第三十一章 17

 陽が大分傾いた頃、旧都庁舎ビル内に設けられた、霊乱対策本部に、純子、累、真、みどりの四人が到着した。

 会議室には、杜風幸子、星炭輝明、虹森修、橋野冴子、藤岸夫の五人がいる。現場責任者の朽縄正和はたまたま席を外していた。


「おー、さっちゃん。元気してたー?」

「刹那生物研究所ぶりね。本当縁があるわ」


 みどりが幸子に向かって愛想よく微笑み、片手をあげてみせる。幸子もみどりとはいろいろあったが、彼女の朗らかさにあてられて悪い気はせず、つられて微笑んだ。


「げっ、輝明までいやがるし、何でいるのォ~」


 一方で輝明に対しては、露骨に嫌そうに顔をしかめてみせるみどり。


「ケッ、いて悪いかよ、もやし女」

「も、も、もやし女って、みどりのことかぁあぁぁっ!? このハリネズミ頭のバカピアスチビがああぁっ!」


 輝明の放った一言に、怒り狂うみどり。


(ひょろ長い体型のこと気にしてたのか?)

 みどりの怒り方を見て、真はそう訝る。


「うわ、ダセー。てめーで喧嘩売っといて、一言言い返されただけであっさりブチギレとか、相変わらずの単細胞低脳女っぷりだな」


 逆上するみどりを見て、おかしそうにへらへらと笑い、輝明はさらに煽った。


「そいつと言い合いは不毛だからやめておけと、何度も言ってるだろ」

 真がみどりの耳元で囁き、なだめる。


「岸夫君、最近メンテこないけど大丈夫?」


 一方で純子は岸夫の方へと近づき、声をかける。


「あ、言い忘れたけど、簡単なメンテナンスなら、国の施設でも出来るし。そもそも俺、最近は暁光次でいる時間の方が長いから、こっちの体は止まってる事が多いかな」


 この場で言いづらそうな話題であったが、どうせ他の人に聞かれても大きな影響は無いと思い、岸夫は現状を述べた。


「そっかー。優ちゃんじゃなくて冴子ちゃんとセットって珍しいねー」

「私も優とセットがよかったんだけどね。くじびきで決まったから」


 腕組みして不服げに言う冴子。


「お、純子達も来てたんだ、な。丁度いい、な」


 そこに正和が戻ってきて、覇気に欠けた声で言った。


「殺したバトルクリーチャーの死体が、一斉にゾンビになって蘇ったんだ、な。死体に残留していた霊の除霊作業が続いていたが、除霊班が襲われたんだ、な。そんでもってまた新宿のあちこちで、ゾンビ化したバトルクリーチャーが暴れまわっているんだ、な」


 正和の報告を聞いて、呆気に取られる数名。


「私らのやったことが振り出しに戻ったってわけか」

 うんざりした様子で天井を仰ぐ冴子。


「動物霊がその場に留まったのは、怨霊化を促した後、ゾンビ化した際の原動力とするためですか。つまり、全てのバトルクリーチャーに、予め死霊魔術が施されていたんですね」

「ゾンビの分、厄介そうだね。普通のバトルクリーチャーなら、一応生物だから、急所を狙えばそれまでだろうけど」


 累と修がそれぞれ言う。


「ゾンビって頭が弱点じゃないの?」

 冴子が疑問を口にする。


「ゾンビにもいろいろタイプがあるんです。術そのもので死体を動かしているのと、術によって霊が入れられて動かしているものと、薬品やウイルスで動いているものがあって、霊で動かしているタイプは、頭が弱点ということはないんです。そしてこれは、間違いなく霊によるものでしょう。だからバトルクリーチャーの動物霊がそのまま残留していた、と」


 累が解説した。


「露骨な陽動と足止めだけど、しつこいねえ。無視もできないし、対処に人手も割かれ、注意も割かれ、そのうえ疲弊もしていくわけだー」


 未だ敵の脚本通りにこちらが踊っていると、純子は見なす。


「本命は新宿の人柱化という推測も出てるけど、具体的には何もわかってないのよね」

 と、幸子。


「夜くらい休めると思ったけど、しゃーねー。行こうぜ、修」

「あいよ」


 輝明が嫌々立ち上がり、会議室を出て行く。修は微笑みながらそれに続き、部屋を出る時に振り返り、軽く会釈した。


「ヘリコプターの到着はもう少しかかるんだ、な。軍用ヘリを手配してもらったんだ、な」


 純子からすでに要請を受けている正和が言った。


「ありがとさままま。これで力霊の方は何とかなるかなー」


 解き放たれた力霊は、すでに昨夜のうちに誰かに憑依してしまっている可能性もあるが、全ていなくなったとも思えない。


(その動きさえも、向こうの計算通り――って可能性も高いんだけどね。でもこれまた、放っておくこともできないし)


 純子は思う。どこかで敵のシナリオを狂わせないと、このままズルズルと敵の思い通りに引っ張られ、目的がかなってしまうと。


***


 十夜とみそゴーレムが殴りかかろうと、晃や機動隊員が銃で撃とうと、凜が黒鎌で切り裂こうと、ゾンビ化したバトルクリーチャーにはさほど効いている気配が見受けられず、元気いっぱいに攻撃を仕掛けてくる。

 犠牲者は今の所は出ていないが、こちらが攻撃して傷を負わせても、ゾンビ化したバトルクリーチャーは多少ひるむだけなので、いずれ機動隊員の誰かがやられそうな気配がする。


 通常のバトルクリーチャーは、どんな巨大であろうが装甲が固かろうが、所詮は生物なので、急所となる部分を攻撃されれば脆い。だがゾンビ化したことにより、最早急所という概念は消えていた。


 三体いるバトルクリーチャーゾンビ。その中でも、獅子のようなフォルムだが、通常のライオンより二回り以上大きい、真っ黒い体のバトルクリーチャーが特に面倒だ。異様に素早い上に、頻繁に飛び跳ねてそこかしこに移動し、銃撃を受けても大してひるまずに襲い掛かってくる。晃とミサゴ、そして機動隊員の多くの注意が、この黒獅子に向けられていた。


 十夜は、巨大な百足もどきのものを相手にしていた。足が刃になっている。このタイプとは昼に何匹も戦った。装甲が固いうえに、黒獅子とはまた違った意味で素早い。体をくねらせ、地を這いずって迫ってきては、刃の足を振るってくる。

 百足を殴る蹴るする度に、装甲が割れて体液が飛び散るが、ダメージを与えている実感が無く、十夜は焦燥に駆られる。決定打が無いまま、敵の刃をいずれ受けてしまいそうな気がしてならない。


(人間のゾンビならまだしも、戦闘用に遺伝改造をされた生物がゾンビ化すると、ここまで厄介になるとはね)


 黒鎌を構え、みそゴーレムを盾扱いして攻撃を繰り返しながら、凜は思う。凜の相手は、敵三匹の中でも最も巨大だった。一言で言えば巨人だ。その背丈はビルの四階に届くほどもある。目も鼻も口も無く、頭部からは二本の太く長い触手が生え、上半身と首を激しく振って、二本の触手で攻撃してくる。

 凜が黒鎌でいくら切り裂いても、こいつだけは一向にひるむ気配が無い。信じられない頑健さだ。他の二匹は攻撃されれば、少しくらいはひるんでいるというのに。


 触手の攻撃を封じるため、頭部や首を狙って鎌を振るが、動きが激しすぎて中々当たらない。たまに行動の予測が上手くいき、鎌が巨人の首を切り裂いても、首が太すぎて、切断には程遠い。


(そうだ……。何やってんのよ、私は。馬鹿なんじゃないの……)


 しばらくして、凜は己の過ちに気がついた。敵の攻撃を封じる必要は無い。もっと別なものを封じればよいのだと。

 相手は二足歩行タイプ。つまり、足を狙えばいい。巨人は頭部の触手を振るうことに集中して、足は全く動かしていない。その場で上体ばかり動かしている。


 黒鎌を振るう。液状化した黒鎌で巨人の足元まで飛び、刃に戻って、巨人の足首に突き刺さる。

 頑丈な筋骨は、凜の力では一撃で切断しきれない。しかし巨人が攻撃に反応しないので、凜は同じ切り口に向かって、何度も何度も鎌を振るう。汗が飛び散り、首から下げた蛇の絡まった十字架のペンダントが激しく踊る。


 とうとう片足が切断されると、巨人は己の巨体を支えきれず、派手に転倒した。もちろん倒れた格好からでは、ろくに触手も震えない。しかし機械的に頭を振り、攻撃しようともがいている。


「足を狙うのがいいっ! それで動きが止まる!」


 晃と十夜と機動隊員達に向かって、凜が大声で叫ぶ。念のために、巨人の首も切断しにかかる。倒れてからは、そう激しく動かせないので、狙うだけなら楽だ。


「そっちの四足獣タイプならそれでいいが、これはどうなんだ?」


 自分と対峙している巨大百足を見ながら、十夜がぼやく。足は無数にあるうえに、全てが武器でもある。


「十夜、得意のプロレス技で何とかすればいいよ」


 凜に言われたとおり、黒獅子の足を狙って撃ちながら、晃が言った。


「別に得意でも……」

 言葉を濁す十夜。


「じゃあ何でいつもプロレス技使ってるのさ?」

「相沢先輩との訓練の際に散々仕込まれたじゃないか……」

「えー、僕にはやってくれなかったよ。どうしてだ? いいなあ、何で十夜にえこひいきしてそんな……ズルいなー、もう」


 口を尖らせる晃。


 機動隊員と晃で一斉に前脚ばかり狙われ、やがて左前脚が千切れ飛び、黒獅子が派手に転倒した。その隙をついて、今度は右前脚に集中砲火が成され、残った前脚も吹っ飛んだ。

 両前脚を失って立てなくなった所に、ミサゴがこれでダメ押しとばかりに猛然と襲いかかり、黒獅子の右後脚を切断する。


「あのさ……晃。俺が相沢先輩と訓練している時、側で晃も見ていたはずなんだけど。その時に晃も要望すればよかったじゃん」

「え? 他人の訓練とか興味無いから見てなかったよ。僕がそんなの見るわけないよね」


 十夜の言葉に、さも当然という風に返す晃。十夜は溜息をつき、刃脚百足とは反対方向へと駆けていく。


 当然、刃脚百足は十夜を追いかける。十夜の目論見通りに。

 十夜の前にビルの壁が立ち塞がる。しかし十夜は構わずビルの壁まで突っ込むと、そのまま壁を垂直に駆け上がった。


 勢い余った刃脚百足がビルに衝突するが、大したダメージは無い。しかし、一瞬動きを止めた刃脚百足の上空から、十夜が壁を蹴り、空中で体を回転させて、百足の背めがけてダイブする。


「メジロ・ムーサルトぉごッ!」


 うつ伏せに百足の体に降り注いだ十夜は、必殺技名を叫ぶ際に、衝撃で微妙に噛んでしまった。


 百足の体の上に乗ったうえに、直撃した箇所の装甲だけ破壊した十夜は、百足の装甲の割れ目に手を突っ込み、中をほじくり返す。気持ち悪い作業だが、嫌がっている場合ではない。

 体液が飛び散り、スーツを汚す。中の肉や神経を毟り取り、外骨格の継ぎ目を内部から切断する。


 やがて百足の頭部と胴体が切断されたが、おそらくこれでもなお動く可能性が濃厚だと、十夜は見なす。百足は頭を潰せという話を聞いたことがあるが、ゾンビ百足は頭だけではまだ足りない気がする。

 十夜は百足の頭を取ると、胴体の切断面へとぶちこんだ。さらに尾も取って、同じ切断面へと強引に押し込む。さらにダメ押しで、刃の脚を胴体の中から引っ張り出して、繫ぎとめる。


「あはははは、十夜すっげえっ」


 やがて輪の形になって、その場で身じろぎするだけになった百足を見て、晃が笑いながら称賛した。実に傑作という感じだった。


 一方で当の十夜はというと、体中体液まみれで、憮然としている。


「手こずったなあ……」

 その場に腰を下ろして呟く十夜。


「うちらでさえこんなに手こずるんだから、他はもっとキツそうだ」


 晃が言った直後、ミサゴと凜は、空間がゆらめく気配を感じ取る。

 やがて何も無かった空間に、見覚えのある同じ姿の怪人が三体、姿を現した。


「またお前らか」


 怪人化した三人の好吉が、ほころびレジスタンスの面々を見て、一斉に顔をしかめて舌打ちしてみせた。

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