第三十三章 14
「面白いなー、このおっさん。裏通り、貸切油田屋、マスゴミ、全方位に喧嘩売るつもりだぜ」
犬飼がへらへら笑いながら言った。犬飼はヴァンダムの記者会見を、義久の家で、義久と共に見ていた。
「こっちは言われっぱなしで頭きてしゃーないよ。しかも的を射ているから余計にな」
ぶすっとした顔で義久が言う。
「何だ、義久は未だそっち側の人間のつもりなのか」
「もちろんそのつもりだよ。裏通りに堕ちても、俺は報道に身も心も捧げた男だ」
そんな義久をからかう犬飼だったが、義久は臆面もなく言い切る。
「つーか、これよくテレビで流せるなあ……。テレビとしては流したくないだろ。さっき一時的にお花畑になった時は、やっぱり……と思ったのに、堂々と再開しだしたし」
義久が不思議そうに言う。
「このテレビ局は、以前雪岡を晒し上げた局だ。ヴァンダムと繋がっているんだろうな」
「いいや、この局だって一回は放送中断したし、その他の局でも同時期に復帰したってさ」
犬飼の言葉に、義久はかぶりを振って言った。
「まあ、生放送は仕方ないとして、きっと後で編集して、都合の悪い所は流さないんだろうな……」
義久は一つだけ残念に思う。ヴァンダムの言葉の中で最も説得力を感じた部分――『真実をありのままに世に伝える事が、報道の正しい姿勢』という台詞は是非、後ほどのニュースの録画でも伝えて欲しいと思うが、あそこは絶対に流さないだろうとも予想している。あれこそ真理だというのに。
「それとさ、全方位に喧嘩というわけでもないだろう。マスコミを完全に敵に回すだけではなく、懐柔しにかかっている。マスコミ内にも賛同者も出ると俺は見るよ。犬飼さんも言ってたけど、この局だってすでにヴァンダム寄りだしね」
と、義久。
「なるほど、今日の義久はちょっと冴えてるかもしれないな」
「今日のとか、ちょっととか、しれないなとか、いろいろひどいなっ」
口元に手を当てて真顔で言う犬飼に、義久は相好を崩す。
「ま、俺はヴァンダムさんの言うことに、全て反発するわけでもないさ。主張に腹の立つ部分や認められない部分も結構あるけど、認めざるえないところもある。確かに多くのマスコミは、報道の本分からズレて、おかしなことをしている。そのうえ凄まじく傲慢だ。現場組だった俺から言わせれば、何より酷いのは、非常識な奴が多いってことだがね」
口にしながら、表通りでの記者時代の色々な苦い思い出が脳裏に蘇る義久。
(そう……ヴァンダムの言うこと全てが間違っているわけじゃあない。でも、だからといって国際的な報道監視機関の設立なんて……不安しかないぞ。しかも国まで取りこむとなると……)
そんなものが設立されたとして、ヴァンダムの元でそれが正しく機能するヴィジョンが、義久にはどうしても見えなかった。
***
ヴァンダムの記者会見を見終えて、屋台を後にして肩を並べて歩く烏腹と肝杉。
肝杉は会見の内容を面白がっていたが、烏腹は怒り心頭であった。捨ててあった缶を蹴り飛ばしたり、街路樹の木の枝を折ったりして、苛々をぶちまけている。
「楽しいことになってきたな。これは歴史が変わる瞬間かもしれない」
「変わってたまるか」
歩き煙草で肝杉が冗談まじりに言ったが、烏腹は忌々しげに吐き捨てた。
「こんなことが許されていいのか……。いや、許せるわけがない」
マスコミこそ絶対正義で、王で、神であると思い込んでいる烏腹には、ヴァンダムが悪魔のように見えた。憎むべき簒奪者になりうる者であると。恐るべき破壊者になりかねない者であると。
「戦争になるかな。しかし情報の発信はメディアが担うのだし、ヴァンダムに勝ち目など無いと思えるが……」
そう言って肝杉が、火のついたままの煙草を指で弾いて、道に投げ捨てる。
「上等だ……。やってやる。徹底的に潰してやるよ」
闘志を漲らす烏腹。
(よほどヴァンダム夫妻が憎いんだな……。今まではケイト・ヴァンダムだけだったが、これで夫のコルネリスもか)
烏腹を冷めた目で見ながら、肝杉は思った。
(いつも通り、こいつが踊りながら突っ込む様を俺は後追いして、美味しい所だけをつまませてもらうかね)
利用しているというほどでもない、ささやかな利用。烏腹に対しても、利用されているという意識などない。勝手に突っ込んでいるだけで、その後に肝杉がいるのだから。
***
「国境イラネ記者団日本支部にいた殺し屋達が、早速動き出したそうだ。行き先は言わずもがな、だな」
「そうか。その後の展開も容易に予想できるな。返り討ちにされ、さらに兵の補充という展開だ」
ビトンが報告し、ラファエルは小さくかぶりを振った。
「よく言えば行動と決断が早い。だが余裕が無く、先走りするタイプとも言える」
テオドールを指して、ラファエルは分析する。
「兵の補充の話がこちらに話が来ないのを祈る」
と、ビトン。
「安心しろ。私が許可をしない」
ラファエルがきっぱりと言い切ったので、ビトンはその件には安心する一方で、別のことが心配になる。
「それで立場が悪くなりはしないか?」
「私とて置物ではないのだぞ。そんなことで責められても、きっちりと言い返すさ」
心配してくれるビトンに、珍しく苦笑をこぼして言うラファエルだった。
***
「イェアー、濃かったね~」
ヴァンダムの記者会見を見終えたみどりが、未だ純子に膝枕したまま、おかしそうに言った。先程までリビングには純子とみどりだけであったが、今は累も来ている。
「世界中のマスコミに宣戦布告とは、流石はヴァンダムさんだねえ。他の人が言えば口だけだと笑っていられるけど、ヴァンダムさんは完全に本気なのがわかるし、しかもそれをやり遂げちゃう可能性大だもんねえ」
「それが可能と思わせるだけの、人間としての力が有りますからね」
純子の言葉に、累が同意する。
「まあヴァンダムさんは大物である一方で、普通の人間が備えているのに、ヴァンダムさんには欠けている部分てのが結構あるから、その辺が原因で破綻する可能性もありうると思うよー」
「あばあばあばばばば、純姉も似たようなもんじゃね? いや、だからこそ真っ先にその辺に頭がいったのかなあ?」
「いやいや。私は一応ズレてる部分に自覚だってあるからさ。それが落とし穴になるってことは無いと思うし」
みどりの指摘に、純子はぱたぱたと手を振って笑う。
「ヴァンダムにはその自覚が無いと?」
読書をしながら、累が訊ねる。真が読むのをやめた、長いタイトルのラノベだ。あまり面白いとは累には思えなかったが、リビングに無造作に置いてあったし、暇潰しに続けて読んでいた。
「勘だけど、そんな気がするんだよねー。でもケイトさんていうまともなパートナーがいるから、その辺は上手くフォローされる気もする。ケイトさんが、ちゃんと抑えているうちはね」
ヴァンダムがケイトの手を離れて暴走する可能性も十分に有りうると、純子は見ている。
「ケイトがいなければ、ヴァンダムはもっと早い時期に暴走し、どこかで壊れていたかもしれませんね。たっぷりとそこら中に迷惑をかけつつ……」
と、累。彼も純子と大体同じ見方をしていた。
「自分が正しいと信じて大勢の人間を引っ張りまわす、行動力のある我の強い人って、物凄く迷惑だからねえ……。ヴァンダムさんは正にそれだよ」
(それも正に純姉のことじゃん……つか、あたしもか)
純子のヴァンダム評を聞いて、みどりは再び思ったが、しつこいので口にしないでおく。それにその辺に関しては、自身も該当すると意識していた。
「ふえ~、そういやケイトって、グリムペニスへの批判も公然と行っているよねえ。だからグリムペニスからも疎まれちゃってるし」
みどりが軽く伸びをして言った。
「しかし一方でグリムペニスのボスと夫婦であるという点で、その辺に陰謀説も囁かれていますよ。そもそも疎んでいるのは大幹部連中だけで、構成員達からはケイトも支持されていますよ」
最近すっかり事情通の累が語る。
「実は裏で繋がっていると勘繰る人もいますけど、グリムペニス側には何も益はないんですよ。グリムペニスの腐敗構造をケイトに全て告発されちゃって、グリムペニスからしてみれば、これほど忌々しい存在はない。でも会長であるヴァンダムの妻だから、手出しできない。ヴァンダムも、ケイトを指して、『愛する妻であり政敵』と公言していますし」
「んで、今回はその政敵を全力で保護しにまわったわけだ~。あぶぶぶぶあぶぶあぶ」
累の話を聞き、みどりがそう言って奇怪な笑い声を発する。
「ダブルスタンダードかつ公私混同だね。本気で政敵と見なすなら、ここぞとばかりに追い討ちをかけるはずだよ。でもヴァンダムさんはそうはせずに、組織ぐるみで擁護してしまっている。グリムペニス自体がヴァンダムさんの私物みたいな組織だから、組織の人達も従うしかないだろうし。何よりグリムペニスって、寄付金で私服を肥やしている大幹部達以外は、善意の人達が多いから、多くは喜んでケイトさんを擁護するでしょ」
もしもグリムペニスの大幹部達が、ヴァンダムにも快い感情を抱いていなければ、彼等を刺激して離反を促せば、ヴァンダムの足元をすくえるかもしれないと考える純子だが、わざわざ調べてまで、そんな工作をする気もおきなかった。
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