第三十章 28

 善治は自分が応援されたことが意外だった。見渡すと、全ての術師が善治を支持している様子ではなく、半分にも満たなかったが、それでも今拍手して声をあげてくれた人達は、間違いなく自分を支持してくれる人――自分が星炭の当主である事も、受け入れるという人であると、善治は受け取った。


「おーおー、応援してもらっちゃってるじゃん。こりゃ素晴らしい。お前が俺の前で土を舐めてる無様な姿を晒した時、今お前を応援していた奴等がどんな顔になるか、見物だし楽しみだわ」

「それが例え本心であろうとなかろうと、お前の口の悪さは見過ごせない。トップに立つ者としての資質にそぐわない」


 あくまで茶化し、煽る輝明。一方であくまで善治はストレートに迫る。


「違うね。俺の考えだと、トップは傲慢で威圧的なくらいがいい。そうでないと下が甘える。調子こく。俺がこんなんでもなお、その傾向はある。お客様気分になってクレーマーになって、何かあるとすぐ頭に頼りだすわ文句言うわで、始末に終えねえ。星炭流は仲良しグループじゃねーんだよ。大体てめーは俺が何年、星炭の頭を務めてると思ってんだ。十一年だぞ? 六歳で当主を継いだんだぞ? 六歳の餓鬼に当主継がすことも無茶苦茶だが、小中学の餓鬼の頃にこんなことやらされてきて、すっかりこの役目も染み付いている俺に向かって、何も知りやしねーお前如きが、形ばかりにこだわったしょーもない正論振りかざすとか、滑稽通り越して笑えない寒いギャグなんだよ」

「だったら十一年間、間違え続けていただけだ。お前の十一年に重みなど無い。ずっと間違った方を見ていたのだからな」


 ひるむことなく堂々と言い返した善治に、輝明の方が逆にひるんだ。


「聖人君主などいないが、人前に立つ者や舵取りをする者には、それに近い態度を振舞うことが求められる。それが世の常識だ。お前は形を無視し、常識も無視し、楽でいいな。ずっと傍若無人な態度を振舞うだけでも頭にきていたが、そのうえ星炭のルールも好き勝手に変えようとするのは、どう考えても看過できん」

「てめえ……」


 徹底的に否定してきた善治に、輝明は並々ならぬ怒りを覚える。


「俺がこんなこと好きでやってると思ってるのか。このために、どれだけの苦労したと……。それも知らず、言いたいことを言いやがって。てめーはいつもそうだ。人の心がわからない。人の心境も立場も背景も見ようとせず、主観で言いたい放題。独善の極みだ。そんな奴に当主を任せられるか」

「やりたくないのにやっていたなら、今が辞めるいい機会じゃないか」


 言い返しつつも、善治も輝明の今の台詞には堪えていた。確かに自分にはそういう傾向がある。しかも気付かずにやっている事が多い。そのおかげで失敗した事も多い。自分も周囲も客観的に見えなくなる事が多い。それを輝明に星炭の術師達の前で指摘されたのは、かなり痛い。


「いつまで口喧嘩してるのぉ~? さっさとファイト~」

「へーい、全くだぜィ。特にパツキンの口の悪さは聞いてて気持ちいいもんじゃねーから、ちったあ黙っとけっての」


 弦螺とみどりが茶々を入れる。


「てめーらが黙れよ。無関係者が。ま、そろそろ口だけ達者な奴に、実力で格の違いを思い知らせてやるか。それが怖くて、引き伸ばしたくて、必死に囀ってたんだろ?」


 輝明が煽ったが、善治は無言だ。的外れなのは当然として、わざわざ言い返すのも馬鹿らしく思えた。


「あー、ちょっとその前にいいかなあ」


 やっと戦うかと思ったその矢先、挙手して発言を求めたのは、修だった。


「今このタイミングに言わせてくれ。僕は――虹森は、例えこの戦いで夕陽ケ丘善治が勝利しても、新しい当主として認めない。護衛役として仕える気は無い。護る気は無い」


 修の宣言に、星炭の術師達は驚き、何より善治が衝撃を受けていた。


「僕が生涯仕えて、体を張って護るに値すると認めた当主は、星炭輝明なんだ。善治にはその価値は無い。当主の器も無い。それが虹森家の見解だから。はい、以上。じゃあテル、さっさとやっちまいな」


 そう言って修は、いつもの爽やかスマイルで、輝明の方を見て首をかっきるジェスチャーを取る。

 直前に思わぬ援護射撃をもらい、輝明は修に向かってにやりと笑う。


「このタイミングでああいうこと言うとはね。修も中々意地が悪い。それに計算高いな」

「全くです。戦う直前に善治の意気を殺いで、輝明には力強い鼓舞ですしね」

「ふえぇ~、あの二人って、タイプは異なるけど、どっちもメンタル面の影響受けやすいタイプだしねえ。今のは確かにでかいわー」


 修の宣言を聞いて、真、累、みどりがそれぞれ、思う所を述べる。


(こんな子が当主になったら、星炭流呪術だった私など、受け入れてはもらえんな。頭が固すぎる。輝明、頑張ってくれ……)


 一方、綺羅羅の隣で観戦している星炭玉夫は、善治がどういう人物か知って、輝明を応援する事に決めた。


(こっそり呪術で加勢しちゃおうかな……。いや、そんなので水差すのはいかんな)


 そう思うものの、そもそもこんな場所で呪術など、こっそり使うも何も無いと、玉夫とてわかっている。周囲は妖術師だらけだ。速攻でバレる。


「どっちが勝つかなんてわかってるよな……。これは善治の自己満足のための決闘だ」

「ああ、でも俺達もそんなもんによく付き合うよな。別に善治が輝明にぼこられる所なんて見ても、嬉しくないぞ。むしろ気分悪い」


 ギャラリーの術師達もそこかしこで、ひそひそと呟き、囁きあっている。


「自己満足ってのはひどい言い方だろう。負けるとわかっていても、善治が戦う姿勢を見せることが重要なんだ。同じことがお前らにはできるか?」

「わかってるよ。だからこうして見届けようってんだ。善治の心だって……」

「わかっていませんよ」


 側で聞いていた良造が静かに口を開く。まさか近くに善治の父親の良造がいるとは思っていなかったので、喋っていた者達がぎょっとする。


「うちの息子は、最初から負けるつもりで勝負を挑み、戦ったという形ばかりのジェスチャーを行うために、戦うのではありませんよ。本気で勝つために戦いますし、本気で当主になって、星炭流を善い方向へと引っ張っていくつもりなんです。その決意をもって戦いに挑むんです。よろしければ、どうかそのつもりで見守ってあげてください」

「そうか……すまなかった」

「不愉快なことを口にして申し訳ないです」

「いえいえ」


 謝罪する同門に、良造は穏やかに微笑んでみせた。


「じゃあ……誰か、開始の号令かけてくれ。いや、ババアで頼む」

「あいよ」


 輝明に促され、綺羅羅が頷く。


 それまでざわついていた庭が鎮まる。綺羅羅の号令がかかるのを、固唾を呑んで待つ。


 善治は最初にどう出るか、すでに決めている。出来ることなら最初の術で片をつけるつもりでいる。速攻で終わらせられればそれがベストだ。

 しかしこれまで星炭の術師としても、裏通りの始末屋としても、長期にわたって戦ってきた、百戦錬磨の輝明相手に、それが容易ではないことも十分わかっている。


「始め」


 静かに、しかし力強い声で、綺羅羅が開始の合図をかけた。


 善治は即座に予定通りの術を行使した。たった一言の短い呪文で、極めて強力な威力を発揮する術を。


「人喰い蛍」


 善治の体の周囲に、三日月の形に先端から先端へと明滅する小さな光が、大量に発生する。


 ギャラリーの星炭の術師達も、弦螺と正和も、対峙している輝明も、これには度肝を抜かれた。心底驚いた。まさかやるはずがないと思ったことを目の前で行われた際、大抵の人間は硬直する。固定観念の視覚外からの不意打ちに、人はそう簡単に即座には対応できない。百戦錬磨の輝明とて、それは変わらない。


(この術は触媒を用いるわけでもないし、そう簡単に覚えられる術でもないのですが、善治とは非常に相性が良かった。術の中には、個人の相性がとてもよいものがあり、そういったものはすぐに覚え、また伸びるものです)


 累が口に出さずに呟く。術との相性で良いものがあるかもしれないとして、累とみどりは雫野の妖術の習得を、善治に一通り試してみた。その中で一番相性が良かったのが、雫野の攻撃の術の代名詞とも言える、この人喰い蛍だったのである。

 三日月の形の小さな光の明滅が踊り狂い、様々な軌道で、そしてあらゆる角度から、一斉に輝明めがけて襲いかかった。


「ふぁあぁぁああっ!」


 おかしな咆哮をあげ、輝明は全身から妖気を解き放った。

 術でも何でもない。ただの妖気の放出。それによって光の明滅の軌道を狂わせ、さらにはその力を打ち消そうとしたが、軌道を狂わされても光はすぐにまた輝明めがけて襲いかかる。


 妖気の防護壁によって威力は殺がれたものの、体中至る場所を人喰い蛍の光で撃ち抜かれる。


(やった……!? いや、やりすぎたか!?)


 仕掛けた善治が青くなった。術試しは殺し合いではない。互いの力量を測るニュアンスの方が強い。星炭の継承者争いも、基本的には力を加減して行うものだが、善治はその加減を明らかに誤った。


 輝明の小さな体がゆっくりと前に倒れ――かけて、片膝をついた所で持ち堪える。


「ケッ……まさかこうくるとはね。やるじゃねーか」


 全身血まみれになりつつも、不敵かつやんちゃな笑みを見せる輝明。善治は頭部を狙っていなかったのに、頭からも出血していて、顔が血まみれだ。おそらくは輝明の妖気によって軌道をずらされたことが原因だと思われる。


「ふざけるな! 何で他流派の術を使っているんだ!」

「そうだ! これは星炭の術試しであろうにっ! 雫野の術を使うとは!」

「そこまでなりふり構わず当初の座を取ろうとするなど、見苦しいにもほどがある!」


 善治も予想してはいたことだが、星炭の術師達がブーイングを飛ばす。先程善治に拍手をしていた者の中にさえも、善治が雫野流妖術を用いた事を非とする叫びをあげていた。


「ヤジうっせーよ! 無才無能の愚民共! 俺は認めるから問題ねー。この頭カチコチの優等生ぶりっ子のイイ子ちゃんが、俺に勝つためにここまでのなりふり構わない執念を見せたんだ。喜んで受け入れてやるぜ」


 笑顔で一喝する輝明に、騒いでいた術師達が静まる。


 そしてこの展開も善治の予想通りだ。輝明の性格上、絶対に受け入れると思っていた。そしてこれに関しては、例え自分が輝明の立場であったとしても受け入れる。理由は輝明と一緒だ。相手の努力と姿勢を認めてあげたいと思うが故に。


(お前は俺のことを融通が利かず、人の背景も見ようとしないと言っていたが、そんなことはないからな……!)


 口に出さずに激しく反発しつつ、善治は次の手を繰り出した。


***


 星炭本家の屋敷の隣にある、夜叉踊り神社。その本殿の屋根上に、彼は腰を下ろし、狙撃銃を構えていた。片足だけ立てて、膝上に腕を置いて銃を構える、ニーリングという射撃姿勢である。

 高さはいまいちであるが、それでも星炭本家の庭は、際どい所で狙撃の射程範囲内だ。


 彼は雪岡純子達の存在にも気付いていた。そして唐突に雪岡純子がいなくなった事を不審に思うが、戦いが始まってしまった今、場所を動くわけにもいかない。

 戦いの結果次第で、自分の出番が回ってくる。決着がついたその時、引き金を引く事になるかもしれない。


 スコープの照準は輝明の頭部に向けられているが、彼の目は輝明だけを捉えてはいない。戦闘そのものを見ている。輝明が勝利すれば、引き金は引かれる予定だ。


「私も側で見物したいから、さっさと終わらせて戻るよー」


 間近で少女の弾んだ声がしたので、彼は心底驚いた。全身が凍りつくような感触だった。

 側に誰かが来る気配などなかった。いや、そもそも狙撃の基本として、何者かが接近した際、それを知らせる装置を周辺に設置しておく。それらにも全く反応が無かった。


 声のした方を向くと、月明かりに照らされた白衣姿の真紅の瞳を持つ美少女の笑顔が、すぐ間近にあって、彼はさらに仰天した。


(何故雪岡純子がここに!? そして俺を!?)


 驚いている間に、彼が手にしていたスナイパーライフルの銃身が純子に掴まれたかと思うと、銃が少し軽くなる。銃身の掴まれた箇所が、砂のようになって崩れ落ちていた。

 得体の知れない超常の力を用いられたことは明白だった。彼は硬直から解き放たれ、逃走しようとしたが、その襟首を純子が掴む。


(殺される……)


 彼はそれだけで死を感じ取った。戦って勝てる相手ではないと、直感的に悟っていた。


「依頼主の名は当然言えないよねえ。ま、私は拷問が大好きだし、なるべく言わない時間を長引かせてくれると、ありがたいなあ」


 弾んだ笑い声で告げる純子に、当面の死の危険は回避できたが、拷問という単語を耳にし、もっと悪い展開が予測できてしまう。

 この時、狙撃手は決めた。自分が万に一つの奇跡で、生きて逃れることができたとしたら、ターゲットに雪岡純子が絡んでいる仕事は、絶対に断るように心がけようと。そして自決用の薬は口の中に入れておこうと。

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