第三十一章 28

 非常用エレベーターは複数有り、研究員や兵士や魔術師達も次々と一階ロビーに現れる。そして純子の姿を見て驚く。


「やっぱりここでビンゴだったねー。みどりちゃん、お手柄」

「イェア、みどりいなければ未解決のまま、日本終了だった~?」

「そこまではいかないと思うけど、見つけるのは手間だったかもねえ」

「みどりってどんな能力なのさ」

「へーい、そんなもん敵がいる前で教えるわけないっしょー」

「つまりタネを明かしたらヤバい系能力かー」

「そういうわけでもねーっス。でもぺらぺら教えたいとも思わないかなー」

「ていうか、バラしたところで、どうせこの人達の命運決まってるから、問題もないんじゃなーい」


 純子、みどり、晃が楽しげにお喋りをする様を見て、アブディエルと好吉はそれぞれ別の意味で苛々する。


「それってまさか……」


 あまり頭の回転のよろしくない好吉が、この時は閃いた。


「あの時のあれか?」


 分裂体の一人が、殺されるでもなく延々と風をぶつけられるだけの状態で、動きを止められていた。そして目の前にいるうちの四名がやってきた。どうもこの四人を待っていたような風に見受けられた。実験台にされるのではないかと思い、分裂体はすぐに消去したが……


「何か心当たりがあるのか?」


 お前の失態か――というニュアンスを過分に込めて、アブディエルは険悪な声を発して、好吉を睨む。


「いや……でも、すぐに分裂体は潰しましたし……いや、その、別に俺のせいかどうか決まったわけじゃ……」


 震える声で弁解しようとする好吉。まさか自分のポカで、敵をこの場に呼び寄せるという、最悪の愚を冒したなど、思いたくはなかった。


「いや、そこのにーちゃんのおかげだよォ~」


 ニヤニヤ笑いながら、みどりは言い切った。好吉が青ざめる。


「嘘だっ! 別に俺は何もっ……!」

「落ち度は無いさァ。みどりが持つ能力に、普通は気付くわけもねーし、まさか精神世界から分裂体を辿って本体の精神まで行き着いて、場所が特定できるなんて、そんなのわからねーっしょ。あ、ばらしちゃった」


 わざとらしい口調で言い、自分の頭をこつんと拳で叩いて微笑むみどり。


「何故不審なことがあってもなお、それを私に報告しなかったのだ! おかげでこの様だ!」


 好吉の方を向いてアブディエルががなる。


「お前のような無能で俗物で愚鈍な凡骨は、いつか必ず私の足を引っ張ってやらかしてくれると思っていたんだ! それを警戒してはいたが、ここぞとばかりにやってくれたな! お前如きのせいで、私が長年費やしてきた努力を、積み上げてきたお膳立てを、募らせてきた悲願を、台無しにされるなど、絶対に許されないことだ! お前に! お前なんかに! この私の計画が狂わされるなど、耐えられん!」


 普段から好吉のことが気に食わず、腹の中で見下していたアブディエルは、ここぞとばかりになじる。祭りで反撃の辺りから思い通りにいかない展開となり、そのうえ好吉経由で敵が誘き寄せられたとあって、貯まった鬱憤を好吉で晴らす格好になった。

 なじられた好吉も、純子や凜達も、アブディエルの部下達でさえも、アブディエルのこの支離滅裂な激昂ぶりに、呆然としていた。


「嘘だろ……。あんただけは……俺のこと見下さないと……俺のこと認めてくれると思ってたのに……。だから、信じて……あんたのためになら何でもやるって思ってたのに……」


 泣き顔になり、涙声で訴える好吉。


「お前の力は確かに役立った。それは認める。しかしお前が足を引っ張ったのも事実だ。そしてお前のような低俗で単純な小僧には、その力は過ぎたるものだった。分不相応! 人選ミスだ。力を手にする資格の無い者に、力を与えた悲劇だったな」


 アブディエルがたっぷりと嘲りを込めて言い放つ。今まで散々調子にのって楽しそうにしていた小僧が、自分の一喝でしょげているのが、見ていて心地好かった。状況は何も好転していないが、ストレスは相当発散できた。


「何こいつ……。小物全開じゃん」


 アブディエルの言動に、不快さ丸出しに晃が吐き捨てる。その言葉に反応し、アブディエルが晃に視線を向けると、まるでゴミでも見るかのような、見下した視線が、晃はもちろんのこと、十夜、凜、真、ミサゴ、累、みどりから一斉に降り注がれていた。

 無数の軽蔑の視線に晒されている現実に、アブディエルの熱くなった頭が急速に冷めていく。


(何だ? 何でこの私が……世界を導いていく存在となる私が、こんな目で見られる。何様のつもりだ? 己を弁えない凡夫共のくせに……)


 そう考えて自尊心を保とうとする一方で、アブディエルは己の部下達の方を向くことができなかった。もし彼等も同じような目で自分を見ていたらと考えると、残った自尊心も崩壊しそうな気がして。


「ちょっと理不尽な怒り方だねえ。見ていて気分よくないっていうか、そんなんで人の上に立つ立場が務まるの? 好吉君一人救えず、思い通りにならなかったからって八つ当たりするような人が、支配者に相応しいと思える? ちょっと冷静になって考えてみたらどうかなあ?」


 溜息混じりに、純子が静かな口調で諭す。


「下の者にどう思われようと知ったことではないな。力、コネクション、血筋といったものが揃った者は人の上に立つ権利が有るし、下をどう扱おうが構わんだろう。下はどう扱われようと、下にいる限りは上に従うものだ。それが世の摂理だ。人から好かれる支配者など甘ったれた幻想だ」


 純子の言葉をはねのけ、憎々しげな笑みをたたえ、傲然と言ってのけるアブディエル。

 だが一笑に付す一方で、純子の言葉はアブディエルの心に深く突き刺さっていた。何も感じていないわけではない。考えないわけではない。脊髄反射して悪ぶってみたが、今口にした言葉の数々とて、本音ではない。


「それを自分の部下の前で堂々と口にするとは、どういう神経してるんだ」

 真が冷めた声で言う。


「いやあ……もうこの人混乱して、わけわかんなくなってるんじゃないかなー」

 と、笑いながら純子。


(言いたい放題言ってくれる……。秩序を乱すアウトローの分際で……。いや……しかし確かに私もどうかしてる……)


 口の中で毒づく一方で、アブディエルの心は激しく揺れていた。純子の言葉が正論としか思えない。自分が言い負けたくなくて、それに幼稚な反抗をしていると、自覚しつつあった。


(確かに……言い過ぎだ。馬鹿丸出しだった。苛々して、当り散らして……いくら好吉のことを日頃から気に食わないと思っていても、今のはいくらなんでもひどい。後で……好吉にも謝っておくか。出来が悪いとはいえ仲間だ)


 ようやく怒りが冷めて、自己嫌悪の念を抱き、自分のみっともなさを認めて反省するアブディエル。


「まあ、計画はこうして潰されたけど、力霊を量産化したり、憑依させてサイキックソルジャーを生産したり、その辺は頑張ったと思うけどね。それ以上の派手な動きは、それこそ分不相応だよー。貴方には過ぎたる領域だったかなあ」

「TATARIプロジェクトのことか。しかしうまく行けば、まさしくこの世を支配できる力なのだぞ。神の如く、私の意志で世に災厄を撒くことができるのだからな。天罰という名の恐怖で、凡夫らを従わせることができる」


 純子の指摘にもめげず、アブディエルは精一杯主張する。


「タタリプロジェクトって、随分とまた……」


 ネーミングセンスが悪いと思い、苦笑いをこぼす凜。


「確かに最初は力霊量産計画だった。しかしその計画を進行しているうちに、ある事に気付かされた。過去、世界中に痕跡のある、人の心がもたらした災厄。日本で言う祟りというものを。それは――例えば平将門、菅原道真、崇徳上皇といった、この国で三大怨霊と呼ばれるような、強力な個人の霊によるものもあれば、九尾の狐のような、術で造られた人造生物が神とも呼ぶに相応しい強大な力を得て、世に災厄をもたらした例もある。つまり、人はその気になれば、力霊よりもさらに強力なサイキック・ウェポンを造ることもできるという道理だ。それがTATARIプロジェクトだ」


 アブディエルの語った話は、大体ここまで多くの推測の通りであった。しかし……


「そして……いずれ我々の敵として立ち塞がると想定していた、雫野の一族について調べていた所、島原の乱をたった一人生き延びた山田右衛門作が、雫野流の妖術師であり、原城で命を落とした三万七千の魂を利用して、短期間で数々の災厄をもたらした事がわかった」


 アブディエルが計画を思いついたきっかけを聞いて、目の前の当事者二名が思いっきり顔をしかめる。


「どこからあの話、漏れたんだろ……」

「わりと関係者はいましたから、どこかで伝わっていても不思議ではないです……」


 ひそひそと囁きあう当事者二名。


「意図的に祟りが如く災厄を国家にもたらすことができたとしたら、これほど強力な力はあるまい。この世の支配も絵空事とは言えなくなる。そうは思わないか?」

「いや、思わないけど? どっかで絶対食い止められるって……」


 アブディエルはその強大な力に魅せられて浮かれているようだが、純子からすると、全く脅威など感じなかった。ましてや世界征服など絶対に無理だ。十年前の大怪獣化したアルラウネや、刹那生物研究所で生まれた魔法少女の方が、余程深刻な脅威と思える。


「ようするに僕の愚かな弟子の真似事ですか。馬鹿馬鹿しい……」


 累が侮蔑を込めて吐き捨てる。


「弟子の方がまだマシでした。彼は身の丈を弁えていました。貴方の野心は身の丈を弁えない滑稽なものです」

「何が野心だっ。私は、単に私の野心のためだけに、力を手に入れようとしているわけではないっ」


 累の言葉に反応して、ムキになるアブディエルだが、多くの者はこう思った。怒る所そこかよ――と。


「私は偉大な父の意志を継ぐために、そして父の無念を晴らすために、力を求めたのだ。私個人での野心のためだけではない。そして父のように、素晴らしい統治者として世の陰から君臨し、強さと豊かさで磐石なる世界を築くのが望みだ。私自身の欲のためではないっ」

「ふええぇ……そういう独善的なのって一番ヤバいタイプじゃん。自分が世の中のためにいいことしているつもりとかさあ。自分こそが正義とか思ってると、歯止めも利かなくなるし、それなら自分の欲望や野心丸出しの奴の方が、まだマシだわさ」


 毅然として言い放ったアブディエルであったが、みどりが心底呆れきった顔で否定する。


「アブディエルさんはよっぽどお父さんのこと、高潔で素晴らしい人と思ってるらしいけど、あの人――ミハイルさんはそんなに褒められた人じゃないよ」


 純子が口にしたその言葉に、アブディエルは目を剥いた。


「建国以来からアメリカの陰の支配者してきたけど、他所に敵を作って国をまとめる野蛮なやり方をずーっと続けていたし、しかも冷戦以降は弱い者いじめオンリー。いや、冷戦時だって代理戦争ばかりで、自分達の国にまで大して害を及ぼさない相手ばかり狙って、ひたすらねちねちといじめたおして、正義の味方気取りしてたからねえ」

「三十年前の中国との戦争は何だという話になる。あれは断じて弱い者いじめではないぞ」

「米中大戦だって、ミハイルさんは本当はやりたくなかったんだよ。中国側が増長していろんなちょっかいを出してきても、戦争になったら本国も被害を食うのは目に見えてたから、避けていた。中国は自国の民の被害なんて、全然気にしない国だしねえ。単に大国だからというだけではなく、そんな性質の国とは事を構えたくないでしょうよ」

「しかし結局は踏み切っただろうっ」

「うん、正確には、煮え切らないのを踏み切らせたって所かな」


 純子の台詞に、アブディエルは顔色を変えた。


「貴様……まさか……」

「勘違いしないでねー。別に私が戦争を引き起こしたわけじゃないよ? あれは元々開戦ムードで燃え上がっていたんだからさ。私はそこに、ちょっと油を垂らしただけなんだから」


 意味深に微笑む純子。


「具体的に何したのか、僕も知らないんですけど」

 当事者の一人である累が、興味深そうに純子を見る。


「いやあ、大したことじゃないよー。ただいつも通り、ネットで匿名で煽りまくっただけだよ」

「三十年前からそんなことしてたのか……」

「ふわぁぁ~……純姉はきっと、インターネット黎明期からやってたと思うわ……」

「ていうかそれ、流石に純子が戦争起こしたというには、無理があると思う。そういう意識を持ってたとしたらアイタタタって感じ」


 純子の告白に、真、みどり、晃がそれぞれ呆れ気味に呟く。


「まあ私のせいかどうかは知らないけど、私の望み通り、目出度く大国二つが開戦し、私は軍事予算大量ゲットして、最新鋭の研究施設も使わせてもらって、人体実験もやり放題で、実に充実した日々を送らせてもらったってわけ。おかげで私のマッドサイエンティストレベルも、その時にはねあがったしねー。まあ、後々になってミハイルさん達とは、対立することになっちゃったけどさー」

「そして貴様のような、たかだかマッドサイエンティスト風情に、偉大な統治者であった父は殺された……」


 目を細め、恨めしげな声を発するアブディエル。


「殺したのは百合ちゃんだけど……」

「同罪だ。パートナーが犯した罪は、貴様に支払ってもらう。いずれ雨岸百合も、貴様の後を追わせてやるがな」


 純子に憎悪の視線をぶつけ、アブディエルは宣言する。


「全員、かかれ!」


 長い言い合いの果てに、アブディエルがようやく戦闘命令を下し、一人を除いて臨戦体勢に入った。


 戦おうとしない一人――好吉は、肩を落としてとぼとぼとした足取りで、ビルの外へと出て行った。

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