第三十章 22
三度目の集会が終わり、星炭本家邸宅に集った術師達は帰路に着いた。
残ったのは輝明と綺羅羅だけでなく、修もいる。輝明の気が立っているままであろうから、それを落ち着けてやるのも自分の役目であると、修は心得ている。
「いつもすまないね、修。こんな馬鹿につき合わせちゃってさ」
「いえいえ」
それを察している綺羅羅が、修にねぎらいの言葉をかける
「そーだそーだ、修に悪いったらねーな。こんな馬鹿に育てた無能ババアが全部悪い。ぐへっ!」
茶化す輝明の頭を、綺羅羅が平手で結構な力を入れて叩く。
「しかし……随分おかしな流れになっちゃったもんだ」
修が言った。
「実際これどうなるの? 星炭は二つに割れちゃったし、今後の方針を巡る対立構造まで出来あがっちゃった」
「どうもならねーよ。そして事はシンプルだ。俺があのわからんちんの唐変木野郎を無様に這いつくばらせて、俺の方針に従わせる。それだけだ。不服のある奴は出て行けばいい。俺はそれを止める気はねーし、それで星炭が弱体化しようが知った事か」
輝明が嘯くものの、星炭を出て行く者は現れないように、修には思える。星炭の術師は生まれた時から、星炭に従事するように叩き込まれている。まだ成人していない者ならともかく、ずっと仕えてきた術師達が、星炭を捨てるなどという選択が出来るとは考えにくい。多くの者は、嫌々であろうと輝明の方針に従い、星炭の中で生きていくのは間違いない。
「国に背を向けても、食い扶持のために国からの依頼は受けるんだから、そう大きい変化は無いでしょ。危険が減って実入りが減る程度で」
綺羅羅が言った。そのことをちゃんと最初から話しておけば、反発も少なかったろうにと思う。
「国仕えしているという糞みてーなプライドも、便所に流す必要があるぜ? 特に老害の頑固な連中は、それが好きなみたいだから、俺のやり方は気に入らねーだろうよ」
嘲る輝明。
「その辺の層は私も嫌いだからどうでもいい。ただね、私は善治の主張も、悪くないと感じる部分があるのよ」
綺羅羅の言葉に、輝明が顔をしかめる。
「輝坊は否定的だったけどさ、面白いとは思わない? 星炭流がこれまでと違った形で、国と向かい合う形になるのよ? 新たな霊的国防体制の支援者という形で携わるのは、むしろ犠牲が出ない道かもしれない。もちろん、そう簡単にはいかないでしょうけど」
「善治の主張も、理想としては心躍る部分もあるのは認めるよ。でも所詮は理想だ。敵も多く作っちまうだろうしよ」
「そこでろくに考えずあっさり突っぱねるようじゃあ、あんたも善治のことを笑えないよ。頭が固い。あるいは感情任せすぎる」
綺羅羅にはっきりと告げられ、輝明は言葉を失くした。
「テル、僕も綺羅羅さんの言うとおりだと思う。少し考えてみるのもいいんじやないか? 善治のことが気に入らないのはわかるし、今は拒絶するスタイルでもいいけど、決着がついたその後くらいにはさ」
「善治のことも気に入らなければ、善治の思い通りに俺が運ばせるのも、気に入らねーよ」
柔らかな口調で修にまで言われ、輝明は溜息をついた。
それから修は帰り、輝明と綺羅羅は遅めの夕食となった。すでに午後十時半である。
「すまなかったね、輝坊」
「あん?」
綺羅羅の突然の謝罪に、気持ち悪いものでも見るかのような目になる輝明。
「一人で抱えてるのは辛かったろう。でもあんなに見事に意見が分かれるとは思わなかったよ。私も馬鹿だったのかもしれないけど、一族の皆も、私や輝坊と同意見になるかと思ってたわ」
「銀河があっさり掌返したのには笑ったわ。修があっち側の思想だったのは何となく納得だ」
これで銀河も余計なちょっかいを出してこないだろうと、輝明は一安心した。
***
夕陽ケ丘親子は帰宅し、父子二人で向かい合って遅い夕食を取っていた。
「お前があそこまで堂々と言えるとはな。嬉しかったし、誇らしかった。胸が熱くなったよ」
食事中に父に言われた言葉に、善治は照れくさそうに視線を逸らす。
「しかし現実問題として、勝てるのかという問題もある」
「口だけでは終わらせない」
「意気込みだけではどうにもならないぞ。輝明の力はよく知っているだろう。術師としての才能だけではない。実戦経験もお前よりずっと豊富だ。百戦錬磨といっても過言にならないほどにな」
穏やかな口調で現実を突きつけられ、善治は口ごもる。
「それとな、あまり輝明を見くびるんじゃないぞ。妖術師として才能だけではない。当主としての器も、決して無いわけではない。むしろ私は有ると見ている」
「どこに!?」
驚いたように、声を荒げる善治。
「口は悪いが、彼は下の者のことをよく考えている。タチの悪い公私混同もしないし、それどころか、集団のために自分が犠牲になることもできる子だよ。根は優しい子だ。当主になるために精一杯努力したのも、自分自身のためではない。輝明のために青春を捨てた、綺羅羅さんのためなんだ」
「……」
「利口者ぶって人を見下すような人間にはならないことだ。自分の考えを絶対だと思うのも駄目だ。私は今まで口を酸っぱくして何度もそう言ってきたが、お前は反発して全く聞き入れようとしなかったな。今も聞き入れられないかもしれない。でも私が何度もこう言っていた意味が、いずれわかってくれる時がくると信じてるよ」
自分を信じなくてどうするという気持ちが、善治には強くあったし、今でもある。それに自分の考えが正しいと思えて仕方ないのに、どうしてそれが駄目なのかと、父に諭される度に疑問を抱いている。理解できない。
しかし以前は父の言葉に反発していた事も、今になると理解して受け入れられるということも多々ある。
(俺と父さんで意見が食い違っていることは……父さんが否定していることは、全部俺の間違いなんだろうか……。とてもそうは思えないし、受け入れられないんだけど)
善治は父を尊敬している。父には一目置いている。しかし同時に激しく反発心もある。善治の長所を褒める一方で、悪い部分は絶対に逃さず指摘してくる。本気で怒った時には手が飛んでくることもある。
「人を見て、ある程度は人を認めることだよ。自分だけを見ずにな」
これまた何度も言われたことをまた言われた。良造は善治の前で何度も口にする台詞が幾つかあるが、これもまたそのうちの一つだ。
(世の中には認められない人間が多すぎる。どう認めろというんだ。輝明のようなちゃらんぽらんな不良、どうやって認めろと……)
良造は輝明のことを認めており、良い面も見えているようだが、自分には全く見えない。見られない。
(見ようとしてないからか?)
人を見て――という父の言葉と照らし合わせ、善治ははっとする。
(あいつを見て、知ろうとすれば……知る事ができれば、少しはあいつに近づけるか?)
ふとそんなことを思ってしまうが、理屈はともかくとして、感情がどうにも受け入れがたかった。
***
銀河の元に、また玉夫から電話がかかってきた。
「しつこいなー、あんた……」
『占いでとても気になる結果が出てね。そちらで何か一大事があったんじゃないかと思って、それでかけてみただけだよ』
あからさまに嫌がる銀河であったが、玉夫はへらへらと笑いながら言ってのける。
「その占いとやらは……結構よく当たるみたいだな」
『そうともさ。今回もどうやら当たりのようで。で、何があったのかな?』
「実は……」
銀河が玉夫に、先程の集会で聞いた話を全て暴露する。
『そんな大事な話を部外者の私にバラすとは……』
話を聞き終えて呆れる玉夫。
『あんたはその口の軽さを改めないと、そのうち痛い目を見るぞ』
「あんたが聞いたから教えたのに何だよっ、その言い方はっ! もうかけてくんな!」
かちんときた銀河は、怒鳴り散らして電話を切り、玉夫を着信拒否に設定した。
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