第三十三章 15

 最近日本で活動しているアドニス・アダムスは、現在、昔からのお得意様先である貸切油田屋に雇われた。

 同じ組織でも雇い主は大体異なるのだが、アドニス視点では、同じ組織に雇われているという認識でしかない。


 今日までは国境イラネ記者団日本支部にて、護衛の仕事に従事していたが、今日になって殺しの仕事を与えられた。相手はあのコルネリス・ヴァンダムだ。

 どういう背景事情でこの仕事を命じられたかは、アドニスとて当然理解している。しかし、正直この仕事は失敗しそうな予感を覚えていた。


 これまでヴァンダムを狙った者は多い。しかし優秀な海チワワの護衛に常にガードされているため、今もなおヴァンダムは生存している。

 腕に自信はあるが、この仕事は自分一人では無理であろうと、アドニスは判断している。そう思いつつも、例え失敗しても威力偵察になると思いつつ、危険と感じたらすぐ退くつもりで、アドニスはグリムペニス日本支部ビルへと向かった。


 グリムペニス日本支部ビルは、小さな人工島にある。人工島にはビルが一つ建つだけで、ビル周囲は視界が開けているうえに、人工島に行くには、海で囲まれた広い一本道を渡らねばならない。この時点で、気付かれずに潜入するのが無理であるのは明白だ。


 バイクで一本道を走り、ビルに近づいている最中に、ビルの中から複数の同じ格好をした者達が現れたので、アドニスは警戒した。

 人数は全部で十一名。全員が白い防弾ヘルムを着用し、服の上から着るタイプの白い防弾プレートを着こんでいる。下の服も白で統一されていた。アドニスも防弾プレートを服の下に着ているが、おそらく相手の方が強度も動きづらさも上と見た。


 実際結構かさばるし、重量もある防弾プレートであったが、しかし強化吸血鬼化した彼等は、人間以上の筋力でもって、問題無く動ける。


「戦闘配置!」


 桃子が叫び、白ずくめの強化吸血鬼部隊がそれぞれ配置につく。

 前に四人固まり、少し後方に左右に三人ずつ、そして指揮を取る桃子が後方に一人待機している。


(強行突破はできないか……)


 バイクで突っ切ることも考えたが、それは無理だと悟り、アドニスはバイクを停めた。彼等は間違いなく、躊躇せずに体ごと壁にして、突っ込むバイクを停めようとするのが、目に見えていたからだ。


 降りるなりすぐにバイクを離れ、アドニスは走っていく。


 桃子達も銃を抜く。十一人相手に、遮蔽物も無い場所で戦闘など、常識的に考えれば狂気の沙汰だが、アドニスは全く躊躇うことなく、戦いを挑む。

 銃が一斉に撃たれる。アドニスは激しく右に左にと駆け回り、銃撃をかわしていく。かわしながら、敵の隙を伺う。


 アドニスの動きが一瞬止まる。胸が地につくほど姿勢を低くして、狙いをつけた者へと撃つ。


「痛っ!」


 清次郎が顔を歪めて呻く。アドニスの撃った弾が、肘裏に当たったのだ。防弾繊維を貫き、白い服に血が滲む。


 すぐにまたひっきりなしに動き回るアドニスだが、胸部の防弾プレートに一発食らってしまう。しかしダメージにはなっていないし、アドニスの動き自体も止まらない。


 動きながらアドニスは、今度はほとんど狙いをつけずに闇雲に銃を撃つ。ほぼ威嚇射撃の効果でしかない。距離も離れているし、拳銃で適当に撃って、小さな銃弾が人に当たる可能性など、ほとんど無い。

 逆もまた然りというか、同じリズムをつけずに気遣いながら、不規則に駆けまわっているアドニスに、拳銃で撃ったところで当たる見込みは乏しい。

 しかしその闇雲に撃つ合間に、一度だけ狙いをしっかりとつけて撃っていた。


 前に固まっていた四人のうちの一人の、脚の付け根に銃弾が当たる。だが防弾繊維は貫いていない。


 弾が尽き、アドニスは走り回りながらリロードをする。


(凄いな、あの人……この数相手に全くひるむことなく銃撃戦を挑むなんて)


 こちらもリロードをしながら、善太はアドニスを見ながら感心する。


 その善太に向かってアドニスが銃を向けた。狙いは、ヘルメットの下のわずかな喉の隙間だ。

 善太もそれを察して、腕で喉を防ぐ。銃弾が腕に当たり、善太は痛みに顔をしかめる。防弾繊維は貫かなかった。


(頃合か。大体敵の程度はわかった)


 アドニスは堂々とビルに背を向け、左右に走りながらバイクへと向かった。


「深追いはしなくていい」


 桃子に命じられ、強化吸血鬼達はその場を動かず銃撃に徹する。しかしもう拳銃の射程範囲の外だ。


(厄介だな。個々の実力は……俺より下回る。しかし士気も練度も高い。銃が急所には……喉くらいしか効かず。人間離れした動き。何より称賛すべきは、美しいほどに統制の取れたコンビネーション。これはとても俺一人では突破できん。数を揃えても、難しいだろうな)


 バイクにたどり着き、アドニスは思う。


 敵の戦力は大体知る事ができた。収穫はあったが、雇い主に敵戦力の程を報告し、果たしてどれだけの駒を揃えて次に臨もうとするか――あまり期待はできない。


「成す術なく退却したって感じだけど、それでもあの人、格好良かったな……」

「うん」


 バイクで走り去るアドニスの後ろ姿を見て、清次郎が撃たれた腕にハンカチを巻きながらぽつりと呟き、善太も同意して頷いた。


***


 ヴァンダムとケイトの元に、勝浦が刺客の襲撃を伝える。


「やはり暴力の行使できたか」

 ヴァンダムが鼻を鳴らす。


「死者はいません。負傷者も一名です」

「それはよかった。海チワワの戦士達を招集しよう。強化吸血鬼達は目覚しい成長を遂げたが、それでも今回、彼等だけでは心許ない」


 海チワワにおいて戦士と呼ばれる者は、同時に幹部でもある。彼等は個として高い戦闘力を持つ者達だ。


「テレンスだけならすぐに呼べます。日本に滞在中なので」

「せっかくの休暇中だというのにな。ま、彼は休暇の方が多いが」


 テレンスが日本にいることは、勝浦に報告されるまでもなくヴァンダムも知っていた。


「暴力的な手段にマデ訴えるなんて、悲しいコトですね」


 顔に手をやり、ケイトが言うものの、初めてというわけでもない。これまで暴漢に襲われかけた事も幾度か経験しているし、敵を作ればそういう事にもなりうると、受け止めている。


「戦う時は徹底して戦わねばならんのだ」

「言わレルまでもなく、わかっていマス。それでも悲しいことニハ、変わりないでしょう?」


 覚悟を決めた面持ちで語るケイトを見て、勝浦は別の意味で悲しさを覚えた。こんな優しい人に、こんな辛い想いをさせなくてもいいだろうにと、神様に抗議したい気分になった。


 しかしこの時ケイトは、安易に同情する勝浦や、怒りに燃えるヴァンダムが全く想像しえないことを考えていた。


 ふと、ヴァンダムがホログラフィー・ディスプレイを投影し、メールを確認する。それらはヴァンダムの報道監視機関に賛同し、協力すると名乗り出た者達であった。

 その中の一番下にある名を見て、ヴァンダムはにやりと笑った。


「裏通り――中枢『悦楽の十三階段』からメッセージが来た。裏通りは――少なくとも中枢は、私のプランに賛同し、全面的に協力するそうだ」


 ディスプレイを見て、皮肉めいた笑みをこぼしながらヴァンダムは言った。


「まさか真っ先に名乗りをあげたのが、裏通りだとはな。私とは相対する間柄でもあったというのに。しかしこの件では互いに利があるから不思議でもない」


 裏通りはこれまでマスコミを抑え続けていたが、最近はその抑止力も薄れてきていた。そのうえやたらと日本にちょっかいをかけてくる貸切油田屋が、国境イラネ記者団と繋がっている。そのため裏通りからすれば、ヴァンダムのプランに乗った方がよいとなる。


(とはいえ、過剰な期待はしない方がいいな。あくまで共通の敵だから、邪魔をしないでおく程度に受け取っておいた方がよい)


 それだけでも十分ありがたいと、ヴァンダムは受けとめていた。

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