第三十四章 19
デーモン一族の会議は最早、日の定例行事と化していた。
今日はいつにも増してテオドールに対して、否定的な発言が多めだった。テオドール派だった者も、次々にアンチに回り始めている。
「結局は暗殺で解決か」
『そのための準備も事前から進めていた。対話で解決できなければ戦争。人類の変わらぬ有り様だ』
鼻で笑う年配執政委員に、テオドールは厳かな口調で言う。
「暗殺は反対しないし、むしろ推奨するが、もう報道革命がどうのというのはやめてくれ。それを推し進めてもよいことはない」
「同感だ。さらに混乱と不信を招くだけだ」
「国境イラネ記者団にこれ以上、報道の正義を掲げさせて戦う必要はあるのか? 今の情勢では悪手だと思うぞ。もうマスコミの信用は地に落ちているのだから」
次々と否定意見を口にする一族の者達。
正直、テオドールにも同様の思いはあった。これはよくない選択だと。しかしオリジナルのテオドールなら、引っ込みがつかなくなってこうするだろうと思って、それに従っている。
(クローンだということがバレるのを怯えて、保身のために……自分でもおかしいと思うことを、気に入らないことを進めようとしている。私だって回避したい。どうにかならないのか?)
沈黙してしまうテオドール。
『彼も本心は迷っているのだ。いや、自分でも今のやり方を否定する気持ちが強い。引っ込みがつかなくなっているだけで』
まるで助け舟を出すようにそう言ったのはラファエルだった。彼のその発言に、テオドールは驚いた。
『テオドールと直接会って話したが、私はそう感じたよ。本当は自分が間違っているとわかっている。そこに葛藤がある。少し彼に考える時間を与えてみてはどうか? ああ、テオドール、君は何も喋らなくていい。口から出る言葉は予想がつく。脊髄反射的な否定だ。そしてそれが君の本心とは異なる台詞であることも、私は知っている』
テオドールは、ラファエルが自分の正体も見抜いたうえで、援護射撃をしてくれているのだと察した。しかしその真意は不明だ。ただの親切心なのか、あるいは正体をネタに脅してくるつもりなのか。
「暗殺はこのまま実行か?」
「強行突入して殺害するのを暗殺とも言えんが……」
『実行する』
かすれるような声でテオドールは告げる。
『すまない。気分が悪い。先に退室させてもらう』
一刻も早くこの場を逃げたい気分になっていた。マインドコントロールが解かれてからというもの、それまでの反動のせいか、著しく情緒不安定になっている。
「様子がおかしかったな」
「この前から微妙におかしい」
「微妙か? 露骨におかしいぞ」
一族の者達も不審を口にしだす。
『彼と話してみて感じたが、プライベートで何か大変なことがあったようだ。彼の心は今、大きく揺れている。以前のテオドールとは違う』
「なるほど……」
「まあ……人生そういう時もある」
ラファエルの言葉に、一族の者達はなんとはなしに納得した。
***
義久と犬飼が雪岡研究所に行っている間、ケイトはまたある人物に電話をかけていた。
『貸切油田屋の方が、後がない形ですねー。間違いなく、強引な手段に出てくるでしょー』
「あの人を暗殺シヨウと?」
自分ではっきりと言葉に出して、自分の言葉に一瞬身震いするケイト。
『イエース。それ以外考えられませーん。ケイト、貴女はそのままヴァンダムから離れていた方が安全ですよー』
「シスター……そんなコトを言わないでクダさい。私は……タダでさえ、あの人を裏切ってイルというのにコレれ以上……」
苦しそうに言い、ケイトは泣き崩れてしまう。
『気持ちはわかりまーす。貴女には辛い任務を与えてしまったと、私は心を痛めてまーす。これは本当ですよー? バーット、貴女は自身の安全も考えないといけませーん。ヴァンダムと心中することなど、ヴァンダムも望まないでしょう』
電話の相手――ヨプの報酬の長を務めるシスターという呼び名の女性が、優しい声音でいたわりの言葉をかけた。
***
雪岡研究所で純子らと会話をしている最中、犬飼はイヤホンをつけてその会話を盗み聞きしていた。
(辛い任務……裏切る……)
ケイトにこっそりと仕掛けていた盗聴器から聞こえてきた幾つかの単語に、犬飼は複雑な表情になる。
盗聴するまでもなく、犬飼はこの真実を知っていた。しかしはっきりと声に出して聞くと、さらにいい気分はしない。
(ケイトも心を痛めているのか。否応なしにって所なのかな? しかしまあ……同情する気にもなれねーや。散々美味しい想いもしているんだし、聖人面している裏で、滅茶苦茶やってる事実に変わりは無いからな)
そう思い、犬飼はケイトに軽蔑の念を募らせていた。
***
グリムペニス日本支部ビル前。刺客の増援がなされ、数日前の四倍近くの数に膨れ上がっていた。
(正直、数だけだがな……。質のいい兵はいない。チンピラに毛が生えたような奴等ばかりだ)
口にはしなかったが、アドニスはそう見なしていた。
(ろくな刺客が集らなかったのは、この仕事を引き受けることがハズレクジだと見なしたからだろうねー。負け戦の可能性濃厚だと)
シャルルとアドニスと同様の目で見つつ、分析する。
(でもそれは政治的な争いの方での話であって、暴力面はまた別問題だろうに。ごっちゃにしている人って結構いるんだね。腕利きの中にも)
というのが、シャルルの結論であった。
「テオドールから連絡だ。準備が出来たら攻撃しろとよ」
アドニスが報告する。
建ち並ぶテントの裏に、二台のトラックと一台のタンクローリーが停車し、他にも車やバイクが何台か停めてある。
「俺とシャルルと正美はトラックだ。他は外の担当をしろ。外の連中が片付いたら中に来い。無理そうならさっさと降参するか逃げだした方がいい。逃げる判断や降参の判断は、できるだけ早めにしておけよ」
刺客達にアドニスが指示を出すと、トラックの運転席へと乗る。助手席にはすでに正美が乗っている。シャルルもトラックに乗った。
「ねね、うまくいくと思う? 私は結構うまくいくと思うんだ。そういうのを感じるんだ。突入まではきっとうまくいくよ。私はそういう霊感強いから、信じていいよ?」
「じゃあ突入の先も感じてくれ」
ぺちゃくちゃと喋る正美に短くそう返すと、アドニスはエンジンをかけた。
先に動いたのはトラックではない。ガソリンをたっぷりと積んだタンクローリーだ。
ビルの前には強化吸血鬼部隊と銀嵐館の戦士達がいる、彼等めがけて、タンクローリーが突進していく。
「逃げて!」
「ちょっと……冗談だろ」
「無茶苦茶するなあ……」
桃子が退避指示を出し、強化吸血鬼部隊は左右に移動した。銀嵐館の者達も当然逃げる。
タンクローリーは無人だ。遠隔操作をしている。そのうえ爆弾が仕掛けられていて、これも遠隔操作で爆発できる。
ビルまで到着した所で、タンクローリーが爆発した。爆音と共に凄まじい勢いで炎が噴きあがる。一瞬であるが、文字通り炎柱がたった。
「映画見てるみたいだ……」
炎の塊が広がり、弾ける瞬間を目の当たりにし、清次郎が呻く。
ガソリンが炎上して黒煙をたちのぼらせる中、二台のトラックが突っ込んできた。
トラックはそのままビルに突撃し、エントランスの中まで乗り込んだところで停車する。
さらに後方から、残った刺客達が車やバイクで接近したが、彼等はビルの中に突入しようとはせず、途中で降りて、桃子や善太達強化吸血鬼部隊と、銀嵐館の戦士達めがけて発砲しだした。
「どうする? 中に入ったトラックの奴も追うか?」
銃で応戦しつつ、清次郎が桃子に確認する。
「しなくていい。こっちは敵が多いし、彼等を撃退しないと」
桃子が言った。敵はおそらく精鋭をビル内に突入させ、雑魚でビル前の自分達を足止めさせる作戦だと、桃子は見抜いていた。
「そういう手で来ることも読んでいたから、この配置か。テレンスさん、流石だね」
善太が呟く。
一方、ビル内に突入したアドニス、シャルル、正美の三名はというと、海チワワの戦士達と対峙していた。
海チワワ側も、キャサリン、ロッド、ミランの、丁度三名であった。
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