第三十二章 11
翌朝。幾夜はカクテル一杯で酔いつぶれたとはいえ、二日酔いになるような事もなく、いつもと変わらぬ目覚めであった。
朝食を取りつつ、朝のニュースを見る幾夜とシルヴィア。
シルヴィアだけは幾夜にほぼべったりで、護衛兼接待のような扱いである。幾夜だから特別扱いしているという部分もあるが、幾夜に限らず、屋内でもなるべく身近にいる護衛役を一人つけるケースもある。毎回その役目を設けるわけでもないが。
ニュースはPTA会長が、児童十六人連続強姦殺人事件を犯したどうこうという代物だった。昨日から話題になっている。ネット上ではロリコンPTA怒涛の十六連射などと茶化されていた。
『PTA会長をしている人がこんな犯罪を犯すなんて、もう誰を信じていいのかわかりませんっ』
「何よ、この最高に頭の悪いコメント。何でPTA会長なら犯罪しないと思ってたの? こいつアホなの? 見るからにオタクっぽい奴なら犯ると、頭から疑ってかかる偏見馬鹿なの?」
テレビ画面の中で、マイクをつきつられてコメントする女性を、幾夜が軽蔑しきった眼差しで見ながら言う。
「こういう肩書き信仰者のド低脳が世に蔓延っている時点で、また似たような犯罪は起こりまくるだろうし、肩書きを隠れ蓑や鎧代わりにする屑も減らねーでしょ」
「PTA会長程度で肩書きどうこうもねーと思うが、それでも肩書きや権威って奴は必要なのさ。民衆を黙らせるため、思考停止させるため、安心させるための威光としてな。お前の言うとおり、悪い作用に働くこともあるが、どっちかっつーと有った方がいいものなんだ」
異を唱える事に、シルヴィアは抵抗を感じたが、それでも幾夜のために言うべきことは言っておく。シルヴィアもどちらかというと幾夜寄りの考えではあるが。
「何より、水戸黄門の印籠も、有る方がネタとして面白いだろ? お前の言う肩書き信仰が崩れる所もまた、お楽しみの一つだしな。ま、権威や肩書きで思考停止する奴も問題だけど、それをくだらないと断じてそれで終わりってのも、思考停止だぞ」
「う……そっかあ……」
「俺に言われたからって、引っ込む必要はないぜ。それも思考停止だ。考えたうえで俺の言い分が正しいか、幾夜の考えが正しいか、判断すりゃいいよ」
「ううん、お姉様の言葉に言霊すっごく感じたから、お姉様が正しいと思ったよ」
そう言ってにっこりと笑う幾夜。
(ヤバい。これ以上懐かせてどーする。後々面倒になるだけじゃるーかよ)
もうすでに手遅れな気もしてきたシルヴィアである。
(だったら護衛についた時点で、俺がこいつの側にいるとかしないで、別の奴に任せればよかったって話だ。でもこいつが俺のことを望んでるのに、あからさまに避けるのも可哀想だから、側にいてやったが……あーもう……困ったな。今や焼け石に水だが、打てる手は打っておこう)
シルヴィアはそう思い、朝食を終えるなり幾夜から離れ、客室に戻ってこっそりと電話をかける。
「よう純子。俺、まだルキャンネンコの護衛してるんだけど、暇だったら遊びに来ないか?」
自分でもぎこちないのがはっきりとわかる口調で、純子を誘うシルヴィア。
『んー、何でまた突然?』
「いやいやいや、俺はどうでもいいが、幾夜の奴もお前が来れば喜ぶしさあ」
『ひょっとしてシルヴィアちゃん……私がいれば、幾夜ちゃんの意識が私の方にも分散して楽になるなーとか、そんな目論見で私を誘ってない?』
(鋭いやっちゃ……)
図星を突かれ、笑みを引きつらせるシルヴィア。
「いやー、無理にとは言わないぜ。面白そうだし、お前の知的好奇心満たす代物じゃないかなーと思っただけの話だし。もちろん場合によっちゃ戦力になるなーとかいう、打算もあるけどさー」
『シルヴィアちゃん、気付いてないかもしれないけど、ちょっと棒読み気味だよー』
「うぐぐ……いや、その……わかってんなら助けてくれよ。俺とお前は……ほら、オーマイレイプとお前は不仲でも、俺個人とはそんなでもないだろ? 借りにしとくからさ。銀嵐館の当主に貸し作れるんだぞ? お得だぞ?」
『んっんーんー……まあ今日は実験台確保していじってる所だから、ちょっと……。また遠慮なく誘ってー』
結局断られ、がっくりと肩を落とした所で、携帯電話が緊急信号用の震動を起こし、シルヴィアは気を引き締める。
『敵襲です。数は七名。そのうち一人は強敵と判断』
「俺が行くまでは騙し騙し戦っておけ」
『向こうから仕掛けてくる気配はありませんが、こちらから仕掛けますか?』
「本当に敵襲か? まあ、仕掛けてこないならこちらから仕掛けるな。俺が行くまでな」
インカムで部下に指示を出し、シルヴィアは玄関へと向かう。
「まったく~。食前の運動なら歓迎だけど、食後ってのは勘弁してほしいわ~。ていうか、朝に襲撃とかマジ勘弁」
幾夜も途中でシルヴィアと合流する。
「ヤバそうな奴がいるらしいから、隠れておけ」
「わかってるよ~。凄く強烈な呪いを受けたのがいるみたいねぇ。ここからこっそり覗くだけにしとくから」
玄関まで着いた所で、幾夜は足を止めた。
シルヴィアが扉を引くと、報告通り七名の男達が、庭で銀嵐館の戦士達と向かい合っている。
「なるほど、あいつはヤバそうだ」
シルヴィアも一目見てそれがわかった。一人だけ、異様に禍々しいオーラを放っている。位置取りからしても、リーダー格と思われる。
「俺は銀嵐館当主で筆頭戦士、シルヴィア丹下!」
盾を出さず、ライフルだけを肩に担いだ状態で、襲撃者達の前に堂々と進み出て、名乗りをあげるシルヴィア。襲撃者達というより、明らかに強そうなその一人に向かって、名乗った。そいつの意識を自分に引くように、だ。
「ガルシア」
邪気を放つ筋肉質な男が名乗る。見た目は東洋人と西欧人の両方の特徴があり、自分と同様にハーフではないかとシルヴィアは勘繰る。茶髪を短く切っており、邪気を放っている割に、随分と柔和で優しげな顔立ちをしており、人相も悪くない。それが逆に不気味と感じた。
「回れ右して帰るなら見逃してもいいぜ」
「そうさせてもらう。少し暴れてからな。そちらの戦力は皆出揃ったか? それを待っていたんだ」
シルヴィアの挑発に対し、ガルシアが嬉しそうに微笑み、身構える。
(何だ、こいつ……)
構えるガルシアを見て、シルヴィアは訝る。
(素人丸出し、隙だらけだ。少なくとも武術の心得は無いな。でも……)
純粋に身体能力は高いと見てとれた。
(純子の所で改造されたマウスみてーなもんだと思えばいいか)
いつも通り、銀色の巨大盾を転移させて呼び出すと、全身に力を込める。
「嗚呼……マッチョになったお姉様もいい……。でも後ろ姿だけじゃなく、前も見たい」
玄関の隙間から様子を伺う幾夜が、うっとりとした顔で呟く
「どっこいしょーっ!」
シルヴィアがかけ声と共にガルシアめがけて盾を飛ばしたのを合図に、他の面々も戦闘が開始された。
シルヴィアは盾を吹っ飛ばした後、横へと動いていた。すでにマッチョ化は解けている。
ガルシアは動こうとしなかった。シルヴィアはそれを見て、何となく勘でわかった。盾の攻撃をかわした者はいても、受け止めた者はさほどいない。しかしいなかったわけでもない。何となく、受け止められる気がしていた。
「ふんっ」
ガルシアが両手を広げ、全身で盾を受け止める。
精一杯の力をこめて踏ん張るガルシア。衝撃で体が軋む。避けるという事も考えたが、あえて受けてみたかった。自分が得た力を試してみたかった。
盾を受け止めて防ぎ、満足げに笑ったところに、新たな衝撃がガルシアを穿つ。シルヴィアのライフルによる射撃だった。
右胸を貫かれたかと思いきや、ガルシアを蝕む呪いが最大限に活性化し、ライフルの弾が当たった場所に激痛をもたらすと同時に、皮膚と肉を硬化させ、弾の侵入を防いだ。シルヴィアのライフルの呪いも当然退けている。
(あいつの呪いは――私も始めて見る、伝説の呪い。呪いに蝕まれ、不死の戦士にされてるんだ……)
遠くからでも、幾夜はガルシアが身に受けている呪いの正体がわかった。
ガルシアがシルヴィアめがけて駆ける。ガルシアがアタックレンジに入る直前までひきつけた所で、シルヴィアは再び盾を目の前に出し、前方へと吹っ飛ばした。
防いでその場に転がっていると思われた盾が、またシルヴィアの前に現れたうえに、ガルシアが攻撃を仕掛けようとした直前の出現であった。故に今度は身構えることがかなわず、ガルシアは至近距離からまともに盾をぶちかまされる。
盾ごと大きく吹き飛ばされたガルシアは、庭の端まで飛ばされ、庭の壁を破壊してそのまま敷地外まで飛んでいった。
数秒だが意識が吹っ飛んでいたガルシアは、気がつくと砂利道の道路で大の字になっていた。
「ふふふふ……」
何故かおかしくて、ガルシアは笑いながら身を起こす。今の攻撃はかなり堪えたが、それでも呪いの抵抗によって、ダメージは防がれている。もっとも防ぐ際に、強烈な苦痛をもたらされてもいるが。
ゆっくりとガルシアが庭へと戻ると、あらかた勝負はついていた。ガルシアが引き連れてきた殺し屋六人のうち、四人がすでに倒れている。
「くふふふ、うふふふふ」
シルヴィアを見ながらガルシアは笑う。嫌な笑い方ではない。それどころか爽やかな笑みのように、シルヴィアの目には映った。
「何がおかしい?」
ライフルの銃口を向け、シルヴィアが静かに問う。
「俺の望みがかなった。今、望んだ力を試している。それが嬉しい。俺に力を与えてくれた人のため、力を振るえる事もまた嬉しい。今がきっと……人生で一番幸せな時だ」
こちらも静かに言い放つと、穏やかな表情のまま、ガルシアは堂々とシルヴィアに背を向けた。
「挨拶だけにして帰ってこいと言われているので、帰らせていただく。御機嫌よう」
隙を晒して立ち去るガルシアに、シルヴィアは銃を撃つことはしなかった。撃っても無駄だとわかっている。
(完全な不死身なんてあるわけねーが、俺がここであいつを殺せるとも思えねー)
シルヴィアもガルシアの体の異常性に気がついていた。再生能力持ちはオーバーライフに多数いるが、それとはまた違う。肉体のダメージが極限に抑えられている。
シルヴィアが振り返ると、殺し屋達のうち五人は死体となって転がり、一人は降伏して蹲っていた。
「カードを渡されているか?」
生き残った刺客にシルヴィアが問うと、刺客は懐から一枚のカードを取り出し、シルヴィアに見せた。夜空の絵柄に、アルファベットのOが書かれている。
死体からもさらに三枚のカードが見つかる。U、E、Oで計四枚。これまでの物と足せば八枚になる。
幾夜のいる玄関に戻り、シルヴィアがカードを見せた。幾夜も以前持っていたカードを取り出す。
「アルファベットはBELMNOOUか。この八文字から単語か文章、連想できないか?」
地面に順番に並べたカードに視線を落とし、シルヴィアが尋ねる。
「わかっちゃったぁ……」
幾夜が呟き、MとNの字を入れ替え、EとLを入れ替え、UをLとEの間に入れた。
「BLUEMOON? 青い月? 一応単語にはなったが……」
「蒼月祭よ……。これ、悪趣味な招待状だわ」
訝るシルヴィアに、幾夜がそう答えて、電話をかけだす。シルヴィアからすればますます意味不明な答えだ。
「黒幕もわかったよぉ。あ、もしも~し」
『幾夜よ、答えに辿りついたようだな』
電話の相手が笑い声で言った。
「やっぱり……貴方の仕業なのねぇ……。どういうつもり?」
『我輩に電話をかけた時点で察しているのであろう? 蒼月祭の招待状だよ。そこでお前を殺そうと思う。もちろん、来ないという選択肢もある。その場合、祭りの後に延々と刺客を放ち続けるぞ。遊びではなく、本気で殺すつもりでな。祭りには当然我輩も参加する。そこで決着をつけようではないか』
「何で……」
何故急に自分を殺そうと思ったのか、どうして戦うつもりでいるのか、全く理由がわからず、問いただそうとした幾夜だが、相手は一方的に電話を切った。
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