第三十二章 20

 幾夜の後方で、身長100メートルはあろうかという巨大山葵之介が空を舞い、長い指の先から光線を放ちまくり、街を破壊している。


 巨大山葵之介は幾夜とシルヴィアを追っていた。二人は必死で逃げる。あんな化け物と戦えるわけがない。


 巨大山葵之介の頭の上には、操縦桿だかレバーだかが二本突き出たレトロなリモコンを両手で操作している、純子が乗っていた。ノリノリの笑顔だ。

 全ては彼女の仕業だった。裏切った純子は、山葵之介を改造かつ巨大化させて、都市を破壊しながら幾夜とシルヴィアを殺そうとしていた。


 光線が近くに降り注ぎ、爆発が起こる。吹き飛ばされる幾夜とシルヴィア。


(逃げなくちゃ……殺される……)


 瓦礫の中で身を起こす幾夜。辺りを見回すが、シルヴィアの姿がない。


(まさかお姉様……今ので……)


 ふと、気配を感じて頭上を見上げると、空一面に巨大山葵之介の顔面がアップで広がっていた。そして人差し指を幾夜に向け、ビームを放つ。


「危ないっ!」


 どこからかシルヴィアが叫び、銀嵐之盾を幾夜の頭上めがけて放り投げる。


「ぎゃあああぁぁぁぁあぁぁっ!」

「うっそーっ!?」


 ビームが盾で反射され、山葵之介と純子を蒸発させた。


「お姉様……」


 声のした方に振り返ると、全身血まみれで倒れているシルヴィアの姿があった。

 急いでシルヴィアの元により、脈を取るが、すでに事切れている。


「銀嵐館に……私も入れてよ……お姉さまと一緒にいたいから……」


 シルヴィアの骸の上に縋り、かすれる声で伝えるが、シルヴィアは反応しない。動かない。


 泣き声をあげようとした所で、幾夜の意識は覚醒した。


「ぐええ~……ひっどい夢ね~」


 身を起こし、大きな溜息をつく幾夜。時計を見ると午前六時十分前だ。


「でも……夢に見たってことは、そうはならないっていう生存フラグよ。気をつけろと、夢が注意を促している証拠ってね」


 幾夜は勝手にそう解釈する。今日は蒼月祭が行われる日である。


***


 銀嵐館の見習い戦士である狐村星尾と狸街月菜は、恋人関係にあり、同棲していた。

 二人が付き合いだしたのはわりと最近だ。付き合ってから数日で、一緒に暮らすようになった。


 午前七時、二人は朝食を済ませ、銀嵐館本家へと向かうべく、揃ってマンションを出た。


 その二人の前に、スーツ姿の老人が現れた。

 スーツの上からでも逞しい肉体の持ち主であることがわかる。戦闘者として相当な強者であることも、狐村星尾と狸街月菜にはわかった。何より、自分達に敵意がある事も理解できた。


「うら若きカップル。実に初々しくてよいですな。上質の生贄として」


 老人――佐藤一献はそう言って笑う。佐藤の背後には、彼の部下であるコンプレックスデビルのメンバーが数名、車と共に控えている。


「何者……」

 狐村星尾が呻く。


「今の台詞で、貴方達の命を脅かす者だと、察することができませんでしたか? さあ、精一杯抗いなさい」


 佐藤が二人めがけて突っ込む。狸街月菜が銃を抜き、狐村星尾は伸縮式の警棒を伸ばして身構える。


 銃声が響く。佐藤は悠々と回避する。見習い戦士二人組は、まだコンセントの服用すらしていない。


 狐村星尾が警棒を振るうも、佐藤は左腕で受け止め、ほぼ同時に右ストレートを打ち込んでいた。


 相方が吹き飛ぶのに気を取られた狸街月菜の側頭部に、佐藤の回し蹴りが放たれ、狸街月菜は白眼をむいて崩れ落ちる。


 倒れて動かなくなった二人を見下ろし、服の乱れを整えて息を吐く佐藤。


「何とも歯応えのない。まあ、さらいやすいように、その歯応えのない者を選んだのだから、当然ですが」


 佐藤が呟くと、待機していた部下達に視線で促し、倒れた二人を車に運ばせた。


「さて……次は」


 佐藤にはまだ行く場所がある。まださらうべき相手がいる。


***


 午後三時半。

 上美が学業を追え、帰路についているその最中、彼女の前に高級外車が停まった。まるで上美を遮るように。


「え……?」


 車の窓はフィルムで中が見えないが、後部座席の窓が開き、中に乗っていた者を見て、上美は驚いた。


「プププププ……」


 口を縄で縛られたアンジェリーナが呻き、首を振っている。

 車の助手席のドアが開き、中からスーツ姿の老人が現れる。


「何なの……? どうしてアンジェリーナさんが……」


 危うい気配を感じて身構える上美であるが、うまい言葉が思いつかない。


「見ての通り、人質ですよ。大人しく我々に従ってください」


 老人――佐藤一献が笑顔で告げ、恭しく一礼しながら片手を広げて、車の中へと入るよう促す。

 同時に、後部座席のドアも開く。中にいるアンジェリーナが拘束されていたのが、はっきりと見えた。


「断る」

 佐藤を睨みつけ、上美はきっぱりと告げる。


 アンジェリーナがちょっとやそっとでは死なない体質なのは、上美もすでに知っている。


 上美が身構える。右手の親指と小指を曲げ、間の三本の指も鉤爪状に曲げて腰に添える。

 佐藤の方が自分よりずっと強いであろうことは、対峙しただけでもわかる。しかしだからといって、黙って従うのもただやられるのも許せない。それでは上野原流古武術次期継承者の名折れだ。


「まだ小さいのに随分と鍛え上げられていますな。幼少時からたっぷりと武を叩き込まれているとみた」


 佐藤も構える。朝とは違い、自分から突っ込もうとはせず、その場で構えて佇む。


 上美の方から、少しずつじりじりと距離を詰めていく。


 佐藤のアタックレンジに入るかどうかの刹那で、上美が左に小さくステップを踏んだ。

 当然、佐藤も体を入れ替えるが、上美はそこでさらに右に二度ステップを踏む。佐藤もそれに合わそうとするが、上美の方が、動きが早かった。体勢を低くし、上美は佐藤の側面から襲い掛かる。


(何と……)


 上美の速度に少し驚きつつも、佐藤はさらに体を入れ替えつつ、自分のアタックレンジまで入った上美にローキックを放つ。リーチは圧倒的に佐藤の方が勝っている。


 これに対し上美は、佐藤が蹴りを放ったのとほぼ同時に、佐藤の蹴り脚と逆側に向かって回り込むようにして動いていた。


(よく動きますね……。しかも判断が早い)


 佐藤が舌を巻いているうちに、上美はとうとう、攻撃が届く距離まで接近した。いや、それどころか、ほぼ密着に近い状態まで迫っていた。


 身長差があるので、即座に狙える場所は限られている。上美は相手の動きを封じるため、足と腰の付け根を狙って、鉤爪状にした右手を回転させて放った。

 相手との距離を考えて、身を引いてかわすのは困難であると、頭で考えよりも前に佐藤の体が判断していた。反射的に腕を下ろしてガードする。


 佐藤の服の腕の部分が弾けとび、血が飛び散る。


(何と……。この服は防弾繊維が編みこまれているのですぞ。それを穿ちぬくとは、この少女の手――いや、指が弾丸並だとでもいうのですか?)


 防弾繊維の服を着ていなければ、腕の肉がごっそりとえぐられていたかもしれない。あるいは骨も砕かれていた可能性があると、佐藤は驚嘆する。

 もし、上美の狙い通り、腰骨と大腿骨の間の股関節に食らっていたらどうなったことか。大人の武術家の一撃であろうと、そんな場所に打撃を食らったからといって、容易に骨や関節に深刻なダメージなど受けないが、この少女の場合、どうなったか怪しい。


(腹部や胸部、首から上に食らったら、致命傷にもなりかねませんぞ。腕に鋼鉄でも仕込んでいるのですか? 否。それだけではこの威力はでない)


 いろいろと頭を巡らせつつ、佐藤は再びローキックを放った。


 今度は上美もかわせなかった。しかし脚への打撃ではなく、脚をすくって転倒させる目的だ。

 たっぷりと体重の乗った佐藤の蹴りは、上美の軽い体をあっさりと転ばせた。


 そしてその上から覆いかぶさるようにして、佐藤は上美の首根っこを掴み、取り押さえる。これで勝負はあった。


「朝の二人よりは余程楽しめました」


 楽しめたどころではない。戦闘で冷や汗をかくなど、佐藤は久しぶりのことであった。


 佐藤の口から呪文が漏れる。

 上美は、自分の首を押さえている佐藤の手から、何か禍々しいものが流れ込んでくるかのような、おぞましい感触を覚える。


「呪われていないと祭りに参加できませぬ故に、呪いをかけさせていただきました。どうか御了承の程を」


 上美には理解できない、意味不明なことを口にする佐藤。いや、そもそも何で自分やアンジェリーナが狙われるのか、そこからしてわからない。


「ちなみにどんな呪いかと言うと、顔が次第に爛れていくという呪いです。一日経過するごとに、次第に腐っていきます。私は女性が絶望して歪んでいる時の顔こそ、一番美しい表情だと思っています故、この呪いはお気に入りなのですよ。呪いを解く方法は様々ですが、てっとり早いのは、私が死ぬこと――つまり私を殺すことですな」


 佐藤の解説を受け、怖気が走る上美。


(何なのよ、この人……何が目的なのよ……)

 ふと、上美は思い至ることがあった。


 最近、葉山が戻ってこない。そして梅子曰く、葉山は殺し屋であるそうだ。その関連で自分が狙われた可能性は、十分考えられる。


(こちらのイルカには、呪いをかける必要は無かったのが残念です。下手に刺激しない方が良いでしょう)


 上美を拘束しつつ、佐藤はアンジェリーナを見やる。アンジリーナはすでに呪われている。正確には憑依されている。しかし憑依した霊がほとんど意識が無いという変わった状態。呪いと大差無いからそのまま祭りに参加できるし、新たに呪いを与えて刺激すると、憑依している霊が浮きでてくる可能性もある。そして佐藤が視たところ、危険な霊が憑依している。


 アンジェリーナの横に上美を押し込むと、佐藤は助手席に乗り込み、車を出した。

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