第三十章 21

「修はどう思う?」


 輝明と善治の言い合いが一段落したところで、輝明の横に控えている修に、綺羅羅が振る。


「僕の個人的意見を述べていいなら、僕の考えは綺羅羅さんやテルの考えと合わんな。悪いけど善治寄りだ。でもさ、僕はそれをテルに押し付けるつもりも、説得する気も無いぜ。僕は自分の考えに絶対の自信があるわけでもないし、テルの主張が絶対間違ってるとも思えない。もし破滅的に間違ってると感じたんなら、断固反対するけど、そこまではないかな……。だから考えが合わなくても、テルに付き合うわ」


 修の言葉は、輝明にとって複雑な代物だった。輝明は苦々しい表情で修を見て、修はそんな輝明に申し訳なさそうに顔の前で片手を立て、茶目っ気に満ちた笑みを浮かべてみせる。


「ま……ここまで意見が割れるとは思っていなかったぜ」

 そう言って輝明が大きく息を吐く。


「大体半々の割れ方だし、こういうのが一番困りますね」

「いっそのこと、霊的国防の任の継続を是とする者だけが続けて、非とする者は自由にするというのは?」

「それでは不公平になる」

「是とする者は待遇をよくすべきだろう」

「非とした者であろうと、星炭流妖術を栄えさせ、さらなる進歩に貢献するという役割を担うことになるし、両者は連動していくのだぞ」

「星炭を割るのは不味いだろう。輝明さんだって、それを慮って、口を閉ざしていた」

「そもそも口を閉ざしていいことでもないでしょ」


 また術師達でやいのやいのと言い合いが始まったので、輝明は静観モードに入った。今度は、先程よりかはエキサイトしていない。輝明と善治のやりとりを見て、少し熱が抜けてしまったのだろう。


「当主はどうされるおつもりで?」

 良造が問う。


「どうもこうもねーよ。俺は国仕えを辞めると、もう決めただろ」

「このように混乱したまま、意見が二つに割れたまま、それを強行しますか? そういう意味での質問です」

「ああ、するよ。そういう意味で問われたってことも、わかったうえで、答えたつもりだぜ」


 挑発的な笑みを良造に向ける輝明。


「輝坊……それはそれで不味いって、あんただってわかってるでしょ」

 綺羅羅がたしなめる。


「選択は四つあるな……」

 アンニュイな表情になって、輝明は言った。


「一つはこのまま国仕えをする。でも俺やババア含めて反対の人間は納得いかんな。一つは俺の方針通りに従う。でもこの期に及んでまだ国に仕えたいとかぬかす、頭の中に蛆が沸いている連中は、これに従えない、と。一つは星炭を二つに分ける。国仕えしたい奴等はそのまま血を流し続け、勝手にやりたい奴は勝手にやればいい。しかしどちらにとっても星炭弱体化になるし、それを隠し通すこともできねーだろ」


 四つのうちの三つまで口にしたところで、輝明は口をつぐんだ。


「最後の一つは……?」


 銀河が問う。最後にもってくるのだから、一番期待できそうなものか、あるいは最もろくでもないものの、どちらかなのだろうと、その場にいる全員が考えていた。


「善治の阿呆が主張した道だな。ただ国仕えをするだけではなく、改革に協力するっていう、凄まじく面倒臭そうなコースだ。国の命令で血を流すのも変わらないまま、超常育成機関も認め、国が霊的国防をより強めるための積極的な支援を行い、他の流派の馬鹿共に、糞みてーな矜持を捨てさせる努力をするという……まあ茨の道だわ。善治はそれがさも正解みたいにぬかしていやがったが、それがどれだけキツいものなのかは、全く頭に無いらしい。理想論者の頭の中は常に満開のお花畑だから、しゃーないが」


 言いたい放題の輝明に腹を立てる一方で、ちゃんとそれを選択の一つとして挙げた事に、善治は評価したい気分にもなっていた。


「輝坊が言わないから言っておくけど、国仕えを辞めても、国からは完全に離れないよ。相変わらず国から仕事は引き受ける。ただしそれは、指令ではなく依頼という形でよ。犠牲が多く出そうな危険な仕事は、輝坊の判断で請け負わなくなるでしょうよ。金の心配もしなくていいけど、今よりは少なくなるでしょうね。名誉だの矜持だのは、捨てる形になるわ。それに、戦いたくないという者には無理強いもしなくなる」


 綺羅羅のその話を聞いて、かなりの数の術師が安堵する。


「何故それを先に仰らなかったのですか?」

 疑問を抱いた術師の一人が問う。


「てめーらが何となくムカつくから黙っておいた。星炭から離れたい奴も出そうな勢いだったし、そいつらはその後の星炭と御国の関係なんか知らないまま、とっとと出ていけばいいと思ってたしな」


 意地悪い口調で答える輝明に、あからさまにムッとする者、多数。


「いずれにせよ、最低限の保障はあるわけですね。そしてそれを当主も受けるつもりでいると。それなら今後の方針がどうであろうと、多少は安心して議論できるのではないでしょうか」


 良造の発言を受け、一同もっともだと思い、気が静まる。


「議論することなんてもうねーけどな。俺が当主である限り、方針を変えるつもりはねえ。嫌なら出て行け。もちろん国からの仕事は俺が選択して請け負う形だ。てめーら脳腐れ共はそれに従うだけだ」


 鋭い犬歯をチラつかせて笑いながら言う輝明に、また何人かがムッとする。


「タチが悪いな」

 怒りを隠さぬ顔で、善治が輝明を睨みながら言った。


「国からの依頼の請け負いを当主の権限で盾に取る。汚い奴だ。いかにもお前らしい」

「ケッ、当主様になんつー口の利き方だよ。良造さんよ、息子にどんな教育してんだよ」


 善治の非難に対し、輝明が良造の方を向いて、憎々しげな口調で揶揄する。


「えっと……こういう時は綺羅羅さんに、問いただしていいのですかねえ……。とても気が引けますが」


 困ったような顔で綺羅羅の方を向いて、微笑む良造。


「毎回毎回大勢の前で人に恥かかせやがって! この馬鹿餓鬼があっ!」

「ぐはあっ!」


 綺羅羅は怒り心頭で、輝明の頭を容赦なく蹴り飛ばす。吹っ飛んでうつ伏せに倒れる輝明。


「うちはこういう教育ですがね。それでもこいつの性根は治せませんでしたが、私の教育に責任があると思われ、なおかつ誰か、こいつを真人間にできる自信のある方がいましたら、どうぞお引き取りになってくださいね」


 居並ぶ術師達を見渡し、にっこりと笑って伺う綺羅羅であったが、名乗り出る者は当然いなかった。


「輝明を真人間にするのは無理だろう。しかしそれよりはずっと低い難易度で、輝明の思い通りにさせない方法がある」


 善治が立ち上がり、決意に満ちた面持ちで言う。

 輝明はそれを見て、不敵にして愛嬌に満ちた、そして嬉しそうな笑みをひろげてみせる。善治が何を口にするのか、完全に予想がついた。


「俺は輝明に継承者の座をかけた戦いを挑む」

 善治の宣言に、場がどよめいた。


 善治は自分に幾つもの視線が突き刺さるのを感じていた。それらの視線がいかなる感情が込められているか、わからない善治ではない。

 誰も自分が勝つとは思っていないだろう。ただ勢いだけで挑もうとしている――そんな風に見ていることだろう。善治にはわかっている。


「ケッ、本格的にイカれたようだな。じゃあ、早速やるか」

「今ここで、ではない……」


 立ち上がる輝明に、言いづらそうに告げる善治。


「おやおや、今できないことを明日へ引き伸ばしかよ」

「何とでも言え。しかし近いうちに必ずやる。一週間後だ。俺が当主になったら、輝明の言う、最も面倒なコースを選ばせてもらう。それが最良の選択だと、俺は信じているからな。しかし星炭門下の家系に生まれた者への生き方への強要の件は、俺も無しにしてもいいと思う。確かにそれは前時代的であり、悲劇の元でしかない」


 生き方の束縛の件は、多くの者がすっかり忘れていたが、善治はちゃんと覚えていた。


「てめーには断じて当主の座は渡せねーな。てめーみたいな、物事を額面通りにしか受けとれず行間読めないガチアスペが当主になっても、下の人間は苦労しまくるだけだろうし」

「輝坊みてーに口悪くて身勝手ですぐキレて喚きまくる子だって、現在進行形で皆十分苦労しているけどね……」


 罵る輝明に、綺羅羅が疲れ気味の声で突っ込む。


「そもそも当主を力で決めるというのが前時代的だし、やはりここは人格面で決めるべきではないかな?」


 自信満々に空気を読めぬ提案をする銀河。


「そうなると銀河はもっと駄目だけどね」


 綺羅羅がまた突っ込み、銀河は愕然とする。


「善治ではとても輝明に勝てないだろう。一週間の猶予で何ができるっていうんだ」

「全くだ。馬鹿げた余興だ」

「一週間の間に輝明に刺客でも放つのか?」


 何人かがとうとう口に出して、善治を否定しはじめた。


「そんなことは私がさせませんし、刺客によって殺されたなら、うちの息子が当主になるのは無効扱いでも構いませんよ。それ以前に、うちの子がそのような卑怯な真似をすると見なされるのは、かなり不愉快だ。あなたがそういう発言をしたということは覚えておく」


 刺客云々の発言をした者を睨みつけ、良造が言った。表情にも声にも言葉にも、はっきりと怒りが込められていた。


「ぐ……」


 普段穏やかな良造が怒りを露わにしたのを目の当たりにし、発言した本人はもちろんうろたえまくっていたし、他の面々も息を飲んでいた。同様の非難はできない雰囲気だ。


「善治のことが大嫌いな俺が保障してやるよ。このいい子ちゃんには、そんな真似できねーよ。銀河の屑じゃあるまいしな。ま、俺は刺客放たれても全然構わんぜ。全て返り討ちにするまでの話だ」


 輝明が嘯き、腰を下ろす。


「一週間で何をしてくるか、どう変わるか見ものだな。純子の所で改造でも何でも、好きにしろよ。何度も言ってるが、俺はてめーみたいな融通の利かない頭カチコチの品行方正優等生野郎が大嫌いだから、てめーにだけは絶対負けねーよ」

「俺もお前のような無秩序を好む野卑な半端者を、絶対に当主としては認めない」


 互いに挑発しあい、睨みあう。二人の少年のその気迫にあてられ、星炭の術師達は固唾を呑んで両者を見守っていた。


(こいつは俺が才能のうえに胡坐をかいていると……才能を持って生まれたたたまま運のいい奴だと、そう意識して勝手に嫉妬してやがる。それが一番許せねえ)


 善治と視殺戦を行いつつ、輝明はそう思う。


(まあ、こいつに限った話じゃねーがな。他の奴等も同罪だが、このイイ子ちゃんぶりっ子野郎にそう思われるのは、余計に腹が立つ。だからこいつは……こいつと同罪のこいつらが見ている前で、完膚なきまでに叩きのめしてやる)


 自分とは徹底して相容れない存在を目の当たりにし、全開の負の感情と共に、全力で相手を否定。そしてそれは善治も同じことであると意識することで、より輝明の闘志が高まる。輝明はこれまでの人生の中で、ここまで他者に、敵意と怒りと闘志を剥き出しにした事は無かった。

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