第三十章 20

 綺羅羅の呼びかけで三度目の集会が開かれた。


 いつもの大広間にて、上座にふんぞり返る輝明の斜め前に、痛々しい包帯姿の綺羅羅が現れる。彼女が病院を抜け出しているという話も皆知っているし、そうまでして呼集をかけたという事実が、星炭の術師達の不安をかきたてた。


「輝坊が口止めされてるっていうから、私が朽縄正和に会って、真相を聞いてきたわ。無理にお願いして、星炭の術師に真相を話していいっていう許可も取ってきた。人の口に戸は立てられないし、こんだけの人数相手に無駄なお願いかもしれないけど、一応他言無用と言っておく」


 その前置きを聞いて、一同緊張する。輝明が語らなかった、彼が国仕えを辞めると言い出した理由が、いよいよ語られるのだと。

 綺羅羅は正和から聞いた話を全て語った。その中には、輝明が聞かなかった内容もそこそこに含まれていた。


「――そんなわけで、霊的国防とは正にその名のとおり、現在進行形で密かに行われている、国同士の超常の戦争のためだったのよ。私達は国の中にいる野良の妖や悪霊と戦っているつもりで、実は他国から放たれたそれらを相手にしていたケースが多かったというわけ。全部が全部そうでもないけどね。十年前に霊や冥界の存在が、公式か、科学的に認められてからだけど、日本はこの霊的戦争(ゴースト・ウォー)でひどく押されていて、犠牲者や離脱者が増え、霊的国防面での弱体化が著しいという話よ。それを考慮して芥機関を作ったら、予想通り術師達から反感を買ってしまうわ、創設者の雪岡純子は途中で飽きて放り出すわで、散々だったらしいけどね。で、国側としても、にっちもさっちもいかないらしいの」


 綺羅羅の話を聞いて、あからさまに顔色を変えている者達がいたが、意外なことに、反応が乏しい者達も結構いた。


「他国では短期間による超常能力の意図的な量産の試みも、日本なんかよりずっと本腰を入れて行われている話くらいは、知っているでしょう? ま、今のところ上手くいってないって噂だけど」


 その噂は超常関係の者なら大抵が知っている。


「笑えるのは、国が真剣に対処できない原因が、私達国仕えの術師にもあるということよ。真剣に対処しようとすると、その役目は自分達のものだと怒りだすから、その御機嫌取りのために対処をしないという名目で、私達に血を流させているの。ある意味、国からすれば好都合とも言えるわ。自分達は金だけ出して、国仕えの――国の守護者気取りの術師達が勝手に血を流してくれるんだから」

「つまり自業自得……か」


 高齢の上級術師が、皺だらけの顔にさらに眉間に深い皺を寄せて唸る。


「術師の矜持のせいで、国が本腰を入れて対処せず、術師達に血を流させているなど……。馬鹿馬鹿しいにも程があるっ」

「何で国にとって好都合なんだ?」

「馬鹿か。国は血も金も出さずに済むだろうが」

「その事実が隠蔽されているということが証拠だろう。知られると不都合なのだ」

「あるいは、国としても何とかしたいけど、容易に現在の構図を動かしにくいし、均衡が崩れることを恐れているのかも?」

「国仕えの妖術流派が全て背を向けてしまってはかなわんでしょうな」


 綺羅羅の話が終わったのを見計らって、術師達が一斉にやいのかいのと喋り出す。


「しかし……それで我々が国仕えを辞めるのはいかがなものですかな?」


 初老の術師の言葉に、他の術師達が驚く。


「全くだ。そんな理由で、何故国に背を向けるのだ? 何故超常の脅威との戦いを放棄するのだ? 理解できない。そんな理由で辞めていいわけがない」


 同意したのは善治だった。輝明が驚愕と怒りが入り混じった顔で、善治を睨みつける。


「そうだ……。それに、我々の食い扶持はどうなる。当主は裏通りで名を馳せているから、フリーで人外専門の始末屋をできるからいいが、一族全員に同じことはできんぞ」

「何甘ったれてるんだよ。働けよ」


 中年の術師の言葉に反応し、輝明が告げる。

 実際には、国仕えを辞めても、国から依頼という形で仕事を回され、金銭面でもある程度保障される事になっているが、頭にきた輝明は、それをここでは口にしないでおくことにした。


「私も息子と同意見です。我々が放棄したら、その分他にしわ寄せがいきます。誰かを不幸にして、自分達だけで平穏を勝ち取るというのですか? 流派が異なるとはいえ、同じ日本の国を守ってきた術師達が、星炭の抜けた穴を補う形で、余計に血を流しますよ?」


 良造が静かに、しかし力強い口調で告げる。


「その通りだ。我々が離脱したとあれば、相当大きな穴にもなろう」

「私もどうして当主や綺羅羅さんや、ここにいる何人もの人達が、今の話で国に仕えることを辞めたいという気持ちになるのか、理解できません」

「自分もだ。国が本腰を入れずに術師達に丸投げしていようが、他国の侵略と戦っていたという真相があろうが、例えそれを隠蔽していようが、私達が国を護るために戦っていた事には変わりないだろう。何故それにそこまでの拒絶反応を?」


 次々とあがる疑問と反対意見に、輝明も綺羅羅も驚きを隠せずにいた。輝明側に同調する者達も驚いていた。まさかこの真相を知ってなお、国に仕えるという考えを捨てないどころか、国仕えを辞めるという発想そのものが理解できないと、そこまで口にする者が大勢いる事に驚いていた。


「わ、私は輝明や綺羅羅さんが正しいと思うぞ。だってそうだろうっ……。こんなのいくら何でも馬鹿げてるっ。私達は流さなくてもいい血を流しているんじゃないかっ。国がもっとしっかりと対処したなら、例え私達が戦うことになっても、被害も抑えられるんだろう? しかもその原因を作っているのが他ならぬ私達だと? 馬鹿馬鹿しいにも程があるっ」


 そう喚いたのは銀河だった。


(こいつはここではまともな反応だったか……)

 銀河を見て、何故か笑いがこみあげてくる輝明。


「確かに正気ではないぞ。この真実を知ってなお、国のために戦うなど……」

「それなら余計に霊的国防の任から離れてはいけないだろう。あんたらこそ正気か?」


 中年の術師に言葉に、善治が語気荒く噛みつく。


「小僧の分際で年長者を捕まえてその言葉は何だ!?」

「正気かどうかを問えば、この腐った構図でなお国のために戦えるという神経こそ、正気を疑える」

「いや、どんな腐った事情があろうと、誰かがその役目を担わないと……」

「何故我々が血を流さないといけないっ。私の姉もそんな馬鹿げた理由で命を落としたのか? ちゃんと国が霊的国防に尽力していれば、落とさなくていい命も沢山あったろうに!」

「私の息子も死んだが、その命を無駄にしないためにも、これからも戦わないといけない」

「犠牲を無駄にしない論で、さらに犠牲を積み上げるなど、愚の骨頂だろうが……」

「国とて、ただサボって丸投げしているわけでもないでしょう。今はきっとこれが精一杯なのですよ」

「私は、気持ち的には輝明君や綺羅羅さん寄りですが、だからといって国仕えを辞めるという方向に振り切るのも、躊躇われます」

「こんな真実を知ってなお、国の命令に従って命がけで戦う気にはなれん!」


 星炭の中ではっきりと主張が二つに割れ、大論争が始まった。何人かはムキになって、ものすごい剣幕で怒鳴りあっている。

 輝明も綺羅羅も、まさか自分達とは正反対の意見が出るとは思ってもいなかったので、この構図には啞然として、しばらく見守っていた。


「俺さぁ、戦争映画とか――あるいは戦争の漫画でもゲームでもいいや――ああいうのでさ、戦争はいけないものです平和が一番です的な、そんな台詞やオチくっつけるのって、すっげー嫌い。ミソの中にクソを混ぜてるような、そんな感覚? 戦争映画も戦争ゲームも、結局は擬似的に戦争を楽しんでるんだろうがよ」


 ひとしきり言い合いが収まったのを見計らって、輝明が話しだした。


「誰しも心の中は、争いを求めて喜ぶ暗い部分があるんだよ。そこから目を逸らすために、散々戦争をヴァーチャルで楽しんでおきながら、でもやっぱり戦争はよくないんですぅ~平和のために戦うんですぅ~とか、アホテーマくっつけて、それで自分を偽ってるっていう感じ? ケッ、反吐が出るぜ。でもそう思う一方で、ごく少数の人間の欲望を満たすためだけに、争いを起こして、傷ついたり死んだりとか、そういうのはもっと反吐が出る。この構図が正にそれだ。結局、超常の力でもって、御国のために人知れず頑張って戦ってきたヒーロー様っつーさ、そんな糞みたいなプライドのため――つまりは一部の人間の糞極まりない自己満足のため、ずーっと多くの血が流されてきたんだよ。これこそ悪じゃないのか?」

「違う」


 怒りを込めて問いかける輝明に臆する事なく、きっぱりと力強く否定したのは善治だった。


「それは考えが足りない。いや、行動も足りない。超常に携わり、国仕えを矜持とする者のために、犠牲を強いられている部分があるのであれば、それは変えればいいだけの話だ。真相を知ったなら、変える働きをすればいい。ただ馬鹿馬鹿しいから辞めたいなど、我侭な子供そのものだ」

「何だと、てめえ……」


 輝明が憎々しげに善治を睨みつけたが、善治は全くひるむことなく主張を続ける。


「国が都合よく我々に血を流させているというが、俺はそうではないと考える。綺羅羅さんの話では、国も現状をよしとせず、何とかしようとして、新たな超常機関も作っているのだろう? だったら、俺達はこの真相を知ったことを示したうえで、国のその動きの後押し支援をすればいいじゃないか」

「そんな簡単にいくわけねーだろ。何でそうした機関を国が本腰入れて作らなかったか、聞いてなかったのか? 俺達のせいだぞ」


 善治の主張を聞いて呆れる輝明。


「真相は全て公表すべきだ。そうすれば、何が一番正しいか、論理的に考えて後押しする者達も多く出てくる」

「できるんならとっくにやってるだろ。余計混乱するのがわかりきってるからこそ、それを知っている連中は口を閉ざしてるんだろうがっ。星炭だけでもこんなにゴタついてるのに、他の流派が真実を知ったら、滅茶苦茶になるだろうに」


 あるいはその混乱を招いて、国仕えの超常関係者達を国と距離を置かせるのが、朽縄正和の狙いだったのかもしれないと、輝明は考えた。ある意味厄介払いだ。

 超常の者達が一斉に国に背を向けて離れていけば、霊的国防は弱体化する。しかし適度に離れさせておけば、国が本格的に超常の防衛に乗り出す口実にできる。霊的国防は我等が一族の請け負う所だと主張するうるさい連中も、黙らせて従わせることもできる。それが狙いではないかと。

 つまりは真相の小出しだ。


「君達はくだらない目先の感情で動き、物事も感情任せで決めようとしている。論理的で絶対的な正しい答えがあるにも関わらず、感情に振り回されて、正解から遠ざかる。君達だけではい、世の中のほとんどがそうだ。それが俺には理解できない。愚かしい感情論を捨て、論理を突き詰めていくことが真の調和の道。それが本当の幸福への道だというのに。答えはわかっているのに、その答えを見ようとしない。あるいは見えるはずの答えも、感情で目が曇って見えなくなる。実に馬鹿げている」

「その言葉はブーメランだ。その言葉にあてはまるのは、正にてめーだろ。俺も馬鹿だったわ。てめーが……そこまで重傷だとは思っていなかった。頭が悪いとは思っていたが、イカレてるとまでは……な」

「答えがあるのに何故その答えに向かわない?」

「その答えとやらが、理想論でしかねーだろ。理想論と綺麗事ばかりぬかすてめーみたいな奴が、俺は一番嫌いだわ。お前は自分を論理的だとぬかすが、全然論理的じゃねえ。てめーの理想論イコール感情論なんだよ」


 いつの間にか、すっかり善治と輝明の一対一の対立構造が出来上がり、星炭の術師達は無言で二人のやりとりに耳を傾けていた。

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