第三十二章 12
幾夜ルキャネンコと電々院山葵之介は、ただ商売相手という関係を超えて、いろいろと語り合ったものだ。
幾夜も山葵之介も、共に呪いというものを扱う。故に、年齢差など意識する事無く、会話を弾ませることができた。
まだ十代の少女がありながら、己の信念や情熱といったものを持っていた幾夜に対し、山葵之介は一目置いていたし、彼女の話を真摯に聞いていた。最初の頃は……。
次第に山葵之介は幾夜を疎むようになっていった。小娘相手であろうと、大目に見れなくなってきた。しかしその本心は出来る限り見せないよう、心がけていた。
疎み始めるきっかけは、ある日の会話だった。
「我々は似て非なる者だ。我輩にはどうしてもお前が理解できん」
ルキャネンコ邸を訪れ、呪いの売買をした後、山葵之介は幾夜の前で、そんなことを口にした。
「我輩は人が呪われて苦しみ悶える姿が、そして呪われてなお足掻く姿を見るのが何よりの悦楽。しかしお前は呪いそのものに興味を注ぐ。理解に苦しむ。それの何が楽しいのか……」
「人の好みなんて千差万別じゃん。理解できない、共感できないからって、それでケチつけることないでしょ」
否定されたことに対して脊髄反射で不貞腐れる幾夜に、山葵之介は思わず笑みがこぼれる。こういう所はいかにも少女らしくて、親しみが持てる。
「ケチをつけているのではない。100%の理解や共感がなくても、多少は通じる部分というものもあろう。我輩からすれば、呪いは呪われた者とセットと捉える。しかし幾夜は呪いそのものを個別に愛でる。それは何故だ? 呪いを抽出して扱い、売買を賄う者としての特殊な感覚なのかと、我輩は疑問を覚えるのだよ」
「コレクター的なもんかなあ? 自分でもよくわからないけど」
山葵之介の話を聞いて、幾夜は小首をかしげる。
「呪いだってさあ、種類があり、それぞれ個がある。呪いを込めた者の想いがある。呪われた者の悲痛だってある。いろんな種類の呪い――沢山の呪い、見る事ができれば、それで嬉しいんだあ」
「なるほど、そうか……」
幾夜の気持ちを、その時山葵之介は理解してしまった。通じてしまった。
似て非なるものと言ったが、そうではない。逆だ。大同小異なのだ。
幾夜の呪いへの執着も、自分の呪いの効果への執着も、異なるようで似ていると、同質だと、山葵之介はこの時受けとってしまった。だからこそ、疎ましく感じた。
理解も共感もできなかったからこそ、山葵之介はそれまで幾夜と取引ができた。疎むこともなかったのだ。
しかしこの日、山葵之介はある程度理解してしまった。そのうえで、自分と同じ価値観まで垣間見た。
幾夜に対して理解できない共感できないと言いつつも、山葵之介にとってはそれが最も良い状態であった。この世に自分一人だけでよいのだ。呪いの素晴らしさを知る者は。自分一人がこの領域にいればいい。そこに踏み込む者が他にいてはならない。
山葵之介は幾夜に対して、危機感のような感覚すら覚えていた。そしてそれは日に日に次第に膨れていった。
***
刺客達の死体の処理を終え、落ち着いてから、幾夜はシルヴィアに電々院山葵之介という人物と、蒼月祭について語りだした。
「呪いの売買のお得意さんだよ。最近ちょっと見かけなかったけど……。以前は結構うちに通ってたし、そのうちいろいろとお喋りもするようになっていった」
山葵之介について語る時、幾夜はつらそうな顔をしていた。
「私の最初の……いや、唯一の理解者かなあ。なのに……何でなのよぉ……。何であの人が私を殺すっていうの? 私は……尊敬もしてたし、ある意味……お師匠様みたいに思っていたのにさ。わけわかんないよ……。私が何したっていうのよ。全然心当たり無い。本当よ。どうして……」
「別に疑いはしねーさ。お前が悪意を持って向こうに何かしたっつーより、向こうで何か気に入らないことがあったんじゃねーのか」
「そうかもしれないけど、じゃあそれは何なのよっ。せめて言ってくれればいいのに……」
慕っていた人物の裏切りとも呼べる行為に、幾夜は少なからぬショックを受けているようであった。
(こいつと気が遭うなら結構な変わり者なんだろうとは思ったが、やっぱり相当な変わり者みてーだな)
ネットで軽く電々院山葵之介について調べてみたシルヴィアだが、出てきた検索結果を見て失笑を禁じえなかった
評判は二分している。敵視する者も多い。敵視する理由は、旧来の変態的な性魔術や呪術の類を追及し、狂気を美徳とする変人であるがため、魔術師の名折れという代物であった。
一方で支持者も多い。彼と似たような価値観や嗜好を持つ者も少なくない。実力至上主義に傾倒せずに、下の者の面倒見もよく、蒼月祭等の催しものを頻繁に行うためだ。
(後でオーマイレイプにも調査依頼をださねーとな)
検索しているうちに少し時間が経ったので、そろそろ幾夜も落ち着いたかと思い、声をかけることにする。
「で、幾夜……肝心なこと訊くぞ」
気が重いが、確認せずにはいられない大事なことだ。
「そいつは殺していいのか? いや、俺達銀嵐館にこのまま護衛を頼むってことは、殺さざるをえないんだぞ。俺達は護衛対象を完璧に守るため、刺客を差し向けた奴を殺すのもセットになっているんだからな」
「そうなるよね……。でも……うーん……」
「そいつと和解できるなら和解してもいいし、殺す一歩手前まで追い詰めるに留めてやってもいいけどさ」
「うーん……」
難しい顔をする幾夜。
「殺してほしくはないけど、仕方無いか……なあ。尊敬はしていたけど、情がわくほどでもないしぃ」
「あっさりと割り切られてしまう程度のお師匠様か」
「うーん……正直、私はこの誘いに乗ってみたいなあ。前から興味あったんだよね、蒼月祭。お姉様、一緒に参加しない?」
「今こそこの台詞を使うのに相応しい時だな。寝言は寝て言え」
幾夜が笑顔で口にした台詞に、シルヴィアは不機嫌そうに吐き捨てた。
***
葉山は訪ねたのは、星炭玉夫という名の呪術師であった。
かつて雪岡純子に滅ぼされた星炭流呪術の生き残りで、星炭流妖術とも和解して組み込まれた一方、占い師兼呪術師として、個人でほそぼそと仕事をしてもいるという。
繁華街の道端にいる占い師の前に、葉山は座る。
「呪いというものが何か、わかっているのかね? 誰かを呪うという依頼はくるが、自分を呪ってくれというのは初めてだよ」
葉山に向かって、少し呆れたように玉夫は言う。
「実はよくわかりません。蛆虫ですから。うねうねうねうね」
「その答えもわからん」
葉山の言葉に笑う玉夫。
「ま、いいけどね。しかし、本当にいいのかね? どういう事情があるか知らないが、呪われるということは、おぞましい枷を背負うことになるのだよ?」
葉山の身を案じて、玉夫が念入りに確認を取る。
「もちろん後で解くこともできるし、軽い呪いにしておけばさほど影響は無いが、それでも呪われるという事そのものは、決して軽い枷ではない」
「蛆虫風情の僕のこと、心配してくださってありがとうございます。しかし、どうしても必要らしいんです。仕事が終わったら解いてくださると嬉しいですが……」
「わかった。覚悟が決まっているのなら……ま、軽い奴でね」
玉夫が葉山に向かって両手をかざし、呪文を唱え始める。
葉山ははっきりと感じ取った。悪意と怨恨の塊が、自分に放たれているのを。恨まれる謂れも無いのに激しい恨みの矛先が自分に向けられ、その邪念がまとわりついていくのが、自分が呪われていくのが、如実に感じられた。
「はい、終わり。おそらくこれで君の運気はかなり下がる。解きたくなったらいつでもおいで」
「ありがとうございます。仕事が済んだら、解いていただきにきますので、その時はまたよろしくです」
玉夫に向かって一礼する葉山。
「ついでに君の身も占ってみたが……かなりよくない相が出てしまっているよ。呪いの影響ではないぞ。呪う前にこっそりと占っておいた。呪われたことにより、一層危険が増すだろう。君は……かなりの窮地に立たされることになる」
真顔で告げる玉夫の言葉は、とてもじゃないが、ただの占いと一笑に付すことができなかった。
「肝に銘じておきます。蛆虫に肝があるかどうか不明ですが。うねうね」
葉山が立ち上がり、玉夫から少し離れた所で、電話がかかってくる。
『電々院がルキャネンコに刺客を放ったうえに、御丁寧にも、自分が仕掛け人だということを教えたようです』
相手は依頼者の佐藤一献だった。
「そんなことしたんですか……。蛆虫には理解できない思考回路です」
『あの男の思考回路など、誰にもわかりませんよ。常に他者とズレたことをするのを美徳と思っているような男です。すぐにでも銀嵐館の刺客が来ると思われます。面倒な話ではありますが、頼みます』
「わかりました。うねうねうね、蛆虫出動~」
電話を切った葉山は、予め聞いてある、電々院山葵之介の居場所へと向かった。
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