第三十四章 27

「お、出てきた。うっひゃあ、厳しい顔つきだこりゃ。怒りが滲みでてるよ~。あばばばば」


 ホログラフィー・ディスプレイに映るヴァンダムの顔を見て、みどりが笑う。


『テオドールの主張や方針は、世間を欺くための方便だ』


 力強い声での第一声はそれだった。ヴァンダムの眉間には何本もの皺が刻まれており、口元はひん曲がっている。明らかにいつもとは異なり、余裕の無さが伺える。


 そこに電話がかかってくる。相手はテオドールだった。テレビ電話で繋ぐ。


『つい今しがた、ヴァンダムに直接電話をかけて、停戦を訴えた。そうしたら逆効果だったよ。火に油を注いでしまった。怒らせるつもりは全く無かったのに』

「それはやらない方がよかったねえ……。まあ、今声明出してるから、一緒に視ながら話そう」


 テオドールの報告を受け、微苦笑を浮かべる純子。余計なことをしたが、しかし面白い展開になりそうだとも思う純子であった。


「ただいま……って、ヴァンダムが何か言ってるのか。これリアルタイム?」

「ええ」


 帰宅した真の質問に、累が頷く。


『突然180度の方向転換を、怪しいと感じるなという方が、無理がある。ここでころっと騙されて、テオドール支持になった者は、もう一度よく考え直していただきたい。まあそんな途方も無い愚か者がいないと信じたいところだが』

「これ、ヴァンダムも大分余裕をなくしているんじゃないか? 言葉が随分と荒々しい」

「凄く頭にきているって感じは伝わってくるねー」


 ヴァンダムの訴える様を見て、真と純子がそれぞれ言う。


『私を信じられないと思う者もいるようだが、私は断じて自分のために戦っているわけではない。社会のために戦っている。マスメディアは明らかな悪だ。奴等は私が拳を振り上げた事に慄き、あの手この手で私を屈服させんとしてきた。結果、私に様々な汚名が着せられ、多くの人間が騙され、私も世間の信用を失った』

「あくまで自分は悪くない、正しい、悪いのは全て他者だと言い切りますか……」

「清々しいまでに自己中心的だねえ」


 累が呆れ気味に言い、純子はおかしそうに微笑む。


『愛する者のために戦い始めたというのに、その愛する者すら敵となった。孤立無援、四面楚歌、生きていてこのような経験をするとは……実に貴重だ。この悲しみ、この絶望、そして何より……この湧き出る怒り、この迸る闘争心、生きているうちに味わえてよかった。貴重だ。優越感すら覚えるほどに、素敵な体験だ。二度と味わいたいとは思わんがなっ』

「どっちやねーん」


 思わず突っ込むみどり。


『私は誰の信用を得られずとも、私が正しいと思ったことのために戦い続ける。そして勝利を掴んだその時には、私を見る目も変わり、世界は今よりもっとよくなっているはずだ。そう、あの時のように。かつて私は、環境保護は文明の発展よりも大事だと、人命にも勝ると言った。あの時、私は馬鹿にされた。だがすぐにその思想は認められ、世界は変化した。次もそうなる。今はただの過程に過ぎない』


 ヴァンダムが勝ち誇った顔で告げたこの台詞に、純子の顔色が変わった。完全に真顔になって、ディスプレイを凝視している。


「雪岡……」


 そのことに真っ先に気がついた真が、思わず声をかける。みどりと累も純子の方を見る。


(真兄……あたしより早く純姉の変化に気がつくなんて、どこまでも純姉ラブなんだね)


 他人の精神状態の激しい変化に対し、極めて敏感なみどりであるが、その自分よりも早く、真が純子の心の変化を察知していた事に、みどりは驚きつつも納得していた。


「放っておけば、この人の言うとおりになっちゃうねえ……。この人には、それだけの力が有る。個人でありながら、個人の望みで世界の有様を大きく変えた人ってのは、今まで何人か見てきたけど、ヴァンダムさんも正にその一人だよ」


 世界を自分の望まぬ方向へと変えられたという事を強く意識し、純子は断言する。


 その後もあれやれこれやと主張して、ヴァンダムの声明は終わった。


「諦めの悪さにかけては一級品のヴァンダムさんに、完全に負けを認めさせるための、決着戦を挑まないと駄目だねえ。最初から勝ち負けをはっきりとさせるルールの、戦いの場を用意してさ」


 ディスプレイを消してから、純子が提案した。


「また討論対決か? しかし……本人もいる前でこう言っちゃあ何だけど、この人でヴァンダムに勝てると思うか?」

『そんなことをしても、私が口で勝てる相手とは思えない。情けない話だが……』


 真がテオドールを一瞥して言い、テオドールもそれを認める。


「ヴァンダムは百戦錬磨。テオドールは実質三歳児ですしね。知識はあっても経験が足りなさ過ぎます」


 顎に手を当てて、難しそうな顔になる累。


「討論だけではヴァンダムは納得しないんじゃないか? もっと完全に負けを認めさせる何かが必要だ」

 と、真。


「こっちが決着戦を提示しても、向こうが乗るとは限らないしねえ。少しでもヴァンダムさんが話にのりやすい条件の対決方法でないとさ」

 と、純子。


『対戦形式、そして敗れた者が支払う対価、勝つ者が得る権利などで、ヴァンダムの気を惹く方法か……。しかもそのうえで、こちらがどうやって勝つか……』


 テオドールが言った所で、テオドールに電話がかかった。


『海チワワのボスのテレンスからだ。今からこちらに殺し屋が行くかもしれないと、警告してくれたよ……』

「ヴァンダムは海チワワにも愛想つかされたのか?」


 テオドールの報告を聞いて、真が呆れ気味に言う。心の中では笑っている自分を思い浮かべていた。


「僕が護衛に行こうか?」

『こちらにも護衛はいるよ』

「刺客達は皆解散したって聞いたぞ。その解散した刺客の一人が知り合いだったからな」

『大丈夫だ。純子の改造で、再生能力も得ている。それにテレンスの話では、まだ可能性の話らしい』


 真が申し出るが、テオドールは柔らかい笑顔で遠慮した。


「そうか……いいこと思いついた」

 真が閃く。


「暴力で解決しよう」

『それは散々やったよ』


 真の言葉に、テオドールが呆れ笑いを浮かべる。


「いや、そうじゃなくて、世界中のフィクサーだか支配者層だかオーバーライフに立ち会ってもらって、代理戦争で決着ってのはどうかと思ってさ」

「日本の支配者層の人や、シスターくらいは審判役の協力してくれるかもだけど、世界中ってのは無理だよー」


 真の提案を、純子が苦笑気味に否定する。


『そんな強引な決め方は、その立会いする方も納得しないだろう。対話は必要だ』

「でも対話だけでは、ヴァンダムは辛い相手だって認識だろ」

「対戦形式よりも、さっきテオドールさんも言ってたように、勝者と敗者の扱いを決めて、それで気を惹く方が重要だと思うけどなあ」


 テオドール、真、純子でそれぞれ意見が分かれる。


「両方にするというのはどうでしょう。暴力と対話のミックス対決です」

「それだっ」


 累の提案に、純子がぽんと手を叩く。


『いや、何がそれなんだ……ていうか何で、対決で解決が前提になってるんだ』


 半笑いになるテオドール。この面々相手だと、素の自分が自然と出てしまうし、安心できる。


「二人で殴り合って、ダウン取った方が数分間一方的に喋れるとかそんなのか?」

「いや、暴力タイムと対話タイムが交互にあって、暴力タイムには殺し合いをして、対話タイムには普通に対談」

「違いますよ。戦闘は配下の者に任せる一方で、ヴァンダムとテオドールは舌戦を続け、やがて戦闘で勝ち上がった者が、ヴァンダムかテオドールのどちらかを殺す、と」


 真、純子、累がそれぞれ己の想像したものを口にする。

 みどりはそれを聞きながらにやにやと笑っていた。ある意味、世界の命運を決める戦いだというのに、適当な思いつきレベルでその内容を決めようとしている雪岡研究所メンツが、みどりにはおかしく感じられて。


『累の案が一番ひどくて理不尽だな……。それは討論する意味があるのか?』

「僕の案が一番マシだと思うんだが」

「真兄のが一番おかしいだろォ~。バラエティー番組じゃないんだからさァ」


 テオドール、真、みどりがそれぞれ思ったことを口にする。


「いや、エンターテイメントな形でいいよ。客寄せして、人前ではっきりと勝敗を極める形でさ」

 純子が言った。


「何よりも、向こうにこれ以上イニシアティヴをとられる前に、こっちで強引に決めていく方がいいと思うよー」

『確かにその理屈はわかる……。しかしその先が私に思いつかない』


 雪岡研究所の面々の口にするやり方は正直不安があるテオドールだが、自分が思いつかない限りは、任せてしまった方がいい気もしてきた。


「そういう悪巧みは雪岡の得意分野だから、ここからの細かい案は雪岡に出させよう。でも雪岡に任せっぱなしじゃ、無茶苦茶やるのが目に見えているから、僕らで修正してやらないとな」

「いやいやいや……私だってその辺はちゃんと考えるし、今までだってちゃんと考えてきたじゃなーい」


 真顔で語る真に、純子はぱたぱたと手を振って、笑顔で物言いをつけた。

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