第三十二章 19
蒼月祭はあと一日に迫った。
電々院山葵之介は、この祭りの主催者として、すでに準備を万全に整えてある。
(最期の祭りとなるかもしれんな。我輩にとって)
長い指を絡めて弄びながら、山葵之介は予感する。最期になることは問題ではない。だがそれが最期であれば、それに相応しいものにしなくてはならない。満足して逝けるようにしなければならない。
魔の祭りを楽しむ者は年々増える。それは結構なことだ。しかしそれは同時に、楽しみの共有を意味する。価値と快楽の独占を望む山葵之介にとって、それは大いなる矛盾でもある。
コンプレックスデビル内における自分に同調する者達も増えた。それも非常に煩わしい。共感できる者、理解しあえる者など不要だ。自分一人でいいのだ。彼等は今回の祭りに全て参加させる予定だ。そして狂気の快楽と共に処分する手筈だ。
そろそろ御破算にしてしまいたいという気持ちが、山葵之介の中にはずっとあった。己の命も含めて。
「幾夜ルキャネンコに家族はいません」
佐藤が報告する。
「知っておるよ。シルヴィア丹下は?」
「銀嵐館縁の者は、正に銀嵐館の者を招待すればよいと思われます」
「それがよいな」
「葉山の方は、普段奇妙なイルカを連れているので、これを。あるいは葉山が現在宿を借りている上野原家の者を招待するのがよいかと」
「面白いな。招待できる分、招待せよ」
「中学一年生の娘がおりますな。これは生贄として極上でしょう」
「うら若き乙女が呪いに蝕まれ、絶望しながら命を散らす……か。我輩を殺しにきた葉山がそれを見て、どのような顔になるか、今から楽しみであるな」
にたりと笑う山葵之介。彼にとって、他者の悲劇は全て喜劇である。
「ルキャネンコに縁者や友人がおらぬのは残念である」
「強いて言うなら当主のシルヴィアでしょうか」
「まあ、そういうことにしておこう」
佐藤の言葉に対し、山葵之介は言った。
「愛する者、親しき者が目の前で失われる、その悲痛を見世物にしていたホルマリン漬け大統領が無くなったのは、大いなる損失であった」
山葵之介が残念そうに言う。彼はかつてホルマリン漬け大統領の常連客であった。同じ常連客の多くは逮捕されたという話だが、山葵之介は魔術を駆使して己の痕跡を消し、上手く逃れた。
「我輩の手で行えばよいだけという結論に至れり。祭りを利用してな。そのための役者――それに相応しい生贄。さて、ホルマリン漬け大統領のように、上手く盛り上げることができるかな」
あの組織が消えてしまった事を惜しく思う一方で、常連客が逮捕された事は、自分と同様の価値観を持つ者が消えてくれたという事で、満足もしている山葵之介であった。
***
蒼月祭前日、ルキャネンコ邸に純子が訪れ、シルヴィア、幾夜と共に打ち合わせを行うこととなった。
「最初は尊幻市みてーなもんかと思ったけど、あれとは全然違うみてーだな。尊幻市はただの無法の場で、自由を謳歌するための場所。蒼月祭は無法の時と場だからこそ、そこでしかできない馬鹿騒ぎをしまくる祭りか」
と、シルヴィア。
「私も蒼月祭についていろいろ調べてみたけれど、これは魔術師の人達がサバト的な楽しみをするというだけではなくて、内に狂気を秘めた人達や、人とは異なる価値観を持つ人が、それらを解放するための祭りっていう感じだねえ。祭りの場所は人気の無い場所で、祭り当日は呪いを受けた者でないと、外から入ることができない。完全に外界から隔離された空間となるからこそ、そこで好き勝手して暴れられる、と」
顎に手をあてて、純子が話す。
純子やシルヴィアが予習した限り、祭りの目的は訪れる者によって様々なようだ。ただ馬鹿騒ぎをしたい者もいれば、殺し合いをしたい者、腕試しをしたい者、それを見て楽しみたい者、呪いを解きたい者、呪いを集めたい者、その他にもいろいろある。
「人は狂気に酔いしれるし、狂気に憧れるのよ~」
にやにや笑いながら幾夜が言った。
「私も狂気に憧れてるよぉ。でも、あくまで憧れているだけなの。お姉様は見抜いてたよね。私がただ狂気に憧れているだけで、狂気に染まってはいないってさ。悔しいけどその通りよ。私は狂気になんて染まれない。狂人にはなれない。蒼月祭も――参加経験のある、うちに来るお客さん達の話を聞いている限り、狂気に酔った振りをするための祭りって一面もあるみたい」
「つまり、本物の狂人と、狂人に憧れる常人がごっちゃになってるのかなあ。狂人というプレイヤーと、それをみて楽しむ観客みたいなノリとか?」
幾夜の話を聞いて、純子はいろいろと想像する。
「実際参加してみないと、どんな様子かわかんないよねえ。話を聞いてるかぎり、サバトっぽいイメージだけど。ていうか、願いをかなえたいなら、そんな祭りに参加しないで、私の所に改造しに来ればいいのに」
「純子ちゃんの実験台になったら、死ぬリスクだってあるじゃなーい」
幾夜がくすくすと笑う。
「祭りの様子を写真で撮って、ネットにあげてる奴もいるみたいだ。でも鍵がかかっていて、祭り参加者しか見られないのか」
祭り参加者のブログを見つけて、シルヴィアが言う。
「呪われた者だけが祭りへの参加資格があるっていうけど、シルヴィアちゃんの呪いのライフルも有効?」
「呪われた物品を所持するだけでも可能よ」
純子の問いに、幾夜が答えた。
「純子も適当に呪物持っていけば、参加できるだろ」
シルヴィアが言う。
「んー、私はその気になれば、自分に呪いもかけられるしねえ」
この時純子は、呪いを受けないまま結界に入ったらどうか、試してみようと考えていた。
「私が遊軍ってのは、私は好きに動いていいってことだよね?」
「ああ、俺達と組んでいるってこと、悟られたくないからな」
純子の確認に、シルヴィアが答える。
「私がここを出入りしてるのチェックされてたなら、それも危うくない?」
「俺らとつるんでいるかどうかなんて、わかんねーだろ。ただ客として訪れているだけかもしれねーのに。ついでに言うと、チェックされてねーと思うぞ。俺の部下が周辺も見張ってるし」
「そっかー。で、私にはできれば葉山さんを抑えて欲しいと」
「奴が敵に回る兆候があったらな。純子を遊軍扱いしてるのは、悟られないためだけじゃなく、純子は他人にどうこう指図されるより、自己判断で動いてもらう方がいいと思ってのことだ。きっと上手くやってくれるんだろ?」
「あははは、そこまで信じてもらってもねえ……」
照れくさそうに頬をかく純子。
(こいつは意外とおだてられるのに弱いから、この扱いがベターだな)
一方でシルヴィアはそんなことを考えていた。
「祭り会場は……完全に森林地帯だな。建物一つあるだけか」
蒼月祭が行われる予定の場所を、衛星からの映像で見るシルヴィア。
「正直、祭りに行くのは回避したかったがな。葉山任せにしておけばいい気もするし。だがこっちが行かないという選択をすると、余計におかしなことしてきそうだからな」
「私は昔から蒼月祭興味あったし、お姉様や純子ちゃんと一緒に行くの、楽しみよぉ~」
猫撫で声で言い、幾夜がシルヴィアにひっつく。
「シルヴィアちゃん、幾夜ちゃんに慕われてるねー」
幾夜が自分よりシルヴィアの方に向かっているので、内心ほっとしている純子。
「俺なんか慕ってもいいことないんだぞ……」
暗い面持ちになってシルヴィアは言った。
「えー? どうしてよー」
シルヴィアの浮かない顔を覗き込み、幾夜が唇を尖らす。
「お前にずっと顔見せなかっただろ? お前がレズっ娘だとわかったから、自然と足が遠のいた。俺はそういう、利己的で冷たい人間だ。自然とそういう風に動いちまうんだ。そんな奴を好いても、いいことないだろ」
自嘲気味に喋るシルヴィアを、幾夜はいたわるような眼差しで見る。
「俺はこの性格のおかげで、結構人に嫌な思いをさせて……人を傷つけもしてきたからな。俺は……あまりいい人間じゃねーよ」
「でもお姉様は、人を傷つけて何とも思わない人でもないでしょ?」
「まあ……そうだけどな」
幾夜に言葉に、シルヴィアは決まり悪そうに頬をかきつつ、そっぽを向く。
「誰も傷つけないで生きている人なんていないし、シルヴィアちゃんは、少なくとも私よりは人を傷つけてないと思うよー」
「お前と一緒にすんな。つーか、お前より人傷つけた奴を見つける方が苦労する」
純子がフォローするものの、フォローされるにしても純子じゃフォローにならんと思うシルヴィア。
「えー、そうかなあ? ヒトラーさんとかスターリンさんとかポルポトさんなら、私より上だと思うんだけど」
「あははは、ホロコーストクラスでようやくっ」
純子の言葉に幾夜が笑い、シルヴィアも微笑をこぼした。
***
山葵之介がいるビルの階の廊下で、堂々と大の字仰向けで寝ている男がいた。葉山である。
現在は爆睡中であるが、人の気配がすればすぐ起きる。そういう風に自分をセットしておいた。
「蛆虫なのでその程度のセルフコントロールは可能です……。むにゃむにゃ……」
などと寝言を口にした直後、葉山の目が見開く。指先携帯電話が震動したのだ。
『もう敵は来ないと思われます。祭りは明日ですし、今日はもう帰ってアスに備えてゆっくりお休みください』
相手は依頼者の佐藤一献だった。
「わかりました。蛆虫りたーん」
電話を切り、葉山はエレベーターへと向かう。
(休んでいいと言われましたが、蒼月祭の会場へ赴いて、場所の下見に行った方がいいですねえ)
下見に行って、そのまま祭り会場で待機しておくことにしようと、葉山は決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます