第三十三章 17

 アックス・バーン、ゴルドー・ボーン、ロバート・ベーンの三名は、アメリカ各地で、それなりに名の知られた殺し屋だ。彼等の共通点は、貸切油田屋が雇い主である事が多いという点である。

 彼等の仕事はアメリカ国内のみに限らず、海外からも依頼される事も頻繁にある。また、三人のうち二人で、もしくは三人でチームを組まされる事も度々あったので、三人で呼吸のあった動きができる。


 そこにもう一人、始末屋が加わって四人のチームが作られた。


「俺達だけではないらしい。他にもわんさか殺し屋や始末屋が刺客として雇われ、コルネリス・ヴァンダムを殺しに向かわせるようだ」

「俺らの仕事が無くならないといいがな」

「むしろ無くなった方がいい。何もせずとも、金だけはもらえるからな」


 ホテルの部屋でのんびりとした雰囲気で打ち合わせをする、顔見知り殺し屋三名。


 ノックがして、四人目が現れた。

 アックスはその人物の顔を見て眉をひそめ、ゴルドーは小さく息を吐く。しかしロバートだけはぎょっとしていた。


「はじめましてー。俺、シャルル。よろしくー」


 愛想よく笑いながら挨拶する四人目の男――シャルル。淡いブラウンのくしゃくしゃな髪が、両目も覆ってしまっている。


「何か弱そうだな」


 シャルルを見て、思ったことをそのまま口にするアックス。下から覗き上げると、前髪に隠れた両目も見えた。背もさほど高くないし、穏やかな優男風の容姿で、とても強そうには見えない。


「弱そうだと? 馬鹿が……。こいつはあの『傭兵学校十一期主席班』の一人だぞ」


 ロバートの台詞に、アックスとゴルドーの顔色が変わる。


「あー、ばれちゃったかー。たはは」

 一方でシャルルは、肩をすくめて笑っていた。


「そんな奴が加わるとは心強いな」


 さっきは嘆息していたゴルドーが、態度も認識も改める。


「で、すぐ行くの?」

 シャルルが訊ねる。


「ちょっとゆっくりしてから行こうかって話になってたよ。もう他にも殺し屋達が行ってる。そいつらが殺しても、俺らにも一応金は入る」

「先発が殺せなくても、敵さんも適度に疲弊してからの方が楽できるだろ」


 ロバートとアックスが言う。


「そっかー」


 さっさと仕事を済ませたいと思っていたシャルルは、彼等の方針を聞いて残念に思う。


(せっかく日本に来たんだし、仕事済ませたら秋葉原行こう。あ、李磊(リーレイ)と真と新居にも顔見せに行くかなー。暇なら李磊も誘って買い物に行こう)


 そんな目論見があったので、仕事をさっさと終わらせたいシャルルであった。


***


 グリムペニス日本支部ビルに、合計で六回の襲撃があり、海チワワ強化吸血鬼部隊十一名のうち、五人が重傷を負い、戦闘不能となっていた。

 襲撃者の中に手榴弾を使う者がいて、それによって負傷者が出まくった。直撃こそ避け、死者は出していなかったが、戦力はかなり下がってしまった。加えて、一昼夜にわたって護衛の任務を行っていたので、全員疲労困憊だ。負傷者が多いので、交代でというわけにもいかなくなった。


 そこに絶好のタイミングで、海チワワの戦士が助っ人に現れた。

 六回目の襲撃は、助っ人の戦士二名が対処した。敵は五人。


「おしまい、と」


 最後に残った一人を銃で撃ったところで、海チワワの戦士ミラン・ニコリッチがにやりと笑う。

 頭部の半分だけ全て剃りあげて、もう半分の金髪は肩まで伸ばし、顔の右半分一面に半機械化された髑髏というバイオメカタトゥーが彫られ、見るからに悪党面の白人の男であった。銃を持つ左手の甲にも、顔に彫られたタトゥーと同様の、手のサイボーグ骨格タトゥーが彫られている。


「ぐががが……」


 最後に撃たれた男は、致命傷ではなかったため、腹部から血を流しながら苦痛に悶えていた。


「あっれー? 生きてたのかよ。ラッキーな奴だな、おい」


 ミランがへらへらと笑って、軽い足取りで男へと近づいていく。


「なあ、よかったなあ、ラッキーだったなあ、今救急車呼んでやるから、礼を言えよ。礼」

「……」


 露骨にからかうミランに、重傷の男は無言で睨みつけ、血の唾を吐き捨てた。


「あ? 何だその態度は? どうせ慈悲を与えたと見せかけておいて、希望を抱いた瞬間に殺されるとでも思ったのか? それで精一杯の反発か? あーあ、見抜かれちゃった。気にいらねえ」


 ミランが男の頭を踏みつけると、その腹部にさらに何発も銃弾を撃ちこんだ。


「ほら、瞬間的な苦しみは増したかもしれないが、死ぬ速度は速めてやったぞ。慈悲深いだろ? でもお前は恩知らずみてーだから、感謝はしねーのな。地獄に堕ちとけ」


 そう吐き捨てると、男の顔に唾を吐きかけ、ミランは相方の方に振り返る。


 もう一人の海チワワの戦士は、背の高い男だった。こちらも白人だが、かなり日焼けしている。ブルネットの髪はオールバックにぴっちりとなでつけられ、西欧人にしてもかなり彫りの深いごつごつとした顔立ちをしている。

 その男――オットーは、ミランとコンビを組んでの仕事が多かった。いつも一緒というわけではないが、頻繁にミランの方から声をかけ、オットーも断らなかった。


「雑魚ばっかりじゃねーか。歯応え有る奴が来てほしいもんだよなあ」


 同意を求めるように声をかけるミランであったが、オットーは答えない。しかしミランも気にしない。ひどく無口で、何を考えているかわからない男だ。結構付き合いは長いが、いつもこんな態度だ。

 そしてオットーのそんな無口な所を、ミランは気に入ってもいた。自分が一方的に喋ることが多いが、相手の意見や反応など、別に聞きたくないミランからすると、オットーのような反応に乏しい男こそ、相方として相応しい。


 ミランは今や海チワワの中では鼻つまみ者だ。ボスがテレンスになったから、海チワワはテロ活動を行わなくなり、過激思想を持つメンバーも追放していった。残虐行為を働くメンバーも同様に追放した。

 獰猛で残酷な性格のミランも追放対象であったが、普段喋らないオットーがテレンスに直訴し、ミランの追放を勘弁願った。そしてミランは今や海チワワの異端となって、在籍している。


 自分をかばってくれたオットーの顔を立てて、ミランもなるべく以前のような残虐行為は控えるようにしたが、それでも元々凶暴な性格であるがために、完全には抑えられない。


「しっかし……最初に参じたのが俺ら二人とは、皮肉だね。もうグリムペニスとも距離を置こうってのかな?」


 ミランが言葉通り皮肉げな笑みを浮かべて言うが、その認識は事実とは異なっていた。


 海チワワはグリムペニスと密接な関係にあるが、完全にグリムペニスの支配を受けた組織というわけでもない。海チワワは海チワワで、世界各国で仕事をこなしているので、全ての人員を日本にもってくるわけにもいかない。それでなくてもテレンスがボスになってから、過激なメンバーは全員辞めさせ、規模を縮小して人員が大幅に削減されているのだから。


***


 赤村家に仕掛けておいた盗聴器が壊れたことは、烏腹もすでに知っている。


 事前の会話も聞いている。何者かが赤村家に訪ねてきていた。他のジャーナリストではないかと、烏腹は疑っている。その人物が盗聴器を壊したのではないかとも。『最近、誰か変な奴を家の中に入れたりした?』などという言葉が最後に入っていたので、自分の存在を疑われているのではないかと、疑ってもいる。


 赤村家のあるアパートに近づきながら、烏腹は周囲を警戒する。尾行者がいないかも警戒していたが、その気配は感じなかった。

 呼び鈴を押すと、しばらく間を置いてから扉が開かれ、険悪な視線を自分に向けるスハルトが現れた。


「おや? 千晶ちゃんはいないのか」


 スハルトの肩越しに家の中を覗き、にたにたと気色の悪い薄笑いを浮かべ、烏腹が言う。


「娘は学校です」

「え? 学校なんて行ってたの? ああ、親父さんがブツを運ぶ仕事を頑張ったから、行けるようになったんだあ」


 あからさまに煽る烏腹に、頭が沸騰しそうになるスハルトだが、これがこいつの手口だとわかっているので、何とか堪える。


「何の用ですか?」

「用? 君達が心配だから、様子見かなあ? 特に娘さんは心配だったからねえ。きっと傷ついているだろうなあと思ってさ。お父さんもしっかりと見ててあげないと。貧乏な移民の子ってのは、非行に走りがちですよう? 特に女の子は、変なことしてお金稼ぎだしたりするからねえ」

「貴様あああぁっ!」


 ネチっこい口調で煽り続ける烏腹に、とうとうスハルトが激昂し、殴りかからんとする。


 これこそ烏腹が狙っていたものだ。スハルトに暴行を働かせて、それをネタにいくらでもしゃぶりつくせる。さらなる協力をさせるもよし。断られれば、暴行罪で訴えたうえで記事にするもよし。


(これがペンの戦い方って奴だ。頭の悪い貧乏移民は、こうやって利用されるだけ。しかし俺に利用してもらうことそのものは、名誉なんだぞ? 光栄に思うべきことなんだぞ? それがこいつには理解できないんだろうなあ。それだけが腹が立つ部分だ)


 そんなことを思いながら、烏腹がスハルトの振り上げる拳を笑いながら見上げたその時であった。

 銃声が響きわたり、スハルトの拳が止まった。烏腹も身を硬直させた。


 スハルトの視線は烏腹の後方に向けられている。誰かいるのかと振り返ると、少し離れた場所に、やたら体格(ガタイ)のいい、精悍な顔立ちの青年が、銃を手にして佇んでいた。義久であった。


「スハルトさん、それがそいつの狙いなんだろうからさ、のっちゃ駄目だぜ」


 義久はすぐに銃をしまい、スハルトに向かってウィンクして微笑む。そんな義久を見て、スハルトは安堵に包まれ、泣きそうな顔で微笑んだ。


「な、何だお、前は……」

「同業者だよ。ただし、俺は裏通りのジャーナリストだ」


 恐れながらも問いただす烏腹に、義久は冷めた声で答える。


「う、裏通り……」


 義久の言葉にさらに慄く烏腹。報道業界では、裏通りの存在は忌み嫌われ、同時に恐れられてもいる。自分達マスコミの思い通りにならない者達であり、しかもそれが暴力という手段が背景にあるため、極めて腹立たしい存在である。


「あんたが先に取材に来てたようだし、譲るよ。さっさと済ませろよ」


 烏腹に接近し、露骨に恫喝して言い放つ義久。


「うぐぐぐ……」


 背も高く体格(ガタイ)もよくルックスもよい義久に間近で威圧され、劣等感と恐怖と屈辱が混濁し、混乱をきたす烏腹。

 義久も自分の外見が特定の同性相手に、劣等感と共に威圧効果をもたらすことを知っているので、相手によってはそれを利用する。また、自分の見た目に劣等感を抱く同性の視線を見ると、すぐにわかるようになってしまった。十代の頃から、そうした視線で見られることが多かったせいだ。

 褒められた行為ではないと思うし、あまり好きな手段ではないが、世の中にはどうしょうもない屑もいるし、そうした相手には効果が抜群なので、遠慮せず威圧していく。


「わ、若造がっ」


 そんな捨て台詞を残して、烏腹は小走りに立ち去った。足が震えておぼつかない状態で走っているが、義久とスハルトの目にもはっきりとわかった。


「高田さん、ありがとうございます」

「ん……」


 笑顔で礼を述べるスハルトだが、義久の顔は渋い。


 ここで自分が出てしまうのはよろしくないと、義久にもわかっていたが、腹に据えかねて出てしまった。自分の存在は知られていない方が、都合がよかったのだ。そして赤村親子に味方がいるという事も、知られていない方がよかった。実に馬鹿なことをしてしまったと意識するが、あのまま黙って見てはいられなかったし、後悔はしていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る