第三十章 23

 そこは一部の者だけが立ち入る事を許された、一部の者だけが知る場所。

 気にしない者も多いが、電話による会話には、常に盗聴のリスクがつきまとう。故に、神経質な彼等はわざわざ集う。


 そこに集うのは、一部の者だけが知るお偉いさんと、その手下。少なくとも案山子である政治家達よりは権力を持つ者。

 彼等は自分達の会話が聴かれているとは疑うことなく、会話を行っていた。彼等の中に一人裏切り者がいて、その場にいるお偉いさんと同格の権力を持つ者に、全て会話を流しているとも知らずに。


「星炭流妖術が霊的国防の任から退く件、風向きが変わってきました」

「何か良いニュースということか?」

「ええ。星炭内部の情報提供者によると、霊的国防の真意を星炭門下の者全てが知ったそうです。しかし真実を知ってなお、それなら尚更国に仕えるべきだという声と、離反してしかるべきという声の二つに割れました」

「ほう……それは確かに良いニュースだな」

「現在我が国は超常方面では、猫の手も狩りたいほど多くの案件を抱えている。そこで木島に抜けられ、さらには星炭にも抜けられては……」

「木島は元々大して役に立ってなかったでしょう」

「白狐家主導による超常機関の新設は?」

「まだ訓練段階だそうですし、長い目で見ないと」

「白狐も朽縄も星炭の離脱を許容せよと主張していますから、実に頭が痛い。我々とて超常の双璧と言えるあの二家を無視できません」

「しかし話が本当なら、星炭を諦めることもない」

「半分だけでも回収できればいいな。しかし星炭の現当主が許さんか」

「いえ、それが、国防任務維持派が当主の座をかけて、現当主の星炭輝明に戦いを挑むというのです」

「つまり……その者が勝てば元の鞘か」

「そうなりますかね……。星炭の中の反対派が、どう出るかわかりませんが」

「維持派の妖術師が当主に就けばいい。もし、現当主がその争いに勝利したその時は……」


 お偉いさんの男がにやりと笑う。彼の手下達が息を飲む。


 彼は人の命などなんとも思わない男だ。しかもそんな男が、この国の本当の支配者達の一人として、陰から国を管理している。

 同格の他の支配者達からは疎まれているが、全く気にしている素振りを見せない。自分はそれだけのことをできる権利があると信じて疑っていないし、自分にはそれだけの価値があると信じて疑ってもいないからだ。


 そして己の価値への盲信――愚劣な思い上がりが、己の寿命を縮めることになろうなど、考えもしなかった。


***


 最近当主に来客の多い朽縄一族の本家。今日の客は、朽縄と同格として見られる大家、白狐家の当主である白狐弦螺であった。


「偉い人達が何やら企んでいるみたいだよう。純子には輝明のガードお願いしたのに、逆に輝明を殺すための怪人作ってるからもうね……」


 縁側で庭に向かって腰かけて、茶虎模様の猫を膝に乗せて撫でながら、溜息混じりに言う弦螺。


「あんなのに頼るのが悪いんだ、な。それに偉い人と言うが、お前もその偉い人と同列なんだ、な」


 その弦螺の隣に腰かけた朽縄正和が、両足を揃えてぷらぷらと動かしながら、ぼーっとした顔で青空を眺めつつ言った。


「輝明の離脱を認めつつ、霊的国防もこれまで通り彼等に任せるっていう、僕らの計画が台無しになるよう。星炭が国仕えを辞めたとあれば、結構インバクトあるし、霊的国防弱体化回避という面目で、術師に頼らない形を今後も作りやすくなるるるる」

「正直その計画がうまくいくとも思えないんだ、な」

「うまくいくよう」


 否定的な正和に、弦螺は唇を尖らせる。


「星炭は基本的に何も変わらないのか、な」

「国に所属する妖術師への任務ではなく、国がフリーの妖術流派に仕事の依頼という形に変えるんだよう? それでお金も出すし、今までとも大して変わらないし、星炭は自分の意思で戦うかどうかも決められるんだよう?」

「詭弁もいいとこだ、な」

「ようは気の持ちようだもん。大きな違いだよう。でも偉い人達が余計なことして突っついたら、国に対しても反感抱いて、仕事の依頼も受けてくれないかもだよう」


 だからこそ白狐も朽縄も、輝明に対して協力的な姿勢を取っていた。星炭というそれなりに強い老舗の戦力が国防から離脱してなお、同じ仕事を依頼し続けて引き受けてもらえるよう、恩を売るニュアンスを込めて。

 もちろんそれ以外の目論見もある。朽縄や白狐のトップとしては、いつまでも術師達だけに国防を任せる形にしておきたくはない。それが歪なことだと理解している。弦螺が言ったように、この件を出汁にして、そしてこの件を皮切りに、公表できぬ闇の国策として国に本腰を入れさせたい。


「今度こそ純子に働いてもらうよう。聞いてるよね? 純子」

 指先携帯電話を取り出す弦螺。


「純子もこの話を聞いていたとは、な、こっそりやらずに、先に教えろよ、な」

「正和のことだから、反対されそうだったもん」

「反対はしないんだ、な。聞かせたい事情があってのことなんだろうから、な。でもこっそりとやられるのは気分が悪いんだ、な」

「ごめんよう」


 あまり悪びれてない様子の笑顔で、弦螺は謝罪する。正和も言うほど不機嫌そうでもない。


「新しい超常機関も、やっぱり純子の力を借りる形になったんだ、な」

「純子に力を貸してもらうために、こっちもいろいろと苦労したんだよう。いつかの芥機関みたいな失敗は、もう御免だしねえ」


 電話の向こうで会話を聞いている純子を意識しつつ、弦螺は言った。


***


 雪岡研究所のリビング。純子、真、累、みどりのいつもの四人は、弦螺経由で、弦螺と正和の会話を聞いていた。


「ようするに、国のお偉いさんは、輝明を暗殺するつもりでいるということですね」


 電話が切れた所で、累が口を開く。


「お偉いさんの中の一人が、独断でやろうとしているってことね。弦螺君だって国を陰から支配するお偉いさんの一人なんだけどねえ。一番偉い人が一人じゃないし、弦螺君とも決して仲がいいわけではないようだから、いろいろと大変みたい」

 と、純子。


「国側から狙われる事になるのは、輝明も予測していたのかな?」


 真が疑問に思う。輝明もそれなりに抜け目は無いが、ここまで仁義もへったくれもない苛烈な処分が国の方から行われるなど、流石に思ってはいないのではないかと思う。


「どうだろうねえ。私が輝明君の立場なら、当然そこまで読むけど」

「純姉は自分以外全て敵っつー想定しているもんね~。友達も含めて」

「えー、そんなことはないよー。真君はたまに敵に回るけど、それでも信じてるしー」


 みどりにからわれ、微笑みながらそう返す純子。


「ま、輝明君には知らせないでおこう」

「どうして?」


 知らせないとヤバいだろうにと思いつつも、真は純子に考えがあるのであろうことも察している。


「多分暗殺者がくるとしたら、善治君との戦いの後だと思うんだよねえ。輝明君が勝ったタイミングを狙う。そうすれば実に効果的だよー。星炭の妖術師達が見ている前で、国に逆らってはいけませんという、制裁と見せしめとしてはばっちりだねー」

「あぶあぶあぶ、余計に反感買いそうじゃね?」


 純子の話を聞いて、悪役全開の馬鹿らしい企みだと思い、何故かそれがおかしくて笑うみどり。


「一部はね。でも私の読みだと、そこで輝明君を殺しておけば、霊的国防から離れる派だった人達も、恐れをなして渋々従う方向に転ぶ可能性高いんだ。全部とは言わなくてもね」

「理想としては、国側から背中を撃たれる形で狙われたという事実も、一切知られない方がいいですよね。輝明の立場からすれば」

「そういうことだねー」


 累が言い、純子が頷いた。


「加えて、余計な神経を使わせないため、輝明君にも伝えないでおく方がいいってことだよー」


 そこまで言われて、真は純子の狙いがわかった。


「つまり、暗殺者をこっそり僕らで始末するのか」

「できれば生かして捕まえて、依頼者の名前を吐かせる方向がいいよねえ。狙撃ポイントを事前に押さえてチェックしよう。外から術による暗殺ってのは、強力な霊的加護に守られた星炭邸宅では難しいしね。もし術での暗殺をするなら、星炭家の敷地内に忍び込むだろうけど、それはそれで困難だし、消去法でいくと、狙撃になると思うんだ」


 ようするに実験台が欲しいのかと、真、みどり、累の三名は察する。


「さっきの白狐弦螺と朽縄正和の会話――あいつらは輝明達が嫌がってもなお、霊的国防とやらのために星炭を利用し続けるつもりでいるんだな」

「弦螺はああ見えて仁義に厚い男ですよ。国仕えで任務強制と、仕事という形で発注を受けるという形であれば、例え仕事内容が同じでも、弦螺の言うとおり、気分的には全く違うものです」


 真は不快感を覚えていたようだが、弦螺を直接知る累からすると、弦螺には、輝明をとことん利用してやろうという、そんな気持ちは無いと思う。もっと軽い気持ちであろうと。


「ふえぇ~、確かに……同じ仕事をこなすにしても、一つの組織の枠組みの中にいるのと、枠の外にいるのでは、全然違うよねえ。メリットデメリットが双方それぞれ違った形であるけどさ」


 みどりが言った。かつて宗教団体を運営していたみどりは、自分の護衛に友人達を宗教施設の中に呼び込んでいたが、あの三名は正に組織の外にいながら、組織の仕事の手伝いをさせていたようなものだと認識している。


「輝明の性格だと、白狐に恩なんか感じずに、好き勝手しそうなもんだけどな」

「いやいや、いくら輝明君でもそこまではしないよ。ていうか輝明君はそんな不義理なことはしない子だからさ」


 真の言葉を笑って否定する純子。そんな不義理をするような輩では、純子が親しくなることもないかと、真は納得した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る