第三十四章 28

 勝浦とテレンスがいなくなり、執務室に一人になった所で、ヴァンダムは早速ミランに電話をかけた。


『お断りだ』


 テオドールの暗殺を頼んだヴァンダムであったが、ミランは冷たい声ですげなく拒んだ。


「何故かね? 報酬ははずむぞ」

 本気で不思議そうに訊ねるヴァンダム。


『どうせテレンスに断られて、俺がテレンスやクリスタル姉弟とウマが合わないって理由で、直接声をかけたんだろうが、それでも俺は海チワワの一員だし、俺のボスはテレンスだ。見損なうな』


 侮蔑を込めて吐き捨てると、ミランは電話を切った。


 ヴァンダムが大きく息を吐く。こうなると外部の殺し屋を雇うしか無いように思える。


(手詰まり感があるな。もう政治的駆け引きでは、どうにもならない領域にある。決着をつけるためには戦争しかない)


 こちらが殺し屋を雇えば、向こうもまた大量に殺し屋を雇ってくるのは目に見えている。場合によっては、貸切油田屋の私設軍隊が動くかもしれない。


(手詰まりか……。それは向こうにとっても同じこと……ではないな。向こうは折れた。こっちは折れない。私は何がなんでも我を通そうとしている。それが悪いことはわかっている。しかし、そういう性分だからどうしょうもない。全世界を敵に回しても、自分を通さずにはいられないようにできているのだから)


 もちろん全世界を敵に回したら、あっという間に潰されることは承知している。しかし自分には世界を変えるだけの力もあると、驕りではなく自認している。冷静に考えて、それだけの力はあると見ている。


 電話がかかってくる。相手の名を見てヴァンダムは驚く。


「君か……」

 電話を取り、意外そうな声を発するヴァンダム。


『私もこの件に関わっているって言ったらどうするー? しかもヴァンダムさんと敵対する立場で』


 弾んだ声で悪戯っぽく言う純子。


「おお、それは歓迎するね」


 あの雨岸百合という輩に協力を請えると、ヴァンダムは判断する。彼女の力は未知数だが、純子と敵対できるのだから、それなりに力はあるのだろうと見ている。


『ま、私が黒幕ってわけじゃないけどね。ちょっとしたきっかけで、関わった程度だよー』

「用件はこのメディア騒動絡みだな? もしもそれ以外の用件であれぱ、今は勘弁してほしい」


 わりと切実にお願いするヴァンダムであった。


『もちろんそれ絡みだよー。そろそろ収束させたいんじゃない? 多少強引な方法でもさ』

「確実にケリがつく方法があるのであれば――だがね」


 ヴァンダムの心情を見抜いた純子の物言いは、ちょっとした程度の関わりではないのではないかと、ヴァンダムに思わせた。


『そういう舞台を用意してあげるよ。ただし、ヴァンダムさんが負けてなおまだ足掻くなら、確実にヴァンダムさんは死ぬと思っていいよー。世界を支配する人達の多くが敵に回って、全力で殺しに行くから』

「なるほど……彼等に審判員になってもらうのか」

『察しがいいねえ。そういうこと』


 純子がどういう形で決着の舞台を用意するつもりなのか、ヴァンダムは何となく理解した。


***


 少し時間を遡る。


 純子がヴァンダムに電話をかける数十分前、義久と犬飼が雪岡研究所に訪れていた。

 依然としてテオドールとテレビ電話は繋がっており、義久と犬飼に今までのやりとりを伝えようとする純子達であったが、重要な話と見て、ケイトにもテレビ電話を繋げて、聞いてもらうことにした。


『ナルホド。そろそろ決着をツケル時ですか』

「確かにグダグダしまくって、これ以上は進展の可能性も無いしな」


 ケイトと犬飼がそれぞれ言う。


「あのさ……対話以外の方法が入るのはイミフなんだけど……」


 義久が言った。物理的な戦闘でケリをつける案は、どういう意味があるのかと、純子達の神経を少し疑っている。


『すでに暴力的手段は行使されている。主にこちらから仕掛けたのだが、ヴァンダムも同じ方法で報復してくる可能性はある。それに、対話でケリがつかなければ、どうしてもそういう手段になってしまう』

 と、テオドール。


「対話でケリがつかなければ戦争ってのは、当然のことだ。ゲームにその要素を取り入れるのは、別に不思議じゃあないだろ。今回だって貸切油田屋側から、散々仕掛けていたしな」

 と、犬飼。


「討論対決だと、テオドールさんとヴァンダムさんの直接対決じゃあ、まず間違いなくテオドールさんが負けると思うんだよ」

『ああ、勝てる気がしない』


 純子が言い、テオドールも認める。


『私がシマショウか? と言いたい所デスが、もっと適役がイマスよ。私は義久サンを推薦します』


 ケイトがそう言って、ディスプレイごと義久の方に向き、にっこりと微笑んでみせた。


「おおっ、あたしもよっしーに一票だァ。一番向いてるし、よっしーにとってもいい役じゃんよ」


 みどりがにかっと歯を見せて笑い、賛成する。


「お、俺……?」

 自分を指差して、呆然とした面持ちになる義久。


「タダシ、デスゲームはやめまショウ。負けたらドチラかが退くダケでよいではアリませんか」


 ケイトにしてみれば、夫にも義久にも死んでほしくない。すでにこの件で人死にが出ている事にも心を痛めている。


「で、対話の部分では、どうやって決着つけるんだ?」

 真が誰ともなしに問う。


「閲覧者だか観客呼んで、どっちの勝ちか決めさせたらいいんじゃね? どっちの言い分が説得力あるかを判定させる形でさ」

「いいねー、それ採用」


 犬飼が提案し、純子が勝手に決める。


『世界中のフィクサーに立会イを臨むトイウのも、よいと思イます。私がデキルダケ、声をカケてみましょう。シカシ、例え世界中のフィクサー達が立会いの保証人を務めてモ、アノ人はゲームのルールで敗れたダケでは、負けを認メテ諦めて退きマセンよ。たとえ破滅シテも、戦い続けマス。デスから……完膚なきまでに叩きのめして、心を折って、彼自身に負けヲ認めさせナイと』


 ケイトのその言葉は義久にとってプレッシャーどころではなかった。あのヴァンダムと論戦などして、勝つ見込みも薄いというのに、ただ勝つだけではなく、徹底的に勝てという。あのとんでもなく我の強い人間の心を折れと言う。


(相手は世界を動かすほどの力を持った、確実に歴史上に名を残す超大物なんだぞ。そんな人物と、裏通りに堕ちたとはいえ、一般ぴーぷるに毛が生えた程度の俺を戦わせるとか、それだけでもどうかしてるのに、相手の心を折るくらいに完全勝利しろとか、ケイトさん、どうかしてる。それができるのは俺じゃなくてケイトさんだろ。何で俺に委ねる……)


 無茶ぶりもいいところだ。しかし、義久に全くやる気が無いかといえば、そうでもない。義久は義久でヴァンダムに言ってやりたいことが沢山あるし、その機会を与えられるということに、しかも大舞台まで用意してもらうという事に、魅力を感じないわけでもない。闘志が滾らないわけもない。


『ソノためには、暴力的要素を混ゼル事も、致し方ナイと思いマス。対話ダケではなく、力というカードも使ったウエでの勝敗とアレば、勝利に説得力をモタセル一因とナリます』

「ケイトさんがそんなこと言うなんてな……」


 暴力とは対極にいる人の口から、そんな発言が出たことに、義久は少々ショックを受ける。


『立会いと言っても、オーバーライフ達の中には、ヴァンダム寄りの者もいる。メディアをコントロールしたいと思う者達がな。逆に国境イラネ記者団の支持者もいて、その辺は複雑だ』

 テオドールが言う。


「でも彼等なら、結果が望まぬ者であれ、約束は守るだろうし、守らせると思うよー。ヴァンダムさんほどムキになっているわけではないから、アンフェアな肩入れとか絶対にしないと思う。そうしたら自分の立場も不味くなるもん。どこかの国みたいに、永遠に信用損なっちゃうよ」

『ふーむ、そういうものか……』


 純子に説かれ、テオドールは納得することにした。


「ヴァンダムをこの話に乗せるだけの、美味しい条件も考えないといけませんよ。勝敗の結果、勝者と敗者の扱いをどうするか」

 累が言った。


「ヴァンダムさん自身も、もうケリをつけたがってると思うんだよねえ。だから勝敗の条件は、シンプルでいいんじゃない? 勝者がマスコミの支配権と管理権を得るのは当然として、敗者に私の実験台になるとか、そういうお仕置きはあってもいいけど……いや、ペナルティーなんていらないでしょ」

「そこでお前の実験台云々の話が何故出る」


 純子の台詞に、真が突っ込んだ。


(待てよ……そうか……これは決め手にできるかも? これならヴァンダムさんも納得させて引き下がらせる事ができるかもしれないぞ)


 一方で義久は、純子の台詞を聞いて閃くものがあった。


(でもこのカードを最初に切るのは駄目だな。こっちが優位に立って、最後の最後で、提案という形で切らないと)


 すでに戦うつもりで、勝つための算段を練り始めた義久は、テオドールが映るディスプレイの方を向いた。


「テオドールさんは、こんな大事なこと俺に任せていいの? 俺のこと信用できるのか?」


 すでに戦うつもりでいる義久であるが、一応確認を取る。


『ケイトも推薦しているし、雪岡研究所の子達も君を信用している。それに……私も君を正しい人物と感じて認めているし、一目置いて尊敬もしているよ』

「そ、そこまで言われるほど、俺は大した奴じゃないと思うけど……」


 大勢いる前で堂々と、爽やかな笑顔で告げるテオドールに、義久は照れくささのあまり、頭をかいて、目を泳がせた。


***


 純子とヴァンダムの電話の場面に、話は戻る。


『今回の騒動に沿った五つのお題を設け、五回にわたって討論で戦う。見物人が審判になって、多数決で、どちらの言い分により説得力があるか、勝ち負けを判定してもらう、と』


 決着戦の詳しい内容について、純子は語りだした。


『見物人の数はそれなりに多く用意するよー。裏通りの住人オンリーでね。もちろんアンフェアな選抜はしないし、審判役で偏向的な判定をしない誓いも立ててもらって、複数の嘘発見器をかけてもらうよ』

「判定の審判を行うのが裏通りの住人オンリーという事に、少し不安があるな」

『別にこの件に関しては裏通り表通りで、認識の違いは無いよー。どちらにも支持者がいるし、反発する人もいる。裏通りオンリーにしたのは、戦闘行為も含まれるし、そこに裏通りの住人も混じるからだよ。で、今も言ったとおり、事前に中立の誓いを立ててもらうからさ。嘘発見器は、ヴァンダムさんが用意してくれていいよー』

「わかった」


 少し不安も残るが、世界中から支配者層の者達を集め、証人として立ち会ってもらうからには、露骨な不正も出来ないだろうと思い、ヴァンダムも飲み込んだ。


『でね、五戦の討論のうちに三回まで、結果を不服とした場合――つまり負けた際に、戦闘での決着に変更することもできる。三回までってのは、双方共通ね。片方が二回先に戦闘カードを発動させたら、どちらもあと一回しか使えない、と』

「片方三回では、毎回戦闘になるしな」


 ヴァンダムがそう言って微苦笑をこぼす。


『戦闘要員が勝てば、勝った側は、卓袱台を引っくり返して相手に銃を突きつけ、命運を握ったが故に、結果を逆にできるという扱いだよ。対話でケリがつかない――もしくは不服なら、戦争でという、人類が何千年と繰り返してきた歴史に基づいた解決法とも言えるね。このルールそのものに不服はあるかな?』

「面白いな。不服は無いが、確認はしたい。戦闘員の数は?」

『一対一を三回まで。つまり双方三人ずつだね。戦争で決着の場合は、自陣営から選ぶ人員は、用意した三人のうちから一人、任意で選ぶ形ね』

「了解した。それでいい。で、勝敗の扱いはどうなる?」

『それはもちろん、勝った方がマスメディアの監視を担うことになり、負けた方は素直に退く形だよ』

「承知した。だがもう一つ馬鹿馬鹿しい確認をさせてくれ。敗者がルールに潔く従わなかったらどうなる?」

『さっきも言ったけど、もし勝敗の結果に従わなかったら、立ち会ったフィクサー達の顔に泥を塗る事になるから、全力での制裁を受ける事となるよ? あ、私と累君も立会人の一人となるし、日本の支配者層の一部や、ヨブの報酬のシスターもそれに加わるからね。おそらく他にも加わると思う』

「わかっていたが、わかった」


 流石にグリムペニスであろうと貸切油田屋であろうと、この制裁の前ではどうにもならないと、ヴァンダムには思えた。世界で最も力を持つ者達から、袋叩きにされてしまうのだ。


「最後に一つ確認だ。私と舌で戦う相手は誰かね?」

『それは秘密ってことで。じゃあ、準備と覚悟をよろしく~』


 純子が電話を切る。


(私が戦う相手は……ケイトなのだろうな……間違いなく。最愛の者が最悪の敵となるとは……神というものがいたら、やはりそいつは悪ふざけの過ぎる糞ったれだ)


 ヴァンダムはそう確信していたが、その予想は見事に外れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る