第三十一章 15

 街中に放たれたバトルクリーチャーの数は次第に減らされていき、発見報告や討伐報告までの間がどんどん開いていった。しかしそれでもまだ各所に多少は残っているようだ。

 ほころびレジスタンスとミサゴとアリスイは、機動隊と共に行動し、バトルクリーチャー掃討に務めていた。これも一応アリスイの依頼ということで、追加料金込みで行われている。


「ふぃ~……疲れたねえ。弾も切れてきたよ」


 一息つき、晃が本当にお疲れ気味の声をあげる。表情も虚脱している。


「安楽市から運び屋頼んで、銃弾の補充を頼んだから、補充が済んだらまたバリバリ戦えるよ」


 と、凜。こちらは疲労を感じさせない。


「機動隊は明らかに不慣れっぽくて、俺らの方が落ち着いて対処してるよね」


 十夜が言った。バトルクリーチャーとは裏通りデビュー時からやりあってきたので、どんなに変則的な動きや思いもよらぬ攻撃をしてきても、冷静に対処できてしまう。変則的に見えても、大体パターンも決まっているし、見た目からもある程度の行動予測ができる。


「うむ。然れど機動隊らも次第にこなれてきた」

 ミサゴが言う。


「つーかさー、機動隊より軍隊出せばいいのに、それは何でダメなの?」

 晃が疑問を口にする。


「あっち系の人達がうるさいからじゃない? 救出活動ならともかく、武力行使は……」

「うへ……人が死んでるのに、それでもなお国内で軍隊の武力行使許さないとか、まるで狂った宗教だね。そんな連中の目を気にして命令を下さない政府も屑だけど」

「多分そういう理由じゃないわ」


 十夜の言葉を真に受けて顔をしかめる晃だったが、凜が否定した。


「国内のマスコミには完全規制が敷かれている一方で、海外のマスコミはちゃんとこの騒動を報道してるのよね。世界各地の人間が、新宿という大都市でバトルクリーチャーが暴れていることを知っている。で、それは軍隊を出動させるほどの一大事なのか、警察クラスで済ませられるのかで、また他所様の目も変わってくるでしょ。つまり、海外の目を意識しているんだと思う。まあ、いずれにしてもろくでもない理由だし、軍隊を出動させた方がもっと効率的なのは間違いないんだけど」


 ディスプレイを投影して覗きながら、凜が持論を述べる。


「命よりも体面重視とかひどいですよーっ」

「他所に対しての体面意識でも、結局はろくでもない理由じゃん」


 凜の持論を真に受けて、ストレートに憤慨するアリスイと、口を尖らせる晃。アリスイは今、亜空間から出ている。休憩時間くらい皆の見える前で一緒に過ごそうと晃に提案され、アリスイはあっさりとそれに従った。


「その手の決定をしている奴等は、どうせ安全圏でぬくぬく守られているんだから、そういう決定も簡単に下せるわけだ。いっそ霞ヶ関とかにバトルクリーチャー放てばよかったのに」

「そうしたら、速攻で軍隊出動させたうえで、交戦云々よりも自分達の逃走経路をまず確保するだろうね」


 晃と十夜が笑顔でそんな会話を交わしている傍らで、ミサゴはある変異に気がついた。


「皆、バトルクリーチャーの死体を見てみろ」


 ミサゴが鋭い声を発し、先程斃したばかりのバトルクリーチャーの死体を指す。一同の視線が注がれる。


「何かある?」


 晃と十夜には何もわからないが、霊感の優れた凜とアリスイには、一目でその変異が見てとれた。


「動物霊ですか? それに……死体によっては人間の霊もセットですよー。食われた者の霊と食った者の霊がセットとか怖いです」


 身震いして凜に寄り添うアリスイ。


「これも貸切油田屋の仕掛けであるか?」

 ミサゴが誰とはなしに問いかける。


「とりあえず純子に報告しておきましょう」


 アリスイを押しのけ、凜は純子に電話をかけた。


***


 凜が純子に報告するより早く、西新宿二丁目旧都庁舎ビルに設置された、新宿霊乱対策本部では、バトルクリーチャーの死体に怨霊が残留している事を把握していた。


 輝明と修、冴子と岸夫は、それぞれバトルクリーチャーの掃討に向かっている。大分数が減ってきたが、まだ多少は残っている。

 対策本部会議室には、幸子と正和の二人だけがいた。


「いっそ新宿封鎖したら? この後も何しでかしてくるかわからないし」

「無意味だ、な。新宿から出て別の場所で暴れるだけだ、な。奴等、どうやら当面は、暴れることそのものが目的のようだから、な」


 幸子が提案するが、正和は聞き入れなかった。もちろん他の理由もあるだろうと、幸子は見ている。

 ただでさえ、軍隊ではなく機動隊で対処しているのだから、国内のゴタゴタを明るみにしかねないような真似など、お上は避けたいのだろうと。そして朽縄もそれを見透かしたうえで無理だと言っているのか、あるいは朽縄もそっち側の人間なのか。


「より多くの犠牲を生み、負の想念と霊で満たし、この都市そのものを生贄として儀式を行うのではないか――という推測、どんどん真実味を帯びてきているんだ、な」


 それは外れて欲しい推測であったし、口に出した時点では思いつきのようなレベルだった。しかし関係者は皆、時間が経つにつれ、そして新しい事態が発生する度に、新しい事実が判明する度に、それが敵の狙いではないかと、結びつけたくなくても結びつけて考えざるをえなくなっていった。


 敵の親玉の正体は、デーモン一族最古参であり、数百年の時を生きるアブディエル・デーモンなる人物で、雪岡純子ともほぼ互角の交戦をしてのけるほどの力を持つ者であると、ビトンからすでに報告を受けている。

 それほどの人物が指揮を取っているのなら、一つの都市を生贄にするだけの大それたことをしても不思議ではないと、幸子も正和も思う。


「こんなに派手に大騒ぎを起こせば、私達のように抗う者も自然と集う。非常にリスキーな賭けのはずよ。そんな博打を打つだけの価値があるのか……長年かけて積み上げた計画がバレたからなのか。あるいは……」

「あるいはその両方か、な」


 幸子の言葉を継ぎ、正和が言う。


「もし露見しなければ、そのまましこしこと力霊量産や他の何かの研究を続けていたと思うんだ、な。一方でバレた時の準備も進めていたと、俺は思うんだ、な。敵の動きのスムーズさを見るかぎり、組み込まれていただろう、な」

「つまり……ここまで大体は、アブディエル・デーモンの筋書き通りってことになる?」

「俺の推測が正しければ、な」

「推測が出来ているなら、後手後手になってないで、今後は筋書き通りにさせないように、先回りして対処しないと」

「ごもっともだ、な。で、あんたにはいい考えがあるのか、な?」

「自分で言っておいてなんだけど、無いわ」

「だろう、な」


 その後正和と幸子はしばらく、沈黙する。


「ま、純子がきっといいアイディア出してくれると、期待しておくか、な」

「一番アテにしちゃいけない子だと思うんだけど……」


 正和が口にした名を聞き、幸子は思いっきり顔をしかめた。


***


 アブディエル・デーモンには、何十年も昔から己に仕えている頼れる腹心がいる。

 その人物の名はトニー・ラドクリフという。年齢は五十歳。十代の頃からアブディエルの下で働いているので、三十年以上も共にいる事になる。


 アブディエルの転機となる件も、ラドクリフはしっかりと見ている。デーモン一族の絶対的な棟梁であり、長らくアメリカを影から支配してきたミハイル・デーモンの死。そこからアブディエルは変わった。

 父ミハイルの死に最も怒り、嘆いたのはアブディエルであることを、ラドクリフは知っている。その後の彼の行動も、全てサポートしてきた。ラドクリフの半生はアブディエルと共にあった。


 長年自分の補佐を務めてきたラドクリフに、アブデイエルはこの世で最も気心を許していた。自分の心情を最も理解し、自分が望むことを言わずともしてくれるこのラドクリフに、今までどれだけ助けられたかわからない。


「そろそろ敵も、アブディエル様の目的に気付いているでしょう」


 私室にて、ディスクチェアに腰かけて無数のディスプレイをチェックしていたアブディエルに、ラドクリフが声をかける。


「夜になり次第、次の段階へ移行しましょう。もしくは、夕方でも可能と思われますが」

「夕方でいい。動物霊はシンプルだ。人の霊より時の影響も受けにくい事は、幾度となく実験して実証済みだからな」


 と、アブディエルは言うものの、全く時間の影響を受けないわけでもない。霊が最も活発になるのは、言わずとしれた夜である。完璧な状態を仕上げるなら夜がいい。

 しかし計画を早い段階で移行し、敵側に休む間を与えないのであれば、夕方には攻勢をかけた方がよい。ラドクリフもそれを承知のうえで確認を取ったのだろうと、アブディエルにはわかっている。


「こちらの読み通り、奴等は新宿で何が起こっているかも公表していない。帰宅ラッシュ時に暴れさせれば、より被害者も増え、この地に怨霊の数も増し、瘴気も濃くなる。災厄も引き寄せやすくなる」


 この地に怨霊と怨念をあふれさせることが、アブディエルの最大の目的だ。正和達の推測は大体当たっていた。


「自由自在に災厄を引き寄せることができるようになれば、もう……私を止める事ができる者などいなくなる。災いという名の天罰を下せる力を得れば、もう……人はひれ伏すしかない」


 アブディエルが行っているのは、そのための大いなる実験であり、その方法の確立であり、そのためのエネルギーを確保するためでもあった。

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