第三十四章 29
義久、犬飼の両名は雪岡研究所を去り、ケイトとテオドールの電話も切って、純子は早速、決着戦の準備にかかった。
裏通りの住人に募集をかける作業はすぐに完了した。観客は募集者の中から千人を無作為に選んだ。この観客が審判として判定を下すことになる。
「嘘発見器でいちいち誓いをさせるのが一苦労だし、開始まで時間かりそうだねえ」
純子がぼやく。千人は多かったかもしれないとも思うが、内容を告知して募集をかけた所、募集者数はたった二時間あまりで、一万人を越えていた。
純子と懇意にしている知り合いのフィクサー達に事情を話して、証人の立ち合い請負も完了した。
「ケイトさん、シスターとも知り合いだったんだねえ。意外……でもないか。クリスチャン繋がりってのもあるけど、いかにもシスターが好みそうな人材というか、ひょっとしたら、ケイトさんもシスターが作った可能性が高いかも」
「作った?」
いつ今までシスターと電話をしていた純子が口にした言葉に、真が訝る。
「シスターが長らく長を務める『ヨブの報酬』はね、大昔から聖人を人工的に作ってきた組織でもあるんだよ。でもそれも昔の話で、近代に入ってからはやらなくなった感があるけどねー。まあ、近代以降も、それっぽい人がちらほらいたけどね。ケイトさんも聖女扱いされてるし、うーん……こじつけっぽいけど、シスターがまだそういうことやってる可能性は……どうだろうなあ……。シスターはもうそういうこと、したくないみたいだったし」
純子が顎に手をあてて首をかしげる。
戦闘のルールに関しては、相手が降参か戦闘不能にするまでという事になった。死人など出したくないというケイトの要望により、相手を死なせることは厳禁とされ、相手を死なせたら即座に敗北となる。
「へーい、こちらの戦闘メンツはどうするわけ~?」
「あ、それは僕が決める。僕、累、雪岡の三人にしよう」
みどりに問われ、真が即座に言った。
みどりは大勢の人前には晒したくないので、除外する。今回の討論は、裏通りの住人も多く集るうえに、裏通りのサイトでも配信される。
「真兄はともかく、オーバーライフ二人込みとか……」
呆れて苦笑いを浮かべるみどり。
「私のマウスを三人出したいんだけどー。正直、私は直に出たくないんだよねえ……。それにさあ、全員雪岡研究所メンツってのはどうかと思うよー?」
と、純子。
「じゃあ貸切油田屋に雇われていた奴にするよ。知り合いが一人いる」
真が電話をかける。相手はシャルルだった。
「ひょっとして真君、私にマウスを使わせまいと、意地悪してない?」
純子が訊ねる。真は無言だった。無言の時点で、限りなく肯定しているようなものであった。
「シャルルは引き受けてくれた。僕と累とシャルルで決まりだな。累に関しては運動のためでもある」
「運動はちゃんと日頃からサボらずしていますが、実戦のリハビリという形で気遣ってくれた真には、感謝します」
真にしなだれかかり、微笑む累。その様子をこっそり撮影する純子。
(おっと……真君と累君のツーショットフォルダも、そろそろ新しいの作らないと。次で33個目かなー)
一つのフォルダにあまり多く画像を入れすぎると、見づらいし、数多の中での整理もつかなくなるので、フォルダを幾つかに分けているが、そのフォルダの数そのものも増えてきた事に頭を悩ませつつある純子であった。
***
貸切油田屋日本支部。テオドールが直接訪れ、ラファエルとビトンに、雪岡研究所で決定した成り行きを全て報告した。
「一応ネット配信もするようだ。裏通り限定だがな。純子の準備が整ったら、君等も閲覧できるように取り計らってもらうよ」
「大丈夫だ。我々も裏通りの住人として、裏通り中枢に登録してあるから、裏通り関連のサイトを見る事はできる」
テオドールの気遣いに対し、ビトンが言った。
「ここにきて雪岡純子主導で話が進んでしまっているが、大丈夫なのか?」
ビトンが疑わしげに言う。
「不安が全く無いわけではないが、新宿のゴーストウェポン騒動の際も、ちゃんと協力してくれただろう。尊幻市での件においても、君の部下が直接助けられているし、信じていいと思う」
「そうだったな」
ラファエルにそう言われ、ビトンは納得した。
「貸切油田屋は――デーモン一族は、開祖であるミハイル・デーモンが、雪岡純子の裏切りで殺された因縁があるが故、不倶戴天の敵とも言える間柄であったが、最近は随分と友好的になってきてしまったな」
珍しく皮肉げな微笑を称えるラファエル。
「その件、純子に直接聞いてみたが、あれは純子が殺したわけではないらしい」
テオドールが言う。
「本人の弁であるが、偽りを口にしても仕方無い。ただ、裏切ったことそのものは否定していなかったし、我々が殺されたと思って敵視していても一向に構わんという言動だった。例によって、その方が実験台を確保できる理論だよ。まあすでに私が実験台のマウスだけどね」
「こちらが敵視していると、雪岡サイドからも敵と見なされ、実験台にされかねないなら、機会を見て正式に和解した方がよさそうだ。幸い、現在は良好なムードになりつつある」
テオドールの話を聞き、ラファエルはそう判断した。
「執政委員の者達が納得するかな?」
「納得しない者もわりといるだろうが、余計な敵を作りたくないと思う者の方が多いだろうな。一部の老害連中は感情論だけで反対し続けるかもしれんが、大体は不承不承納得するという展開になると思われる」
テオドールの疑問に対し、ラファエルが私見を口にする。
「君はファーストネームで彼女を呼ぶほど親しいようだし、今後の彼女との橋渡しは君が適任かな」
「え……あ、そ、それは……」
ラファエルの指摘に、赤面して口ごもるテオドールであった。
***
ヴァンダムはテレンスとミランを呼び、純子から聞いた決着戦の内容を話していた。さらに百合に電話をかけて、その内容を彼女にも同時に聞かせている。
「クリスタル姉弟は重傷ですし、強化吸血鬼は、チーム戦は優秀ですが、個別となるといささか不安ですね」
テレンスが述べる。
「それはわかっている。故に、残りの一人はこちらの助っ人から出してもらうとするよ。雨岸君、聞いての通りだ。協力してくれるのだろう?」
テーブルの上に置いた指先携帯電話に向かって、ヴァンダムが問いかける。
『そういう約束ですからね。純子が絡んできたとあれば、引き受けますわ』
淀みない口調で百合は了承した。
「殺しちゃいけないとかいうルールが気に入らねーけどな」
『同感ですわね。興が醒めるというものでしてよ』
ミランと百合がそれぞれ言う。ミランは英語、百合は日本語で喋っていたが、互いに通じる。
「スナッフ映像なら探せばそこら中にあるだろう。私が弁を尽くして戦う様は中々見られないぞ」
ヴァンダムが臆面もなく言い放つ。
『随分と自意識過剰な方ですこと』
「同感。言ってて恥ずかしくないのか、このおっさん」
「無いな。自信があって、自画自賛して何が悪い? 自信があるし、勝つために勝負をかける身で、謙虚ぶっていても仕方無い。むしろ大きく出て当然だ」
百合とミランの嫌味をヴァンダムは一笑に付した。
「君達の力を借りることになるのは間違いない。それどころかそちらの方が重要と言える。負けた方は、戦争カードを切ることになるからな。私が勝っても、そちらが負けたら話にならない。覆されてしまう。くれぐれもよろしく頼む。これは切実な願いだ」
ヴァンダムが表情を引き締め、真面目な声で告げる。
「例えヴァンダムさんが負け無しでも、戦闘メンバーが3タテを食らうと、ヴァンダムさんの負けとなりますね。ある意味理不尽なルールです」
テレンスが言う。
「戦争とは理不尽な暴力による解決方法だ。雪岡純子は人類史に基づいた解決法などと口にしていたが、それをここであえて持ってきたのは、弁で私に勝つ自信の無さの現れとも見れる」
『貴方は純子を見誤ってますわね』
せせら笑うヴァンダムを、百合がせせら笑った。
『あの子はただ、そうした方がイベントとして面白いからという理由で、そのようにしただけですわ。いかにも純子が考えそうなことですもの』
百合が得意気に言うが、百合も見誤っていると言える。今回の決着戦の骨子を口にしたのは、犬飼と真と累であり、純子はそれを改良しつつ、まとめたに過ぎないのだから。
***
義久の家に、いつものように犬飼、ケイト、義久の三名が顔をつきあわす。
この三名でのやりとりも、もう少ししたら終わりそうだと、義久は思う。ようやく事態は終焉に向かいつつある。
「知り合イの支配者層に、証人とナッテもらう依頼は完了しまシタ」
ケイトが報告する。
「純子の方も準備万端らしい。いよいよクライマックスか。しかも最後はお前さんが締める事になるとはね。いろいろいじめた甲斐があったよ」
「いじめたっつーか、意地悪されまくったっつーか」
にやにや笑いながら言う犬飼に、義久は唇を尖らせて頭をかく。
「ヨイコンビに見えましたヨ」
ケイトが微笑みながら言った。
「バイパーも呼んでおっさんトリオ再結成したかったな」
「またそれかっ、俺はおっさんじゃないってのっ。まだ二十七だしっ」
犬飼の言葉にまたも反応する義久。
「じゃあ若者扱いしてやろう。全く最近の義久は……」
「それが若者扱いなのかよ……。俺は歳くっても、最近の若者は~なんて、みっともない台詞は絶対言わないと誓ってるから」
「はい、残念。俺も若い頃はそう思ってた。でもな、言いたくなっちまうんだよ……。歳を食えば嫌でもわかるから。例え口に出さなくても、心の中では思っちまうから。いろいろと悪い部分が見えちまうからさ……」
「むむむ……」
犬飼の話を真に受けたくない義久だが、妙に説得力を感じ、否定も反発できずに唸る。
「年長者ダカラといって、若者を見下スことヲしなけレバ、例え粗が見エテもよいではないデスか。年長者であることを鼻ニかける人は、歳をトッテいても幼い心の持チ主です」
ケイトがやんわりとフォローする。
「おお……流石ケイトさん、いいこと言う」
義久の顔が輝く。
(あー、痛々しい……)
義久の相手をしつつ、犬飼は思う。
(表面上は明るく振舞っているが、こいつは内心不安でいっぱいだ。しかしそれでいて同時に、闘志も燃えているという状態。一生懸命その不安を紛らわせてやろうとしてはいるが、あまり効果無いか……)
実際義久は、犬飼に見抜かれている通り、プレッシャーと不安で内心びくびくしていた。
最終決戦の戦士として選ばれ、途轍もなく恐ろしい敵と戦いにいくこととなってしまった。それを断りもせず引き受けた。しかし……悪い想像ばかりがよぎる。無様に言い負けて恥を晒し、ケイトやテオドールの期待にも答えられない――そんな自分のヴィジョンが見えてしまう。
(そんなもん意識するなよ、馬鹿。そいつを飲み込んでやるくらいの――自分の踏み台にしてやるくらいの、傲岸不遜な心構えでいろよ。少なくともお前が戦おうとしている相手は、そういう奴なんだぞ)
義久の心の内が手に取るようにわかる犬飼が、口に出さずに心の中で檄を飛ばす。何故わかるのかと言えば、単純な話だ。犬飼にも若い頃が有り、大きな舞台の前で怖気づいていた経験があるからだ。
(歳食ったせいか……嫌でも見えちまうんだ。たかだか俺より十歳下のお前。されどお前と十歳も開いた俺。その差が見えて、もどかしいよ)
しかし犬飼はそれを口では語らない。口で語ったらきっと義久も楽になる。抑圧はある程度は必要だ。だからそこまで甘やかさない。そもそも犬飼の価値観では、同じ男に対し、そこまで口にして伝えるのが気持ち悪い。だから口には出さず、心の中で訴える。それが無意味だと思いつつも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます