第三十二章 25
薪の周囲には、まだ生きていて、逃げようともしない者が何名もいた。そういった者達は、ガルシアによる殺人を見て楽しもうと、我が身の危険も顧みずにその場に残っているのだ。
そんなガルシアの前に、短パン姿で脚を大きく露出した美少女が現れたのだから、残っていてよかったと、彼等は思う。極上の殺人現場――もしくは陵辱劇を期待していた。
ガルシアは別に、戦うつもりもない者を殺す気などなかった。非戦闘者を殺して楽しむような、そんな性分ではない。
ただ、偶然この場に訪れた時、乱交パーティーだと思われた中に、明らかに嫌がっている女性を無理矢理組み強いているのを目撃し、助けようとした所で、殺し合いへと発展してしまった。やがて薪の周囲にいる者が一斉に襲いかかってきたので、降りかかる火の粉を払ったまでだ。
ガルシアと向かい合い、純子も何となく違和感を覚えていた。無差別に人を殺して楽しむような、そんな男には見えない。
「お前も俺を殺そうとするつもりか?」
悲しげな目で、純子に問いかけるガルシア。
「いや、別に? そっちが襲ってこない限りはこっちからも手出しはしないよー?」
「そうか。俺も同じだよ。あるいは主の命でもなければな」
純子の答えに、ガルシアは安堵したようであった。
「何だよ、つまんねーなー。その女も殺せよ」
誰かが野次を飛ばすが、ガルシアも純子も反応しない。
「その人、私を助けてくれたのよ」
他の裸の男女と違って、ところどころ破れた衣服を着て、顔にアザを作った女性が純子に訴えた。
「悪いのはこいつらよっ。こいつらが私を……」
「何だとこのアマ!」
「やってたのは別の奴等だし、一緒くたにするなよ。そいつらはもう死んだだろ」
「つーか、犯される覚悟もなく、女がこんな所に来るなっつーの」
あちらこちらからブーイングが飛ぶ。
「安全圏に送る」
「あ、ありがとう……」
ガルシアが女性をエスコートしていく。
「いい人だったねー」
「そうだったな。手出ししなくて正解だ。俺がまるで暴漢みたいに指摘していたから、今になってヒヤヒヤだよ」
純子に言われ、胸を撫で下ろす安瀬だった。
***
建物へと続く小道を歩くシルヴィアと幾夜は、道中で度々、死体が転がっているのを目撃した。殺し合いをした後なのだろう。
「死体の中にも見覚えある顔も何人かいたよ。うちに来てた客とか。常連客はいないかな」
幾夜が言った。
しばらく歩いた所で二人が足を止める。
「おやおや、こりゃまた凄い」
幾夜が思わず感心の声を漏らす。細い道の真ん中に、死体が重なって山盛りにされていたのである。意図的に死体を弄んだ跡なのは明白だが、それらの死体は、全く同じ殺され方をしていた。つまり、一人によって殺された者だ。
山のように重ねられた死体の全てが、顔だけ焼かれて黒こげという状態であった。
「あれ? 幾夜ルキャネンコさんじゃない。とうとう貴女も蒼月祭に来たんだ」
木の脇に蹲っていた女性が、少し外人訛りのある日本語で声をかけてきた。
いかにも魔法使い然とした、とんがり中折れ帽子と、ぼろぼろの深緑色のローブ姿の、痩せた白人女性。年齢はいまいちわからないが、若いとは思えない。頬がひどくこけて、目の下には大きなクマが出来ていて、女性としての魅力は乏しい。化粧もしているように見えない。
彼女の座っている周囲には、無数の人形と、古風な蝋燭立てに立てられた色とりどりの蝋燭で埋め尽くされていた。人形の種類は様々で、女の子であったり、動物であったり、怪物であったりするが、アンティークドールが多い。
「あ、シャーリーさん」
幾夜が軽く会釈する。常連客だった。
「そちらは……銀嵐館の当主のシルヴィアさんね。これはまた有名人が来たこと。あ、私はコンプレックスデビルに籍を置く魔術師で、シャーリー・マクニールと申します。以後お見知りおきを。座ったままですみません。脚が悪いもので」
「銀嵐館当主、シルヴィア丹下だ」
丁寧に挨拶をするシャーリーに、シルヴィアは軽く会釈して自己紹介する。護衛対象の敵と同組織のコンプレックスデビル所属という時点で、若干警戒したが、巨大な組織で派閥も分かれているというし、今回の黒幕である電々院山葵之介と繋がっているとしたら、わざわざ自分が同じ組織の者と名乗り出てくる事も考えにくい。
「私はこの祭りの常連よ。楽しんでいってね」
「この死体の山はあんたの仕業か。あんたは何が目的でこの祭りに?」
シルヴィアが尋ねると、シャーリーはにっこりと笑う。
「祭りを楽しむだけよ。でもまあ強いて言えば……顔をこんがりと焼くの、好きなの。自分から殺しにいくような真似はしないけどね。襲ってきた輩だけね」
(自分からは手出ししないっつっても、ここら辺は危険地帯だっていうし、それを承知でこの場にいるってことは、殺す気満々てことじゃねーかよ)
内心呆れるシルヴィアであるが、黙っておいた。
「コンプレックスデビルってことは、主催者の電々院山葵之介のことも知っているのか?」
「もちろん。親しい仲ってわけではないけど、彼が主催するこの祭りは素晴らしいと思うし、感謝もしてるわ」
「どこにいるかわかるか?」
続け様に質問するシルヴィア。
「さあ? でもあの建物の中だと思うけどね。ここに建物はあれぐらいしかないと思うし、祭りを管理する立場としたら、屋内が適していると思うし」
「なるほど。よくわかる理屈だ。ありがとうな」
シャーリーの答えを聞き、シルヴィアは足早にその場を立ち去ろうとした。幾夜も会釈して、慌ててシルヴィアの後を追う。
(お姉様、シャーリーさんのことが気に入らなかったのかな?)
勘繰る幾夜。その通りであった。
その後は誰とも遭遇する事なく、二人とも建物の前へ辿りついた。
ペンキで青く塗っただけの、古そうな大きな建物。横幅はやたらとあるが、さほど高くはない。せいぜい五階建て程度だろう。直方体のブロックが無造作に置かれているような感じで、窓も一切無い。扉だけがある。
建物の屋上には灯りが灯っている。そして人がいるように見受けられる。屋上の端で人影が動いているのが確かに見えた。
「入る? ここで待つ?」
「入っておこう。中に敵が待ち受けているとかなら、先に片付けておけばいいしな」
確認する幾夜にシルヴィアが言い、扉へと向かって歩き出した。
***
見習い戦士狐村星尾を連れ去った男を追う、屠美枝と栗三。
相手は人一人抱えて走っているので、さすがに逃げ切れず、追いつかれた。
十分なアタックレンジまで入ったのを見て、屠美枝が銃を抜いて、男の脚を撃つ。
男が転倒し、狐村星尾を離す。
「佐藤さんっ、助――」
男の叫びは、栗三が放った分胴鎖によってかき消された。分胴が頭部を破壊していた。
「狐村」
栗三が声をかける。恋人を目の前で殺されたショックで、狐村星尾は放心したまま、起きようとしない。
「戦士なら起きろ。今はまだ戦場にいると知れ」
栗三のその言葉に、狐村星尾が拘束されたままようやく身を起こす。
栗三が近づいて拘束を解こうとした時――
「気をつけて!」
屠美枝が鋭い声を発した。栗三が横に飛びのく。鋭い刃のような光が、栗三のいた空間を突き抜けていく。
立ち上がった狐村星尾の首が、光の直撃を受ける。首がおかしな方向に傾く。
少し間を置いて、体の方も前のめりに倒れた。首の骨が完全に折られ頚椎を破壊された状態だ。
「起きないでいれば、このようなことになりませんでしたのに。戦士でなければ、死なないですみましたでしょうに」
木々の間から現れたスーツ姿の老人――佐藤一献が、にたにたと笑いながらいやらしい口調で言った。
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