第三十一章 29

 指示されずとも、晃は真っ先に魔術師達を狙って銃撃を行う。それが開戦の合図となった。


 真も同様に術師から先に狙い、二人撃ち殺す。晃が殺した分と合わせて計三人殺され、残った魔術師らは自分達が狙われていることに動揺し、術を使うどころではなくなった。


 武装した兵士達が九人、魔術師達をかばうように、彼等の前へと移動し、小銃を撃ちまくる。

 火力と数では圧倒的に、アブディエル側が上かと思われた。真と晃も追撃は諦め、互いに左右に分かれて駆け、ビルの柱の陰へと隠れる。


「みそメテオ」


 二人が柱の陰に入る直前に、凜が兵士達に無数のみその塊を降らした。

 何が何だかわからない攻撃に、一瞬混乱した兵士達であるが、その場から退避を行う。三人ほど、みその塊の直撃を受けてその場に倒れたが、致命傷というわけではないので、倒れた三人を狙って、凜が銃を撃ってとどめをさしていく。


 みどりと十夜は兵士達の中でも、明らかに力霊憑依者と思われる者と、それぞれ対峙していた。

 みどりと対峙しているのは全身白タイツで、体中に様々なバッジをつけるという、何かのパフォーマンスでもしているのかと思わせるような格好の、背の高い白人中年女性であった。その厳つい顔は厚化粧が施され、にやにやと薄気味悪い笑みを張り付かせ、みどりを見ている。


(うげぇ……このおばさん、自分の娘を二人も殺しているのか~。で、力霊も実の娘を殺して生贄に捧げた魔術師だし……。それでずっと、殺した娘に年齢が近いみどりを意識して、笑っていやがるんだなあ……)


 相手の想いが強すぎて、自然とみどりの中に流れ込んできてしまい、みどりは顔をしかめた。


 全身タイツおばさんが笑みを張り付かせたまま、みどりに向かって一直線にダッシュしてくる。みどりは向かえ討たんとして、薙刀の木刀をアポートで呼び寄せて構える。

 その全身タイツおばさんを、柱の陰にいた真が撃ち殺した。胸を赤く染め、みどりの攻撃範囲に入る直前で、横向きに倒れる全身タイツおばさん。


「真兄……ま、いっか……」


 接近戦を挑んでくるからには、近接戦闘向きの超常能力があったんだろうなあと思いつつ、全身タイツおばさんの死体を見下ろす。背中までバッジがいっぱいついている。


 十夜と対峙している力霊憑依兵士は、服装こそ他の兵士達と同じであったが、露出した肌がすでに人のそれとは異なる。手も顔も小さな刺がびっしりと生えている。服の下もきっとそうなのだろう。何よりおぞましいのは、肌だけではなく、唇や鼻の穴や目からも刺が生えていることだ。


 手にしていた銃を捨て、刺だらけの口を笑みの形にして、十夜を手招きする。接近戦に誘っている。

 用心しつつも、十夜が刺男へ近づいていく。ある程度近づいたら、いきなり刺を一斉に飛ばしてくるなどの、嫌な攻撃も警戒しつつ。しかしそんな攻撃をされて、果たして無傷でいられるだろうかなどと、不安になってくる。


 しかしその不安は杞憂で終わった。何故なら柱の陰にいた晃が銃を撃ち、身構えた刺男の額の真ん中が穿たれたからだ。


「晃……まあ……いいか」


 身も蓋も無いが、正直やりたくない相手だったので、十夜は晃に向かって親指を立て、他の兵士達へと向かった。


 アブディエルは部下達だけに任せて後ろにふんぞりかえるような真似をせず、果敢に戦いを挑んできた。


(将や首領としては褒められた行いではないですが、一戦士としては称賛したいですね)


 そう思いつつアブディエルの前に進み出たのは累だ。漆黒の妖刀妾松を抜刀し、中段に構える。


「凜ちゃん、撃って」

「やめてくださいよ。せっかくの獲物を」


 純子が凜にアブディエルへの射撃を促し、累が憮然とした顔で制止した。凜は一瞥しただけで、他の兵士達相手に攻撃を続けている。


「雪岡純子との決着が望みだったが、高名なるソーサラー、雫野累と戦える名誉も捨てがたい所だな」


 先程の見苦しい怒りをどこかへと消して、爽やかとも言える笑みを浮かべ、闘志を漲らせるアブディエル。それを見て、累と純子は少し驚く一方で、納得もしていた。


 累とアブディエル、双方から距離を駆け足で一気に詰める。


 剣を手にしている分、先に攻撃の届く範囲に入った累が、アブディエルの喉めがけて突く。


 速く鋭い一撃に総毛立ちながらも、上体を大きく横に傾けて突きをかわし、アフディエルは傾けた側の足を軸にして体を回転させ、累に後ろ回し蹴りを放った。


 意表をつかれ、なおかつ思いもよらぬ角度から蹴りが放たれて、累は避けきれずに腕に蹴りを受けてしまう。


 素早く体を入れ替えたアブディエルが、力強く踏み込み、体勢の崩れた累にボディーブローを放つ。これも避ける事ができず、累はまともに食らう。

 思っていた以上恐ろしく強力な一撃を受け、累は前のめりに体勢を崩す。そこにアブディエルがとどめといわんばかりにアッパーを放つ。


 累はそれをかわしも防ぎもせず、食らっていた。しかし今度は何もしなかったわけではない。腹部に拳を食らった直後、低位置から両腕を大きく引いて脇構えにもっていくと、アッパーカットが炸裂する直前に、至近距離から刀を振り上げていた。


 膝から崩れ落ちる累。脳が揺れているのがわかる。


 アブディエルも累の逆袈裟で斬られ、大きくのけぞり、反射的に数歩後退していた。服が、肌が、肉が、そして肋骨と鎖骨までもが切り裂かれている。


 流石にこの状態でなおも戦闘を持続するのは危険と判断し、アブディエルはさらに後退して距離を置き、傷口に手をあてて、治癒の力を発動させる。肉体そのものに備えた再生力が乏しい彼は、能力を発動させてダメージを癒すしかない。


(あの時と同じだ。雪岡純子と戦った時と同じだ。何だ、これは……。楽しい。凄く楽しい)


 頭を押さえて小さく振りながら立ち上がる累を見つつ、アブディエルは満面に朗らかな笑みをひろげていた。


***


 好吉はビルの外に出て、さめざめと泣いていた。


 結局自分には誰もいなかった。一人だった。ただ利用されていただけで、意にそぐわぬことをしたとあったら、いつものように見下されて罵られた。

 自分はどこまでいってもこういう運命なのだと、悲嘆に暮れる。


 誰かに認められたかった。誰かと心を繋ぎたかった。好吉の本当の望みはそれだけだったのに、かなうことはない。


 ふと、好吉の視界にあるものが映った。道に落ちている、ある物。

 犬の糞だった。


(糞か……。まるで俺はあれだ。糞だ。俺の人生、俺そのものが糞だ。いや……俺だけか?)


 己を否定しつつ、別の感情が次第に沸いてくる。


(全部糞だ。だから俺も糞だ。わからせてやる。全てが糞でしかないんだと。俺を糞扱いした奴に、糞扱いされる痛みを……)


 悲痛に歪んでいた好吉の顔が、怒りの歪みへと変わる。瞋恚の炎が噴きあがり、胸を焦がす。

 呪い、憎しみ、怒れる者の行き着くところは、この世の全てへの否定。そして破壊への強い欲求。人の魂はそう出来ている。好吉も、そうなったに過ぎない。

 

 ***


 応急手当程度に治癒を済まし、アブディエルの方から仕掛けた。


(この熱く激しい闘争心。先程喚いていた愚物とまるで別人です)


 支配者を目指そうとするアブディエルは軽蔑にしか値せぬ男であるが、戦士としては敬意と称賛に値する者だと、累の目には映る。


 累が剣を手にしている分、リーチでも殺傷力でも大きな差が有るというのに、まるで異に介さず、恐れもせずに、アブディエルは勇敢に攻めていく。

 累はアブディエルが攻撃圏内に入る前に、自分の方からも踏み出して距離を詰め、突きにかかる。


 今度の突きはまともに入った。服部を貫かれ、血を吐き出す。

 アブディエルが普通の人間なら致命傷だが、いくら再生力が乏しいといっても、彼もオーバーライフの端くれ、この程度では死なない。


 なりふり構わずに、必死に距離を取る。みっともないが、逃げ回りながら治癒の力を使うしかない。


 しかし累は追撃に及ばなかったので、アブディエルは不審げに累を見た。


「アブディエル……貴方はやっぱりこちら側の人間ですね」

 刀を構えたまま、累が話しかけた。


「こちら側?」

 累の言葉に、アブディエルは訝る。


「何百年も生きていて、自分の本質に気付いていなかったのですか? 貴方は支配者としてふんぞり返るような、そんなタチではありません。闘争と混沌を望む者です。僕や純子と同じ側にいる者ですよ。今からでも、生き方を……己の在り方を変えることをお勧めします」

「む……」


 思いもよらなかった台詞をぶつけられ、アブディエルは動揺した。いや、心当たりはあるからこその動揺だ。累の指摘が全く見当違いであれば、一笑に付して否定することができるはずだ。


 この戦闘を心の底から楽しんでいる自分。それは認めざるをえない事実。

 何よりも累の言葉が、非常に甘美な誘惑じみて響いて、そちらに行きたがっている自分がいることも、アブディエルは意識してしまう。それもまた認めざるをえない。

 感情はそちらに傾いている。だが理性は拒絶する。


「そんな……例えそれが本当でも、今まで積み上げてきたものを放り出せるわけが……」


 己のダメージを治癒する手も止めて、動揺するアブディエル。


 動揺するあまり、自分に向けられた殺気に反応するのが遅れてしまった。殺気自体も最小限に留められ、攻撃の直前にそれを感じた。


「ぐげばっ!?」


 胸部に熱い衝撃を食らい、口から大量の血を吐き出すアブディエル。

 不可視の攻撃によって、背中側から胸を貫かれ、先の風景が見える程の大穴が開いていた。


 アブディエルの体に開いた大穴の先に、長い腕を持つ全身赤黒い肌の少年が、憤怒の形相で腕を突き出している姿が、累の目には映った。


「皆、俺を見下してた。俺のこと、最底辺のゴミみたいな目で見て、ゴミみたいに扱っていた。世の中の奴等、全て敵だと思ってた。でも、あんただけは俺を認めてくれた……。それがどんなに嬉しかったか、あんたにはわからないだろう?」


 腕を突き出したまま――能力を発動させたまま、孫の手でアブディエルの胸を貫いたまま、好吉は呻くような声で語りかける。


「そして……そんなあんたも結局は他の奴等と一緒だった。俺を見下していた。今の俺のこの気持ちもわからないだろうっ! ああ……気持ちいいわ~。憎しみも限界突破すると逆に気持ちいいわ~」


 心地好さそうにへらへらと笑う。胸部を貫かれたままなので、アフディエルは回復もできない。そして激しい出血。すでに心臓が破壊されている。


「……」


 アブディエルは何も言わなかった。累に自分の本来の性質を指摘された後であったがためか、自分の野心も命も潰えようとしているというのに、悔しがることもなく、取り乱すこともない。


(こいつの言うとおりだ。私はこいつを……いや、全てを見下していた。それでいい気分になったつもりでいた。だが本当の意味で高みにいたわけではない。だからこの世の統治者の座に就けば、本当の意味で高みにいるとして、安心して見下せるから、支配者としての地位を欲していた。それが本音だ。父の仇だのどうこうは自分を誤魔化すための口実だ。自分で自分さえも誤魔化していた。とんでもない愚か者だ。そして……多くの人間を傷つけて、自分を慕う哀れな小僧も……)


 好吉の反逆とその言葉によって、アブディエルは理解した。今まで見えなかったもの、考えなかったもの、見ようとしたかったものが、全て直視できた。高速で理解した。そして認めた。死を直前にし、頭が驚くほど冴え渡り、激しく回転していた。


(私が本当に支配者に相応しいなら、こいつに裏切られることもなく……いや、私にちゃんと仕えてくれたこいつを悲しませることもなかった。雪岡純子の言うとおりだ。小僧一人を従えることもできない私が、世の支配者になるなど……滑稽だ。雫野累の言うとおりだ。そっち側で生きていればよかったんだ)


 自虐的な気分で、アブディエルは様々なことを思う。そして目の前にいる累に顔を向け、口から大量の血を吐き出しながら、笑いかける。何故そうしたのか、アブディエル自身にもわからない。


 死を前にして、愚者であった自分から解放された事に、奇妙な安堵があった。しかし大きな心残りがある。自分が傷つけ、自分を殺したこの少年のことだ。


(今際の際に目が覚めるとはな……。じゃあ、せめて……最期くらいは……こいつに……謝っておくか)


 アフディエルが好吉の方に振り返り、好吉に詫びの言葉を告げようとしたが、できなかった。好吉がもう片方の腕を振るい、アブディエルの頭部を粉砕したが故に。


(うっひゃあ……ひでータイミングで殺しちまいやがった……)


 みどりが歯噛みして拳を握り締める。目が潤む。死ぬ前のアブディエルの強い想念は、自然とみどりの中に流れこんできていた。


「アブディエル様あぁあぁぁっ!」

 腹心のラドクリフが絶叫をあげる。


「結局どいつもこいつも同じだよ。人間なんて皆こんなもんだ。くだらねえ奴ばかり。糞みたいな奴ばかり」


 言いつつ好吉は、アブディエルの骸を念動力でもって、ビルの外へと引っ張っていく。


「ほら、世界を導く予定だった偉大なアブディエル様よ。神に最も近い偉人様よ、あんたに相応しいもんがあるぜ」


 道に落ちている物の上に、アブディエルの体を押し付けた。先程見た、犬の糞だった。


「高尚な理想を掲げた高潔なアブディエルさんの死の手向けに、相応しいだろ?」


 たっぷりと嘲りを込めて言い放ち、好吉はアブディエルの背中を踏みつける。


「どいつもこいつも糞だ。そんな糞みたいな奴等が……自分達も一皮剥けばこいつみたいにくっだらねーダセー存在のくせして、俺のこと散々見下して、いじめてやがった……。何て醜い奴等だ……。許せない。ゴミ掃除するか。ばっち-んだもん。人間の心って、うんこよりばっちーゴミだ。全部掃除してまわらなくっちゃ……」


 呟きながらビルの中へと戻り、好吉は、純子と累を見据える。


「うおおおおおっ、あんまりだ……神よ。アブディエル様にこのような仕打ち……あまりにもひどい……」


 ラドクリフがおいおいと泣き喚く。

 泣きながら周囲を見ると、兵士も魔術師も力霊憑依者も、大半がほころびレジスタンスとミサゴと真によって、斃されていた。純子は何もせず見学に徹していた。十夜とミサゴが若干負傷している。

 非戦闘員の研究員達もいるが、こちらは隅で固まって震えている。


 全滅するのは時間の問題だと、ラドクリフは見た。


「私が引き継がなくては……アブディエル様の大志を……。あの方の生も死も無駄にしないために……そのためにはどけだけの犠牲を払おうと……」


 うわ言のように呟くと、堂々と背を向け、エレベーターへと駆け込むラドクリフ。純子と真とみどりだけがその動きに気付いた。


 真がラドクリフに向けて銃を撃ったが、ギリギリの所でエレベーターの扉が閉まり、銃弾はラドクリフに届かなかった。エレベーターは下に向かうことを示す。


「あいつ、何するつもりだ?」

「きっと何かパワーアップアイテムがあるんだよー」

「いや、物凄い強い力霊がいて、憑依合体と見たね~」


 真、純子、みどりが、エレベーターを見てそれぞれ言う。


 アブティエルの配下の残りが、凜と晃によって斃される。残るは、入り口に佇む好吉のみ。


「私達はあの人を追うよー。凜ちゃん達は……」

「あいつの相手ね。あれが本体なら、あれを殺せばもうおしまいよね?」


 純子に声をかけられ、凜は好吉の方を向き、黒鎌を構えなおす。


(あいつの能力は取り入れたくないなあ。何かキモい。自分の分身を幾つも作るとか)

 そう思う凜。


 雪岡研究所の四名は、非常階段へと向かう。一応地下にも通じている。


「晃、十夜。私達はただ単に運がよかった」


 黒鎌を構えたまま凜が微笑み、声をかける。


「どういうこと?」

 晃が怪訝な声と表情で問う。


「良い巡りあいがなければ、私達もこいつと同じになっていた可能性があるってことよ」


 凜の言葉を聞いた純子は、意味深な微笑をこぼして、地下へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る