第三十一章 16

 純子と累が新宿を訪れて二日目の夕方、真とみどりの二人と、ようやく合流を果たした。


「メールで送った通り、今夜、累君とみどりちゃんで、力霊の浄霊をしまくってほしいの」


 純子がみどりに向かって言う。


 剥き出しの霊に対しては絶対的な力を持つ雫野の妖術師であるが故、例え力霊といえども問答無用で冥界送りにできる。

 力霊を無造作に放って暴れさせて混乱させることもアブディエルの計画の一環であるなら、今夜中に片っ端の力霊を浄化させることができたら、その計画も狂わすことができるかもしれないと、純子は見る。希望的観測ではあるが。


「昨夜は、空に力霊が大量に舞っていましたからね。二人で手分けして浄化しましょう」


 累の話を聞いて、真は東京ディックランドの夜空を高速で舞っていた、ところてん状の力霊を思い出す。


「よっしゃあっ、ヘリの操縦ならみどりに任しておくよろし」


 己の胸を叩いて、歯を見せて笑ってみせるみどり。


「ヘリ操縦してたら、浄化はできないでしょ。ていうか何でヘリなんか操縦できるのですか……」

「あばばばば、みどりはいろんな乗り物の操縦得意なんだよォ~。いろんな免許持ってるんだぜィ」


 累の突っ込みに、みどりが笑いながら答える。もちろんそれらの免許は転生の合間に取ったものなので、正式な免許を今も持っているわけではない。しかしスキルは保持している。


「霊乱対策本部に連絡して、ヘリコプター二台の準備も頼んであるから、今のうちに移動しよう」

「敵にバレたらヘリなんて簡単に狙い撃ちにされるぞ」


 純子が移動を促したが、真が異を唱えた。


「夜だし、攻めるも守るも大変だけど、敵もそう簡単にヘリだの戦闘機だの、出してこれるかな?」

 と、純子。


「流石に戦闘機出されたら面倒ですよ」


 そもそも戦闘機が出てくるとは累も思っていないが、そんなものを出されて、ヘリの中から対応するというのは、絶対無理とは言わないが、キツそうな印象を覚えた。


「真君と私も護衛で一緒に乗り込もうか」

「戦闘機出されたら、雪岡はともかく、僕にはどうにもできないぞ」

「まあ戦闘機は無いと思うけどねー。流石に通常兵器をおおっぴらに都市にもちこんで使ったら、隠蔽もしきれないだろうし、国も今より本腰あげて対策しそうだから、敵さんも多少は加減すると思うんだ」

「日本の領土内で勝手に戦闘機飛ばして、日本のヘリ撃ち落とすようなイカれたことも、平然とやりそうだけどな。バトルクリーチャーを放って、民間人を無差別に襲わせているような奴等だぞ」


 などと純子と真で言い合いながらも、結局はヘリを使うことになり、タクシーで移動する。


「ああ、それと好吉君と遭遇したら、みどりちゃんに本体チェックしてほしいんだ」

「本体チェック?」


 タクシー内で、ドライバーの目も気にせずに、純子がみどりに要求した。


「分身みたいのを使って、本体は別の場所にいるみたいだからさあ。みどりちゃんなら精神世界に侵入して、居場所特定できるでしょー」

「ふえぇ~……あんまりやりたくないけどオッケイ」


 あからさまに嫌そうに顔をしかめて了承するみどり。


「すまんこ。みどりちゃんの嫌なことお願いさせちゃって。累君がみどりちゃんの方が適任だっていうからさあ」

「そこで僕の名を出して、僕のせいみたいに言うのはどうかと……」

「そっか~、御先祖様が諸悪の根源か~」


 タクシー車内で和気藹々とお喋りをしている最中、累が走行中に、あるものを目にした。

 バトルクリーチャーの死骸。まだ討伐されてそう経っておらず、シートで隠されてすらいない代物。あるいは、誰かがシートをはがしたのか?

 そこに残る動物霊。凜からの連絡を受け、その話はここにいる四人共知っている。しかし……


(霊が猛っている。死体の側で……)


 車の中からぱっと見だったので、詳しくはわからなかったが、バトルクリーチャーの骸の側にいた動物霊が、猛々しく吠え続け、怒りを訴えていたのが目に入った。


(ただ、殺されたことへの怒りと怨念?)


 そう考えるのが自然であるが、何か不自然なものを感じる累。どこがどう不自然か、言葉や理屈では説明しづらい。しかし数限りなく霊を扱ってきた霊は、直感的に歪さを感じ取っていた。


***


 純子達がタクシーで、旧都庁に儲けられた新宿霊乱対策本部へ向かっている頃、ほころびレジスタンスの三名とアリスイとミサゴは、休憩していた。


 近場でのバトルクリーチャーの報告は途絶えた。どうやら完全に駆逐できたようであると、一同は判断する。

 五人の側には、二時間ほど前に倒したバトルクリーチャーの死骸が二体、シートをかけられた状態で置かれている。これらの死体の処理は、とても間に合っていないようだ。少し離れた場所には、休憩している機動隊員達の横で、シートすらかけられていない死体が転がっていた。シートの数すら間に合っていない。


「いい加減、敵の本拠地なりを突き止めて、敵の親玉締め上げてやりたい所だよね」

「だねー」


 晃が言い、十夜が相槌を打つ。


「私達以外にも大勢動いていて、いまだに敵の本拠地はわかっていない状態なんでしょ? 全く尻尾が掴めないようだし。ビトンは人工衛星のカメラも駆使できるのに、それでもわからないんじゃあ、私達では尚更突き止めるのは難しそうね」

 と、凜。


「もちろんイーコも必死に探っているはずですよっ。多分ツツジ達が頑張っているはずですっ」

 アリスイが主張する。


「対策本部が出来たらしいから、お前達もそこに顔を出してみてはどうか?」


 ビトンから届いたメールを見て、ミサゴが伺う。


「純子から聞いたよ。いろんな勢力が集ってるってね。私は元々一匹狼していたせいか、そういう集いに混ざりたくないのよね……」


 蛇が絡まった十字架のペンダントを目の前に掲げ、しげしげと眺めながら凜は言う。


「でも恩恵は得られると思うし、行った方がいいんじゃないかなあ」

 と、晃。


「恩恵? 面倒な仕事を上乗せして押し付けられる未来しか、私には見えないけど?」

「いやー、でも一応顔見せだけはしておいた方がスムーズだと思うんだよねえ」

「晃も言うようになったね。それにちゃんと考えているし。あんたがボスだし、あんたがびしっと決めなさい」


 弟の成長を好ましく見る姉の感覚で、凜が晃に言った。


「よしっ、じゃあ、行くっ」

「じゃあ、は余計だから」


 宣言する晃に、微笑みながら突っ込む凜。


「ていうか、今更だけど、ミサゴの姿晒しちゃって平気なの?」

 十夜がミサゴの方を向いて尋ねる。


「ビトンやラファエルの前でも姿を見せているし、まこと今更すぎる」

 と、ミサゴ。


「ミサゴはワリーコだからいいけど、オイラはイーコだし、シャイだから隠れておきますねー」

「どこがシャイなのさ……」


 アリスイが主張し、十夜が微苦笑をこぼしたその時だった。


「アリスイ!」


 その場の誰もが聞き覚えがある――しかし聞いたこともないような、怒気を孕んだ声がした。

 一人のイーコが、険悪極まりない視線を五人の方に向けて佇んでいる。正確には、五人のうちの一人に対してだが。


 現れたイーコは、ツツジだった。


「あ、ツツジっ、偶然ですねえ、こんな所で出会うなんでえげあっ!?」


 台詞途中に、肩をいからせて迫ってきたツツジが、アリスイの頬めがけて拳を繰り出した。

 大きくよろめいたアリスイの頭を、ツツジは両手で抱え込んだかと思うと、腹に何発も膝蹴りを叩き込む。


 四人は半ば呆然、半ば納得しつつ、ツツジのアリスイへの折檻を生温かい目で見守る。


「ど、どぼじで誰もだずげでぐれないんでずがぁ……」


 二分ほど折檻されて、ぼろぼろになって倒れたアリスイが、泣きながら抗議の視線を四人に向ける。


「皆さん、うちの馬鹿が、本当に本当にお世話になりました……。それではお気をつけて」

「いえいえ……」

「ツツジも気をつけてね……」


 深々とお辞儀をするツツジ。十夜と晃が苦笑いを浮かべたまま、声をかける。


「何かさ、ツツジのアリスイに対する、ほとばしるほどの愛を感じたよ」

「だねえ……」


 ツツジがアリスイを引きずって亜空間トンネルの中へと消えた後に、晃が言い、十夜が同意した。


「ていうか、依頼者のアリスイがいなくなっちゃったんだけど……」

「あ……」

「そういえば……」


 凜が一番肝心なことを口にして、晃と十夜もその事実に気付く。


「僕が引き続き依頼するという立場に回ろう。無論、依頼料は後ほどアリスイに払わせる」

「ミサゴ、それはミサゴの依頼と言わないから」

「イーコ全体の依頼と解釈してくれればよい。僕はワリーコだが、そちらには区別もつくまい」


 十夜が突っ込むと、ミサゴは堂々と言ってのける。


「ひょっとしてミサゴって貧乏なの? イーコは金持ちみたいだけど」


 十夜が問う。だからアリスイに支払わせると言ったのかもしれないと、勘繰った。イーコと別行動しているとあれば、懐事情が寂しいとも考えられた。


「然様なことは無い。イーコに支援者がいるように、ワリーコにも支援者がいる。しかし依頼しておいて、自分は途中で離脱など、不可抗力とはいえ無責任かつ論外。最低限の責任は果たさせる」


 ミサゴが真面目な口調で答える。


「ま、ミサゴが重ねて依頼しなくても、最初にアリスイから依頼されてるから、ちゃんと務めは果たすさー」


 晃が言い、ふと夕陽を見る。大分傾いている。


「じゃあ対策本部とやらに行こ……って、ちょっと!」


 不意に晃が鋭い声をあげ、遠く離れた位置で果てているバトルクリーチャーを指した。

 最初、晃は自分の目の錯覚かとも思ったが、今やはっきりと錯覚ではないとわかる。晃の緊迫した声に応じてそれを見た他の三人の目にも、それがしっかりと映った。


 死んだはずのバトルクリーチャーが、ゆっくりと立ち上がり、晃達よりも近くにいる機動隊の面々に向かって歩いていく。彼等はまだ気がついていない。


 凜が銃を抜き様に撃った。拳銃の射程としてはやや厳しい距離であったが、亜空間トンネルを開いて、バトルクリーチャーの後頭部へと正確に撃ちこむ。

 銃声に反応した機動隊員達が、すぐ近くにあったバトルクリーチャーの死体が動いていることを確認して、驚愕する。


 さらに、凜達四人の側のシートが動き、シートを押しのけてバトルクリーチャーの死体が二体、立ち上がった。


「これ……どういうこと? あ、メジロエメラルダー参上」


 十夜が困惑気味の声をあげた後、棒読みで参上を告げて適当にポーズを取る。こうしないとスーツの力を引き出せないから仕方がない。


「死霊魔術(ネクロマンシー)。つまり、死んだ後にはゾンビとして蘇るように細工してたってことでしょ。死んでも霊が離れなかった理由は、これじゃないの?」


 凜が言い、みそゴーレムを二体呼び出す。


「これ、今までやっつけたバトルクリーチャー、あちこちで全部ゾンビ化して復活とかじゃないの? またそれを全部相手するのか」


 げんなりとした顔で晃が言った。

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