつを利用するのさ。えげつないし、元々反権力側にいた俺は好かないやり方だがな」
最後の台詞は、苦虫を噛み潰したような顔で言う壺丘だった。
「ま、圧力かけて、反応待ちだ。組織内でターゲットに味方する奴が増えないようにするくらいはできると思う」
壺丘が喋っている最中に、執務室の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼しまあす」
入ってきたのは制服姿の少女だった。その並外れて可愛らしい容姿を見て、善治はどきっとする。
「こちら、今回共同で行動している星炭流妖術師の夕陽ケ丘善治君だ。鋭一や竜二郎と同じ高校の生徒で、友達らしい」
「友達じゃないぞ」
善治のことを優に紹介する壺丘、鋭一が否定した。善治はというと、ぽかんと口を半開きにして優を見つめたままだ。
(凄く……可愛い……)
かなり善治の好みのタイプだった。
「はじめましてえ。暁優でえす。頼りなさそうかもしれませんが、一応これでも殺人倶楽部のリーダーを務めていまあす。よろしくお願いしまあす」
両手を膝にそろえて丁寧に頭を下げる優だが、善治は無反応。
「おい、何を見とれてるんだ。浮気する気か?」
呆れ顔で鋭一に声をかけられ、善治ははっとする。
「う、浮気って何のことだっ」
「何のことだと? 白々しい。お前には後輩の風紀委員のあの子がいるじゃないか」
「べ、べべ別に付き合ってないしっ」
ジト目になる鋭一に、動揺しまくる善治。
「でもあの子って明らかに夕陽ケ丘にホの字ですよねー。結構話題になってますよー」
(ちょっ……話題になってたのかよっ……)
竜二郎の言葉を聞いて、善治は愕然とする。
「あ、失礼。星炭流妖術の夕陽ケ丘善治だ。よろしく……。いや、よろしくってことは、君が殺人倶楽部側からの追加の増援?」
しかもリーダーだと言っていた事を、今更意識する。非常に大人しそうな、争いごとなどとは無縁に見える、ほんわかした印象の可愛らしい女の子だというのに。
「そうですよう。だから来ましたあ」
善治に向かって微笑む優。
「そいつを見た目で判断するなよ。これでも俺達のリーダーなんだからな」
「俺もこっぴどくやられたしな」
鋭一が善治に向かって言い、壺丘が苦笑を浮かべて付け加えた。
***
国に従事して霊的国防を担う高嶺流妖術。
同じ場所で続け様に術師が殺され、その調査と復讐のために、腕利きの術師を送ってはまた殺されという悪循環を繰り返し、四度目にしてようやく生還者が現れた。
孕杖初太郎(はらみづえしょたろう)。相方の術師は死亡したが、謎の助っ人のおかげで彼だけは助かった。
高嶺流の本家へと赴き、事の次第を報告すると、高嶺の運営に携わる老妖術師はしかめっ面でこう告げた。
「国からお達しがあったよ。高嶺を守るためにも、犯人は国が新設した霊的国防機関、殺人倶楽部の手によって粛清すると。しかも星炭もこれに協力する構えだそうだ」
老妖術師の報告に、孕杖の顔が怒りに歪む。
老舗の高嶺からすれば、これほど屈辱的な話は無い。しかもあの星炭が噛んでいると。
高嶺流は星炭流と不仲ということは無いが、星炭は先日、国仕えを退いたあげく、霊的国防機関を容認する宣言を出したうえに、設立や運営の補佐まですると主張したのである。
国仕えの術師の一族以外が、霊的国防に関わることそのものが、許せないことだというのに、国仕えを辞めておきながらそれらを後押しするなど、裏切りにも等しい行為だと、多くの術師が星炭に対して怒り心頭となった。
「すでに犠牲者が何名も出ている。この件は国も我々の体面を考えて秘匿するというので、任せた方がいい」
老妖術師が口にしたその言葉に、孕杖は腑抜けな身内に対して、怒り心頭となった。
「これは屈辱だ。我々に対する国の評価も、きっと下がっている。私は同胞の仇を取りたい。自分達の手で仇を討たねば意味が無い」
孕杖は立ち上がり、憤怒の形相で言い放った。
今日、殺された相方は、子供の頃から、三十年以上も苦楽を共にした親友だった。自分で仇を取れず、霊的国防機関だの、裏切り者の星炭などに任せるなど、絶対に認められない。
「くれぐれも勝手なことをするな。私達がすでにどれだけ同胞を失ったと思う。お前まで失っては……」
「違うだろ? 余計なことをして国に睨まれたくないってのが本音だろ? 俺のことは破門にでも何でもしてくれ」
老妖術師に向かって吐き捨てると、孕杖は乱暴な足取りで本家を後にした。
自分一人の力でどうこうなるものではないということは、孕杖とてわかっている。しかし、ひょっとしたらどうにかできるかもしれないという、当てはある。一つの賭けとして。孕杖にはそれくらいしか、自分一人の力で仇を取る方法が思い浮かばなかった。
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