第三十四章 30
「……というわけで、私の方からヴァンダムに一名ほど、戦闘要員を提供する運びとなりましたの」
雨岸邸リビングにて百合は、睦月、亜希子、白金太郎の三名を前にして告げた。
「行きたい子はいまして? 相手を殺してはいけないという、興醒めなぬるいルールですので、遊び気分で戦ってきなさいな」
「あ、それなら私が行きたい。修行も兼ねて」
亜希子が挙手する。
「俺も行きたいんですけどー。これって先に言ったもの勝ちです?」
白金太郎も挙手し、不安顔で尋ねる。
「じゃんけんで決めなさいな」
「さっすが百合様! ほら亜希子、じゃんけんいくぞーっ。じゃーんけーんっほいっ……」
百合に促され、表情を輝かせて、気合いをいれてぐーを出した白金太郎であったが、その表情がしょんぼりしたものに変わる。
「俺が行って、百合様に貢献したかったのに……」
無言でぱーを出した亜希子を恨めしそうな見やりつつ、ぶつぶつとぼやく白金太郎。
「貢献とかそういう問題はありませんわ。これは私が貴方達のために、暇つぶし兼鍛錬のために、私がお勧めしてみただけの話でしてよ」
「白金太郎にかかれば、百合がもってきた話は、全て百合のため云々としか受けとれないのかねえ」
百合が面倒臭そうな顔で諭し、百合の心情を察して睦月が口添えする。
「お、俺はそういう役割だからっ、まずそういう風に考えるように出来てるのっ!」
「話の流れからちゃんと判断できるようになりなさいな」
「精進します……」
喚く白金太郎であったが、引き続き面倒臭そうに諭され、しゅんとなる。
「でもママの面子は関係無いってこともないよね? 一応協力関係にある人の助っ人にいくんだから、負けたらあまりいい顔されないでしょ?」
亜希子が確認する。
「その辺は気にしなくてよろしくてよ。負ける時は負けるものですし、そういったことにいちいち目くじら立てたり、勝手に見くびってきたりするような小物でしたら、そういう方とは手を組めませんわ。もちろん勝つに越したことはありませんけど」
「そっかー、ママ優しい」
「優しいとかそういう問題ではなくてよ」
「そっかー、ママ照れてるー」
「全くこの子は……」
にやにや笑いながらからかう亜希子に、まんざらでもない顔で微笑んだ。
***
テオドール、ラファエル、ビトンの三名は、揃って回転寿司屋で夕食をとっていた。
ラファエル側からすると、現在のテオドールは信用できる人物であるし、テオドールからすると、自分の大事な秘密を最初に打ち明けた者達であるから、テオドールが日本にいるうちに、互いに親睦を深めておこうという事になった。
実の所ラファエルは、テオドールとより親しい間柄になったら、一族の改革派に誘おうと、こっそり目論んでいる。
「いよいよ明日か。君から見て、その高田義久という人物は信用できそうなのか?」
ビトンがテオドールに訊ねる。
「オリジナルと正反対の印象だ。好感が持てる」
「そうか」
笑顔で答えるテオドールに、ひどい答えだと思い、苦笑してしまうビトン。
「変な表現をするけど、きらきら輝いているという印象だよ。そして熱い。大きいしな」
「頼れそうだな」
テオドールの評価の仕方に、ビトンも笑みをこぼした。
「任せきりにはせず、君がどうしても伝えてほしい主張などがあったら、予め連絡して頼んでおくのだぞ」
「わかった」
ラファエルの念押しに頷くテオドール。
(本当に子供の世話をしているみたいだな……。実年齢が子供で、体は大人だとは聞いたが)
二人の様子を見て、ビトンは思う。ラファエルのテオドールに対するスタンスが、ずっとこんな感じだ。
「一応その人物を調べてみたよ。裏通りの情報屋というカテゴリーだが、彼は元新聞記者で、現在も情報屋の仕事の傍ら、事件記事を追って動くことが多いようだ。つまり生粋のジャーナリストと言える」
淡々とした口調で、ラファエルが話す。
「以前、ヴァンダムとも多少関わりがある。裏通りへのバッシングが起こった際に、インタビューをしている。ここでも中々いい働きをしているが、舌戦となるとどうかな……」
「私よりはましだと思う。当たり前のことだが……」
ラファエルの疑念に対して、自嘲気味に言うテオドール。
「そう何でもかんでもネガティヴに考えないようにな。確かに君は三歳児だが、これから経験を積んでいけばいい。私もできるだけサポートするから、困った時には遠慮せず声をかけてこい」
「ああ、わかってる……ありがとう」
無表情に親切な言葉をかけるラファエルと、申し訳無さそうに礼を述べるテオドールの様子を、ビトンは寿司を食いながらしげしげと眺めていた。
「何だ?」
ラファエルがその視線に気がついて、ビトンの方を見る。
「いや、あんた随分と印象変わった気がする。私と反発していた頃は、冷酷なイメージだったのにな」
「それは君が勝手に頭の中でこしらえた私のイメージだ。言っておくが、君にそんな風に見られていたのは私も意識していたし、あまりいい気分では無かったからな」
「そ、そうか……すまん」
憮然とするラファエルに謝るビトンであったが、そもそもそちらの振る舞い方そのものが冷酷そのものだったし、そう思われても仕方が無かったではないかと、心の中で突っ込むのであった。
***
ケイトはまた義久のいないタイミングで、こっそりとシスターに電話をかける。
『今、日本に着いた所でーす。今夜はホテルにこのまま直行するとして、明日は久しぶりにケイトの顔が生で見れまーすね』
「はい。楽シミにしてオリます」
『純子の方からも連絡が来ましたけどー、ケイトと私が知り合いだということは、一応伝えておきましたー。言わないでいると、ややこしいことになりますのでー』
「その方がヨイと思われマス」
シスターが純子と知己であることも、ケイトは一応知っている。
『純子は貴女の正体を見抜いているかもしれませんが、あの子はああ見えて義理堅い部分もありまーすし、心配しりませーん』
「見抜いテル? ヒョットして、見抜いているカラこそ、純子さんハ協力的なのでは? ソシテ……」
『コルネリウスを斃すために、純子が貴女を利用していると? それも無いと思いまーす。あの子の性格を考えれば、無いと思いまーす』
「……では、ソウ信じます」
腑に落ちないながらも、ケイトはシスターの言葉を信じることにした。この世で最も信頼している相手だ。しかし――
もしも天秤にかけなくてはならない時がきたら、ケイトはどちらを取るか、すでに決めてある。
***
夜――義久が外を歩いていると、テオドールから電話がかかってきた。
『明日はよろしく頼むよ』
「ん……任せとけって言ってやりたい所だけど、正直不安だ」
こんなことを口にすれば、相手も不安にさせかねないと思いつつも、正直に心情を語る義久。
『申し訳ない。本当は私が担わなければならない役なのに……』
「いいよ。俺だって嫌々やるわけじゃない。ワクワクしている気持ちだってあるし、本当に嫌なら断ってるっての」
意図的に明るい声を出す義久。空元気というわけでもない。
「やる気はある。闘志もある。ただ、不安の方が大きいだけだ」
『いろいろと……言いたいことがあったが……やめた』
「何それ? 言いたいことって何だよ。気になるじゃんか。言ってくれよ」
力なく告げるテオドールに、義久が苦笑いしながら促す。
『このポイントは押さえてほしいとか、これは主張してほしいとか、私にも思いついたことは幾つかあるが、それをいちいち事前に注文するというのは……違うと思った。プレイヤーとして戦うのは君なのに、私があれこれ言うのはな……』
ラファエルには事前に伝えておけと言われたテオドールであるが、義久の声を聞いただけで、その気持ちが失せてしまった。それはすべきでないと、強く感じてしまった。
「それは……正解だ。あんたにあれこれ言われても、俺は引き受けないからな。俺がやりあうのに、そんなもん聞くもんか。俺の好きにやらせてもらうぜ」
『そうか。言わなくてよかった』
義久のおどけたようなトーンの声を聞き、テオドールは安堵する。
「どんな結果が出ようと、俺の言いたいように言わせてもらうし、やりたいようにやらせてもらう。俺は俺で、この一件に関して思う所はいっぱいなんだ。俺は……今だって、メディア側の人間のつもりだからな」
『わかったよ。しっかりと見ている』
電話が切れた。
(いよいよだ……。全く身の丈にあわない舞台と相手……)
いろいろと想像してしまう。人が集る会場で論戦するというのに、一介の情報屋風情が、世界規模の生ける伝説である男と相対する絵。観客達はどう思うだろうか? 「あいつは何者だ?」「ただの情報屋がどういう経緯であんな席にいるんだ?」「ヴァンダムによる一方的虐殺ショーか?」――きっと最初はそんな風に思われるのかと。
(弁えない身の丈の差も、格の違いも……知るか。いや、違うからこそ、圧倒的に差があるからこそ、引っくり返してやる浪漫があるってもんだ)
不安や恐怖に押し潰されないよう、必死に己を鼓舞しながら、義久は夜の町をいつまでも歩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます