第三十章 27

 いよいよ輝明と善治の、星炭流継承者を決める争いの日がやってきた。


 継承者と言っても、継承者のみに伝授される秘奥義はすでに会得してしまっている輝明であるから、当主の座をかけた戦いというニュアンスの方が大きい。もし善治が勝ったら、善治にも秘奥義が伝授されることになる。殺し合いをするわけでもないので、輝明も秘奥義を知ったまま、二人の秘奥義継承者が存在するということになる。

 それ以外にも、当主だけが所持を許された魔道具や神器の類も有り、善治が勝利した場合はこれも譲り渡す。


 しかしそんなものなど、善治にとっても輝明にとってもどうでもいい。星炭の実験を握るトップの座を守れるか奪えるか、そちらが重要だ。


 時刻は午後六時。場所は星炭家の庭で行われることとなった。妖術の戦いを行うには十分なスペースである。

 しかし星炭流の妖術師達がほぼ全員集結しているので、狭く感じられる。集会の時は各家の代表が来ていただけだが、今回は星炭の行く末を決める大事な一戦を見届けんと、家長以外も全員参集している。その数、優に二百人を超える。日本に数ある妖術流派の中でも、これだけの人数の術師を擁している流派は、片手で数えるほどしかない。


「何でお前らが来てるんだよ」


 星炭門下に混じって、純子、真、累、みどりの四人が揃って混じっているのを見て、輝明は突っ込まざるをえなかった。


「見ろ……雪岡純子だ」

「殺人人形に、雫野流開祖の大妖術師雫野累までいるぞ」

「あの凄く長い髪の子、可愛いけど、妖気も凄いぞ」

「雪岡純子は当主や綺羅羅さんと懇意だというが、それにしてもこの戦いを部外者に見物させていいのか?」


 星炭門下の妖術師が、雪岡研究所の四名を見て、ひそひそとささやき合う。


「僕らも無関係というわけではないからな。この一週間、善治をお前に勝たせるために鍛あげた」

「はあっ!?」


 真の言葉に、輝明は思わず声をあげてしまった。ギャラリーの星炭の術師達もどよめく。


「あははは、そりゃ傑作だ」


 晴れやかに笑う修。面白がっているのは修くらいだ。星炭の術師達は、そんなの有りなのかといった顔である。


「一方的に終わるかと思った勝負が、これでわからなくなったということかね」


 玉夫が隣にいる綺羅羅に尋ねる。綺羅羅は輝明に玉夫を紹介されているが、他の術師達は、まだ玉夫が何者か知らない。


「たかだか一週間くらい特訓したからって、差が埋まるとは思えないけどね。雪岡研究所にいたってことは、改造されているんだろうから、そっちの方が危ないかもね」

「改造はしてないそうです」


 綺羅羅の言葉を耳にして、そう言ったのは良造だ。


「さっき息子に会って確認しましたよ。正直ほっとしました。純粋に特訓していただけだと」

「そういう面ではほっとできたでしょうけど、勝率の面では下がったわ」


 改造されて大きな力を身につけたわけでもないのなら、善治が輝明に勝てる見込みはほとんど無いと、綺羅羅は見る。いや、綺羅羅だけではなく、二人の力を直接知る者なら、皆そう見なしている。


「間に合ったんだ、な」

「のりこめー。あ、累だ。おっひさー」


 さらに部外者二人が、庭に姿を見せる。その二人を見て、さらにどよめきが起こる。

 霊的国防の双璧と呼ばれる大家、朽縄一族と白狐家の当主、朽縄正和と白狐弦螺が揃って登場したのだ。これで驚くなという方が無理であった。


「まさか部外者はダメとか言わないよねえ? ていうか、雫野累とか純子までいるのに、僕達がダメなんてことないよねえ?」


 笑顔で星炭の術師達を見渡し、確認する弦螺。

 霊的国防の双璧と言われる二大家の当主がそれぞれ直接、この戦いを拝みに来たとあっては、拒める者などいない。普段口うるさい頑固な年配術師も、権威にはからきし弱いので、何も言えない。


「俺達も見届けるんだ、な。星炭は俺達同様に国に遣え、長年同じ釜の飯を食ってきた間柄なんだ、な。星炭の今後を決める大事な一戦だし、絶対見届けたい所なんだ、な」

「腰の重い朽縄の当主ですら、直に来るほど注目してるんだよう。ちゃんと楽しませてよね~。あ、正和とはどっちが勝つか賭けてるんだよう。勝った方は、明日のお昼御飯奢ってもらうんだあ」


 星炭が如何に国にとって重要な存在か、そのアピールをするために来たのであろうと、輝明と雪岡研究所のメンツ四名は察していた。星炭の術師の中にも、鋭い者は察している。

 加えて、弦螺からしてみれば、輝明個人への強い興味と関心もあった。この先成長すれば自分や累と同じか、それ以上の術師となりかねない天賦の才を備えた者と見なしているからだ。


「ケッ、好きにしろよ」

 八重歯を見せて笑い、輝明は承認する。


「つーか、肝心の善治の奴はどうしたんだ? 開始時刻にはまだ時間があるが、それにしても姿見せないってのはどうなってんだ? トイレでブルってるのか?」


 輝明の煽りに、綺羅羅は玉夫とは逆隣にいる良造を意識して、頭が痛くなる。良造は何とも思っていないが、隣で顔をしかめている綺羅羅を目にして、微苦笑がこぼれる。


「肝心の――こっちの相手は来てないのかなー?」

 純子が雪岡研究所メンツに聞こえる程度の声で確認する。


「来てるぜィ」

 みどりが言った。


「みどり、居場所はわかるか?」

「イェア、ばっちり。やっぱり狙撃だわさ。狙撃ポイントの幾つかに精神分裂体を置いといたからねえ。夜叉踊り神社の境内――本殿の屋根の上にいやがるぜィ。バチ当たりなこった」


 真の問いに、みどりがにかっと笑う。同じ歯を見せて笑うのでも、輝明は片側だけ、みどりの場合は両側に広げる形だ。


「私が行ってくるよー」

 純子が笑顔で申し出た。


「何でお前が?」

「真君だと殺しちゃいそうなんだもん」

「いや……この状況で別に殺す理由無いし……」

「どうだかねー。とにかく私が行ってくるよ」


 何か企んでるなと、確信する真。曖昧にしている時の純子はいつもそうだ。


「突然純子一人消えて、怪しまれないですかね?」

 と、累。


「怪しまれても、それで中止はしないんじゃなーい? もし殺し屋さんが場所を変えたら、みどりちゃん教えてね」

「オッケイ、純姉」


 純子に向かって親指を立てるみどり。


「葉山が美香を狙った狙撃の際は、まんまと逃がしたけど大丈夫か?」

「今度は逃がさないよー。ていうか、真君、変な風に疑ってない? あれはわざと逃がしたわけじゃないし。そもそも相手が、ビルから飛び降りたりゲロ吐いて攻撃したりするとは、思ってもみなかったしさあ……」

「そうか。悪い」


 確かに勘繰りすぎたと思い、謝罪する真。


「純子がいなくなっちゃったのは、純子が暗殺者を退治しに行ったってことぉ?」


 純子が移動してすぐに、それを目ざとく見ていた弦螺がやってきて、話しかけてくる。


「ああ。ていうか、声が大きい」


 また変なのが現れたと思いつつ、真は答える。


「ふーん、まあ純子なら任せておけば平気かなあ」

 弦螺が言う。


「平気でもないんだけどな。逃がしたこともあったし。あいつを過大評価はしない方がいいぞ」

「えー、逃がしたことあるのぉ? 過大評価になっちゃうのぉ?」


 真の告げ口に、弦螺は面白そうに反応する。


 と、そこへようやく善治が現れた。

 ギャラリーをかきわけ、自分の前へ静かに進み出てきた善治を見て、輝明は意地悪い笑みを広げる。


(何だ? あの格好は)


 真っ黒のジャケットに黒いシャツ、スラックスも黒という服装の善治を見て、輝明は訝る。善治のイメージにいまいち合わない。


「おやおやおや、逃げなかったのか~。感心感心。それとも時間ぎりぎりまでトイレでブルって、必死に気を鎮めてきたか? 一本抜いてすっきりしてきたか?」

「殺したい……あの糞餓鬼……」


 大勢の見ている前で善治に向かって下品な煽りを行う輝明に、綺羅羅がぷるぷると小刻みに震えながら呟く。


「このような恥知らずが星炭の当主ということを、われわれは恥じるべきではないのかな? 天は二物を与えずというが、才能を与えた代わりに、品性を奪ったという所か」


 冷たい視線を輝明にぶつけ、善治が言い返す。


「善治もちょっとムカつくわ……。あの馬鹿を育てた私へのあてつけかい」

「まあまあ……。それを言ったら私も同罪です」


 険悪な声で言う綺羅羅をなだめる良造。


「つまり、星炭の奴等は皆馬鹿だと言いたいわけか。そうなるよなあ? 恥ずべき人間をトップに据えていた恥ずかしい奴等だと、ディスってるんだよなあ? で、てめーはその馬鹿共の頂点に君臨したいと? 猿山の大将になりたいと、そう仰るわけだ。あるいは愚民共を善導してやる的な、そんな気分でいるのかな~? いやあ、だとしたら実に御立派だ。おい屑共、喜べよ。こいつがてめーら脳足らずの恥知らず共を、調教してくださるそうだぜ」


 ギャラリーも巻き込んだうえで、さらに煽る輝明に、何とも言えない嫌な空気が漂う。


「うっひゃあ……出だしの舌戦からしてひでえなあ。やっぱあたしは堅物でも善治応援したいわ」


 みどりがおもいっきり顔をしかめる。オススメ11内で激しくディスられた件もあって、輝明に対する心証は限りなく悪い。


「自分の流派の者達に、例え冗談でも屑だの恥知らずだの脳足らずだの、そんな暴言を平然と口にできる者が当主の座にいることに、俺は耐えられない。だから引きずりおろす」


 善治が宣言した直後、歓声と拍手が巻き起こった。

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