第三十四章 18

 義久と犬飼は雪岡研究所へと訪れ、純子、みどり、真、累の前で、これまでの活動を大まかに話し、行き詰まってここへ来たことも口にした。


「イェアー、よっしー達、ずっと陰で動いてたわけかー。ケイトの和解提案までよっしーの企みだったとはっ」


 話を聞き終え、みどりが感心の声をあげる。


「僕も途中まで少しだけ関わってたけどな。戦闘だの尾行だの護衛だのはもういらないかと思って、引き上げてきたが」


 と、真。烏腹と赤村親子の件を解決してからというもの、義久達の所には行っていないし、何をしているかも知らなかった。


「実は他にもいろいろ手考えていたんだ。奴等の信用を損なわせるためのね。しかしそれも必要無くなってきたと思って、予定通り、ケイトさんに出てもらった」

 義久が言う。


「世間の評価は『どちらも支持しない』と『わからない』が見事に多数を占めてるねー。ネットでSNSや掲示板見ても、どちらも信用できないとか、どっちもヤバいとか、そんな声が多いよ」


 純子がディプレイを見ながら言った。当然、未だヴァンダムを支持する声もあれば、国境イラネ記者団を支持する声も残っている。


「たった三人で、ここまでもっていったのは素直に凄いな」

 真も感心する。


「ま、この状態にまでもっていけたのは、俺達だけの功績とは言わないけどね。奴等が勝手に取っ組み合いしている所に、さらに後ろから隠れて撃っていたようなもんだ。そしてケイトさんが出てきて、どっちの頭も叩いた感じ?」


 犬飼がへらへらと笑って言う。


「しかしそれでも両者の息の根を止めたわけじゃあない。そこで手詰まりになって、ユキえもんに泣きつきにきたわけだ」

「ユキえもんて何」

「ジュンえもんの方がよくね?」

「いや、それは語呂が悪いでしょう」


 義久の言葉に、純子は笑い、みどりと累は真面目に突っ込む。


「それより、グリムペニスのHPで、予告なしでヴァンダムの声明があがってますよ」


 累が報告して、開いていたディプレイを複製して、室内にいる他の面々へと飛ばした。


「しかもインタビュアー付きか」


 自分を呼んでくれればよかったのにと、こっそりと思う義久であった。


『マスコミを執拗に叩いているようですが――』

『マスコミ叩き? 何を言っているのだね? 蝿が飛んでいたら叩かれるだろう? マスコミも同じことだ。叩かれて当然のものを、わざわざ叩く行為そのものを非難するように言うのは、如何なものかと思うぞ?』


 インタビュアーの言葉を遮り、ヴァンダムは悪びれることなく言い放つ。


(相変わらずひどい表現だ……。民衆が羊なら、マスコミは蝿か。しかし……)


 この言葉には思う所がある義久であった。


『そもそも私が何故、マスコミを監視し、規制し、罰を与える機関を設けようと思ったのか? それは彼等が平然と嘘をつき、人々を思うがままコントロールしようとする、底無しに邪悪な存在であるからだ』


 歯に衣着せぬ物言いのヴァンダムに、さらに胸糞悪い気分になる義久。


『監視機関という話が、いつの間にか、規制や罰まで与えるという話になっていますが……』


 恐る恐る訊ねるインタビュアーは、ヴァンダムと懇意のテレビ局のキャスターであった。


『監視だけしていても仕方あるまい。規制は以前も言った気がするがな。そして罪人に罰を与えるのは当然であろう? そうでなければやりたい放題だ。もちろん各国の法に応じたものであるが、監視機関側から各国に厳罰対処を求めていく形となる。私が各国政府とつるんでいると非難していたが、つるんで当たり前だ。捏造報道や印象操作で大勢の人を騙す罪深い存在に、罰を与えるためには、各国政府との連携が必要だからな』


 ヴァンダムがにやにやと笑いながら、居丈高な口調で述べる。


「そういう返しできたかー。こいつらしい」

「開き直りみたいなもんですね」

「ようするに世間の評価なんか知ったことじゃないから、やりたいことやると言い出してるわけだな」


 犬飼、累、真がそれぞれ言う。


『そして報道に携わる者が罪を犯した場合、報道されないことも多い。その報道しない自由を発動する事にも、各国政府に呼びかけて罪としてもらう事にした。事実を都合よく隠蔽しているのと同じだ。倫理的に考えて、これは明らかに罪である。多くの国が承認してくれたよ。まだ承認していない国もあるがね』

「どことどこの国だか、具体的に突っ込めよっ。こういう曖昧な言い方で濁して、プレッシャーかけんなっ」


 インタビュアーとヴァンダムの双方を意識して義久が叫ぶ。


「へ~い、よっしー……ここで叫んでも届かないぜィ?」

「気持ちはわかるが、ヴァンダムのこの言い回しって、マスゴミが好んでよく使う手だぞ? ヴァンダムはそれを意識して、嫌味でわざとこんな言い方して、お返しをしているんだ」


 みどりがたしなめ、犬飼が冷静に指摘する。


「これ、国にヴァンダムは危険と訴えるのは駄目なのかな? 各国政府はこのままホイホイとヴァンダムと手を結んじゃう流れか?」


 真が疑問に思って言った。それに対し、義久が解説しだす。


「多くの国々からすると、マスメディアの抑えが利く方が、都合がいいに決まっている。権力の監視機構を標榜する存在なんて、黙らせた方がいいからな。特に為政者の中には、マスメディアを嫌っている連中も多いだろうし。ま、日本は現時点でも規制だらけ、検閲だらけで、自由な報道させてもらえないんだが……」


 だからこそ俺は裏通りに堕ちた――と続けようとした義久であるが、いつもそればかり言っているような気がしたし、ここでは関係無いので自重しておく。


「アンチヴァンダム派は、ヴァンダムを権力の走狗と糾弾して、民衆に訴える流れにもっていくだろうけど、そんなことしなくても、もうそれは皆気付いているしなあ……。一般人無視で開き直って暴走するとなると……ケイトさんが言ってた通り、誰もが迷惑するカオスな状態にしかならねーな」


 と、犬飼。


「犬飼さんの言うとおりだと思う。でもこれは国境イラネ記者団側からすればチャンスだよー?」

「チャンス?」

「ああ、なるほど」


 義久が純子の言葉に疑問の声をあげる。他の面々も理解できなかったが、犬飼だけ気がついて、ぽんと手を叩く。


「ヴァンダムさんは世の中の全てを無視して我を通すと言ってるわけだから、そこでテオドールさんは態度を改めれば、支持者を増やせるじゃない。正に、負けるが勝ちでさ」

「ああ、なるほど……」


 純子に言われ、義久が犬飼と同じ台詞を発する。


「その国境イラネ記者団――テオドールも声明を出しました」


 累が言い、テレビをつけた。画面に、マイクの前に立つテオドールの顔が映し出される。


『ヴァンダムが退かないのだから、我々が退けるわけもない。報道の自由を守るために、断固戦う。メディアの中にはヴァンダムに尻尾を振る者もいるが、少数派だ。大多数は反対している。法規制されたとしても、真実は隠蔽しきれない。例え法に背いても、ゲリラとなってでも、有志達が真実を届け続けるだろう』

「どっちもどっち、我の張り合いだ」

「戦争って大抵そんなもんだよー」


 テオドールの宣言を聞き、真が呆れ、純子は笑っていた。


「なんつー傲慢な奴等だ。民衆の支持を得られなくても、自分がこうしたいと思ったんだから、絶対に我を通してやるってことか? その代償に世の中が滅茶苦茶になっても知ったことじゃないってか?」


 義久が引き続き憤慨する。テオドールも結局退かない構えだ。負けるが勝ちなどという発想は全く無いようだ。


「そりゃまあ彼等は、民主主義国家の政治家ってわけじゃあないしね。人の目や支持を気にせず、好き勝手にやれる立場だよ。特にヴァンダムさんは、その我を押し通して、人類の文明発展を停滞するまでにおいやった人だよ。おかげで科学者達は肩身が狭くなるし、マッドサイエンティストが世界中に現れたわけで」

「ヴァンダムがマッドサイエンティスト達の生みの親とも言えるわけかー」


 純子の台詞を聞いて、犬飼がおかしそうに微笑みながら言った。


「しかしなー、テオドール側はマスコミの大多数を抑えているとはいえ、法規制までもちこまれたら途轍もなく不利だろうぜ。どうにもならなくないか? すでにゲリラとか言い出してる始末だし」


 犬飼が私見を述べる。犬飼の目には、このまま勝負してもテオドールに勝ちの目は見えないと映っていた。


「同感だねえ。でもさ、テオドールさんに賛同する人が多いか少ないかはともかくとして、現状はもうヴァンダムさんを支持する人も少ないし、国家が完全に情報統制するとかなったら、日本はともかくとして、他の国では暴動起こりかねない事態だよー。その辺、ヴァンダムさんなら無視できても、国のお偉いさん達は無視しきれないんじゃないかなあ?」


 純子の話に、その場にいる全員が同感であった。


「テオドールだって自分が不利だという事くらい気付いてると思う。つまり――」


 真が口を開き、途中でティーカップを口にもっていき、一瞬言葉を切る。


「つまり暴力で解決を図る。そのために奴等はずっとグリムペニスビル前に刺客を待機させているし、うちにもヴァンダムの暗殺依頼に来たんだから」

「マジかよ……」

「ちょっとちょっと真君、それは守秘義務あるから言っちゃいけないことだよー」


 真の言葉に義久は啞然として、純子は呆れながら突っ込んだ。


「守秘義務があるのは雪岡だ。僕には関係無い。それに、テオドール側からして最初に嘘ついてきたんだから、こっちが義理立てすることないだろ」

「嘘って?」


 真の言葉に義久が反応する。


 それから真は、義久と犬飼に、ここに来たテオドールも、最近露出しているテオドールも本体ではなくクローンであるという事を全て伝えた。


「クローンの反乱か……」


 裏通りに堕ちたばかりの事件を、嫌でも思い出す義久。


「で、結局うちらはどうするんだ? つーか純子達は協力してくれるのか? 実験台が必要か?」


 犬飼が純子の方を見て訊ねた。


「面白そうだし、テオドールさんのフォロー続きってことで、協力するよー。とりあえず、テオドールさんを義久君の陣営にしっかりと引き込まないとね。それに私ルールからすると、テオドールさんは私のマウスだし、そっちまで潰すってのは承認できないかなあ」

「国境イラネ記者団と組むってのかよ……」


 嫌そうな顔になる義久。彼等のやり口に憤慨して、どちらも潰すと決めたのに、今更という思いがある。


「今のテオドールさんはクローンだし、オリジナルより話がわかると思うよー。ちゃんと説得して、今のやり方を変えてもらえばいいよ。それで通じると思う。とりあえず明日、テオドールさんにもここに来てもらおう。で、義久君達もケイトさんを連れて来てよ。そこでしっかりと話し合って、三つ巴じゃあなくて、テオドールさんと義久君で協力体制を築き、打倒ヴァンダムさんに照準を絞ろう」

「はい、俺は純子に賛成、と。義久もそうした方がいいぞ。ヴァンダムとは相容れないのはわかる。でも今の状況なら、テオドールと組むのは悪くない選択だ。同じマスコミ繋がりだし、純子も保障してくれるんだからな」

「うーん……わかったよ」


 純子と犬飼の二人がかりで推され、義久は気持ち的には納得したわけではないが、納得せざるをえなかった。

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