第三十二章 26

 内藤屠美枝がまだ下っ端の頃、彼女はヘマばかりするドジっ子のうえに、戦士としての戦闘力もいまいちで、仲間からは完全にお荷物扱いされていた。

 忘れっぽいうえに、すぐに慌てるし、普通の人間なら常識的に考えて出来ることも出来ないし、何より人の話を聞かない事が多い。勘違いも多い。会話がまともに通じ無い事さえある。


 屠美枝のおかげで任務に失敗したという事は無いが、危うい局面は何度もあったし、彼女と一緒に編成を組んだ時点で、他の戦士達は尻拭いをさせられる事になる。それによって苛々が募り、空気も悪くなる。


 銀嵐館の戦士達の間で、屠美枝の陰口が叩かれるようになるのも、そう時間はかからなかった。存在そのものがストレス発生マシーンとさえ言われるようになった。

 さらに決定的な事件は、屠美枝の失態のおかげで、重傷者が出たことだ。危うく死に至る所で、その場で仲間達に散々非難された。これには呑気な屠美枝も堪えて、ふさぎこんだ。


 屠美枝はすれ違うだけで仲間から嫌な顔をされるようになり、会話をしてくれる人も減っていった。


 こういうことは、銀嵐館に来る前でもよくあった。どこにいっても自分のヘマの多さで、居心地を悪くしてしまう。改めようという努力はしているが、実らない。頭が回らない。


「すみません、当主。今回のミッションは難易度が高いと見込めます。屠美枝は外してください。彼女がいると、それだけ難易度が上がります」


 ある時、戦士達を並べて、シルヴィアが護衛の仕事の説明をしている最中に、屠美枝の隣にいた戦士が、嫌悪感たっぷりに進言した。

 屠美枝はうつむいて乾いた笑みを浮かべていた。泣きたい気分だが、もう泣くこともできない。子供の頃からずっとこんな感じで、またかという気持ちでしかない。自分はそういう星の下に生まれてきたのだと、諦観の域に達していた。


「出来が悪いからって投入しなかったら、いつまで経っても出来が悪いままだ。それ以前にただの穀潰しだろ? 出来が悪い奴だろうと使える範囲内で実戦に投入しまくって、少しでも伸ばし、使えるようにしていくんだよ」


 進言した者に対して、怒りに満ちた視線をぶつけ、シルヴィアは言い放った。


 当主がその時口にした言葉に、屠美枝は衝撃を受けた。全く改善の兆しを見せない自分に対して、そのような認識を持っていたとは、思っていなかった。


「そいつ一人がいたくらいで遂行不可能な任務だと、俺は見なしていない。失敗したらお前ら全員の責任だ」


 冷たく言い放つその言葉に、戦士達は動揺し、屠美枝は恐怖を覚えた。凶悪なまでのプレッシャーだ。シルヴィアのこの突き放した言葉によって、ますます自分のせいで空気が悪くなり、任務遂行時に針のむしろになるではないかと。


「それから屠美枝、お前がおっちょこちょいなのは、正直俺もいい加減ウザいと感じてるよ。ちったあ成長しろ。さもなきゃ、お前独自の取り得くらい作れ。同胞にこんなこと言われて、悔しくねーのかよ。恥ずかしくねーのかよ。見返してやるって気持ちにならねーのかよ。お前がここにいて成長の努力をする限り、俺は見放さないが、その気もねーなら速やかに銀嵐館を去れ」


 この時シルヴィアが口にした言葉の全てが、屠美枝の魂に突き刺さった。それは冷たくもあるが温かくもあり、厳しくもあるが優しくもあり、当主の大きさを感じ、自分の小ささを感じた。


「うぐぐ……ううう……うう……」


 涙が滝のように溢れ、鼻水がぶらさがってヨーヨーのように揺れる。その場で大声で泣き叫び、シルヴィアの足元に縋りつきたい衝動を必死にこらえ、ただ嗚咽を漏らしていた。


「悔しいッス……恥ずかしいッス……申し訳ないッス……」


 肩を震わせ、鼻声で言うと、屠美枝は血が滲むほど歯軋りをする。


 その時から屠美枝は、一心不乱に修行に明け暮れた。

 ドジなのはどうしょうもない。切り捨てる。せめて自分の長所を一つでも作る。そのために体を苛め抜き、身体能力をとことん鍛え上げ、純粋な戦闘力の向上に努めた。


 一年半後、屠美枝に戦闘で勝るのはシルヴィアだけとなっていた。しかし相変わらずのおっちょこちょいなので、次席戦士の座は与えられず、六番目という位置であったが、銀嵐館内では一目置かれるようになり、立派な戦力として、当主であるシルヴィアからも信任が厚い存在となっていた。


***


 分胴鎖が放たれるも、刃のような光を当てられて、重い衝撃と共に打ち落とされる。もうそれが、何度も繰り返されている。


 佐藤が手を振って生じるその光は、斬撃のように見えて、打撃であった。しかも相当な威力だ。先程狐村星尾を一撃で殺害したのを見ても、体に受けたら一発で致命傷になりかねない。


 栗三の攻撃を佐藤はいなしているが、自分から攻撃に出ようとはしない。様子を伺っている屠美枝の存在を警戒している。いや、むしろ屠美枝に対する意識の方が強いように、二人には感じられた。

 屠美枝は銃を片手にひたすら隙を伺っている。牽制の銃撃をして栗三の支援もしない。そうして佐藤をじらすつもりでいた。


 しかし先に痺れを切らしたのは栗三だった。自分一人では埒が明かないので、屠美枝にも攻撃に加わるように、鎌を持つ手を軽く振って促す。


 その直後に屠美枝が仕掛ける。銃を佐藤の足と回避予測先めがけて二発撃つ。


 足を狙った弾は避けた。足を狙うとは予想できなかったので、佐藤も一瞬戸惑った。その結果、回避予測先の銃は避けきれず、肩をかすめる。しかし防弾繊維は破れていない。


 続けて分胴鎖を放つ栗三。今までは上体ばかり狙っていたが、屠美枝に倣うかのように下腹部を狙う。

 さらに屠美枝も銃を撃つ。肩口と腕を狙う。あの光を放つには腕を振らなければならないと見て、そのアクションを封じるためだ。


「むぅ……」


 明らかに流れが変わったことを意識する佐藤。


 銃弾と分胴が交互に飛んでくる。しかもその間に、栗三が徐々に距離も詰めてきている。

 二人がかりでのラッシュ。そして絶妙のコンビネーション。


(これは厄介ですな。相当に息が合ってこそできる芸当。おそらく二人して数多の修羅場を潜り抜けてきたと見ました。しかし――)


 佐藤が笑う。わずかに二人の攻撃の合間の隙を見つけた。それを見逃さなかった。


(修羅場を潜り抜けてきたのは、私も同じことです)


 放たれた分胴鎖が収縮される隙を狙って、佐藤は栗三めがけて腕を振るわんとする。


 この行動に二人共驚いた。その合間に、屠美枝が銃を撃って仕留められる。玉砕にでも転じたのかと考えた。


 しかしそうではなかった。二人はさらに驚愕する事になる。


 微かな隙を見つけたのは、栗三にではなく、屠美枝の方だ。ラッシュに夢中になるあまり、明らかに防御の意識が緩んで、隙が見えている。これに意表もつけば、完全にとれる。


 佐藤は栗三に向かって刃状の光を放とうしたように見せかけ、そのまま大きく腕を体ごと振るい、屠美枝に向かって光を放ったのである。


(え? 私……こんなところで死ぬんスか?)


 フェイントをかけられて、自分に向かって攻撃されたと悟った時、屠美枝は強く死を意識していた。


(まだ死にたくないんスけど……どうにもならないんスか? 全部……スローモーションになって……うわ……走馬灯ッスか、これ……。昔の記憶が凄い勢いで頭の中に蘇って……)


 屠美枝の脳は超高速で動いていたにも関わらず、体は動かなかった。攻撃を認識できたにも関わらず、動く間も無かった。


 光が屠美枝の首の部分に当たると、鈍い音と共に、先程の狐村星尾同様に、屠美枝の首がおかしな方向へと曲がり、その体も崩れ落ちた。


「とみ……え……」


 鎌の柄を強く握り締めて呻き、栗三は一目散に逃げ出した。一人で戦って勝てる相手ではない。


(一人は生かして捕えておく必要がありましたが、失態ですな)


 そう思いつつ、佐藤は鞄の中から片刃の短い剣を取り出すと、屠美枝と狐村星尾の首を切断して拾い上げ、鞄の中へとしまう。


「さて、泳がせているあれを回収するとしますか」


 ディスプレイを映し出す。他の人間は電波が通じない中、佐藤と山葵之介だけは、この結界内でも電波が通じる特別仕様にしてある。

 そしてここに連れてきた別の人間に、GPSを取り付けておいたため、場所は把握できている。まだ年端もいかぬ少女であるし、捕まえて拘束しておくよりも、祭りを楽しませてやろうという主の趣旨で、放置しておいた。銀嵐館の二人は放っておくと面倒なので拘束していたが。


(呪われた祭りに恐怖しながら歩いているか、それとももう殺されてしまったか。いや、動いている時点で、生きている可能性が高いですな)


 自分に果敢に向かってきたあの娘なら、そう簡単に死にもしないだろうと、佐藤は満足げに頷いた。

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