第三十章 15
星炭銀河は小さい頃から親に何でも買ってもらい、大抵の我侭を聞いてもらえた。
それは星炭の妖術師になることを義務づけられた、星炭の分家の長男として生まれたことを哀れんでの行いであった。
銀河自身は星炭の妖術師として生きる事に何の疑問も不満も持たず、むしろ自分は特別な存在だと優越に浸ってさえいた。
しかしその一方で、幼い銀河には不思議で仕方の無いことがあった。
「どうして僕は星炭で一番偉い人にはなれないの? 僕は天才なんでしょ?」
銀河が八歳の頃、疑問を両親にぶつけてみると、両親は困り顔になっていた。日頃から大した才も無い銀河のことを天才だ何だと褒めちぎり、甘やかして可愛がってきたツケが回ってきたことを思い知った。
成長していくにつれ、疑問は不満へと変わった。成長しながら、他の星炭門下の妖術師達とも交流を行い、自分が天才でも何でもない凡才だと知った時、不満はやがて怒りへと変わった。
基本的に銀河は自分にしか興味の無い男である。自分がいかに得をするか、自分がいかに人から称賛されるか、そればかり意識して、そうなって当然と考えている。だからこそ、星炭流の当主が、年下の生意気なチビという現状が耐え難い。自分が就く座に、別の誰かが座っている。そんなことは許せない。許してはいけない。
輝明が星炭の和を乱し、流派の者達の反感を買うに至った今こそ、絶好の機会だと銀河は思った。これは神から与えられた希望の光だとすら信じていたし、輝明を当主の座から引きずりおろせば、自分が星炭のトップに立てるとも、本気で信じている。自分が星炭の他の者達の目から、どう見られているかなど、全然知りもせず。
輝明引きずりおろしのため、新たな手立てを模索する銀河。とは言っても、超常関係にも明るい殺し屋を探す程度だが、ただの殺し屋ならともかく、超常縛りで条件をつけると、中々いない。そういう意味では、超常殺しの名で知られるオンドレイ・マサリクには期待していたのだが。
裏通りのサイトにて殺し屋始末屋を物色していた銀河の元に、電話がかかってきた。オンドレイだった。
『そろそろ出てやるが、都合が悪いようならやめとくぞ』
「何も都合が悪いことはない。頼む。確実に仕留めてくれ」
『承知』
電話が切れ、銀河はほくそ笑んだ。一度は駄目かと思った超常殺しが、もう一度使えるようになったのだ。これはきっと神の導きであり、輝明の運命もこれまでだと思い込んだ。
常人には理解しがたい思考回路だが、銀河はこれで真面目だった。
***
午後四時。輝明と修は揃って帰宅する。
修が部活のある日は、帰宅部の輝明は先に一人で帰るが、現在は輝明が狙われている最中なので、輝明に少し待ってもらい、修も部活動を早めに切り上げた。
「俺一人でも大丈夫だったし、そこまで気遣わんでもいいんだぜ」
「僕が負傷してた時は仕方無いとして、復帰したからには護衛としてちゃんと務めを果たすぜ。時期的に見ても、そろそろ襲撃がありそうだし」
むしろ雷軸にしろ銀河にしろ、随分と間を開けているとさえ、修は見ている。
「ケッ、今度は醜態晒すんじゃねーぞ」
「こんにゃろーめ、護ってもらう立場で口の利き方がなっとらん奴だね」
「痛ててててっ!」
修が和やかな笑顔で、輝明の頭に肘をのせて、かなり力を込めてぐりぐりと押し付ける。
「朝の善治、ちょっといつもと違ったな。あいつも一皮剥けようとしているのかな」
いつも顔を見合わせる度にいがみあってばかりの善治と輝明であるのに、善治の方が迷いながらも隠された本音を口にして、輝明と落ち着いて会話をしていたのが、修には新鮮に思えた。
「テルとは真逆で、融通が利かなくてとっつきづらい部分はあるけどさ。あいつも悪い奴じゃねーからな」
「そんなこたーわかってる。しかしあんだけ融通利かない石頭野郎と、俺は和解も協調もできねーぜ。ガキの頃からあいつのツラ見るだけで、俺はげんなりしてたんだ。あいつとは一生わかりあえねーよ。あいつの方が変化しない限りな」
輝明の言葉に、修は怪訝な顔になる。
「別に僕、和解しろとも協調しろとも言ってないぜ?」
「何かそういうこと言いそうな気配だったろ。俺にわからねーと思ってるのか」
修の言葉に内心動揺しつつ、言い繕う輝明。
「話飛ばしすぎだし、的外れというか思い込み違いというか、とにかくそんなこと言うつもりはなかったよ。テルの口からそんなこと言い出すってことは……いや、そういう発想があるってことは、つまり……」
「あーあーっ、それ以上言うな。言うの禁止」
不機嫌そうな声をあげる輝明に、修はにやにやと笑う。
「実際問題、善治は本当に純子の所で力を手に入れて、テルに挑むと思うかい?」
「俺に挑むかどうかはともかく、改造は無理なんじゃねーの? あいつの価値観だとルール違反ぽいものになるだろうし、あの馬鹿はルールと名がつけば、そいつを破れないアホな性分だぞ」
「でも善治は迷っていただろ。僕はあの善治が、そのルール違反に手を出そうかと迷ったことそのものが、驚きだったわ。あいつにもそんな感情が芽生えることが……」
喋っている途中に、極めて凶暴な殺気を感じ取り、修は表情を引き締めて、殺気の放たれた方向へ振り返る。
ワンテンポ遅れて輝明も振り返ると、電信柱の上ほどの高さを、猛スピードで飛翔してこちらに接近してくる者の姿があった。雷軸洋だ。
飛翔する雷軸の姿を見て、通行人達が仰天する。当然だ。人間が空を飛ぶという、現実では考えられない光景を目の当たりにしたのだから。
しかもそれだけでは終わらない。雷軸の体の左右に、赤く光る楕円球のようなものが現れたかと思うと、雷軸の顔と二つの楕円球から同時に、白い弾丸が大量に吐き出された。
「オプションか」
一目でそれが何であるかを見抜く輝明。
(テルのペンタグラム・ガーディアンと似てる……って言ったら怒りそうだな)
そう思いつつ、修は輝明の前に立ちはだかり、木刀で全ての弾丸を弾き落とす。
修の動きが以前と段違いであったことを見て、雷軸は驚きつつも、輝明と修の上空を飛び越し際に、爆弾(ボム)を三発投下する。
修はそれも読んでいた。目にも止まらぬ速さで、木刀の剣尖でもって、三発の爆弾を軽く小突くようにして弾いて、爆発する前に遠くに飛ばす。
三つの爆弾は3メートルから4メートルほど飛んだ所で爆発した。爆風によって修の長髪が舞い上がるが、元々この爆弾の威力は大したことがなく、よほど近くにいるか直撃でもしない限り、ダメージを受けるようなことはない。
「何とまあ……人間離れした動きだな」
空中制止した雷軸が、三つの掃射も三つの爆弾も全て木刀で防ぎきった修を見下ろし、舌を巻く。
「お前は人間やめてるけどね」
頬がくぼみ、血走った目の下にはクマができ、土気色の肌となった雷軸を見上げ、修がにっこりと微笑む。
「モロに死相出てやがんなー。純子の所でまた改造してもらって、今度は失敗したか? それとも無茶しすぎた結果か?」
輝明が言った。これは放っておいても長くはないと、雷軸の顔を見て判断する。
「テル、手出しすんなよ。こいつは……こないだ僕を地に這いつくばらせた。その御礼は僕がきっちりと果たさないと気が済まねーよ」
空に浮かぶ雷軸を見上げ、余裕のある笑みを見せる修に、雷軸は眉をひそめる。
「馬鹿なのか? それとも狂ったのか? あの時二人がかりでもかなわなかったのに、今お前一人でリヴェンジするだと? あの時頭を打ったとは思えないがな」
「わかってないな……。いや、馬鹿はお前だよ」
爽やかな笑顔で木刀を振りかぶり、剣尖を雷軸へと突きつける修。
「だからこそ、燃えるんじゃねーか。そんな相手に一人で勝ってこそ、僕は輝けるんだろ。最高のシチュエーションだ」
「ふん、妄想、願望の類だな。お前なんかに関わっている暇は無い。俺の狙いはそこのチビだけだ」
得意気に宣言する修を鼻で笑うと、雷軸は輝明を睨みつける。
(修は勝算も無い強がりをすることもたまにあるけど、そういう時はキレてる時だし、今みたいに落ち着いている時は、勝算有りってことだ。黙って従ってやるか)
修の要望通り、輝明は見学に徹して修に任せることに決めた。
***
安楽市市民病院。
「佐治先生、307号室の星炭綺羅羅さんがいなくなってますっ。もう退院すると書置きがありました」
「マジでー? 治療費踏み倒し?」
太った年配の看護士の報告に、若い担当医が啞然とする。
「いや、そちらはちゃんと払っていただきましたが……病室にむき出しで置いてありました。多すぎるくらいですが、どうしましょうかねえ」
「何か事情有りって感じだから、こっちで適当に処理しとこう。余ったお金は寄付でもしておけばいい」
「はい」
担当医の言葉に、看護士は釈然としない面持ちで頷いた。患者はかなりの重傷だったはずだ。警察に届けた方がよいのにと看護士は思う。
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