第三十五章 11

 真の提案に乗り、二号が美香に成り代わって、百合と会いに行く事となった。

 真が護衛に行くと申し出たが、睦月がやんわりと拒否し、自分が責任を持って守ると明言した。


「何このお屋敷。いいセンスしてる~。あたしもこんな所に住みたいわぁ~」

「大きい分、掃除とか大変だよう。あはっ」


 雨岸邸を前にして、目を輝かす二号。


「よくいらっしゃいました。私、雨岸百合と申します。私のことは純子から聞いてまして?」


 真っ白ずくめの美人が玄関に迎えに来て、二号ににっこりと微笑んだ。


(これが純子や真を目の仇にしたり、以前オリジナルを襲うよう指示したりした人なのかー)


 イメージとかなり違ったので、二号は一瞬呆気にとられた。


「おうおう、聞いてるじょ。ドSで蛇のように執念深い、陰険腹黒女なんだって? でもそんな風には見えないかな。わりと優しそうな人に見えるじょー」

「褒め言葉と受け取っておきますわ。誰からそんなこと聞いたのかしら。まあ、お入りになって」

「応っ、入ってやるぞよ」


 百合に連れられて、二号は客間へと向かう。睦月も一緒についてくる。


「随分とテレビで視た時と印象が違いますわね。純子とはどういう付き合いかしら?」


 客間に入り、百合が茶を淹れながら訊ねる。


「純子とは薄い本繋がりの心の友ッス。BL愛好者としての繋がりとも言えるけどね~。げへへへ」


 答えてから、間違ったことは何一つ言ってないなと思う二号。


「テレビで視た時とは話し方も違いますのね。随分とまあフランクですこと」

「あひゃひゃひゃ、そりゃ当たり前のこんこんちきだぜ~。あんなのキャラ作ってるだけに決まってるっつーの。オフでもあんな風にいちいち叫んでたら、馬鹿じゃん? つーか頭おかしい人じゃん? ま、表向きには、オフでもああいうイカれた喋り方してるって話にしてあるから、黙っといてねー」

「オフはオフでまた別の意味で、エキセントリックですわね」

「何それ? 皮肉ッスかぁ~。もっとストレートに言ってもいいぞよ~」


 あくまで軽薄なノリで話す二号だが、百合は二号の言葉の節々に、知性の片鱗も感じていた。


「んで、スーパーアイドル様であるこのあたし様を呼び出して、何の用なの? つーか、このですわねーちゃんは一体何者で何様? ですわーとか使って、それも腐の一種? 純子とはそっち系の知り合い?」

「マウスの中でも特別可愛がられている子のようだし、興味はありましてよ」


 二号に続け様に無礼な質問をぶつけられるが、百合は微塵も怒りを覚えないし、ペースも崩さない。露骨すぎる煽りなので、乗る気にもなれない。

 二号にしてみれば、この喋りがデフォルトでもあるが、今日はいつにも増して、意図的に煽っている。


「ふひっ、どんな興味? ですわねーちゃんも最近話題のラッコ?」

「質問は一つずつがよろしくてよ。そして、ラットですわね。ラッコではありませんわ」

「真面目に答えすぎーっ。ちったあ冗談で返せってのー」

「貴女の冗談は全く面白くありませんわ。返す価値もなくってよ。貴女が自分一人で面白いと思いこんでいるだけの、惨めなものですので、あまり冗談の類は口にしない方がよろしくてよ」

「ぐぬぬ……言ってくれる……」


 百合のストレートな物言いに、二号の笑みが消え、顔を歪める。


「どんな興味があるかと言えば、純子が貴女のどの辺を気にいったのか――でしてよ。つまり、貴女がどんな人物であるか」

「だから言ったでしょーがよ、BL繋がりだっつーの。ケモミミ美少年と、美少年の尻の形について、熱く語る仲だっつーの」


 美香はいつも電話で、純子とそういう話ばかりしている事を、二号は知っている。


「それだけではないと思いますわ。あの子は滅多に他人に興味を抱かない子ですし、何かあると見ましたの」

「考えすぎ~。あたしは何も自覚無いし、そんな特別な人間でもございませーん」


 ソファーにふんぞり返ってテーブルに足を投げ出し、二号は百合の考えを否定した。


「貴女はどうして純子に改造を願いましたの?」

「えーっと……確かその……えっと~……」


 美香から理由を聞いたことがある二号であるが、クローン達の前で話をしていた際、二号は寝惚けていたので、うろ覚えであった。よって、半分以上記憶に無い。


「本当はブッサイクな地味子だったけど、チヤホヤされたくて、整形手術して、ついでに歌で人を惑わすセイレーン的な能力もらって、そんでチヤホヤされまくりました。んで、エロいことした相手を魅了して思い通りにする能力も得て、枕営業しまくっていつしか芸能界も支配しちゃいました。大物プロデューサーもディレクターもテレビ局の社長共も芸人も俳優も、皆揃ってあたしの穴兄弟で~い。目出度し目出度し」


 本人が聞いたら鉄拳制裁間違いなしの嘘八百を並べ立てる二号。しかし美香の能力については、流石に明かすことは無かった。

 二号からしてみれば、いかにもお上品な貴婦人然とした百合が相手とあって、それを下品なノリで滅茶苦茶に穢してやりたいという、そんなドス黒い欲求がむらむらと沸いてきたので、それを実行しているだけである。


「裏通りの住人も兼ねているのは何故かしら? 純子からそういう指示がありましたの?」

「本人の望みっス。力そのものも欲したんよ。この世は力が無ければ始まらない。物理的な暴力が必要ってね。それさえあれば、自分を攻撃してくる者からも身を守れるし、誰かを助けることもできるし、我も通せるじゃん」


 これは美香から聞いたことを、ほぼそのままに語っている。


「月並みですわね」

「うん、確かにねー。よくそう言われるわー」


 一笑に付す百合であったが、月並みという言葉の意味を知らなかった二号は、適当に会話を合わせたつもりでいる。帰って調べてみてから、こんなことよく言われてたまるかと、馬鹿な合わせ方をしたと、恥ずかしくなったが。


「正直こうして話している限り、純子が貴女のどこを気にいっているのか、さっぱりわかりませんわね」

「何? それって嫉んでるの?」


 二号が少し呆れた風な響きの声を発する。相手の神経を逆撫でしてやろうと、これまた意図的に行っているが、二号のそうした意図も、百合は見抜いている。


「嫉むということは相手を認めているということでしてよ。認めるどころから理解もできないのですから、嫉みようがありませんわ」

「異論有りっ。別に認めてなくても嫉むことはできましてよーだ。むしろ理解できないものが認められてるからこそ、嫉む気持ちもひとしおだって、じっちゃんが言ってた」

「そういう方もいるかもしれませんが、私は違いますわ。いちいち話の腰を折らないでくださる?」

「へいへい、んで?」


 にっこりと微笑んで文句を口にする百合に対し、二号は肩をすくめてやや体を横に傾けつつ大きく手を広げ、変顔になってみせながら、嫌味ったらしい声を発した。


「私と純子がかつてどういう仲であったかは御存知?」

「知らんけど、どうせ腐の繋がりでしょーがよ。興味もねーし」

「かつては一心同体、運命共同体と言ってもよい間柄でしたわ。少なくとも私はそう思っていましたのよ」


 表情に陰りを見せて語りだす百合に、それまでおちゃらけていた二号が真顔になる。


「私はあの子に心を開いていましたわ。純子と一緒に過ごしたあの時間は、私の人生の中で、最も輝かしい時間でした。私の宝物と言っても過言ではありませんわ。でも……」


 怒りと哀しみがないまぜになった面持ちになる百合。


「純子にとっては、そうではありませんでしたの。私はあの子に裏切られ、捨てられましたわ。自分が信じていた者に……愛していた者に、突然捨てられた時のあの絶望。つまらないと言われて拒まれた時のあの惨めさ。わかるかしら? 貴女は同じような経験はお有り?」


 百合の話を聞いた二号は、想像していた。同じように、自分が美香に裏切られて捨てられるということ。もう死んでしまったが、自分の主だった老人に捨てられること。想像しようとしてみたが、上手く想像できなかった。

 想像することはできなかったがしかし、そんな目に合うのは断じて嫌だという気持ちはある。美香に本気で嫌われて、出て行けなどと言われたら、自分はきっと立ち直れないだろうと。土下座してでも許しを請うに違いないと、それくらいならわかる。


「私の言いたいこと、もうわかりまして? 貴女は今でこそ純子と疑いなく親しく付き合っているかもしれませんが、いずれは興味を失くされ、あっさりと捨てられますのよ。ラット達も皆そうした者達でしてよ。私は純子の実験台ではありませんが、信じていたのに捨てられたという事に関しては、全く同じでしてよ」

「可哀想……」


 今までずっと人を小馬鹿にしたようなノリでいた二号が、途中から真剣な顔つきになって話を聞き、しかも明らかに自分に同情している様子を見て、百合は驚いていた。


(この子……実は結構お人好しなのかしら)


 今までと雰囲気の違う二号を見て、百合は思う。


「んー……」


 腕組みし、何やら思案する二号。百合は彼女の次の言葉を待ちつつ、ティーカップに口をつける。


「よっし、決めた。あたしが純子のバカヤローに文句言ってきてやるわ」


 二号が立ち上がって宣言した。この展開は全く予想していなかったので、百合は呆気にとられる。


「じゃ」


 片手をあげて短く挨拶をすると、百合の言葉も待たずに部屋を出て行く。部屋の前では睦月が立ち聞きしていた。


「実はあれ、月那美香本人じゃなくて、クローンの方なんだよねえ。本物は重傷で動けないからさあ」

「そんなことだろうと思いましたわ」


 睦月が苦笑いしながら真相を明かし、百合は大きく息を吐いた。

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