第三十二章 27

 純子はその後も安瀬と共に行動していた。正確には安瀬の方が純子に着いてきた。トラブルメーカーである雪岡純子に着いていけば、良い絵が撮れそうだと踏んで。


「あの建物、露骨に怪しいよねえ。あれがラスボスの城なんじゃないかなあ」

「運営サイドはあの中にいると思う。きっと屋内用のイベントも行われているだろう」

「行ってみるよ」

「そっちには凶暴な連中が多いから気をつけていかないとな」


 などと会話し、二人は建物へと向かう。


 青黒い建物に続く道には途中、そこかしこに死体が転がっていた。顔を焼かれた死体が山のように積み上げられていたのは、特にインパクトが有り、安瀬は何枚も写真を撮っていた。

 さらに建物に近づいた所で、何かが爆発したような大きな音が響き、建物の上から光る何かが飛ぶ。立ち止まって夜空を見上げる二人。


「何だろ、今の。よく見えなかったけど」

「写真に撮ったよ」


 撮った内容をカメラからホログラフィー・ディスプレイに投影して映す。


「あははは、何これ」


 全裸の老人が体中にイルミネーションライトを巻きつけて空を飛ぶ映像を見て、純子はおかしそうに笑う。


「見ての通り、灯りを巻きつけた人間……だな」


 安瀬が告げた直後、さらに爆音が響き、光が宙を舞う。音は建物の方から響いている。

 今度は純子も人工魔眼の暗視機能を用いて、光の正体をはっきり見ることができた。確かに人だ。全身にイルミネーションライトを巻きつけた裸の中年女が、楽しそうに笑いながら、夜空を飛んでいく姿が見えた。


「人が建物から撃ちだされている?」


 建物の上をズームする純子。するとそこには、イルミネーションライトを巻きつけられた、巨大な大砲の砲身のようなものがせり出しているのが見えた。


「何と、人間砲弾か。また変なことやりだしたもんだ」


 言いつつ安瀬はカメラを向けて、砲身を撮る。


「何の意味があるのかな? あれ」

「楽しいだけだろう」


 疑問を口にする純子に、端的な答えを口にする安瀬。


「でも発射された人、パラシュートもなく落下しているみたいだし、あれじゃ死んじゃうと思うけど、それでも笑っているね」

「それでも楽しいからやってるんだろうな」

「んー……価値観の相違だし、他人の主義嗜好にケチつけるわけじゃないけど、命をそんな風に散らすなんて勿体無いなあ。私の所に来て実験台になればいいのに」


 そっちの方がもっと楽しいのに――と、声に出さずに付け加え、純子は再び歩き出した。


***


「ところでアンジェリーナさん、さっき何してたの?」

「ジャ~ップ」


 上美の質問に、アンジェリーナは肩をすくめてみせる。

 先程上美が撃退した男の骸の側で、アンジェリーナはかがみこんで骸に何かをしていたように見えた。


 何か誤魔化されているような気がした上美だが、質問したところで、そもそも相手はジャップとしか言いようが無いのだから、知るのは難しい。しかし冥福を祈るなどの行為であれば、それもジェスチャーでわかりやすく説明してくれるだろうが、今のアンジェリーナのジェスチャーから見ても、お祈りの類ではないようだ。


 上美とアンジェリーナが道を歩いていると、前方に強い灯りが見え、そのうえ音楽や人の声が聞こえてきた。


「あっちに行って……大丈夫かな?」


 人がいるのは間違いない。しかも大勢いるようなので、襲われたらひとたまりもない。


「ジャッ」


 アンジェリーナが上美の前に進みでて、上美に向かって横に手を伸ばして制止すると、一人で先に歩き出す。様子を見てくるからここにいろというサインだと、上美は受けとった。


「ジャ~プ」


 しばらくするとアンジェリーナが戻ってきて、手招きする。上美はほっとして、アンジェリーナのいる方へと進んだ。


 道の先は広間だった。広間のあちこちには死体が散乱し、キャンプファイアーのような巨大な薪の中に、山羊頭の悪魔の像が立っている。そして薪の周囲では裸の男女が歌い踊り狂っている。さらには交わる男女などがいる。

 死体や交わる男女に視線を向けないようにして、上美は通り過ぎようとする。上美達は知る由も無いが、ガルシアが暴れた跡だ。


(この死体……ここにいる人達がやったの? それだと私達の身も危ないかも)


 いつ襲い掛かってきても対処できるよう、自分の動き、相手の位置、そして地形の把握と逃走経路の想定を脳内で計算する上美。そうした事にすぐに頭を働かせるよう、幼い頃より梅子からみっちりと叩き込まれている。


「ん? アンジェリーナさん?」


 アンジェリーナがまた死体の側でかがみこんでいるので、上美が怪訝な顔で覗き込む。


「ジャップ!」


 アンジャリーナが片手をかざし、上美に覗き込ませまいと制する。


「何よ~。死体をいじってるの? 気持ち悪いし、ここにいる他の人に見つかったら怖いし……」

「ジャッジャッジャップ」


 上美が嫌そうな顔をして言うが、アンジェリーナは聞き入れようとせず、他の死体の側にも移り、転がっている死体を一つずつチェックしていく。


「何してるの~。早く行こうよ……」


 周囲を気にしつつ、上美がアンジェリーナを急かす。しかし今の所、誰もアンジェリーナや上美を気にかけている者はいないようであった。


「幾つか道が分かれてるけど、あっちに建物があるから、あっち行ってみようか」

「ジャップ」

「あ、そっちは危ないよ。つか……何なの? そのイルカ」


 踊っている一人の女性が、上美達に声をかけてきた。彼女も当然全裸だ。


「君らは初めてなのかな? 殺し合いがしたいわけでもないなら建物方面は近づかない方がいいよ。あっちはそういう奴等が多いからさ。ここはわりと安全よ。まあ、さっき暴れた奴がいて、見ての有様だから、完全に安全とも言い難いけど」

「そうですか。御親切にどうも」

「ジャプっ」


 上美とアンジェリーナが礼を言い、上美が倒木の上に腰を下ろした。アンジェリーナもその隣に座る。


「ちょっと気持ち悪いし怖くもあるけど、ここが比較的安全なら、ここにいた方がいいのかな?」

「ジャ……」


 上美の言葉に頷こうとしたアンジェリーナが、明らかに警戒を帯びて立ち上がる。


 アンジェリーナの視線の先を見て、上美も立ち上がった。見覚えのある人物がにこやかに笑いながら、こちらに向かってくる。上美の首筋に寒いものが走る。


「祭りは楽しめましたか?」


 自分達をさらったスーツ姿の老人――佐藤一献がフレンドリィに声をかけてくる。


「全然」


 憮然とした顔でそう返す上美であるが、正直な所、アンジェリーナと一緒に冒険しているような気分だったし、楽しくなかったわけでもない。


「そうですか。それは残念。では楽しめるよう計らいますので、一緒に来ていただけますかな? 抵抗しなければ、お互い手間も省けますが」

「……わかった」


 かなわないのはわかっているので、無駄な抵抗は諦め、上美は渋々と従う。


 ――かのように見せかけ、佐藤に近づいた所で、佐藤の股間めがけて蹴りを放った。

 佐藤はあっさりと上美の脚を掴まえる。


「アンジェリーナさん、逃げて!」


 アンジェリーナの方を向いて叫んだ直後、上美は首筋に佐藤の手刀を食らい、失神する。


「ふう……戦いの最中に他所を向くのは、いけませんね」


 真面目に戦えばこうもあっさり捕える事など出来なかっただろうと、佐藤は思う。昼間の戦いを見た限りでも、上美は手強い。


(それでも我が主の計らいで、祭りを楽しませてあげる猶予を与えたわけですが。銀嵐館の二人にはそれを与えず、この娘は少し遊ばせておくという判断、主の考えはわかりませんな。この娘に祭りの有様を見せ付けて、恐怖でもさせたかったのでしょうか)


「ジャアァーップ!」


 アンジェリーナが叫び、そして……


「おやおや、躊躇うこともなくとんずらですか」


 背を向けて逃げ出すアンジェリーナに、佐藤は呆れたように微笑み、腕を振る。

 生じた光はアンジェリーナの胴体に直撃したが、破壊するには至らない。一瞬ひるんだが、走るのをやめず、そのまま逃げていく。


(随分と頑丈ですな、あのイルカ)


 ただ逃げたわけではない。アンジェリーナには考えがあった。この場は退く。しかし上美をただ、むざむざさらわせたわけではない。


 佐藤が上美を連れてどこへ行くのか、今のアンジェリーナには追跡する術があった。その準備は、すでに行ってある。


「ジャアアアアァァァァァッアアーッアァァーアァァーッッップ!」


 必ず上美を助けるという決意を込めて、アンジェリーナは高らかに叫ぶ。罪にまみれた自分の人生は、命は、償いへと費やし続けるためにある。無論、今から上美を助ける事も含めて。

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