第三十三章 18

 ヴァンダムの国際的な報道監視機関設立案に対し、全世界で激しい反応があった。

 特に国境イラネ記者団が猛反発した。国境イラネ記者団に対なす、国境を越えた報道への圧力機関の誕生など、断じて防ぐと息巻いた。

 他の報道機関も、大抵がヒステリックに反発していた。


『権力の暴走を止められなくなる』

『最悪の男。言論弾圧思想の持ち主、コルネリス・ヴァンダムを許すな!』

『こんな機関が創設されてしまえば、今後は全て検閲されてしまって自由に記事が書けず、民衆は真実を知ることができなくなる』

『これはコルネリス・ヴァンダムが各国権力と結託した陰謀だ』

『報道を抑止しようなど思い上がりもはなはだしい。あってはならないこと。報道の自由だけは、無制限に完璧に確立されなければならない』

『報道はあらゆる思想と思考の余地もなく絶対自由であるべき! マスメディアこそ超絶対正義也! それを阻みし者は、あらゆる思想と思考の余地もなくオール悪と断定! 悪悪悪悪悪悪悪あくぅぅぅぅんっ! ウッキィィィ!』

『うおおぉおおおんっ、権力の横暴じゃあっ、報道の自由も人権も民主主義もこれで失われるんじゃあっ、おしまいじゃあっ、祟りじゃあっ、カタストロフィーじゃあっ』

『言論弾圧ダー権力ダー権力ナンダー権力ガイケナインダーアウアウアー!』


 世界中の新聞が、ニュースが、雑誌が、こぞってヴァンダムを否定し、罵倒し、報道の自由は無制限だと主張し、自分達が正義だと声高に唱えた。


 また、ヴァンダムの主張を曲解したり捏造したりする新聞やニュース番組も、多数見受けられた。報道しない自由を発動し、ヴァンダムの主張そのものを流さないメディアも珍しくなかった。


 その一方で、国境イラネ記者団に反発するメディアも出始めており、ヴァンダムに協力する姿勢を見せている。


「今だって自由に報道なんてできない。裏通りの目も気にしているし、報道の自由を謳っている国境イラネ記者団からも、圧力をかけられている。あの組織はふざけたダブスタ野郎だよ。監視機関が出来れば、逆に自由が増すんじゃないか?」


 ヴァンダムの知己であるテレビ局社長はそう訴え、ヴァンダムの主張をそのまま流すことにした。


 肝心の大衆の反応はどうかというと、現時点においては、民の多くはヴァンダムに賛成していた。メディアに対しての見方も極めて冷ややかで、自分達の特権を脅かされて慌てふためいていると、あっさりと見抜いていた。


 欧米諸国ではヴァンダム支持のデモが起こっている。これこそグリムペニスの得意分野であるし、グリムペニス会員が各地で煽動工作しているのは言うまでもない。

 マスコミ支持というデモは一切無い。そしてデモが起こっていることを、多くのメディアは報道しない有様である。中にはこれを『ヴァンダムに反発するデモだ』と言って流す、フェィクニュースすらある始末だ。


 ヴァンダムが執務室でテレビをつける。ヴァンダムと懇意にしているテレビ局のニュースだ。ここだけはヴァンダム寄りの立場を取っているため、ヴァンダムの主張をそのまま流し、メディアの在り方を真剣に問う討論なども行い、かなりの視聴率を上げた。


『メディアは非常に無責任です。私は漁業を営んでいますが、以前、魚に寄生虫がいると加熱報道をした際に、魚が売れなくて非常に困りました。あれは極めて無責任な報道です』

『私も似たような被害を受けました。八百屋を経営していますが、農薬に放射性物質が混じっているとかなんとか、大した根拠も無く一斉に報道されて、売り上げが減少しましたよ』

『私は小学生がレイプされる漫画を描いたら、実際にそうした事件が起こった際に引き合いにされ、私の漫画を模倣されたと言われました。模倣されたかどうかもわからないのに……ひどいです。あんまりです。私の偉大な芸術を貶めたマスゴミを一生恨みます』


 ニュースでは、メディアによる被害を訴える者達が、続けてコメントしていた。


「最後のは模倣云々以前に気持ち悪いな。公の場で堂々と口にしていいことでもない。芸術の価値観は人それぞれだし、確かに表現の自由は大事だろうが……」


 顔をしかめるヴァンダム。


「しかしよい塩梅になってきたな。もっと盛り上げていこう」

「刺客が次から次へと送り込まれてきているのですが……今も来てますし」


 不安げにビルの外を窓からチラ見する勝浦。海チワワの戦士であるミランとオットーの後ろ姿が見える。彼等の先には、四人の男がいる。敵も味方も、いずれも外人だ。


「それは海チワワに頑張ってもらわないとな。彼等が私の命運を握っている」


 ヴァンダムは少しも不安を見せず、悠然と微笑んでいた。


***


 グリムペニス日本支部ビル前。貸切油田屋に雇われた刺客四名――アックス、ゴルドー、ロバート、シャルルは、海チワワの戦士にして幹部であるミランとオットーの二名と対峙していた。


「今度は歯応えありそうだな」


 四人を見据え、舌なめずりして笑うミラン。四人とも車でここに訪れた。


「車で走っている最中に狙撃されなくてよかったねえ」

 一方、シャルルが溜息混じりに言った。


「一応防弾仕様だが、日本じゃ狙撃とかあまり無いらしいぜ。全然無いわけじゃないが、狙撃銃の仕入れ自体が大変だとか」

 と、ロバート。


「いや、RPGとかで狙撃されなくてよかったなーと」

「そんなもん、余計にありえないだろ」


 シャルルの台詞にロバートが苦笑する。


「うーん、戦場暮らしが染み付いちゃったせいか、そういうの警戒するのがデフォでさ。ここに車で来るまでの一本道が、もう、どう見てもどうぞ狙ってください的な感じだったしさ」

「なるほど。シャルルはうちらとは微妙に認識が違うんだな」


 どうでもよさそうにゴルドーが言う。


「二対一を二つに分けるぞ」


 ミランとオットーを見据えたまま、アックスが告げる。


「いやー……それより、俺一人であっちの人相悪いタトゥーマンの担当するから、残り三人であっちの背の高いオールバックを担当する振り分けがいいと思うよ」

「は? どういう根拠でそんなこと言ってるかわからんが、馬鹿げてる。2:1を二つだ」


 シャルルの申し出に、アックスは苛立たしげに念押ししたうえで却下した。


「やれやれ系主人公な気分~」


 自分にしか理解できないと思いながら、そんなことを呟くシャルル。


 アックスとゴルドー、シャルルとロバートという組み合わせになり、左右に大きく分かれる。


「なるほど、二対一を二つの組み合わせか。いいな。面白いから、こっちも合わせてやろうぜ」


 それを見てミランがおかしそうに笑いながら声をかけると、オットーは無言で左側へと歩いていく。それを見て、ミランは右へと進む。両者でかなりの距離を取る。


 刺客の四人もそれに合わせて、さらに左右へと分かれる。互いに干渉しづらいように。


 その結果、アックス、ゴルドーの二人とミラン。シャルルとロバートの二人とオットーという組み合わせになった。


 六人それぞれ、少しずつ互いに歩み寄っていく。


 ほぼ同じタイミングで、銃声が幾重にも重なって響いた。


 ミランの撃った二発の銃弾は、どちらもかわされていた。アックスとゴルドーから撃たれた弾も、ミランには当たってない。


 ミランがさらに撃とうとし、中断した。アックスの方が速く撃ってきたのだ。危険を冒して攻撃はせず、回避に徹する。そしてアックスが撃った後に、ゴルドーが撃ち、さらにアックスと続く。


「グウゥッドッ、いいぞ、いいぞぉっ」


 歯応えのある敵と巡りあえたことに喜び、ミランは歯を剥いて笑う。

 巧みに連携して連続攻撃を仕掛ける二人組に、ミランは反撃すらせずに一方的に回避に徹していた。


(ただし、俺をある程度楽しませたうえで、殺されてくれる程度の敵。それがベターだ)


 ひたすら逃げに徹しつつ、ミランは隙を伺っていた。そして攻撃の途切れ目がやってきた。


 ミランが銃を撃つ。ゴルドーの額に穴が穿たれる。


「はい、いっただきぃ~、と」


 銃を構えたまま、残ったアックスに向かって舌を出して白目を剥いて笑ってみせるミラン。


 あっさりと相方を殺されたアックスは、そこで臆してしまった。ミランは確実に自分より強い。二対一である間に殺しきれなかった時点で、もう勝ち目は無いと悟った。


 形勢は逆転した。今度はアックスが防戦一方になった。遮蔽物の無い場所で、とにかく動き回って、銃に当たらないようにと、先程のミランのように走り回っている。

 アックスは逃げ回りながら、もう片方のシャルルとロバートが勝利して、こちらに加勢してくれることを期待していた。


「はい、パターン読めましたあっと」


 だがしばらくした後、ミランはおどけた口調で言い放って引き金を引き、アックスの喉を撃ち抜く。


「まあまあよかったぜ。さ~て、あっちは……」


 満足そうに笑い、相方のオットーの方を向いたミラン――の笑みが凍りついた。


 オットーだったものは、原型の大部分を失って転がっていた。下半身だけはオットーの原型を留めていたが、腹から上は輪切りの状態になって、血と臓物をアスファルトの上に派手にぶちまけていた。頭部もバラバラになっていた。

 人が死ぬ場面も、殺される場面も、死体も散々見てきたミランであるが、こんな凄惨な死に様を見たのは初めてだ。つい先程まで人間の形をしていた同僚が、部分的にしか原型が無い肉の塊となってバラバラになっていたのだから。


 その輪切りの肉塊の側に、笑顔のシャルルが佇んでいた。ロバートはというと、先程の位置で銃を構えている。その顔には、相方であるシャルルに対しての畏怖と戦慄が張り付き、こめかみから冷や汗を垂らしていた。


「あーあ……やっぱり死んだか。俺の言うとおりにしておけば、死ななかったかもしれないのにねー」


 シャルルはアックスとゴルドーの骸をそれぞれ一瞥してから、強張った顔のミランの方を向いて、朗らかな笑みを張り付かせたまま、肩をすくめてみせる。いつもは前髪が目をすっぽり覆うほど下ろされているが、この時は横にはらわれており、整った顔が露わになっていた。


***


 いつの頃か、みどりは真に聞いたことがある。


「へーい、真兄。その超音波震動鋼線て、純姉が作ったもんだけど、純姉に教わったもんじゃないよねえ? 誰に習ったん?」

「僕が傭兵していた頃に、一緒に行動していたシャルルっていう奴に習ったんだ」


 みどりの前で鋼線の手入れをしていた真は答えた。


「もっと上手くなろうと努力はしているんだけど、シャルルの神業にはまだまだ及ばないな。あいつと接近戦だけはしたくないな」

「うっひゃあ、真兄がそこまで言うたあ、大した奴なんだねえ」

「大した奴というか……いろいろと変わった奴だったよ。うん、いろいろと」


 感心するみどりに、真は昔のことをいろいろと思い出しながら、無意識のうちに感慨深そうに微笑んでいた。

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